霊感探偵 鹿跳幽鬼
とある街のとある雑居ビル。
そこでは、とある探偵事務所が今日も今日とて営業している。
その探偵事務所は一風変わっていて、普通の事件は扱ってくれない。なんでも所長曰く、「僕には推理なんて出来ないから」なんだそう。
なら、なぜ探偵事務所なんてやっているのか? そんな疑問はごもっとも。かく言う私も最初はそう思っていた。
だけど今は、彼こそ最高の探偵だと信じて、疑うことなど出来やしない。
とある日の昼下がり。
小学生は駄菓子屋へ走り、中学生は部活で走り込み、高校生は────────
───────とある雑居ビルに向かっていた。
そんな高校生のうち、1人は私、天木白。華のJKだ。今年の四月から。悲しいことに、JK初心者なのである。まぁいいんだけど。
もう1人は私の友達の黒部志希。黒髪の短めのボブカットで、どこか弱々しい雰囲気を纏う少女だ。時々コイツ年下だっけ? などと錯覚するが、同い年である。何かと庇護欲をかきたてられる。
「……ねぇ、ほんとにこんなところに入るの…?」
「だーいじょうぶだいじょうぶ。なんも出やしないって」
不安そうな志希に、手を握って私は笑いかける。
そもそも『アイツ』とは知り合いだしね、私。じゃなきゃこんなとこ来ないよ。絶対。いや分からん。来るかもしれない。分からん。
っていうか志希の手柔らかくて暖かい。可愛い。って違う。そうじゃない。まるで私が変態みたいじゃないか。断じて違うからな。
……それはともかく、雑居ビルの階段を上り、とあるドアをノックもせずに開ける。ドアにはベルが取り付けられており、ドアが動くとそれが鳴るのだ。小さな喫茶店とかによくあるやつ。
「ようこそいらっしゃいました。こちら鹿跳探偵事務所の────ってなんだ、オマエかよ」
「ちょっとー、オマエかよ、って何?」
営業スマイルを崩してソファに寝転がる失礼極まりない青年に、私はチョップを食らわす。
「おー、乱暴なのは相変わらずだねー。んで何の用? ここは喫茶店じゃねーんだから、勝手にコーヒーが出てくるわけじゃねーんだぜ?」
「喫茶店だったとしても勝手にコーヒー出てくることなんてないでしょうが。今日はれっきとした依頼よ、依頼」
私は机に依頼書を叩きつける。極度のめんどくさがり屋である彼は、こちらで依頼の内容を紙に纏めて持ってこないと、基本的に依頼を受けてくれないのである。
オマエほんと、こういうとこ律儀だねー、などとほざきながら、彼は依頼書に目を通す。
「ふーん、今回の依頼人はそちらのお嬢ちゃん? じゃあもう天木に用はねぇな。勝手に帰ってタピオカでも喉に詰まらせとけ」
「殺すよ?」
おーおー、おっかねーJKもいたもんだぜ、と彼は笑いながら、懐に手を伸ばす。
「僕は鹿跳探偵事務所の鹿跳幽鬼。以後よろしく」
そう言って、幽鬼は志希に名刺を手渡す。名刺は当人の性格に似合わず、端まで折れ曲がったりせずに綺麗に作られている。なんかムカつく。
「黒部志希です……。よろしくお願いします……」
「黒部クンねー、あいよー。あ、緊張とか全然しなくていいからね」
コイツに緊張する価値なんてない、と言おうとしたが寸前で飲み込んだ。さすがに言っていい事と悪い事がある。まぁ、当のコイツはそれを理解してなさそうだけど。
「さーて、早速仕事の話に移ろうか。依頼内容は『黒部クンの家付近で起きる不審火の原因究明とその解決』でいいかい?」
その言葉に、志希はこくりと可愛らしく頷く。
「んー、でもこれ、警察に頼むことじゃねーの? 一般の民間探偵に任せるのはお門違いだろ。そもそも犯人が『生きた人間』だったら僕の専門外だ」
「あんたが『一般の』民間探偵じゃないから頼んでんでしょーが。生きた人間だったらそれこそお父さんにでも頼んで無理やり警察動かしてもらうわよ」
「………? ………あぁ、天木クンの親父さん、警察のお偉いさんだったか」
忘れてたなー、と幽鬼は笑う。古い知り合いではあるようなのだが、何分最後に会ったのはかなり昔らしいし、その頃はお父さんもそこまでの地位ではなかったため、『私のお父さんが警察のお偉いさん』という実感がないらしい。
「まぁそんな話はどうでもいいや。僕だってこれを生業にしてるんだ。対価も必要さ。依頼料は……そうだな、解決後に改めて請求するとしようか──こんなんでも、僕だって探偵だ。…………『詐欺』なんてしないつもりさ」
そう言うと、幽鬼は志希に向かって笑いかけた。