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3-13

【県北山荘の変死体、自然死と判明】

 地方新聞の夕刊の県内版。先日の山荘の変死体が司法解剖の結果、自殺でも他殺でもなかったとの記事が、ほんの僅か片隅に掲載された。


 ◇


「桃香ちゃんは箱入り娘ならぬ、袋入り白桃はくとう娘だったんですね」

 まほろば堂の閉店後。帰り支度を終えたメイドの望美は、夜の部の準備を始めたばかりの店主の真幌に話し掛けた。

 桃太郎の末裔である吉備津家が持つ特殊な霊能力を、門外不出の袋詰めにする。そのまま汚れのない真っ白な状態で十六年間、すくすくと成長するよう大切に育て上げる。

 以前、真幌が言っていた県内産白桃の袋詰め製法になぞらえ、望美は桃香をそう例えたのだ。

「なるほど、上手いこと言いますね望美さん」

 真幌が感嘆の声を上げる。

「そして店長、知ってたんですね。桃香ちゃんが霊能者の巫女さんで、吉備津神社の跡取り娘だってことを」

「ええ、忍さんからよく聞かされていましたから」

 門外不出の吉備津家の秘密も、霊能者どうぎょうしゃ同士では例外のようだ。

 薫の遺骨は一旦遠縁の親戚の手に渡ったものを、義理の妹である桃香が内密に引き取ったそうだ。

 彼女からのLINEメッセージには、そう書かれてあった。

 しばらく子供部屋の隠し倉庫にこっそり保管し、折を見て事情を両親に話してみるそうだ。きっと自分と同じ霊能者の母親なら、時間が経てば分かってくれるだろうとのこと。

 また自分が成人して一人前になったら、立派な墓を立てて供養するのだとも書かれてあった。


【桃香】『もしも、おにいちゃんがこれから先に良い人に出会えなくて、生涯独身のまま死んじゃったら。その時は一緒に入れてあげるんだ』


「そうですか。桃香さんは強い子ですね。流石は桃太郎の末裔だ」

 真幌がしみじみと語る。

「今回の冥土の土産について。僕も正直、悩みました。望美さんの仰る通り、あまりにも自己犠牲の過ぎる儚く切ない決断でしたから。でも、桃香さんの存在があったからこそ、僕はあの条件で締結したんです」

 真幌の一人称が客前での自分から僕になる。望美の呼び方も、客の前ではうちのメイドか逢沢、ふたりの時は望美さんと使い分けているのだ。

「今回、桃香さんには肝心なところを押し付ける形になってしまいましたが……」

 真幌はこの店で見た桃香の人となりの印象や、忍から聞いた見習い巫女としての前向きな働きぶりを勘案して、今回の冥土の土産を締結したのだと言った。

 そして由緒ある神の使い吉備津家の後継者であり、今回の客の義理の妹でもある桃香に、薫の心のアフターケアを託したのだとも。

「桃香さんは、とても立派に役目を果たし勤め上げてくれました。彼女はきっとこれからも、遍く八百万やおよろずの霊魂のあるがままを受け止めながら、ひとりの巫女として目に映るすべてのものを愛し救う存在になる筈です」

「ですよね、あたしもそう思います。桃香ちゃんはとても心の優しくて強い子です」

「それに、そうでなければ神の使いの伝道師という仕事は務まりませんから」

「店長……」

 真幌は頬を緩めて言った。

「きっと桃香さんなら大丈夫」


 帰宅路である夜の倉敷商店街を、望美はひとり歩いていた。

 昔ながらの古い商店や居酒屋が立ち並ぶ。どことなく昭和の香りが漂う風情だ。

 シャッターを閉め始める商店。相反して居酒屋の看板が灯り始める。

 香ばしい焼き鳥の匂いが鼻腔をほのかにくすぐり、食欲をそそる。

 望美のお腹がぐるると鳴る。彼女は赤面しながら腹部を押さえた。

「おなかすいたな、でも……節約しなくちゃ。アパートに帰るまで我慢、我慢」

 赤提灯の傍でネクタイを緩めたサラリーマンたちが、肩を並べて暖簾を潜る。

 その様子を横目に見ながら、望美は思う。

「きっとあの人たちは同僚で、職場の愚痴とか言い合ってストレス発散するんじゃろおな」

 望美は先程の職場での会話を思い出し、頬を緩めた。

「僕も正直悩みました、か。そういえば今日の店長、ちょっぴり愚痴っぽかったな」

 ほんの少しだけど、真幌が仕事に付いての胸の内を明かしてくれた。

 こんな事は今まで殆どなかった。少しは信頼してもらえているのだろうか。それが望美には、内心とても嬉しかったのだ。

「今回の件、店長はきっと自分と重ねている。店長も苦しいんだろな、亡くなった奥様のことが忘れられなくて」

 自分は以前の母親の件で、もう死神との契約を果たしてしまった。

 もしも、もう一度だけ冥土の土産を唱えることが許されるなら。

 もう一度だけ、願いが叶うなら。

 今も苦しんでいる店長に魔法のハーブを、忘れな草を処方してあげたい。

「でも、それって……」

 それは、余計なお節介なのだろうか。おこがましい行為なのだろうか。

 男女の仲は難しい。真幌と美咲、離れ離れになっても愛し合うふたりの間には、他人の自分が入り込む余地などないのだろうか。

 そんな気持ちを忘れてしまえれば、どんなに楽になれるだろう。

「忘れな草がもう一度必要なのは、もしかしてあたし自身なんじゃろおか」

 そうひとり口にしてみては、我ながら昭和の懐メロ歌謡のようだと自嘲気味に笑う望美だった。


(次話へ)


※原題『忘れな草をもう一度』


★あとがき


 今回登場した吉備津桃香は、別作家さんが描かれたWEB漫画のオリジナルキャラクター。スピンオフのゲストヒロインとして、まほろば堂に出演して頂きました。


『ぴーちブラッド』煌【Kou】


 作者はWEB版まほろば堂の表紙イラストを描いて下さった、Pixiv絵師のKouさんです。


 まほろば堂と同じく、岡山県倉敷市周辺を舞台としたご当地ファンタジー。地元の魅力と微笑ましい恋愛要素、そしてヒロイン桃香の可愛い岡山弁やアクションシーンが満載です。現在そちらも(偶然)第二部を製作中だとか。まほろば堂共々、楽しんで頂けると嬉しいです。


 今回のヒロインが彼女でなかったら、あの別れのシーンは絶対に思い浮かばなかった。ありがとう吉備津家の人々、ありがとうももちゃん。


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