37:鬼畜デバッガー、ユーリくん爆誕ッ!
俺とシルが連れてこられたのは、光の届かない巨大な地下監獄だった。
何人かの人間が詰め込まれている牢の一つに、俺たちは無理やり入れられた。
「じきに死刑が執行される。それまでガタガタ震えているんだなぁ!」
そう言って看守NPCは牢に鍵をかけ、どこかに去っていってしまった。
その瞬間、目の前にメッセージが表示される。
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アナタたちは地下監獄エリアに送られました。この空間では全てのジョブ・スキル・アーツの効果が無効となります。またモンスター召喚も出来ず、アイテムボックスから武器・アイテムの取り出しも出来ません。ステータスによる身体機能のブーストもなくなります。
10分後に死刑に処されます。違反行為で死亡した場合、レベルが1つ下がります。
・ここから出る方法
1:死刑を受け入れて「始まりの街」にある神殿で復活する。
2:看守NPCを呼び出して保釈金を払う。そうすれば牢から出されて街の入口に転移できるようになります。ただし保釈金は捕まった街によって違います。この街は領主兼教皇のグレゴリオンにより、現状最高金額の三千万ゴールドに設定されています。
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「はぁー……こりゃ終わりね。完全に詰みだわ……」
深いため息を吐きながらシルは呟いた。
赤い髪をクシャクシャと掻き乱し、メッセージの文字を忌々しそうに見る。
「プレイヤーキラーとしては大暴れしてやりたいところだけど、ステータスもスキルも全部封印されたら終わりだわ。ねぇ魔王様、もう諦めて死刑になりましょう? 保釈金も払えるような額じゃないし……」
「いや、俺は払えるぞ。ちょうど三千万くらい持ってる」
「んなッ!? ……流石は幸運値極振りというべきかしら。散々大暴れしまくってる上に、レアアイテムのドロップ率もハンパないんだもんね。もういいわよ……アタシを置いてさっさと逃げなさいよ……!」
ふてくされたような、どこか寂しげな声を出すシル。そんな彼女の両頬をむぎゅっと挟んでグリグリこねる。
「んにゃっ!? にゃ、にゃにすんのよっ!?」
「逃げるだと? ふざけるな。そもそもこんな逮捕は間違ってるんだよ。プレイヤーキラーのお前はともかく、俺が死刑になっていい理由なんてあるか!」
「ってアンタさらっとアタシに酷いこと言ってない!?」
そもそもアンタに付いてきたからこんな街に入ることになっちゃったんだからね!? とギャアギャアうるさく騒ぎ出すシル。元気を取り戻したようで何よりだ。
さて――システムの穴は見つかった。あとは気合と根性で脱獄するだけだ。『モンスターなど生きているだけで悪なのだ』と言い放ったあの歪みきった教皇を、サモナーとして成敗しなければ。
「さぁ、遊びは終わりだ。教皇グレゴリオンを排除しにいくぞ」
「はぁ!? 何言ってるのよ! 脱獄なんて出来るわけないし、そもそも街の中ではHPが減らない設定なのよ? アンタが街を奪い取るって言った時には、冗談で『領主NPCを殺す?』とか聞いたけど……」
「あぁ、ゲーム初日にスキンヘッドのヤツと殴り合ったからわかってるって。たしかにダメージは通らなかったな~」
「うん?」
首を捻るシル子さん。そんな彼女を横目に、俺が看守を呼ぼうとした時だった。
牢の中にいた俺とシル以外の者たちが呟く。
「はしゃぐなよ……処刑が怖くないのかよ……!」
「オレたちはいつまでここにいればいいんだ……サモナーというだけで、こんなことになるなんて……」
「うぅ、あの教皇め……! あぁ、ここから出たい、モンスターに会いたい……!」
牢の隅にうずくまりながらガタガタと震える幾人かの者たち。彼らのことをジっと見ると、『NPC・サモナー』と表示された。
「なんだこいつら? NPCにもジョブがあるのか?」
「あぁ、ギルドシステムが実装された時に戦闘能力を持つNPCが追加されたって書いてあったわね。
ギルドシステムの一つに、『ホームの防衛をNPCに任せることが出来る』ってのがあるらしくてね。強いNPCにアイテムを上げて親密度を上げたり、傭兵NPCにお金を払って仲間にしましょう~とか書いてあったわ」
なるほど、NPCを雇えるようになるのはゲームじゃよくあるシステムだな。
……でもなんでこいつら捕まってるんだよ? 牢屋の中にいるやつらとか勧誘のしようがないし、そもそも前科あるやつとか雇いたくないわ。
そう言う俺に、シルが複雑そうな顔で答える。
「たぶんだけどこいつら……死ぬためだけに運営が生み出したNPCよ」
「……なに?」
「だってそうじゃない。恐ろしい地下監獄に送り込まれたっていうのに、看守以外に誰もいないなんておかしいでしょう? 他にも何人かいて、恐怖でガタガタ震えていてくれないと『雰囲気』が出ないじゃない。
……そのために用意されたのがこいつらよ。モンスター抹殺主義のこの街の『空気』を感じさせるために、サモナーっていう設定をテキトーに付けられて、そしてこのまま飼い殺し。きっとゲームが終わるまでね」
……なるほど、つまりこいつらはただの小道具ということか。
シルのはしゃぐ声に愚痴を言ったということは、最低限の知能は埋め込まれているのだろうに、雰囲気を出すためだけにここで生きて死んでいけと。
気に食わないな。
俺はサモナーの男たちに近づき、そのデコをピンピンピンッと指で弾いていった。
「っていたぁ!?」
「わぁっ!」
「えっ、なに!?」
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・NPCに対して暴力行為を行いました。彼らのアナタに対する親密度を、ゼロから-10にまで落とします。
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黙ってろシステム。ふぬけた男に根性を入れるには、むしろデコピンじゃ足りないくらいだっつの。
「ア、アンタ、いったいなにを……!?」
「シャキッとしろよサモナーども。設定だろうが何だろうが、お前たちはサモナーなんだろう? モンスターに対する愛があり、教皇や街の在り方に対して怒りがあるんだろう?
だったらお前たちは俺の仲間だ! 今から街を奪い取るぞ」
「えっ、ええ……!?」
呆ける彼らを放置して、俺は看守を大声で呼び出す。
「おーい降参だー! 保釈金を払うから、俺だけでも許してくれー!」
「むっ、なんだつまらん。せっかく死刑が見られると思ったのに」
ドタドタと牢の前にやってくる看守。ヤツが扉を開けた瞬間、『アナタは三千万ゴールドを失いました。街の入口に転移しますか?』というメッセージが現れた。
俺はそれを無視し、看守の顔面を全力で殴り抜いたッ!
「ぐがはっ!?」
倒れ込んで尻餅を付く看守。そんな野郎の顔面に蹴りを入れ、向かいの牢屋に叩き付ける!
「どうだ、ダメージは通らなくても『衝撃』は発生するだろう? ほらシル、さっさと脱獄するぞ」
「っていやいやいやいやいや!? なにやってるのよ魔王様!? 看守NPCにそんなことしたらっ、」
彼女が言い切る前に「なにごとだーっ!」という声が響き渡った。
治安維持態勢はバッチリのようだ。教皇に通報された時のように、上の出入り口から何十人もの衛兵たちがこちらに走ってくる。
だが二度と捕まってやるかよ。正義の勇者として、悪の手先であるお前たちには屈しない!
「シル、お前の出番だ。大剣をガンガン振り回しまくって、入口までの道を開けてくれ」
「はぁっ!? ちょっとメッセージを見てなかったの! 監獄エリアじゃアイテムボックスから武器を取り出せなくなるって書いてあったじゃない!?」
「あぁ、だったらそれ以外の場所から取り出せばいいんだろう?」
「そ、それ以外って……あっ、あああああああああああッ!?」
システムの穴にようやく気付いたシルの叫びを聞きながら、俺はメニューを開いて『イベントポイント交換ページ』より大剣をタップする。もちろんアイテムボックスに送るのではなく、『すぐに実体化させる』という項目を選んでな。
その瞬間、爆発的な光を放ちながら空中に大剣が姿を現した――!
「そぉら、持っていけよシル! 俺からのプレゼントだッ!」
「くっ……あははははははははッ! アナタってば最高ねぇ魔王様ッ! 目的を達成するためなら全てを利用する、運営にとっては悪魔のようなプレイヤーよッ!
いいじゃない、燃えてきたわ。こうなったら盛大に暴れ回ってやろうじゃないのッ!」
赤き大剣を握り締め、シルは一気に駆け出した! 刃を振るうたびに衛兵たちがピンボールのように吹き飛んでいく。
これもまたシステムの抜け穴だ。メッセージには『プレイヤーのみが』この空間でステータスによる身体機能のブーストがなくなる、とは書いていなかった。つまりNPCの身体能力もプレイヤーと同等になるわけだ。
さらに『数値設定』がゼロになるわけじゃないからな。『筋力値300以上』を要求するような激レアな大剣も装備することが出来る。これで武器の性能差により数の差を覆すことも可能だ。
さらに、
「ぎゃああああああッ!? あっ、熱い熱い熱い熱いッ!?」
シルに吹き飛ばされた者の多くが、身体を炎上させながら悶え苦しんだ。大剣の効果発動だな。
この監獄エリアではアーツもジョブもスキルも使えなくなるが、武器の効果だけは無効化されない設定だ。
だって仕方ないよなぁ? 運営は、『アイテムボックスから武器を出せなくなる』という縛りだけで完封した気になってるんだから。
「あぁ、それともう一つシステムの穴を発見したぞ。攻撃されたモンスターが苦しんでいるのと同じように、どうやらNPCにも痛覚制限が設定されてないみたいだな。プレイヤーと違って大変なことだなぁおい……教皇を苦しめるために利用させてもらうぞ」
そう言いながら、「なんだこれ……どうなってるんだ……こんな事態の対処法、知らない、知らない……!」と壊れたように震えている看守NPCから鍵を奪い取り、他の牢屋の扉を次々と開けていく。
その中では何人ものサモナーNPCたちが、呆然とした顔をしていた。
「オ……オレたちは、出てもいいのか? で、でも、なぜかそれはいけないような気が……!」
「だったら一生そこにいろよ。クソみたいな運営のルールに縛られて、ずっと震え続けていればいいさ。
ああ……だがもしもそれが嫌だというなら、サモナーたちよ! 俺の背中についてこいッ! 全員でこの街を奪い取るぞッ!」
「ッ――!?」
俺の言葉に応え、一人、また一人と、小道具扱いだったNPCたちが立ち上がっていく。
その数は徐々に増えていき、いつしか俺の背には、牢屋の通路を埋め尽くすほどの大軍勢が出来ていた。
「オレたちは……自由が欲しいッ!」
「サモナーとして、愛する使い魔に会ってみたいッ! なぜか一緒に過ごした記憶がまったくないけど、それでも愛しいと思う気持ちが確かにあるんだ!」
「もうこんな場所に囚われ続けるのは嫌だーーーーッ!」
咆哮を上げるNPCたち。それは小道具ごときでは決して上げられない、決意に満ちた男たちの叫びだった。
そんな事態を前に真っ赤なシステムメッセージが表示される。
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・ヘルヘイム地下監獄にて想定外の騒動発生。首謀者はプレイヤー:ユーリと判断。このトラブルを受けてNPCたちのAIが異常行動を開始。
管理者チームに報告、報告、報告…………応答なし。よってこれより、バグ修正用AI『ペンドラゴン』によるジャッジを開始。
ジャッジ――問題なし。システムに不正改竄された形跡はありませんでした。全てはシステムの仕様内の行動です。
ご迷惑をおかけしました。プレイヤー:ユーリ様、これからも安心してゲームを続けてください。
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「へぇ、話がわかるじゃねぇか! よーし、それなら全力で暴動を起こしまくってやるぜ!」
そうして俺は多くのNPCたちを引き連れ、牢獄の外へと向かって行ったのだった。
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