96:天魔流奥義、解放!
「フハハ……逃げるのならば今の内じゃぞぉ……?」
突如として雰囲気を変えた天狗仙人。
俺に逃亡を勧めておきながら、その声色は殺意と喜悦に満ち溢れていた。
「ずいぶんと大胆なキャラチェンジじゃねーか。いいのかよ、仙人がそんなザマになっちまって」
「ハッ……こんなザマだからこそ、ワシは和尚に外れる事なき天狗の面を被せられたんじゃよ……!」
「なに?」
首を捻る俺に、天狗仙人は語り出す。
最初に自身を、「ワシはどうしようもない乱暴者じゃった」と言い放って(俺とは違うな)。
「ワシとて最初は、どこにでもいるような修行僧じゃった。清貧に努め、欲を抑え、悟りを開くべく師の下で日々精進しておった。
じゃがのぉ……精神を鍛え上げるために、弓道を学んだのが全ての間違いじゃった……」
そう言って天狗仙人は、自身の手にした古い弓矢を見た。
「ぶっちゃけるとじゃなぁ――楽しくなってしまったんじゃよッ! 静かなる心を持つことこそが目標だったというのに、的を射抜く快感に目覚めてしまった! あぁそれからはもう駄目じゃッ。次第に動く的を求めるようになっていき、気付けば世を正すという名目でッ、山賊の集団をブチ殺して回るようになってしまった!」
「なるほどなぁ……」
快楽目的で暴れまわる修行僧か。そりゃあたしかに色々とアウトだよなぁ。
「――その結果、ごく当たり前に破門されたわい。尊敬していた和尚から“極悪人の異常者め”と蔑まれ、我欲に溺れた者の象徴たる天狗の面を被せられてなぁ。
……そこで流石に我が身を恥じて……この崖の上で静かに天寿を全うしようと思ってたんじゃがのォ……!」
ギラリと、面の奥より暴力性に満ちた眼光が俺を射抜いてきた。
それと同時に、目の前にメッセージが表示される。
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・警告! 天狗仙人の人格属性が、『善』より『極悪』へと変貌しました!
解放された【天魔流上級アーツ習得イベント】は戦闘を含むイベントです。
死亡した場合、次のイベント解放者が挑むまで再挑戦できません。
現在の解放者:1名。
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わぁお、本性晒して悪堕ちしやがった。
別のプレイヤーが挑まないと再挑戦できないのは、クリアするまでひたすらブチ当たるっていうゾンビアタックを防ぐためか。
でも解放者は今のところ俺だけみたいだから、ここでクリアできなきゃ次はいつの機会になるか分かったもんじゃないな。
「クソ弟子よォ……貴様のせいで台無しじゃ。よくも、ワシが必死に抑え続けてきた醜い悪性を解き放ってくれたのぉ……!」
弓矢を構える天狗仙人。いよいよバトルの始まりらしい。
――だがその前に、一言言ってやろうか。
「俺はさ、アンタが悪い奴だなんて思ってないぜ?」
「……はっ?」
ふと、師匠から放たれていた殺意がわずかに揺らいだ。
俺は構わず言葉を続ける。
「だってアンタさ。暴力性に溺れたとか言ってるけど、悪人しか殺してこなかったんだろう? 賊をぶっ殺して回ったとか、それ普通にいいことじゃねーか」
「なッ……!? いや、それは……だが……」
「だがじゃないだろ。ごくごく普通に善行だろ。どんな思いを秘めていたにしろ、大事なのは結果だろうが」
「っ……!?」
そう。システムはこの人を【極悪】と断じたが、俺はそんなこと思っていない。
出会い頭に殺しに来たことだって、事故みたいなものだ。
あぁそうだよ――全ては運営のアホどもが悪いんだよ!
アイツらが善人であるユーリくんのカルマ値をゴリゴリ削ったせいで、師匠は俺は悪人だと勘違いしちまっただけなんだよ!
でもしっかり殴り返したし、もう師匠には恨みはないさ。男と男の諍いの清算なんて、それくらいで十分だ。
「というわけで、正義の味方同士バトルしようぜっ!」
「って待て待てッ、何がというわけでだっ!? 貴様はもちろんワシが正義なわけがあるかッ! だ、だってワシは、慕っていた師に、極悪人だと破門されて……ッ!」
「それは師のほうが間違ってただけだろ。――たとえ快楽目的だろうが、アンタは悪を打ち倒し、たくさんの人を助けたんだ。そんなアンタを罵るヤツは、この俺が許さねえよ」
「ッッッ……!?」
天狗師匠の肩が大きく揺れる。
構えられていた矢の先が、わずかに下のほうを向いた。
「ってどうしたんだよ師匠。闘り合うんだから気合い入れろよな?」
「う、うるさいわクソ弟子がッ! まったく……おぬしは本当にどうしようもないヤツじゃな。まさかワシの醜い過去を、全て受け入れてしまうなど……っ」
言葉と共に高まっていく師匠の闘気。
それは殺意という領域を超え、凄絶な覇気へと変貌していく。
――“総てを懸けてお前を倒したい”。
そんな想いが、言葉にせずとも俺の心へと響いてきた――!
「いいぜ、師匠。限界まで滾ったアンタの欲望を、どうか俺へとぶつけてくれッ!」
「あぁ、いくぞユーリよッ! ワシの全部を晒してくれるわァアーーーーーーッ!」
かくして始まる最初で最後の師弟対決。
――次の瞬間、俺は眼前の光景に目を疑うことになる。
師匠の矢から噴き出す魔力がどこまでもどこまでも沸き立ち続け、やがて『暴龍』の姿を取って咆哮を上げたのだから――!
※ちなみに好感度システムですが、下落時は危険信号として表示されますが、上昇しているかどうかは表示されません。
現在の天狗仙人からの好感度は……!?