魔法少女アリウムフルール!!番外!!-もしも魔法がなかったら-
もう夜も更けた夜の23時。墨亜ちゃんはもうとっくに寝ている時間だし、千草も部屋にこもっているからリビングには俺とパッシオ、光さんと玄太郎さん。あとはそばに控えている美弥子さんや十三さんたち、使用人の人達だ。
「ふぁ……」
「眠くなって来たのかしら?もう23時だし、お部屋に戻ってお休みしなさい」
「んー」
俺の隣に座っていた光さんに諭されて、生返事をしながらソファーから降りる。膝の上でおなかを出して寝ていたパッシオが慌てて飛び起きて、床に着地するけど、人の上で寝てたのが悪い。
起きたパッシオが肩に駆け上ってくる感触を感じながら、もう一度あくび。眠い、めちゃくちゃ眠い。今日はトレーニングもあったし、それが原因だろうか。
「お休みなさい」
「お休み、真白ちゃん」
「お休み」
「お休みなさいませ」
光さんからお休みのキスをおでこにされて、他にも玄太郎さんと十三さんにお休みのあいさつをされて、俺は美弥子さんとパッシオと一緒にリビングを出る。
廊下に出ると肌寒い。季節はもう冬が間近で、週間の天気予報では来週の今頃には初雪の予報が出ていたはずだ。この地域も冬になれば10㎝程度は街中でも毎年積もる。
初雪で積もることは無いだろうけど、1月2月になれば、この辺りは一面の銀世界に早変わりしていることだろう。
「真白様、こちらを。もう冷える時期でございますから」
「ありがとー」
美弥子さんが用意していたブランケットを肩から羽織り、寒さ対策。ブランケット自体もある程度暖められていたようで、ほんのり温かい。物が良いというのも間違いないけれど。
ついでに肩にいたパッシオを腕に抱えて湯たんぽ代わりに使う。コイツ、火属性だからか基本的に体温高めだから、最近は布団の中にいても俺に抱き枕にされている。
最初は妙に恥ずかしがっていたけど、最近はもう抵抗すらしない。ふっふっふ、諦めたまえ。
「では真白様、お休みなさいませ」
「うんお休み、美弥子さん」
自室まで案内されて一人のベッドにしては大きな、多分クイーンサイズ並のベットに潜り込み、布団をかけてもらうとここまで来てくれた美弥子さんともおやすみの挨拶をして別れる。
布団も部屋も心地いい温度にしてある。ふかふかだし、パッシオの毛並みも冬毛でふわふわだ。
「おやすみパッシィ」
「はいはい、お休み真白。僕を潰さないでね」
腕の中で湯たんぽ代わりにしているパッシオにも愛称で声をかけると、なんだかあきれたような、諦めたような返事が返って来た。
寝相はそんなに悪くないし、一体何に対して何だろう。
「……また僕はこの試練に耐えないといけないのか」
微睡みに落ちる最中、パッシオが何かぼやいていたような気がしたけど、それを気にする間もなく、俺の意識は夢の中へと落ちていった。
翌朝。秋まであった太陽光の目覚ましも、流石に気温の低い今の時期は厚手に変わったカーテンに遮断されて、部屋の中は薄暗いまま。なんとなく起きなきゃいけない時間というのは、体内時計で分かってはいるけど、それよりもぬくぬくの布団とパッシィの体温にかまけて眠りこけていると。
「はい、真白様朝ですよ。今日は学校はお休みですが、起きてくださいね」
「んー、もうちょっとー」
「ダメですよ。はい、起きてくださいね」
バサリと布団を剥がれて強制的に美弥子に起こされると、腕の中から逃れたパッシィが、枕元でグーっと伸びをしている。
『私』はと言うと、最後の抵抗で敷布団に顔を押さえつけて、まだ寝ようと試みるが、身体をほぐし終えたパッシィに頭を爪でぐりぐりされて、仕方がなく起きる。お前それ普通に痛いからな。
「おはようございます、真白様。さあ、早く朝の支度を済ませてしまいましょうか」
「おはよー美弥子」
「きゅい!!」
「ん、おはよパッシィ」
2人に朝の挨拶を済ませて、ベッドから降りて化粧台の前に座る。緩くまとめた、背中の中ほどまで伸ばした自慢の赤毛が、今日もふわりと宙に舞う。
産みの母が残してくれた大切な髪だ。母は腰ほどまで伸ばしていたのは、私の机に飾ってある産みの両親の写真からもわかっていて、本当はそのくらいまで伸ばしたいんだけど、クセっ毛で管理も大変、ということで今の長さに落ち着いた。
「今日はいかがいたしますか?」
「んー、今日は学校休みだし、降ろしたままで良いや。お化粧も軽くで良いよ」
「かしこまりました。お召し物の方は」
「じゃあ新しくデニムのワイドパンツ買ったでしょ?あれとー、んー、黒のニットあったでしょ?タートルの、あれで良いや。上に合わせるコートは外出る用事が出来たら考える。靴はヒールありのショートブーツ!!」
「はい、かしこまりました」
美弥子に指示を出すと、美弥子のほかに数人連れ添っていたメイドたちが要望に合わせて動き始める。髪を触るのは美弥子のお仕事だ。美弥子は髪の扱いが本当に上手で、痛くないし、髪も傷ませない。アレンジも上手だし、服のコーデがイマイチな時は助言もしてくれる。
元々お母様に主に就いてもらっていたのを、我儘を言って専属にしてもらったのはもう6年近く前の話になる。あの時はホントに子供だったから、我儘し放題だった。
両親と死別したばかりで、上手くいってなかった心の整理を周囲を理不尽に巻き込むことで発散していたんだと思う。
ホント、悪いことしたなぁ。
「今でもしっかり我儘とおっしゃりますからご安心ください」
「あっ、声に出てた?」
「えぇ、しっかりと」
私の独白は声に漏れていたらしく、髪を梳いていた美弥子にしっかり突っ込まれてしまった。
主人と使用人の関係でこんな軽口を叩いてくれるのも、美弥子と十三だけだ。後はみんなちょっと硬すぎる気がするけど、前にそれを言ったらそれこそ一番困らせる我儘だと、お父様に怒られてしまったことがある。
あくまで私たちは主人で、使用人は使用人だ。もちろん、だからと言って何をして良い訳じゃないし、昔のヨーロッパの貴族制度みたいな明確な上下関係がある訳でもない。
ただ、お世話する方とされる方。その差を崩してしまうのは、使用人たちの仕事をやりにくくさせるだけだと言われた。今なら確かにそうだとわかる話だ。
当時はまだ中学生になったばかりの私は面白くなさそうに渋々了承していたと思う。うーん、やっぱり美弥子の言う通り、我儘っぷりは治ってないかも。
「はい、終わりましたよ。では、朝食にいたしましょう」
「うん。もうみんないる時間だもんね」
時計を見たら既に朝食を摂るころの時間だ。やっぱりこのクセっ毛が梳くだけでも時間がかかる。これでもかなり髪質は良くなったから、時間は短縮出来たんだけど、どうしても時間がかかってしまう。
ストレートにしてしまおうかとも思うけど、母譲りのこの髪に何か手を加えることはなんだか憚られる。結局、いつも通りこのままになるので、その辺りは考えるだけ無駄だと思うことにした。
「今日の朝ご飯は?」
「真白様の我儘通りに、パンをカリッと焼いたBLTサンドですよ」
「やった」
そういえば朝ご飯のメニューを昨日言っておいたんだった。やっぱり我儘なのかな私。
でもまぁ、皆嫌がってなさそうだし、可愛いものだと思ってくれてるなら、甘えることにしよう、そうしよう。
なんて自分で自己解決して、食堂まで向かう途中で、姉の千草とその使用人たちの後ろ姿を見つける。
これは絶好のいたずらのタイミングである。
もう考える間もなく身体が先に動いて、廊下を駆けだした私は
「ちーねぇおっはよー!!!!」
「のぉおっ?!!?」
どっかーんと千草の背後からタックルをした。千草が面白い声をしてたたらを2、3歩分だけど、私の体重と千草の体格なら、このくらいは受け止められるのは計算ずくだ。
「真白っ、お前なぁ……」
「へへーっ、目は醒めたでしょ?」
突然の事に顔をしかめる千草に、笑いながら話しかけると、肩を竦めて全くと言いながら挨拶をしてくれる。
ついでに頭も撫でられている。ちょっと雑だけど、嫌いじゃない千草姉の撫で方だ。
そうして千草にくっつきながら歩いていると、今度は前方から黒い塊が駆けてくる。
「おねーちゃああぁぁぁぁぁっぁぁぁぁ!!!!」
「ぐふぅっ!!」
軽くドップラー効果を残しながら千草に突撃したのは、私たち三姉妹の末っ子。唯一、諸星家直系の血筋を持つ墨亜だ。
私に似たせいでだいぶだいぶな悪戯っ子の小学5年生。正直、よりによって諸星直系の血筋の妹をこんな悪ガキに仕立て上げてしまったのは大変申し訳なく思う。
反省はしている、後悔はしていない。
「お、お前たちはホントに……」
「ナイス墨亜!!」
「いえーい!!」
腹部へのダメージを負った千草に恨み節を吐かれるが、私と墨亜はハイタッチして元気よく朝の挨拶。
それに油断している千草が悪い。君の妹二人は間違いなく悪ガキの部類だぞ。
「開き直らないでください」
「てへっ」
「てへっ」
美弥子に注意されたけど、直すつもりは毛頭ない。これが私たち姉妹の朝の挨拶だ。主に被害者は千草。たまに逆襲されるから、結局私たちは似たもの姉妹なのは間違いない。
最終的に2つの団子をくっつけた千草を中心に私たちは食堂に向かう。お母様もお父様も、そこで待っているはずだ。
「そのうち墨亜がグレそうで怖い」
「あ、グレるで思い出した。今度原宿行こ、原宿。ギャルファッションとメイクしよ、千草もさー」
「墨亜行く~!!」
「行っても私はやらないぞ。似合わないからな」
「えー、しようよー。千草カッコイイ系絶対似合うって、髪も染めてさー。皆で赤毛になろ」
「なるー!!」
「染めたら学校で生徒指導部行きだぞ。せめて長期の休み中だ」
「よしっ、じゃあ今年の冬休みね!!」
「墨亜クレープ食べたーい。虹色のやつ!!」
「に、虹色……?」
「あれね、めっちゃチーズ伸びるってテレビでやってたよね」
「いや、虹色って、それは食べ物なのか……?」
「映えだよ映え。もー、千草ってば本当にJKしてるの?おばさん?」
「おばさーん?」
「誰がおばさんだ」
ゴっと割と強めに私と墨亜の頭にげんこつが落される。痛い。暴力反対だぞ。
女が3人集まるとなんとやら、とはよく言うもので。文字通り姦しくお屋敷の廊下を進み、ようやく食堂までやってくると、こちらも談笑していたお母様とお父様が優しく出迎えてくれた。
「おはよう。今日も元気だな」
「おはよう。一体何の話をしていたの?」
「おはようございますお母様、お父様」
「おはよー、パパ、ママ」
「おはようございます。お父様、お母様。いえ、二人が今度原宿に行こうと言い出してまして」
これで家族5人全員が集合だ。挨拶をかわし、いつもの席に座りながら、今日の朝の話題を切り出すと、お母様もあら良いわねなんて割と乗り気の発言をしてくれた。
「これでも元ギャルだもの。たまには若い子に交じってはじけてみようかしら?どう玄太郎さん」
「えっ、いやー、そうだなぁ。昔の光が見られるなら、ちょっと見てみたいなぁ」
「お母様とお父様まで……」
お母様は元々極々普通の家系に生まれたので、もともとの感性は庶民寄りだ。どうやら、昔はバリバリのギャルだったらしい。当時を知る、と言うか多分だけど当時から惚れていたっぽい玄太郎さんも、満更ではない。
何せ二人は学生時代から周囲に隠れてコソコソとお付き合いを重ねて、紆余曲折の末。ゴールを果たしたという、恋愛小説顔負けのエピソードがあるらしい。
そんな相手と出会いたいなぁ、と思いつつ女子高である郡女に出会いなんてある訳もなく、ファーストキスさえしないまま、もう16歳だ。
恋愛の一つくらいはしてみたいなぁとは思うけれど、出会いがなければ始まらないし、家柄の都合上、その辺のチンピラみたいな男を捕まえる訳にもいかない。そもそも、私を好きになってくれる男性なんて、その、ロリコンではなかろうかと自分でも思う。
いや、リアルロリに手を出す前に見つければ、未来の犯罪を未然に防げるのだろうか?待て、そもそもロリコンだから言って何も犯罪者予備軍な訳ではないはずだ。
よく聞くじゃん、イエスロリータノータッチって。
ん?でも明らかに外見ロリの私に手を出したらやはりロリコンはまずいのでは???
……この話は止めよう。悲しくなってくる上に別の問題が浮上して来る。
あーあー、いっそパッシィが人間だったら良いのになあ。
「きゅ?」
「パッシィって擬人化したら優男系のイケメンな気がする」
だとしたらめっちゃ好みなんだけどなぁ。甘えてくれたら最高。男の人が弱さ見せてくれるって良くない?正直めっちゃ萌える。
だからと言って女々しいのはあれだけど。ここは複雑なオトメゴコロってやつですよ。
「あら、真白は塩系男子がお好み?てっきり玄太郎さん似のソース顔が好みだと思ったんだけど」
「塩とかソースって、お母様ちょっと古くないですか?まぁ、あえて表現するならあっさりめな顔の方が好みだよ。実際恋愛する人がどうなのかはわからないけど。それと、ソース顔好きは千草の方だよ」
「ちょっ、真白お前!!」
「あらら、あらあらあら~。名に千草、あなた好きな男の子いるの?ちょっとお母さんに行ってごらんなさい」
「い、いないです!!真白勝手なこと言うな!!」
「清嶺高校の剣道部の主将さんでしょ。高体連の会場でバリバリ目で追ってたじゃん。写メあるよ」
「あらあらあらあら~」
「そ、そんなこと言ったら、私だって知ってるぞ!!PCでパッシオの擬人化だったか?!それを自分で描いてニヤニヤしてただろ!!性癖拗らせる前に現実見ろ現実!!!!!!」
「わー!!!!!!なんで知ってるの!!!!!誰にも教えてないのに!!!!!!!!!」
「どっちも後で見せるのよ~」
食堂はもう千草と私の口げんかでうるさいレベルだ。玄太郎さんは知らん顔でコーヒー片手に新聞を眺めている。
割といつもの光景だから、慣れてしまえばこの通りだ。
「墨亜、この前彼氏とチューしたよ」
「ぶぶっ」
あっ、墨亜の爆弾には耐えられなかったみたい。ってキス?!?!?!えっ、墨亜が!!?!??!いつの間に、というか妹に恋愛先越された?!マジかっ?!
噴き出したコーヒーの処理に使用人の皆様方と玄太郎さんが取り組む中、私たちはキスをしたという墨亜の話に一気に食いつく。
「えっ、相手だれだれ。イケメン?」
「墨亜はおませさんね~。拗らせるよりは良いけれど」
「誰だ、相手は変な奴じゃないだろうな。変な奴ならお姉ちゃんが叩き切ってやるからな」
とりあえず千草は物騒なことをやめようね。あとお母様、さりげなく私を抉っていくの止めてもらっていいですか?ちょっとケモミミに目覚めただけなんで……。
姦しさも女子一人が増えてマシマシだ。諸星家の朝食は大体こんな感じだ。賑やかで良いと思う、私は大好きだよ。
「全く、なんでバラすんだ」
「別に良いじゃん。ハッキリ言ってお似合いだし、押せば落ちると思うよ?千草、美人だし、体つきエロいし」
「えろ……!!」
ぷんぷんと怒る千草と部屋に戻りながら、さっきのコイバナの続きだ。正直真面目にあの主将さんはちょっと厳ついけどイケメンだし、話を聞けば文武両道で誠実な性格なんだとか。
彼女は無し。今は学業と部活に専念したいかららしいけど、千草並の美人に好かれてると分かれば大抵の男子は落ちるだろうし。
知ってるか、性欲は高校生の頃が一番強いんだよ。その隠れ巨乳をここで使わずにいつ使うの?ん???
「そ、そういう方面で攻めるのは、その、ふしだらだろう……!!」
「時代感覚古すぎ-。そんなんじゃ婚期逃すよ?ただでさえその辺り奥手っぽいんだからさー。好みの人いたなら今のうちイケイケだって」
「ま、真白はどうなんだよ。まさかパッシオと結婚したいわけじゃないだろ」
あ、日和ったな。ま、良いけど。んー、恋愛かぁ。どうなんだろ今まで考えてなかったし、そういう目で見てくる人って正直、ロリコンだと思うしなぁ。
いや、ロリコンだからって悪い人ってわけじゃないのは分かってるんだけど。いわゆる一般的な美人で、モテるプロポーションはしてないから、何と言うか。
「あんまり自信無いんだよね。ほら、私ってどちらかというとちんちくりんでしょ?モテるモテないのラインにそもそも立ってない気がするんだよね。女の子として見られる前に妹とかそっちに見られると思うんだよね」
「そうか?真白は普通に美人だし、可愛いと思うけどな。背こそ小さいけど、胸だって決して小さい訳でも無いし」
「カップはCだけどさー。E寄りのDに言われてもねー」
抜群のプロポーションと芸能人並みの顔面をお持ちの方にそう言われてもなーってはどうしても思っちゃう。本当に同じ高校生かよとはたまに思う。ジェラシーってやつ?
感じてもしょうがないし、どうしようもないから、ホントパッシィが人間だったら解決する気がするんだよね。拗らせてるって言うな。
「あーこういう時は美味しいもの食べに行こ。皆呼んでさ」
「そうだな。私もみんなの意見が聞きたいし、呼ぶか。墨亜はどうする?」
「確かクラスの子と遊ぶ約束してたでしょ。ま、思春期組のコイバナということでさ」
残念ながら墨亜は予定があるため、この突発企画には呼べなさそうだ。まぁ、まだ小学生だし、この恋バナにはせめて中学生になってから混ざってもらうことにしよう。
さてさて、何人釣れるかな。
で、集まったのは駅前の繁華街。流石に寒いのでアイボリーのノーカラーコートを着て、皆を待つ。
千草も黒のスキニーにMA1。所謂フライトジャケットを合わせて、足元は革のブーツ、シンプルなニット帽と伊達メガネしている。くそカッコイイ。流石は郡女イチ女子にモテる女。サマになっている。
「あ、千草せんぱーい!!真白せんぱーい!!」
「朱莉やっほー」
「悪いな、突然付き合ってもらって」
「良いですよー。ちょうど私も部活休みだったんで。あと藤姉と紫と、美海先輩でしたよね、来るのって」
やって来たのは朱莉ちゃん。この辺りの公立中学に通う中学1年生で、千草が地域の中高剣道部の交流試合で面倒を見てから仲良くなった子だ。
紫ちゃんはその幼馴染でその繋がりで、他にも碧ちゃんって子がいるんだけど、あんまり恋愛には興味がない子で今回の集まりはパスと言っていた。
他に来るのは私たちの中で最年長の大学4年生の藤姉。これもまた不思議な縁で、私たちがまだ小さかった頃に偶然公園で一緒に遊んでくれたお姉さんとそのまま縁が続いている。
最近までは忙しかったみたいだけど、卒業論文が早々に纏まりそうだからと、今日の集まりに顔を出してくれることになった。
それと私たちのクラスメイトの美海ちゃんだ。ぽわぽわしてて呑気そうなうえに、郡女に通えるくらいの良いところのお嬢様なんだけど、実は私たちの中で唯一彼氏がいる。
ここは唯一の彼氏持ちとして意見が欲しいと泣きついた次第。藤姉はともかく、他は正直恋愛なんて殆ど経験したことがないメンバーだから、あんまりアテにならないというのが本音だ。
「おっ、集まってるね。元気にしてた?」
「ごめんなさい。少し遅れちゃいました、皆さんもうお揃いですか?」
「おっまたせ~」
しばらく朱莉ちゃんも交えておしゃべりしていると続々と今日の突発の呼び出しに集まって来てくれた暇人たちが到着する。藤姉、紫ちゃん、美海ちゃん、それぞれ自分の個性と年頃を活かしたファッションだ。
んー、やっぱり私の服装って、はたから見ると背伸びした中学生にしか見えなさそう。ちょっと凹む。
「恋の悩みっては聞いたけど?どした、失恋?お姉さんが何でも聞くよ?」
「いやー、メインはどっちかというと千草が好きな人にどうアタックするかなんですけどね。私の話もちょっと聞いてくれたらなーって」
「なるほど~。とりあえず寒いからどこか適当なお店はいろっか~」
「どこにします?スタパもありますし、ファミレスのマストもありますけど」
「長くなりそうだし、マストの方が良くないか?昼食もついでに食べられるし」
「私もそれが良いかなぁって。あ、あと終わったらで良いので一緒にお洋服選んでもらって良いですか?お母さんにコーディネートの課題を出されたんですけど、自信がなくて……」
「うへー、由香さんのコーデかー。プロの目に適うかはお姉さんも自信無いよ」
「人の目と意見が欲しいんでしょう。意見が多すぎるのもあれですけど、一人よりは良いですから」
人が集まれば話題も多い。あっという間に話題が移ろう女子のお喋り空間と化していく私たちの周囲を連れたまま、提案にあった近場のファミレスに向かう。
今月分のお小遣い。だいぶギリギリだから使い過ぎないようにしないと。
「はー、成る程ねぇ」
とりあえず、千草の話と私の話。それぞれを一通り話したところで、ドリンクバーで持って来たメロンソーダを口に含む。うん、美味しい。この変なチープさが私は結構好きだ。
「ま、正直千草のそれは、千草がヘタレなければいい話だから置いておいて~」
「ひどくないか?!いや、まぁ、確かにそうなんだが……」
「聞くだけだと、千草先輩のは真面目に押せば行けますって」
「応援します……!!」
話題は千草の方ではなくて、私の話に向いた。意外だ、皆目の前の恋バナに飛びつくと思ったんだけど。
私の話なんて、私が勝手に感じてるコンプレックスの話だから、話しても仕方ないと思ったんだけどな。
「いやいや、深刻なのは真白先輩の方ですって」
「そうそう、そういう子が大学デビューしてチャラい男に良いようにされちゃうからね。可愛いのに自信がなくて、恋愛に初心なんて、ヤリチン共からしたら格好の獲物だよ。今のうちに彼氏を作っておいた方が良いと私も思う。少なくとも、男慣れは必須かな」
「男の人が苦手だから、大丈夫な気もするけどなぁ」
男性が苦手で、知らない男性からは逃げ出してしまう程の私からすれば、それがある限りそんなことは無いと思うんだけど、どうやら違うらしい。
藤姉と美海ちゃんがちっちっと舌を鳴らしながら、そうじゃないと意思表示をしてくる。
「そういう子ほど、上手く捕まえられたら良いように出来るの、男からしたらね。真白ちゃんからしたら、数少ない仲良く出来る男性だけど、男からしたら、チョロくて都合のいい女なんだよ。そういう目にあって学校辞めた子とか、一定数いるしね」
「そうそう。男なんて基本お猿さんだよ~。彼に尽くすんじゃなくて、彼をうまくコントロールしないといけないってウチのママも言ってたし~」
成る程、自信のない女子ほど、ちやほやされたら勝手に舞い上がるし、特別だと勘違いさせれば、体よく扱えちゃったりする訳だ。
世の中の男性がそんなクズばかりだとは思いたくないし、思ってもいないけど、一定数いるのもまた事実。
でも、その対策ってどうすればいいんだろう。
「か、簡単です。自信をつければいいんです。お母さんもいつも言ってます。自信がないから上手くいかないんだって。胸を張れるようになったら、それだけで色んなことが上手くいき易くなるんだって」
「確かにな。自分に自信があれば、その自信に見合ったものを見繕うしな」
「流石は世界で活躍するプロデザイナー。含蓄があるねぇ」
「うーん、自信。自信かぁ」
このちんちくりんな体系にどう自信を持てというのか。
正直、この中で一番お子様体系なのは私だと思うし、どうしても男受けするとは思えない。
朱莉ちゃんの方が背も高いし、スラっとしててかっこいい。紫ちゃんだってもうぼんっきゅっぼんっのグラマス体系の片鱗が見えてるし、美海ちゃんは優しい雰囲気と性格、千草はモデル体型。藤姉はアナウンサー志望の超の付く美人だ。
この中で一番女子偏差値が低いのは私だと思うんだよね。
「それは卑屈だよ~。真白ちゃんめちゃくちゃ可愛いよ~?」
「正直言うと、この中で男子受けするのは紫ちゃんと真白だからね?男が好きなトランジスタグラマーの典型例みたいな体型だし」
「そうかなぁ?」
「わ、私もですか……」
トランジスタグラマーとは、小柄だけど女性らしい身体つきをしている人たちを総称する呼び名だ。確かに、紫ちゃんはトランジスタグラマーの気があると思うけど、私もかなぁ?
そんなにグラマスな体系はしてないと思うんだけど。
「というか、真白先輩ってめっちゃ細いですけど、アンダー幾つなんですか?」
「60」
「「「「「ほっそ」」」」」
うん、自分でも思う。正直下着を探すのが一番大変だ。なんたって量販店に行っても無い。
実は下着に関しては最近はフルオーダーメイドにしてたりする。じゃないとホントアンダー60って見つからないんだよね。ネットで買うのは不安だしさ。
「えっ、一応聞くけどトップは?」
「77ですけど」
「ほぼDじゃーん。普通に巨乳だわ~」
「真白先輩、ゆったりした服装しかしないからわからないだけでそれ普通に巨乳ですよ?わかってます???私の敵ですか???」
「真白、それでプロポーションに自信がないは、うん。私も無いと思う」
「髪も瞳も綺麗で、その、可愛いですから」
「あれー???」
総評。多分、この中でなんだかんだ一番モテるのは私。
あれれー、おかしいぞー?
「なんだってさー、パッシィ。まぁ、確かに最近大きくなったなぁとは思ってたけどさ」
「きゅい?」
あの後、とりあえず、普通に私が巨乳扱いされたところで話は大いに逸れまくり、最終的にそれで自信がないとかのたまってると、モテない連中と、そこそこモテる連中、どちらからも恨まれるからやめた方が良いという話に落ち着いた。
おかしいな、そんな話じゃなかったと思うんだけど。
「んー、まぁでもやっぱりパッシィが人間になってくれるのが、一番良い気がするなぁ。どう?おっぱいおっきい方が好み?」
「おっきい方が確かに好みだけど、流石に目に毒だから止めてくれないかな、真白?」
「へ?」
抱きかかえてパッシィに胸を押し付けながら、独り言を言っていると、何処からともなく声が聞こえた気がした。
今は普通に自室だ。美弥子もいないし、いるのは私とパッシィだけのはず。
「一応、僕も男な訳だから、そのあんまり押し付けられると、その困るんだよ?」
「えっ、えっ???」
「ねぇ?真白、無自覚なのはあれだし、分かってはいるんだけど、誘ってるって勘違いされるよ?」
「ええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
「ええぇぇえぇっ?!?!?!……ってあれ?」
喋ったパッシィに驚きながら起き上がると、時刻は朝。冬になりかけの空気が窓の外で白く靄を作っている。普段よりも1時間ばかり早い起床時間だ。
「えっ、あれっ?えっ」
キョロキョロと辺りを見渡すと、それはいつもの光景だ。ちょっと薄暗いだけの早朝。だけど、確かさっきまでは夕方だったはず……。
「ゆ、夢……?」
見下ろせば、残念ながら割合としては大きくはないお胸様の姿。あんなに立派なブラはつけていない。最近、ようやくBを主張できるようになった、慎ましいサイズだ。
なんだか、無駄に虚無を感じる。
「んん、むにゃ、なんだい真白……。急に起き上がって……」
「ご、ごめん、ちょっと変な夢を見てたみたいで……」
夢を見ていた、それは覚えている。だが、既にその全容は朧気だ。ただ、何故か自分の胸が大きくなっていたことだけは覚えている。あそこまで大きかったら、うん。ちょっとうらやましいと思う。
ちっちゃいよりは、おっきい方が良いよなぁ、なんて思いながらパッシオを抱きしめると。目を細めたパッシオが渋々といった様子で声を上げる。
「それと、大変申し上げにくいんだけど。僕を湯たんぽ代わりにして寝るのは良いよ?僕も温かいしね。だけど、その、ノーブラというのは、ちょっと、とても言いづらいんだけどね。出来れば僕は一応、男の子に分類されることを思い出して欲しいかな……」
「……っっっっ??!?!?!?!?!」
パッシオの主張に、俺はボンっと体中が熱くなる。冬用に変わったとはいえ、パジャマは薄着だ。そして、俺は寝る時、ブラは着けていない。その状態でパッシオを抱きしめていたというのは、つまりそういうことである。
「ご、ごめ……!!」
「いや、役得と言えば役得なんだけどさ。後々困るのは、お互いだと思うから。せめて下着は着けてくれると、助かるよ……」
生まれながらの女性なら、ここでビンタの一つでもするのかも知れないが、俺だって一応男子の端くれだった身である。そんな生殺しの状態に、相棒をさらしていたとなると、恥ずかしさと申し訳なさがトップ高だ。
「真白ちゃーん。騒がしいけどどうかしたの?」
「お、お母さん……!!」
テンパった俺はここでもやらかす。恐らく、たまたますでに起きていて、起床していたらしい光さんが部屋のドアを開けたと同時に、お母さんと言ってしまった。普段は普通に光さん呼びだ。それはお互い分かっていることなのだけど、テンパった俺はここで光さんをお母さん呼びしてしまう。
「あっ!!えっと違くて……!!」
「あらあらあらあらあら、真白ちゃんからお母さんって呼んでくれるなんて嬉しいわ。良いのよ?お母さんって呼んでくれて。ママでもお母様でも良いわ。そう呼んでくれるだけで、私とっても嬉しいもの」
光さんはホントに嬉しそうに表情を綻ばせて、ベットに腰かけると、わたわたとしている俺をそっと抱きしめる。
いや、そっとじゃない。結構きつめだ。
「いつか、いつか本当に家族になれる日が来たら。そう呼んでくれると、お母さん嬉しいなぁ」
そう言われて、俺はハッと思い出す。そうだ、夢の内容はそんな感じの話だったと。
夢の中だけど、俺はあの時、確かに諸星家の娘で、すごく楽しかった。
「……うん」
いつか、いつか本当に全部を明かせて、色んな障害を乗り越えてでも、良いと言ってくれるなら、俺は、私は……
「きゅ、きゅー……!!」
「あ」
「あら、パッシオちゃんごめんなさいね」
そんなことを考えてたら、パッシオが間に挟まって窒息しかけてた。いや、すまん今完全に忘れてた。
まぁ、お前なら、おっぱいに挟まれて死ぬなら本望な様な気もするけどね。
「ホント、勘弁して……。生殺しなんだって……」
小さく小さくつぶやかれた、相棒の嘆きは誰の耳にも聞こえることなく、消えたのだった。
性懲りもなくまた夢落ちです。それ以外に思い浮かばなかったんや……