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3-5

 倉敷中央病院。

 美観地区から目と鼻の先にある、市内最大級の総合病院だ。

 午後七時前。面会時間終了間際の脳神経外科病棟の個室部屋で、桃香は兄の桃矢の枕元に立っていた。

「おにいちゃん……」

 こうやって半年以上も、ベッドの上で眠り続けている。

 桃香の右手には、昨日まほろば堂の店主から渡された乾燥植物が握られてある。店主はそれを魔法のハーブだと言っていた。

『それを枕元に置いて一晩眠ると、どんなに悪い病気でも回復に向かうと言い伝えられているんですよ』

 店主は桃香にそう伝えた。

『だけど効能は一度だけ。役目を終えると朽ち果て消えてしまいます』

 とも付け加えた。

 兄の蒼白い寝顔を見ながら、桃香がつぶやく。

「望美さん、きっと店長さんにおにいちゃんの事を話したんじゃろおな。誰にも言わないでって約束したのに」

 実際には望美は、真幌にも他の誰にも桃矢の事は一切話していないのだが。

「まあでも、店長さんだったらありか。望美さんが凄く信頼してる人じゃもんね」

 手にしたドライハーブを、ちらと見る。

 ハーブの効能なんて、きっと迷信だ。そんなの、ただのまやかしに決まっている。だけど面識もない筈の兄のことを、そうやって店主は思いやってくれている。

 その気持ちが、何より嬉しい桃香だった。

 桃香はそっとハーブを、意識不明の桃矢の枕元に置いた。


 ◇


 翌日の二時間目の数学の授業中。

 あくびをかみ殺しながら解読不能な数式の呪文と格闘中の桃香は突然、教室の扉を開いた教員から苗字を呼ばれた。

 職員室へと呼び出される。桃香は教員に言われるがままに電話を取った。

「はい、もしもし」

『あ、ももちゃん!』

 電話の主は母親からだった。

『ももちゃん早く、早く病院まで来て。桃矢が……おにいちゃんが』

 一体どうしたのだろうか。まさか兄が、とうとう息を引き取――。

『いいから早くっ!』


 桃香は学校を早退した。

 職員室から手配たタクシーに慌てて乗り込み、到着後は院内ロビーを猛ダッシュ。速やかに、兄が入院する脳神経外科病棟の個室部屋へと駆け付ける。

「どうしたの⁉」

 桃花はノックもせずに病室内に飛び込んだ。

 ベッドの周りには父と母。そして中年の主治医と数名の看護師が取り囲んでいる。

 その中央には。

「……もも……か?」

 兄の桃矢が、リクライニングされたベッドに背を持たれている。

「おにいちゃん!」

 桃矢の意識が回復したのだ。

 父と母が泣いている。桃香の胸が熱くなる。大きな瞳からは、涙がぽろぽろと溢れ出す。

「わたし、わたし。よかった、おにいちゃん。ほんとによかったあ……」

「いや、本当に良かったです。正直、回復の見込みはかなり低く、絶望的な状況だったんですけど……まさに、これは奇跡としか言いようがない」

 主治医も驚きを隠せない模様だ。

「奇跡……」と桃香がつぶやく。 

 きっと、あの不思議なハーブが効いたのだ。桃香は兄がもたれている枕元を見た。

 しかしそこには何も置かれてなかった。

「ねえ、夕べここに置いてたハーブは?」と桃香が枕元を指差すと「いえ、今朝から何も無かったですよ」と若い看護師は答えた。

 桃香は真幌に言われた言葉を思い出す。

【『だけど効能は一度だけ。役目を終えると朽ち果て消えててしまいます』】

 ――凄い。本物の……魔法のハーブだったんだ。

 とにかく、こうしている場合ではない。

「かおるさんにも、知らせなきゃ!」

 兄は回復した。そう伝えれば、きっと薫は戻って来てくれる。

 薫の心に取り憑いていた鬼や悪魔も退散して、きっと元の優しいお姉さんに戻ってくれる筈だ。

 桃香は制服のポケットから、ピンクのスマートフォンを取り出した。

 薫への着信拒否とLINEブロックを解除しようと操作をもたついていた、その時。

「なあ、もも」

 ベッドの上の桃矢は首を傾げて言った。

「かおるさんって誰だ?」


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