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 そこに写っていた少年は、マホとはまったくの別人だった。

 ――どうして、この子が⁉

「どうして、この子が⁉」

 望美の心の声と、翔の驚きの声とが同調シンクロする。

 ――どうして、この子がマホくんなの⁉ まったくの別人なのに。

「どうして、この子がこんな姿に⁉」

 写真の中の少年は、青いパジャマ姿をして白いベッドで横たわっていた。

 おそらく小児病棟の一室だろう。頬はげっそりと痩せこけ、顔色は真っ青。つぶらな瞳で可愛かった目元も虚ろだ。意識が朦朧としているように見える。

 そんな少年の枕もとには、小さな赤いヒーローのフィギュアが添い寝していた。

「ついこないだまで、あんなに生意気で元気だったのに。どうして⁉」

「この子の名前は、山下まさよし君。彼は先日、永らくの闘病生活の末に市内の総合病院のベッドの上で息を引き取りました。享年十一歳でした」

「山下……まさよし…………って、ああっ!」

 その名を聞いて何か気が付いたのか、翔が驚愕の声を上げる。

「そうか、ここは岡山県倉敷市。だから山下まさよし……くんって。まさか、まさか俺にいつもファンレターをくれていた⁉」

 真幌がこくりと頷く。

「ええ。彼こそが、あなたの傍に現れたマーくんです」


 突如、美観地区で翔の前に現れた、謎の少年マーくん。

 その正体は、いつもセイギレッドにファンレターを送っていた少年だったのだ。

 予てから倉敷市内の総合病院に長期入院していた少年は、不治の病で余命僅かだった。

 しかも両親は既に不慮の事故で他界。親戚の家をたらい回しにされた挙句、孤児となった彼は市内の児童養護施設に籍を置いていた。

 入院当初は施設の職員らが交代で付き添いに来ていたのだが、人手不足で忙しいという口実で次第に足が遠のいて行った。

 医師からの余命宣告が施設へ通知されてからのここ半年は、殆ど誰も来なかった。

 幼い頃から入退院を繰り返していたので、お見舞いに来てくれるような親しいクラスメイトも居ない。

 少年は頭は賢かったのだが、生意気で口が悪かった。

 不遇な生い立ちや病気の事で、少しひねくれた性格になってしまったのだ。正直、施設では疎まれる存在だったのである。

 ひとりぼっちで孤独な日々。しかも余命はあと僅か、まさに彼は絶望のどん底に居た。

 そんな少年の唯一の心の支えは、テレビの戦隊ヒーロー。純烈戦隊セイギリオンのレッドが大のお気に入りだった。

 あんな風に強く正しく逞しく、正義の心でこの世を生きれたら、どんなに幸せだろう。

 だから少年は「自分は元気に毎日、学校に通っています!」と嘘の自分を演じて、何度もレッドにファンレターを出し続けた。

 

 施設へ余命宣告を通知された半年前頃から、少年は生霊として夜のまほろば堂に来客として出入りをするようになった。かつてメイドの望美がそうであったように。

 生身の人間に戻った現在の望美には、霊の姿は見えない。だから生霊である少年の存在に、まったく気が付かなかったのだ。

 来客である少年の魂に対し、店主の真幌は彼の身の上話にしっかりと耳を傾け、地元の銘菓と特産果実のフレッシュジュースで、心からのもてなしをした。


 少年がマスカットきびだんごを頬張りながら「ボク、セイギレッドの大ファンなんだ!」と話した所――。

「当店のスタッフに依頼して、すこしお調べしてみました。良かったら冥土の土産選びの、ご参考になさってくださいね」

 店主は次回の少年の来店の際に、セイギレッド役の広瀬翔の子供の頃の生い立ちなどを、こっそりと聞かせてくれたりもした。ファンとしては嬉しいマル秘の裏情報だ。

 そうやって店主は少年に、翔の人知れぬ過去ついて優しく丁寧に語った。翔が現在抱える、仕事の悩みについても同様に。


 聞き終えた後、少年は泣いていた。

 正義の味方である筈の警察官の父親に、捨てられ裏切られ。学校では苛められ、ひねくれて不良になって。親戚からは厄介者扱いされて、母親も苦労の末に他界してしまった。

 自分の大好きなセイギレッドに、そんな辛い過去があっただなんて。

 それでも孤独な生い立ちにも負けじと真っ直ぐに、一流の俳優になるとの夢に向かって今の仕事を頑張っている。

 口が悪くて生意気で誤解されやすいけど、きっと本当の彼は寂しがり屋で不器用で、自分に正直すぎる純粋な男なんだ。

 そんな翔を、どうしても自分と重ねずには居られない少年だった。

「レッド……翔さん……ボク…………ボクは…………」

 少年の大きな瞳から、ぽろぽろと心の雫が零れ落ちた。


「店長さん、ようやく決まったよ。ボクの冥途の土産を、どうすべきか」

 次回のまほろば堂での面談時。少年はしっかりとした口調で店主に決意を述べた。

「これ見てよ」

 少年はショルダーバッグから十何通かの手紙の束を取り出すと、テーブルの上にバサリと置いた。

「レッドからのお返事なんだ」

 密かに翔はこっそりと、ファンレターの返事を直筆で郵送していたのだ。

 送り主の住所が児童養護施設だった。だから彼は両親を失った自分の境遇と重ね、律儀に毎回送り返していたのかもしれない。

 何時もじっくり読み返した後で「捨てといてくれ」と毎回ピンク麻衣に渡していたのは、実は内心彼女にも読んで欲しいという、ひねくれた照れ隠しの現れだったのだ。

「ピンクからのもあるんだよ」

 そして麻衣も『いつも仲間のレッドを応援してくれてありがとう』と翔に内緒で、少年に直筆の手紙を送っていたのだ。

 そこには素顔のレッドの優しくシャイな側面や、意外な裏話なども書かれていて、ファンである少年にとっては嬉しくも微笑ましい内容だった。

「このお手紙や店長さんのお話で、ボク思ったんです。レッドの役を離れた翔さんって、不良ぽくってツンツン不愛想で、SNSとかでもよく『天狗になってる』『生意気だ』って叩かれてるみたいだけど。本当は義理固くて優しくて、少しシャイなだけの純で不器用な人なんだって。だから素顔の翔さんも、きっと正義の心を持った人なんだって」

 少年の口調が敬語に変わる。店主はうんうんと頷いた。

「セイギレッドには……翔さんには、ボクこれまでいっぱい励まされてきました。辛いことにも負けない、生きる勇気をもらいました。いつもぼっちで……辛い病気に悩まされ続けたボクの……たったひとつの心の支えでした。だからボク、翔さんの夢を……」

 少年は背筋を伸ばして言った。

「今度はボクが、レッドの願いを叶えてあげたい」

 対面席でゆっくりと真幌が頷く。

「承りました」

 マスカットジュースの入った備前焼のカップを退かす。

 テーブル上の和紙のクロス。それを真幌はそっと裏返した。

 その和紙の裏面には、黒い毛書体で『契約書』と記されている。

 真幌は静かに唱えた。

「冥途の土産にひとつだけ、あなたの望みを叶えます」


 こうして、おせっかいで生意気な謎の少年マーくんは、翔の前に忽然と姿を現すこととなった。

 死の間際で病院のベッドから動けない少年に、真幌は黒猫マホの魔術の力を借りて、ほんの数日間ではあるが元気な身体へと戻してあげたのだ。

 少年が病院を抜け出している間は、真幌に憑依したマホが魔術を用いて、少年そっくりに変装し入れ替わった。

 マホがロケの途中で望美の前から姿を消したのは、この為だったのだ。

 黒いパーカー、サングラス、ヘッドフォン。これらも、いつもマホが着ているものを貸してあげた。少年はずっと病院暮らしで、洒落た私服を持っていなかったからである。

 翔の生い立ちを調査リサーチしたのも、麻衣がディレクターに襲われた時に遠隔操作の魔術で救ったのもマホの助力だ。


 店主の口からすべての真相を聞き終えた翔は、テーブル席で俯いた。

「……それって――」


【「残念だけど、寿命があと僅かなんだよね」】

【「ねえ、最期にカッコいいとこ見せてよ。冥土の土産に……さ」】


「――それって俺のことじゃなく、あの子自身のことだったのか……」


 本当は憧れのヒーローに会えて、緊張で内心ドキドキの少年だった。だからそんな本心を相手に悟られまいと精一杯の演技で、いつも以上に大人顔負けの、ませた生意気な口を叩いていたのだ。

 翔の背後から女性のすすり泣く声がする。後ろを振り返ると、丸いお盆を胸に抱いた和装メイドが、ぽろぽろと大粒の涙を流している。

 対面席の店主は翔に、そっと一枚の和紙を差し出した。

「まさよし君からの、最期のファンレターです」


【契約書 ボクの魂と引き換えに、生きる勇気をくれたレッド広瀬翔さんへ、正義の心で恩返しをさせてください。 二〇XX年七月七日 山下 正義】


「マーくん……」

 自らを神と名乗る、おせっかいな黒いパーカー姿の不思議な少年。

「マー…………くん……………………」

 その謎めいた少年の存在こそが、正義まさよしの仮面の姿だったのだ。


【「神さまボクさまが、願いをひとつ叶えてあげるよ」】


 備中和紙の契約書の上に、透明な心の雫がぽたぽたと零れ落ちる。

 少年の書いた黒い文字が、翔の視界の中でじわりと滲んだ。

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