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2-5

 倉敷市内の住宅街の一軒家。表札には武藤と記されてある。

 先日、真夜中のアロマサロンAngeで白猫ハナと契約を交わした君代の自宅だ。

 昼下がり。広いリビングのソファに腰掛け、君代はホームビデオを鑑賞中だ。

「こういうのって、こういう機会でもないと観返さないのよね……」

 お茶うけに梶谷のシガーフライをつまみながら、リモコンを操作する。

 煙草シガーのように細長い塩味のビスケット。飽きの来ない素朴な味わいで、地元で長く愛されるロングセラー商品だ。

 彼女のパート先である倉敷市中庄の本社工場で生産されていて、社員価格で手に入る。

 今日はそのパートも休みだ。親子水いらずでお茶でもしたいところだが、同居している三十代の息子は、相変わらず子供部屋に閉じ籠りっきり。最近は、お風呂の時にしか階段を降りてこない。それも最近では、一週間に一~二度だ。

「こういう機会……か」

 君代が呟く。

「はあ、私もうすぐ死ぬんじゃなあ……」

 現在は生身の状態だ。しかし数週間前から床に就く時間になると毎夜、幽体離脱をするようになった。そのまま足元のおぼつかない生霊として、深夜の倉敷市街を徘徊するように。

 その時に君代は、不思議な少女に出会った。

 自らを天使と名乗る色白の少女は、真夜中の街区公園でひとりブランコに乗っていた君代に、自分は天国から迎えに来たのだと説明した。

 貴女は一か月半後に自宅で倒れ死亡する、と付け加えて。

「この世の最期にひとつだけ、貴女の願いを叶えてあげる」

 その代償として、自分に天国への道先案内役をさせてはくれないだろうか。

 少女は君代に、そう打診してきたのだ。

 最初は夢かと思った。それにしては記憶があまりにも鮮明すぎる。幽体離脱している時の行動だって、翌朝にはしっかりとすべて反映されている。

 次第に現実なのだと分かり、恐怖と絶望に打ちひしがれた君代だった。

 しかし「あの世で死んだ主人にもう一度会えるなら」と諦めの覚悟と共に、最近では死後の世界へほのかな期待を寄せるようになった。

「だけど……」

 43インチの液晶テレビに映し出された、昔のホームビデオ。撮影したのは、まだ若かった頃の君代だ。

 息子の小学校の運動会。競技は二人三脚だ。画面の中では死んだ亭主が、幼き息子と肩を組み、満面の笑みを浮かべている。

「だけど、この子の事だけが心残りで…………」

 君代は深いため息を吐いた。


 ◇


 二階の子供部屋。

 武藤むとう大地だいちはRECAROのゲーミングチェアに腰掛け、慣れた手つきでゲーミングキーボードをブラインドタッチしていた。

 古びた勉強机のゲーミングPCの前。カーテンを締め切った薄暗い部屋の中で、デュアルディスプレイの灯りが彼の眼鏡に反射している。


【Tierra5963】『登録者数数十万越え、ぱねえwwwwww』


 ティエラごくろーさん、スペイン語で大地を意味するハンドルネームだ。大地は今日もYouTubeのライブ配信チャットに夢中なのだ。

 最近はこうやって、人気ユーチューバーの取り巻きをしている。

 会社勤めを辞めネット収益で稼ぎまくっている配信者に憧れ、コメント欄やチャットに出入りをしている毎日である。


【Tierra5963】『まじ社畜乙wwwwww』


 大地は元システムエンジニアの三十五歳。

 三年前に父親がすい臓がんで他界した後、地元の小規模なシステム会社を自主退職。以来、自宅でニート生活をするようになった。いわゆる子供部屋おじさんってやつだ。

 元々はやせ型だったが、運動不足ですっかりメタボなお腹に。また極度の近眼の上に、最近はスマホ老眼も進んでいる。

 口元も無精ひげだらけで、スナック菓子のカスがこびりついている。風呂も一階に降りて母親の鉢合わせた時の小言が面倒くさいせいか、週に一~二回しか入らない。

 生前は父親は大手メーカーの元エンジニアで管理職を勤めていた。厳格だった父は、息子にもエリートサラリーマンへの道を進ませるよう、塾に習い事にと大地を厳しく育てた。

 しかし父の期待に答えられなかった大地は、地元の三流大学から小規模の零細システム会社へ就職。おまけに給料が安くて独立できずに実家暮らし。密かに父親にコンプレックスを抱いては、肩身の狭い思いをしていたのだ。

 そんな目の上のたんこぶのような父親が居なくなってネジが緩んだのか、現在は自由で自堕落な生活を満喫している。

 横の部屋は元々は親夫婦の寝室だった。しかし父親の死後、母の君代はずっと一階の和室で生活をしている。だから二階は大地の城だ。誰にも邪魔されない。トイレも部屋の横に付いている。

 父の死亡で自宅のローン返済義務もなし。多額の生命保険金に遺族年金。おまけに母親もパート勤めで収入がある。

 小遣い稼ぎはFX。欲しい物はそれで賄い、飽きたらヤフオクやメルカリで売りさばく。

 着替えの洗濯物や三度の食事は、母親が子供部屋の扉の前に欠かさず置いてくれる。ご丁寧に、三時と深夜のおやつまで。

 何不自由のない暮らし。汗水垂らして態々頑張らなくても、嫌な上司にペコペコしなくても。身の回りの世話をしてくれる母親と裕福な実家があれば、今の日本こうやって、悠々自適に暮らしていける。

「ていうか、ネットがあれば別にカノジョやツレとか居なくても寂しくもないし」


【Tierra】『つか今の時代、安月給で社畜してんのが愚の骨頂wwwwwwww』


 そうチャットに書き込んだ刹那、突然ディスプレイの電源が落ちた。

「ん、停電じゃろか?」

 しかし直ぐに復旧し、正面の液晶画面に光が灯る。しかしサイドモニタは真っ暗なままだ。

「んん?」

 ディスプレイの中には、真っ白な背景に見知らぬ少女の姿が映し出されている。

 小学校高学年ぐらいの女子児童だ。栗色の猫っ毛ボブヘアーをした蒼い瞳の色白少女。カラコンだろうか。

 オフホワイトのサマーニットに白い膝上スカート。淡いピンクのスニーカーとポシェットがアクセントになっている。

「誰だ、この娘。新人のジュニアアイドル? つうか、めっちゃ可愛いやーん!」

 アニオタですこしロリコン気味の大地には、少女のビジュアルはストライクのようだ。

 猫のような目をした蒼い瞳の色白少女が、ディスプレイ越しにじっと大地を見つめる。

『私は天使』

「……は?」

 自らを天使と名乗る謎の少女は、自分は神の使者として天国から迎えに来たのだと説明した。

「迎えにって誰を……っていうか俺を⁉」

 ゆっくりとかぶりを降る少女。

『いいえ。連れて行くのは、あなたの母親よ』

 大地が「えっ、なんで母さんを!」と驚きの声を上げる。

 画面の中の少女は、AIのように無感情な口調で言葉を続けた。

『あなたのお母さん、もうすぐ死ぬから』


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