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冥土の土産屋『まほろば堂』2 ~藍染着流し店主の謎解きおもてなし  作者: 祭人
其ノ一五 からくり館のおりょうさん
53/68

5-4

「きゃああああ」

 ――って。じゃけえその程度じゃあ、全然怖くないんですけど。

 相変わらず棒読みだ。桃香が内心ぼやく。

 ――もっともっと怖がらせてくれんと。コウちゃんが守ってくれんじゃ……え?

「ぎゃあああああああーっ!」

 ようやくガチリアルな恐怖の叫びが、お化け屋敷にこだました。

「え?」

「ぎゃあああああああああああああああああああーっ!」

 孝生の声だ。

「コウ、ちゃん?」

 暗闇の中、尻もちを付いて座り込んでいる。どうやらビビッて腰が抜けたようだ。

「ぼっけえ、きょうてえ!」

 岡山弁で滅茶苦茶、怖いという意味だ。

 実は孝生は幽霊やお化けが大の苦手。お化けと聞いただけで、身体が震えが止まらなくなる程の怖がりだったのだ。

 店頭でふーんと固まっていたのはそのせいである。

 入場ゲートを潜った瞬間からも、あまりの恐怖で声が出なかったみたいだ。

「コウ……ちゃん…………」

 お化けが苦手なことを、孝生はこれまでずっと見栄を張って桃香には黙っていた。だから桃香も、幼馴染といえど彼の秘密には気が付かなかったようだ。

「きょうてえきょうてえきょうてえっ!」

 ――うっそー。まさか、あの勇ましいコウちゃんが、こんなに怖がりじゃったとは。うわわわわ、こりゃあ大失敗じゃわあ…………。

「ぼっけえきょうてえぼっけえきょうてえぼっけえきょうてえ!」

「へへへ、こりゃ面白おもれえわ」

 調子に乗った幽霊たちが孝生を更にビビらせる。

「ひぇぇぇぇぇぇぇぇーーーー!」

 孝生が臓腑の底から叫び声を上げる。

 その姿を見てヘラヘラとあざ笑い、からかうタチの悪い幽霊たち。

 中には昔、生霊時代の望美に絡んだ、リーゼントにスカジャンのツッパリふたり組も混ざっている。

「へーっへっへっへっ、あー面白おもれ面白おもれえ」

「おーおー。あんちゃん、めっちゃかっちょ悪りいのお。それでも男け?」

「オラオラ、カノジョの前でおしっこチビんじゃねえぞ」

 オラついたツッパリコンビの幽霊が、床で震え頭を抱える孝生に向かって、下品な言葉を浴びせ掛ける。

 その下世話な昭和のヤンキー口調に、桃香がとうとうプッツン切れた。

「――ちょっと、あんたらなあ」

「「「ほえ?」」」

「あんたら。さっきからわたしのコウちゃんに、なんしょんじゃあ!」

 闇の中、通路の壁に手を伸ばす。そこに掛けられた薙刀のレプリカを、桃香はむんずと掴んだ。

「うおりゃあ、この悪霊どもがあ。わたしが成敗しちゃるけえ!」

 長い薙刀を小柄な桃香が、頭上でぐるんぐるんと降り回す。

 桃香は本物の幽霊たちに憑依された人形たちに向かって、薙刀で切り付けて行った。

「うぎゃあ!」

「ひぇーっ!」

「どしぇーっ!」

 次から次へと勇ましく幽霊たちを蹴散らす桃香。

 疾風怒濤、まさしく電光石火の早業だ。

 次に薙刀を床に置いた桃香が、逃げる蝋人形の腕を捻り掴んで投げ飛ばす。

「せいやー!」

 相半身からの正面打ち入り身投げ。合気道の技だ。

 実は桃香は武術の達人。孝生と同じく剣道は元より薙刀や合気道など、様々な武道を幼い頃から両親によって習わされている。

 そんな霊感少女の正体はーー。

「とおりゃああああああ!」

 吉備津きびつ桃香ももか

 それが桃香のフルネームだ。実家は吉備津神社。岡山県民なら誰もが知る有名神社だ。

 吉備津一族は民話『桃太郎』のモデルと言われる吉備津彦命きびつひこのみことの末裔。記紀等に伝わる古代日本の皇族の第七代孝霊天皇皇子である。

 つまり桃香や桃矢を含む吉備津一族は、由緒ある神の使いの家系なのだ。

 ちなみに職業霊媒師である忍の、上お得意様でもある。

 その跡取り娘として日々、巫女になる為の修行をしているのだ。そんじょそこいらのチンピラ幽霊など恐るるに足らずである。

 倒れた蝋人形を今度は正拳突きで、めった打ちに粉砕する。

「どおりゃああああああっ!」


「……なあ、お嬢ちゃんたち。まったくなにやってくれたんじゃあ」

 何事かと騒ぎに駆け付けた人間の管理スタッフにより、事態はようやく終息した。

「ごめんなさいっ!」と桃香は平謝りだ。

「ごめんなさいっ、オレが情けないばっかりに!」

 桃香の横では、何故だか孝生も一緒になって謝っている。

 彼にまったく非はない筈なのだが……。

「ごめんね、ももちゃん……」

 おりょうが管理スタッフの横で掌をすり合わせる。申し訳なさげな表情だ。

 深々と頭を下げながらおりょうをちらと見た桃香は、こっちこそごめんねと言いたげに、苦笑いのアイコンタクトを返した。


 結局、修理代は保護者である桃香の親が弁償する羽目になった。

 桃香の家は良家の資産家。なのでこの程度では家計にはまったく響かないが、それでも両親にはこっぴどく叱られた桃香だった。


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