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3-10

 夜のまほろば堂。

 今宵も死期を向かえた生霊が出入りする。

 ぼおんと二度鳴る古時計。もう深夜の二時だ。

 雪洞の和風ペンダントライトを挟んで対面席に座る生霊に、店主の真幌がもてなしをする。

 備前焼の器に入ったブラックコーヒーに、宗家源吉兆庵の陸乃宝珠。昼勤の店員メイドも大好物の地元の銘菓だ。

 まだ年若い生霊が、苦い顔でコーヒーを啜る。今年で三十一になる真幌より、少しばかり年下のようだ。

「そうですよね……自分、もうすぐ死んでしまうんですよね。でも店長さんの仰る通り、本当にあの世が存在するというのなら……どうにか新たな旅立ちを受け入れられそうです」

 真幌が優しく頬を緩める。

「あと両親もなのですが、特に妹の事が心配で……」

 生霊は自分の家族になる予定・・だった人々の事が、心配でしょうがない様子だ。

「大切な妹さんの事は当店のスタッフ共々、責任を持ってアフターサポートによるケアを致しますので」

「それを聞いて安心しました。でもたしか、願いはひとつだけ……なんですよね?」

「大丈夫ですよ。そちらは当店からのサービスです」

「ありがとうございます。あの子は人懐っこくて元気で明るい子なんですけど。子供の頃から甘えん坊で、少し依存症なところもありまして。残された妹の事を、どうかよろしくお願い致します」

 背筋を伸ばして頭を下げる生霊。爽やかさと、育ちの良さが伺える品性ある礼儀正しさだ。

「ようやく心の整理が付きました。店長さんには、これまで何度も何度も根気よく沢山の愚痴や悩みや未練を聞いて頂いて、本当に感謝しています」

 自らを神と名乗る生意気な少年から余命宣告を受けて以来。自分は生霊として、もう半年近くもこの店に夜な夜な通い詰めている。

 余命はあと僅か。そろそろカウントダウンだ。冥土の土産の結論を今だ決めかねている優柔不断な自分の為にこれ以上、店主に迷惑は掛けられない。

「だから、自分は……だから……」

 ふと生霊が傍のカウンター席を見る。片隅には、鮮やかで深みのある藍色をした倉敷硝子の一輪挿しが。飾られているのはハナミズキ。艶やかで凛とした白い花だ。

 それはまるで、かつての大学のキャンパスの弓道場で、白い道着に藍色の袴姿で弓を弾く恋人の姿のようだと思った。その凛とした美しくもらしい立ち姿に、学園内外のファンも多かった。自分もその姿にハートを打ち抜れたのだと、生霊は恋人と出会ったあの頃を懐かしんだ。

「お決まりになられたのですね」

「はい。だから冥土の土産に自分の婚約者フィアンセ――」

 生霊は決断した内容を店主に伝えた。

「自分の婚約者から、私の記憶を消し去って欲しいんです」


 生霊は備中和紙の契約書に署名を書き終えた。

 それは余りにも、儚く切ない願いだった。

 真幌が静かに唱える。

「冥土の土産にひとつだけ、あなたの望みを叶えます」


【契約書 私の魂と引き換えに、婚約者である〇〇〇桃矢から私の記憶を消し去ってください。 二〇XX年一月十五日 楠木 薫】


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