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6-2

「チッ、もう終わり?」

 咥え煙草で舌打ちをしながら、三田みた朱里亜じゅりあはスロット台のガラスをバンと叩いた。

「ちょっとお客さん、困りますね」と駆け付けた店員に注意される。

 朱里亜はぷいと不貞腐れた顔をした。

 素顔は、まだあどけなさの残る二十一歳。しかし派手な化粧と服装と荒れた肌のせいで、幾分か大人びて見える。

「それから、それも」と、口元を指差される。

「うちの店は半年前から禁煙だってご存知でしょう。煙草はそっちの喫煙ルームで――」

 店員が最後まで苦情を言い終わるのを待たずして、朱里亜は店員を睨みつけると賑やかなパチスロ店を後にした。


「まったく。あっちもこっちも、シケとるんじゃけえ」

 昼間から繁華街をうろつく朱里亜。歩きタバコに歩きスマホ、歩行者マナーは最悪だ。

「役所も毎回ガタガタ言わんと、さっさとナマポ出してよっつうの」

 朱里亜は午前中、倉敷市役所に出向いた時の事を回想した。


 ◇


「診断書には『鬱病で就業が困難』とは書かれていますが」

 見たところお元気そうだし普通に働けるのではと、生活相談窓口の自立支援課担当職員から疑いの目を掛けられた。

 朱里亜は生活保護の受給者だ。今日は月に一度の、面談の日なのである。

「それに随分と、身の回りにお金を使ってるようにも見えますが」

 中年の女性職員が朱里亜の派手なファッションをじろじろと見回す。露骨に蔑んでいる様子だ。

「え、あ。これは……全部、仕事してた時に買った服で……」

 一年前までは、駅前のキャバクラ店で嬢をしていた。その時に鬱病を患い、以来ナマポすなわち生活保護を受給して生活をしている。

 実際はもう、社会復帰できるまで回復しているのだが。一度吸った甘い汁は、なかなか忘れられない。

 おいしいナマポの味を占めてしまった朱里亜は、当時の客であった開業医に偽の診断書を書かせ、不正受給を続けている。

 医師への謝礼は身体で支払った。別に悪いこととは思っていない。男女の仲などギブ・アンド・テイクなのだと、朱里亜は割り切ってた。

 朱里亜は適当に言い訳を並べ、役所の窓口を後にした。


「あーうざっ。公務員のババアに、何が分かるってのよ」

 宙に向かって悪態を吐きまくる。

「ナマポぐらい黙って出せっつうの。こっちは無職で、子供抱えて生活しとるんじゃけえ」

 朱里亜は受給されたばかりの生活保護金をコンビニのATMで引き出すと、行きつけのパチスロ店へと向かった。



「おなかすいたよう」

 ゴミだめのように散らかったアパートの台所で、麻里亜は母親の朱里亜に昼食をせがんだ。先日、雪の夜の路上で白い天使と出会った幼女だ。

 朱里亜は鬱陶しそうな顔をすると、床に置きっぱなしのスーパーのレジ袋の中に手を突っ込んだ。

 中からカップラーメンを取り出す。業務スーパーで四十八円で買った安物だ。

 台所の蛇口を捻り、蓋を開いたカップラーメンに水道水を直接注ぐ。それを、ちゃぶ台の上に無造作に置いた。

「三十分したら、食べなさい」

「さんじゅっぷんって、どれぐらい?」

「何度も言わせないでよ」

 朱里亜が麻里亜を叱咤する。

「時計の長い針が上から下まで。まったく、何回教えたら覚えるのよ!」

 麻里亜は泣きべそをかいて、うずくまった。

「ごめんなさい、ママ。まりあ、わるいこで、ごめんなさい……」

 また怒鳴ってしまった。胸がチクリと痛む。

 昔からキレ易い自分だ。悪い癖だと内心感じつつも、朱里亜は娘に言い放った。

「ママ、出掛けてくるから。勝手に外に出るんじゃないよ」

 今日もパチスロに行くつもり。上手くいけばナマポで得た金も倍増だ。

「お腹空いたら、それ食べときなさい」

 マニキュアを塗りたくった指で、朱里亜は水カップラーメンを指差した。

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