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4-8

 翌晩。

 自宅アパートの布団の中で、望美はぽそりと呟いた。

「初恋…………か」

 初恋の人だった樹から、逆に自分の事も初恋なのだと告げられた。

 十年以上もの時を経て、ふたりは両想いだったことが判明したのだ。

 しかも、ずっと未だに想いを寄せているとも告白された。

「いっくん……」

 望美は昨夜のことを回想した。


 ◇


「俺、のぞみちゃんの事がずっと好きだった。初恋だったんだ。その気持ちは、ずっと今でも変わらない。あの場所で再会した瞬間に、そう確信したんだ」

 樹は真剣な表情で言葉を続けた。

「だからと言って、今すぐ俺と付き合って欲しいとか。ましてや、いきなりシンガポールまで付いて来て欲しいとかって。そんな無茶ぶりな話じゃないんだ。ただ、どうしても遠くに旅立つ前に、気持ちを伝えて置きたくて。だから俺……」

「いっくん……」

「実は出発まで、あまり時間がないんだ」

 赴任は十日後。告白のチャンスは今しかない。なので、すこし強引ではあったが勇気を出してドライブに誘ったのだと樹は言った。

「ごめんね。そっちの仕事の都合もあるのは、重々分かってたんだけど。だから本当に店長さんには感謝しているんだ」

 きっと樹の発する切羽詰まった空気を読んで、真幌は咄嗟に気を利かせたのだろう。そういうことができる人だと、望美はよく理解をしている。

「来週末の夕方に、少しだけ時間貰っても良いかな。今度は仕事が終わってからで構わないんだけど。その時に、のぞみちゃんの気持ちを聞かせて欲しいんだ。俺のこと、どう思っているか。将来的には、交際や結婚を前向きに考えて貰えそうかとか。そういう答えを――」


 ◇


 回想から戻る望美。

 初恋の人からの思わぬ告白。しかも相手はイケメンの御曹司だ。

 正直、嬉しい。ひとりの女性として、嬉しくないわけのない筈の望美だった。

 望美は枕元のスマートフォンで、ブックマークしていた藤の花言葉のサイトを閲覧した。


『恋に酔う』

 源氏物語に藤壺の逸話がある。そのイメージからか、美しい紫の色合いで垂れ下がる藤が、恋へと陶いしれる姿と重なる。

『決して離れない』

 棚や木に蔓が絡みつく様が、しがみついて離れない姿を連想させる。

 また言葉の響きから「不治の病」をイメージさせるケースもある。藤は縁起の良い木であるが、見方によっては悪い木にも成り得るのだ。


「ちょっと重いかも……でも、あくまで花占いの話じゃし」

 決して悪い話ではない。彼自身はとても良い人だ。

「とりあえず上司てんちょうに相談しようかな……」

 自分でそう言いながら、布団の中でぶんぶんと顔を降る。流石にそれはありえない。

「じゃけど。なんで、あのいっくんが」

 東京帰りの爽やかイケメンで、地元の優良企業の跡継ぎ息子。今の彼だったら、いくらでも素敵な女性が寄ってきそうなものの。

 女性に縁遠く、陰キャでモテない男性ならともかく。そんなイケてる彼が、どうして地味な自分なんかを、一途に思い続けてくれているのだろう。

 よほど同窓会での印象が、忍マジックの効果が高かったのだろうか。

「それとも……」

 あれはすべて女性を騙す常套句。樹は自分が想像している以上に女たらしのプレイボーイで、単に弄ばれているだけなのだろうか。

 あれだけのハイスペックなイケメンだ。むしろ、そう考えた方が自然な展開である。

 爽やか好青年は仮面の姿。甘い言葉でその気にさせて、さんざん体を弄んだ挙句、飽きたらポイで次の標的えものへと。

 自分の初恋の相手の正体は、そんな女泣かせのクズ男なのだろうか。

「はあ……」

 望美は深いため息と共に、長々と天井を見つめていた。


 ◇


 翌晩。職場からアパートに帰宅した望美は、華音に電話をした。

 告白された事は伏せ、先日デートに誘われた事だけを望美は伝えた。その流れで最近の彼の様子や同窓会の事に付いて問い質したのだ。

 今思えば、最初の同窓会の時から様子が怪しかった。自分と樹との仲を、華音が取り持とうとするような雰囲気だった。

『あ、バレちゃった? 実はそういう事やねんよ』

 ようするに黒幕は華音だったようである。

 華音の話によると、樹は一ヶ月半ぐらい前に美観地区に立ち寄った時に、まほろば堂でメイドとして働く望美を、偶然見かけたのだそうだ。

「そうなんだ、あたし全然気が付かなかった」

 望美は驚いた。同窓会の時のようなフェイクではなく、本当に気が付かなかったのだ。

『なんでも「可愛い店員さんがいるなあ」って遠目でガン見してたら、それがのぞみちゃんでビックリしたんやって』

 忘れかけていた初恋の想い。それが再び胸の奥から沸き起こった樹は、旧友の華音に相談を持ちかけた。そこで華音は再会の場として急遽、同窓会をブッキングしたのだ。

 樹の告白の言葉を思い出す。

【「あの場所で再会した瞬間に、そう確信したんだ」】

 あの場所とは同窓会の会場ではなく、望美の職場のまほろば堂だったようである。

「でも、どうしてあたしなんかを」

 そんな手の込んだ事をしなくても、彼ぐらいのハイスペック男子だったら他にいくらでも恋人なんて見つかるだろうにと望美は思う。

『それなんやけどね。ていうか、これはのぞみちゃんには黙っておこうかと思ってたんやけど……実はいっくんってね、急に変身したよの』

 華音が言うには、東京帰りの跡継ぎ息子で顔立ちは良いのは、そのまんま。しかし、つい先日まで髪はボサボサ、服装はダサダサ。性格も無口でおどおどしてて、いかにも冴えない陰キャという感じ。お世辞にもイケメンと呼ぶには、程遠い雰囲気だったそうだ。

「ええっ。でも、それって今と真逆じゃない?」

『のぞみちゃんは、その後の彼を知らへんからね。転校してからも、色々あってあんまり友達ができなかったみたいよ。おまけに東京の大学でも、馴染めなくてボッチやったって』

「そうだったんだ……」

『とにかく、のぞみちゃんも、綺麗におめかししてびっくりしたけど。それ以上にいっくんの大変身には、ほんまに腰抜かす程驚いたわ。まあ彼に気を使って、態度には出さへんかったんやけどね』

 そういえば、家庭の後ろ暗い事情があったのだと樹は言っていた。

【「それで家から逃げ出したくて、東京の大学に進学したんだ。なんだか、俺たちって似た者同士かもね」】

 どうやら樹の爽やかな仮面の下の正体は、望美の想像していたような女たらしのクズ男ではなかったようだ。むしろ真逆の、冴えない地味男くんだったとは驚きである。

『きっとのぞみちゃんに嫌われまいと、必死に努力したんやと思うよ』



 翌朝。

 まほろば堂の店頭で、和装メイド姿の望美はため息交じりにほうき掛けをしていた。

「はあ……」

 さっきから何度も、同じところばかりを掃いている。

 昨夜さりげなく華音に、真幌の印象も聞いてはみたのだが。

『店長さんって、確かに超絶イケメンやけど。のぞみちゃんとは年も離れているし、それに男やもめなんでしょ? あの白髪だらけの髪の毛も……なんか色々ワケアリって雰囲気やし』と、あまり釣り合っていないと言いたげな様子だった。

 同じようなことを以前。店の常連の女子高生の桃香にも言われた。そこは皆さんの仰る通りだと、素直に自覚する望美だった。

 相変わらず真幌はつれない。

 魔法のハーブ事件以来、すこしは彼から信頼してもらえていることを実感できた望美だった。しかし、それはあくまでスタッフとして、あるいは年の離れた妹のような存在として。

 樹とのことも、どこか応援しているような雰囲気だ。そうでなかったら先日の牛窓までのドライブも、積極的に進めたりはしない筈。

 ひとりの女性としては、まるで相手にされていない。それが切ない望美だった。

 なんにせよ、もうすぐ樹は遠く海外へと旅立ってしまう。

【「来週末の夕方に、少しだけ時間貰っても良いかな。その時に、のぞみちゃんの気持ちを聞かせて欲しいんだ。俺のこと、どう思っているか。将来的には、交際や結婚を前向きに考えて貰えそうかとか。そういう答えを」】

「どうしよう……」

 揺れる恋心。望美は樹との未来を想像してみた。

 幼馴染で初恋の人だった彼。優しくて思いやりがあって、おまけに爽やかイケメンで地元優良企業の跡取り息子。

 お互い家庭環境や思春期にも共通点があり、孤独で辛かった頃の気持ちを共有し合える。

 恋人としても結婚相手としても、申し分のない男性だ。むしろ自分には勿体なさすぎる。

 もしかしたら樹は、自分の運命の人なのだろうか。

 それに引き換え。店長と自分では、どう見ても釣り合いが取れていない。

 店長への想いは、ただの憧れ。それこそ女子児童が担任の教師に、叶わぬ恋心を抱くようなものなのだろう。それに――。

――店長の心の中には、きっと今でも美咲さんが……。



 土曜日の夕方。

「こんばんは」

 閉店直後のまほろば堂へに、樹が訪れた。同窓会の時と同じ、紺色のスーツ姿だ。

「いらっしゃいませ、いっくん」と望美が出迎える。

 既に通勤用の私服に着替えてある。今日は樹からの告白の返事をする日なのだ。

「いらっしゃいませ。ようこそ、まほろば堂へ」と店主の真幌も、丁寧に頭を下げる。

「あの店長さん。すこしメイドさんをお連れしてもよろしいでしょうか?」

「ええ。本日の営業はもう終了しておりますので」

 真幌は「では、ごゆっくり」と、にこやかにふたりを見送った。

 

 夕映えの美観地区の河川敷。

 望美と樹、ふたりは川沿いの木製ベンチに腰掛けていた。

「三日後には、旅立つんだ」と、樹がぽそりと言う。

「うん」

「約束の返事、聞かせてもらっていいかな?」

 樹がすっと立ち上がる。望美もそれに習い、腰を上げた。

 互いに向き合うふたり。

 目の前には高瀬舟。周囲では、しだれ柳がたおやかに風に揺れている。

 ふたりの頬が赤く染まる。

 しばらくの沈黙の後、望美はゆっくりと口を開いた。

「実はね、あたしも初恋じゃったんよ」

「えっ?」

 背の高い樹の顔を見上げると、意外そうな顔をしている。

 彼の目をじっと見つめて、望美は言った。

「小学校の頃。ずっと、いっくんのことが好きでした」

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