172:決戦のソラへ
『きっ――緊急アナウンス、緊急アナウンスッ! どうも、運営AIのナビィです! 配信動画および負け組エリアにて実況を行っていたのですが、異常事態につき戦闘エリアにも声をお届けする次第ですっ!』
灰と土煙の立ち込めた世界。その上空にナビィは現れた。
しかし、彼女を見上げる者はいない。十万を超えるプレイヤーたちが争っていた戦場はもはや、粒子化していく死体の山で埋め尽くされていた。
ナビィの焦った声だけが響き続ける。
『つい先ほど、女神側の総大将たるペンドラゴン様の攻撃により、多くのプレイヤーが一気に死亡しました。ただいま死傷者数を計算中です。
また数万を超える死亡者たちの一挙エリア転送に伴い、サーバー負荷で少しラグる可能性が……って、聞いてる人いますかー!? みんな死んじゃったんですか!?』
もしかしてイベント終わりッ!? こんな唐突な形でー!? と涙目で騒ぐナビィ。
――そんな彼女に対し、俺は瓦礫を押しのけながら声をかけた。
「いいや、ここに一人生きてるぜ」
『アーッ、ユーリさん!?』
ナビィの顔がぱぁっと輝く。
おいおいなんだよ、俺が生きてることがそんなに嬉しいのか? 心配してくれてたのか? と思ったが、しかし、
『ふぅーよかった! 世界中の視聴者様たちにまだまだブレスキを宣伝しまくれますっ! あんな終わり方じゃ唐突過ぎますしねー!』
「ってうぉい」
宣伝面での心配をしてただけかよ。相変わらず商売根性たくましいというか、運営の犬なAIだなオイ。
まぁコイツのことはいいや……。
「……スキンヘッド、ザンソード。おかげで生き残ることが出来たぜ」
亡き戦友たちに感謝する。あの殲滅攻撃から生き残れた理由は、間違いなくあいつらのおかげだろう。
俺に向かって堕ちてくる巨大槍の勢いを減衰させてくれたからこそ、ボロボロながら死なずに済んだ。
「――うぇぇええぇぇんっ、だれかたすけて~~~……!」
と、そこで。近くのクズ山から知っている声が響いた。
折り重なった瓦礫をどけると、そこにはウチのロリ職人・グリムの姿が。
彼女は俺と目が合うや、ガチ泣きしながら抱き着いてきた。
「あぁぁぁぁぁっこわかったよぉまおうどのぉおおおおー-! いきなり槍が落ちてきてっ、ドカーンッてなってぇ~!」
「あぁーよしよし、落ち着けグリム。もう大丈夫だからな」
土埃を払いながら頭を撫でる。あの大規模攻撃の中、よく生き残れたものだ。
グリムはしばらく泣いた後、ある物を俺に差し出してきた。
それは、レンズが割れて壊れきった眼鏡だった。
「こいつは……フランソワーズの……」
「うん、わたしのことを庇ってくれて……」
「そっか」
もう一度優しくグリムの頭を撫でる。
この子の姉貴分はしっかりと意地を貫いたらしい。
アイツのためにも負けられないな。この絶滅大戦にケリを付ける。
「おいナビィ。今、地上で生き残っているのは俺たちだけか?」
『えぇとー……あっ、いえ! まだ百名ほど残っています!』
手元のウィンドウを見るナビィ。どうやら人数確認が終わったようだ。
なるほど、百人か。結構な数が生き残ったもんだな。まぁ攻撃前は十万人くらいだったんだから、生存率で考えたら1%以下になるが。
「ちなみにその百人だが、魔王側プレイヤーと女神側プレイヤーの割合はどうなってる?」
『そ、そこまで教えるのはルール上……』
ナビィの表情が気まずいものになる。それだけで答えは大体わかってしまった。
はたして次の瞬間、周囲一帯より武器を構えたプレイヤーたちが姿を現した。
彼らは得物の切っ先を、一斉に俺とグリムに向けた。
「……こいつら全員女神側プレイヤーか。ま、こうなってもおかしくはないよな」
元々、女神側のほうが数万人単位で多かったんだ。そりゃ向こうのほうが多く生き残るってもんだろ。
それに……、
「アラタみたいに、一部のプレイヤーはあの攻撃が来ることを知ってやがったな。そうすりゃ防御を固めるくらいは出来る」
「――ええ、ご明察ですよユーリさん」
俺の呟きに、赤ずきん姿の女神側プレイヤーが応えた。
って、こいつ見覚えがあるぞ。たしか少し前にぶっ飛ばしたバーチャルアイドルのアカヒメだったか。
取り巻き連中がわんさか居たために、死亡確認までは出来てなかったな。
「アナタの考察通りですよ。ペンドラゴンさんが選んだ極一部のプレイヤーのみ、あのアホみたいな攻撃は教えられていました」
「なるほど、誰も彼もに教えてたら情報が洩れるかもしれないからな」
となるとこのアカヒメってアイドルさんも、ペンドラゴンが見込んだプレイヤーの一人ってことになるわけか。
どうしてアイドルが……と考えたところで、ザンソードのオタクトークを思い出した。
「あぁ。そういえばアンタも、元祖VRMMO『ダークネスソウル・オンライン』のプレイヤーだったらしいな。ペンドラゴンとはその繋がりか」
「おやっ、よく知ってますねぇ。もしかして私のファンだったりします?」
「いや、バーチャルアイドルにハマって会社クビになって人生の壊れたオタク侍が言ってた」
「なにその人こわッ!?」
ガチめにドン引くアカヒメ。もしもこの反応をザンソードが知ったら、きっと傷付く……ことはないな、うん。あいつのことだからマゾに覚醒することだろう。
「ゴホンッ……まぁその人の言う通りですよ。ペンドラゴンさんとは昔馴染みですし、私も流行のゲームで宣伝したかったところですからね。今回の戦いに加わらせていただきました。というわけで」
アカヒメは両手を広げた。すると左右の手中に、二丁のボーガンが現れる。
「お空の上のペンドラゴンさんには会わせません。なぜならアナタは、宣伝のために私の手でぶっ倒すからです☆」
可愛い笑顔でバチバチの殺意を飛ばしてくるアカヒメ。
運営AIのナビィといい、最近の女子は商売根性たくましいなぁオイ。
「いいぜ、やってやるよ」
アカヒメを始め、周囲の女神側プレイヤーたちを睨み付ける。
ペンドラゴンのところにまで行く方法は思いついたからな。こいつらを排除して、好き勝手してくれたアイツに一発かましてやる。
――そう思いながら武器を構えたところで、不意に小さな人影が俺の前に歩み出た。
妹分のグリムだ。彼女はボロボロの身体を震わせながら、俺を庇うように立つ。
「魔王殿よ。残る気力は、全てペンドラゴンにぶつけよ。こいつらの相手は我が務める」
「って、グリム、お前それは……」
無茶だ、という言葉は出せなかった。
彼女の背中から伝わる気迫は本物だ。グリムは壊れたフランソワーズの眼鏡をしまい、両手に巨大槌を顕現させた。
「職人としてのライバルに……大好きなフランソワーズお姉ちゃんに生かしてもらった命だ。ならば私も、お姉ちゃんと同じくらい大好きな、ユーリさんのために死んでみたい」
「グリム……」
百人近くの敵を睨み付けるグリム。これまでの乱戦とは違い、一方的なリンチに近しい状況だ。
俺からしたらこれくらいの数の暴力は慣れているが、戦場にほとんど出たことのない彼女からしたら、どれほどの恐怖だろうか。
恐れを隠すことが出来ず、小さく震える彼女の姿に、アカヒメが気まずそうな表情をした。
「ってなにその子、明らかに怯えてるじゃないですか。ねぇユーリさんやめさせてくださいよ、そんな子一人をボコるのはちょっと……」
「――だったら」「その子一人じゃなければいいンすね?」
その時だった。グリムの両側に、さらに別のプレイヤーが現れた。
酷くボロボロの後ろ姿。だがその背には見覚えがあった。
「お前らっ、クルッテルオにヤリーオ!」
魔王側のトップ勢二人だ。女神側のマーリンと戦っていたはずだが……、
「どうにかアイツを倒すことが出来たわ。そしたらマーリンのヤツ、宇宙がどうとか言い残してね」
「空を見上げたらデカい槍がいっぱい落ちてきたもんだから困ったっすよ。でもおかげで、いち早く身を守ることが出来たっス」
ニッと笑う二人。どちらも傷だらけの有り様だが、それでも心からありがたい。
もうこの地には俺とグリムしか魔王側プレイヤーはいないと思ってたからな。
――さらに、
「悦い修羅場だのぉユーリよ! ワシも混ぜるがいいッ!」
暴龍、鳳凰、魑魅魍魎を象った矢の雨が、女神側プレイヤーたちに降り注いだ――!
そして戦場に響く哄笑。その笑い声のするほうを見れば、興奮に狂う天狗面の男が瓦礫の上に立っていた。
「アンタは、天狗仙人っ!」
「よォユーリよ。相変わらず暴れているようだのぉ」
顎髭を撫でる天狗仙人。俺に強力なアーツを教えてくれた師匠NPCだ(※なお師事時間は20分)。
前回のイベントと同じく、好感度が最大限近くなったNPCに何人か協力を仰ぐことが出来る機能があったため、登録してはいたんだが……。
「アンタ今まで何やってたんだよ!?」
「隠れながらチマチマ撃って一方的な殺しを楽しんでた」
「陰湿ッ!」
なんて爺さんだと呆れてしまう。
最初は『暴力衝動に喜悦する自分を忌避し、山で孤独に自制していた』――的なキャラだったんだが、俺とのバトルでハッピーになったせいで完全に凶悪性を取り戻したようだ。
師匠キャラが仲間になっていることに、女神側のプレイヤーが何人か動揺していた。
「……ここは任せて大丈夫か、天狗師匠?」
「応よ。――宿敵を待たせているのだろう? ならばさっさと行って、盛大に殺し合って来い」
「ああっ!」
ヤリクルコンビに加え、この人がいれば安心だ。
俺は背を向けると、最後にグリムに声をかける。
「敵の総大将をブッ殺してくるぜ。だからグリム、お前は地上の下っ端どもを皆殺しにしてやれッ!」
「っ、あぁ! 魔王殿が眷属として、全員血祭りにしてくれるわーっ!」
高らかにハンマーを振り上げるグリム。他の仲間たちも、武器を構えて敵軍を威嚇する。
本当に頼もしい戦友たちだぜ。おかげで残る気力と手札の全てを、ペンドラゴンにぶつけられる。
「さぁ、行ってやろうか宇宙に!」
俺は視線を上げると、敵軍のシンボル『女神の霊樹ユグドラシル』に向かって駆け出した――!
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