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3-1



 爽やかな初夏の陽射しが店内に差し込む午後の三時半。

 晴れの国おかやまの倉敷美観地区、老舗土産屋『まほろば堂』の店内奥のカフェスペースに、元気な声が響き渡る。

「望美さんっ、今日もいつものあれね!」

 茜色の和装メイド服姿の逢沢あいさわ望美のぞみが、笑顔で迎える。

「いらっしゃい、桃香ももかちゃん。あれ、今日はおひとり?」

「うん。誰も付き合ってくれんかったけえ」 

 桃香と呼ばれた制服姿の少女がストレートの長い黒髪をふわりとなびかせ、はきはきと答える。ひまわりのような笑顔だ。

「みんな、お小遣い日前で金欠なんじゃって」

 人懐っこい丸顔をした元気な色白の女の子。身体はちいさいが、声は大きい。おまけに目と胸も。いわゆるトランジスタグラマーだ。

「ひとりじゃけど、テーブル席いい?」

「ええ、どうぞ。今日は平日で、ご覧の通りお客様も全然だし」

「へへっ、ありがとう望美さん」

 学校帰りの寄り道のようだ。桃香は隣の総社市から、倉敷駅近くの私立高校に通っている。

 それで頻繁にこうやって、友達と駅周辺のカフェ巡りをして道草を楽しんでいるのだ。

 そんな桃香の最近イチ推しカフェがここ、美観地区のまほろば堂だ。元が古民家だけに以前はすこし重苦しい雰囲気だった店内も、今では望美のコーディネートで、すっかり女子受けしそうな和モダンの洒落た内装に様変わりしている。

 推しの理由は内装だけではない。校内の女子の間でも話題の、藍染着流しの白髪イケメン店主の存在や、料理上手なメイドの作る地元の食材を使った創作ランチやスイーツ。何よりスタッフの優しい接客に、桃香はすっかり心を許している模様だ。

「それに、望美さんに聞いてもらいたい話もあったし」

「あたしに?」

「うん、実はね……」


「にゃあお」

 突然、猫の鳴き声が。桃香が吹き抜けの天井見上げると、古い木材の大梁の上で、ちいさな黒い影がちろりと動く。

 黒猫マホだ。最近、望美に店番を押し付けて、店主の蒼月真幌に憑依し少年の姿でほっつき歩く事が多くなったマホ。しかし今日は珍しく、猫の姿でおとなしくしているようだ。

「猫ちゃんも可愛いなあ」

「マホくんっていうの。見た目は可愛いんだけどね、口が悪くて気まぐれのやんちゃな子で手を焼いてるのよ」

「猫が口が悪い?」

「え、いやその……そ、そう。鳴き声がうるさいって意味じゃけえ」

 焦って思わず方言が出る望美だった。接客業なのだから真幌のように丁寧な言葉を使わなければと、いつもは心掛けている。

「ふーん。うちはね、家で柴犬を飼っとるんよ。ポテチって言うの」

「へえ、ポチじゃなくて?」

 食いしん坊な桃香らしいネーミングだなと望美は思った。

「ねえ桃香ちゃん、スマホに撮ってないの」

「あるよ。ちっちゃい豆柴なの。えっと。あ、ていうか話が反れちゃった」

「そうよね。それで、あたしに話ってなに?」

「うん、実は……」


「いらっしゃいませ」

 今度は男性の声がした。落ち着いた低いトーンのイケボだ。

「はい。いつものあれをどうぞ」

 蒼月あおつき真幌まほろが、お盆の上に乗った備前焼の食器をテーブル席に差し出す。

 市内の女子高生の間でも話題の、背の高い藍染着流し白髪店主だ。

「わあ、おいしそう!」

 地元の白桃をふんだんに使ったフレッシュジュースと創作スイーツ。望美が仕込みをしたものだ。食べ盛りの桃香には、まだまだイケメン店主の色気よりも食い気のようが勝つみたいだ。

「こんにちは、店長さんっ。また来ちゃった」

「いつも贔屓にして頂き、誠にありがとうございます」

「さっきの注文の声、聞こえちゃってた?」と照れくさそうに桃香が頭を掻く。

「わたし無駄に声が大きいけえ。学校でもよく注意されるんです」

「元気が良くて何よりですよ」

 望美が申し訳なさげに口を挟む。

「ごめんなさい店長、あたしったら、おしゃべりに夢中でオーダー忘れちゃって……」

「いいんですよ。最近、いつも店番してもらってますし。あの子のせいでね」

 真幌がちらりとマホを見る。

「ふしゃあ」

 黒猫はぷいっとそっぽを向いて、物陰へと消えた。


「さっそく頂きまーす」

 桃香が白桃パフェのカットピーチを、生クリームと一緒にぱくり頬張る。

「んまーい! ほんのり甘くて口でとろけて、もう最高じゃわぁ」

 頬に薄っすらと赤みを帯びた、桃香の白い顔がとろける。

「でも店長さん。岡山の桃って、なんでこんなに白くて柔らかいんじゃろ?」

「岡山では袋掛け栽培といって、桃をひと玉ずつ丁寧に袋に掛けます。それを、そのままの状態で収穫まで育てるんですよ。それが他県産との大きな違いなんです」

「へえ、そうなんですか。岡山県は白桃の生産量が日本一ってのは知ってましたけど」と望美が関心する。

「へー、それでこんなに真っ白なんじゃなあ」

「袋掛けによって真っ白な状態になり、直射日光や害虫などから守られる。その独自の製法が、気品のある甘さや風味、果肉の柔らかさへと繋がるんですよ」

 真幌お得意の、蘊蓄混じのおもてなしだ。


「では、ごゆっくり」

 真幌が店の奥へ引っ込む。その背中を見送ると、桃香は望美に話し掛けた。

「ほんと優しくて素敵な店長さんじゃよね。でもね、うちのおにいちゃんも素敵なんよ」

「へえ。桃香ちゃん、お兄さんがいるんだ」

「うん。流石に店長さんほどの男前じゃないけど。優しくてイケメンで爽やかでスポーツ万能で。わたしと違って頭も良いし」

 どうやら桃香はブラコンのようだ。

「うふふ、それはご馳走様」

 桃香がひそひそ声で言葉を続ける。

「ねえねえ、やっぱ店長さんって望美さんのカレシさんなん?」

 望美は、ぽっと赤面した。

「まさか、自分なんて」

「そっか、だよねぇ。確かに望美さんも美人な方じゃけど、ちょっとあの超絶イケメンの店長さんとは釣り合わんじゃろおしね」

「……そ、そう、かな……って、そうよね」

 最近の若い子は随分ストレートにものを言うのだなと、まだまだ充分若い筈の望美は思った。

「うちのおにいちゃんとだったら、きっとお似合いだったんじゃろおけど」

 桃香は俯き、すこし声のトーンを落とした。

「望美さんが、おにいちゃんの彼女だったらよかったのに」

「桃香ちゃんのお兄さんって、付き合ってる女の人は居ないの?」

「いるよ」

「じゃあ、そんなこと口に出したらおえんよ。彼女さんに失礼じゃけえ」

「いいの、あんな人」

 ぷいっと桃香が口をとがらせ、そっぽを向く。どうやら兄の恋人とは不仲らしい。

 機嫌を損ねてしまった。どうも恋バナは苦手だ。焦った望美は話題を変えようとした。

「ねえ、桃香ちゃん。たしか、ご実家って何かのお仕事をしてるんだよね」

「そうだよ。うちの手伝いのバイト代で、こうやってカフェ巡りをしてるんだ」

「そっか、偉いわよね。そのご実家って、やっぱりお兄さんがお継ぎになるの?」

「ううん、違うよ」

 桃香が言うには、どうやら実家の跡継ぎは妹の自分の方なのだそうだ。

「お兄さんには他にやりたいことがあって、継ぎたがらないとか?」

 望美が地味に探りを入れる。

「ううん」

 そういうわけでは、ないらしい。

「もしかして、旅館の女将さんとか?」

「ううん」

 そういうわけでも、ないらしい。

 テーブル席の桃香が、俯きながらぽそりと呟く。

「うちのおにいちゃんって、家を継ぎたくても継げない体なんだよね……」

 まずい、触れてはいけない話題に触れてしまったようだ。

 泥沼だ。望美は内心、慌てふためいた。ここは素直に謝ろう。

「ごめんなさい。あたしってば、立ち入ったこと聞いちゃって。ごめん、忘れて」

 桃香がゆっくりと頭を振る。

「ううん、いいの。それに、望美さんに聞いてもらいたかった事でもあるし」

「そ、そうなんだ。もしかして、あたしに相談って」

 桃香は「うん」と頷き、望美に家庭の悩みを打ち明け出した。

「実はね。その、おにいちゃんの事なんじゃけど……」


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