憑社
「……ほんとにここで合ってんのか?」
滝は呆然と、雑居ビルを見上げる。そりゃそうか。こんなとこに探偵事務所があるって言っても、信じる方が難しいだろう。
「なーに? 今更怖気付いたの?」
「……そーじゃねーけどさ……」
私が軽くからかうと、滝は頭をかく。
「まぁいいや、行こうか?」
「はぁ…」
滝は私のペースについていけなかったのか、ため息をついた。
「……まー、オマエだろーたー思ったけどな」
煎餅をかじりながら幽鬼はドアを文字通り蹴破った私を見る。鍵かけてんじゃないよ、もう。
「一時閉店してる事務所のドア蹴破る奴なんざオマエくらいしかいねーよ。人のおやつの時間邪魔しやがって」
「探偵がおやつとか言ってんじゃないわよ…」
どこまでもマイペースな幽鬼に、私はガックリと肩を落とす。
「んなこたどーだっていいわ。見たとこそのスケバンが依頼人ってとこか? それともその隣のノッポさん?」
「綾にノッポって言わないでやってくれ……コイツ一応気にしてんだ…」
「まー、僕より身長高そうだもんな」
せっかく着いてきてくれたのに、綾もう泣きそうじゃん。なぜ追い討ちをする。そこでなぜ。
「ふーん、神社ねー。好きじゃねーけどなー。あんまり」
「アンタ本人の目の前でそれ言っちゃう?」
「だって商売敵みてーなもんだぜ? セ○ンイレ○ンのオーナーがロ○ソンそんな好きじゃないって言っても違和感ねーだろ。そーゆー事」
それは違うでしょ。なんか違う。
「まー依頼されたらやるけどな。嫌だけど」
念を押すな。そこで念を押したらダメだと思う。商売として。
「……受けてくれねーのか?」
「いや受けるけどさ。内容を教えろ内容を」
言わせなかったのはどこの誰だ、というツッコミは一応しておこうか。踵落としと一緒に。
「んで? 今回の依頼は、神社を訪れた人からの訴えをどうにかしてほしいってとこか?」
私に蹴り飛ばされた頭を押さえながら幽鬼は依頼内容を確認する。
どうやら、神社を訪れたあと、原因不明の病や事件に見舞われる人が居たという。
「……でも、僕に頼んでいいのか? それ。神社の評判落とさねー?」
「解決が先だろ。どうせこのままじゃ経営なんて立ち行かなくなるんだ。一緒だろ?」
幽鬼の純粋な疑問に、滝はため息と共に返す。
「……契約成立、と行こうか。中々いい性格してんな、オマエ」
「そりゃどーも。っつっても、お互いさんだろうけどな」
「ここでいーのか? んで、そっちの目測では何体くらいいるんだ?」
「5はいる」
「わーお、何した?」
まさかの5体以上。普通はそんなに取り憑かれることは無い。ほんとに何した。
「……いや、うちの父さんが憑かれやすくて…」
「あー、じゃーオマエの親父さん、霊見えなかったりするだろ」
「……なんでわかったんだ?」
「経験則だよ。そういう家系で憑かれやすいのは大抵見えねー奴なんだよ」
そう言うと幽鬼は、さも当たり前のように神社に乗り込んでいった。