1章[オネショタサキュバスは浪漫それが分からんやつは帰れ]
何となく気になって入った裏路地でいきなり謎のサキュバス集団に囲まれたボク。
これは何のご褒美ですか?
「あら、可愛い勇者君こんばんは……こんな夜更けにって言っても明るいんだけど……うふ、一人でこんな場所を出歩くのは危ないわよ、話したいことがあるのお姉さん達に着いていらっしゃい……」
黒い翼に先端がトランプのスペードのような形のしっぽが生えレオタードの様な大胆な衣装に小さな黒い羽を生やした女性はそう言うと路地の奥へと歩を進めていった。
――ボクの知識によると恐らくこの女性達はサキュバスと思われる。
誰がどう見ても待ち伏せの罠だよなこれ……多分ぼったくられるやつだよね! もしくはカラカラの干物にされるやつ! かつての世界の文献で何万と見たシチュエーションだ。
もちろん、答えは決まってるさ! 絶対にこういう勧誘に騙されるか! と心の片隅で思っただけで、実際の行動は我ながら情けない。
「……う…………うん……着いていくよ……」
単純である。
目の前に八頭身ボンキュボンでセクシーな衣装を身に纏っているサキュバスのお姉さん達に誘われたら行くしかないだろ。
ボクだって男だ万が一、この選択で絞り殺されるなら本望だ。
――路地をサキュバス達と一緒にしばらく歩いていくと人通りがさらに少ない閑散とした場所に辿り着く。
表の通りは華やかなで豪華絢爛な印象の強いホウライであったが郊外の印象はそれとは真逆で汚いどぶ川に荒れたバラックの様なボロ家が立ち並ぶスラムが形成されていた。
中心部から大して歩いていない事も考えるとこういった貧困層が圧倒的に多いのが分かる。
ボクがそんな事を考えながら歩いて数分ようやく目的の場所へと辿り着いたようだ。
目的地はスラム街にポツンと建てられた一軒の寂れた洋館の様な見た目の酒場のようで名前は非常に直球ストレートの【サキュバスの館】。
酒場の入り口で先程から先導していた緑髪のサキュバスのお姉さんがボクに話しかけてきた。
「うふふ……さぁ中に入って【モリグー様】に会ってみて……」
モリグー? いったい何のことだろうか、気になって質問する。
「あの一体なんなんですか? お金なら持ってないからこういう店はちょっと……」
いいから、いいからと後ろにいたピンク髪のサキュバスに強引に抵抗する間もなく酒場に押し込まれた。
店内はいたって普通のバーの様な内装で想像していたようなえっちな店ではなく各々サキュバスが人間相手に普通の接客しているだけである。
客層は身なりの整った貴族の人間ばかりで敢えてスラムの中に隠れるような場所で営業して摘発を逃れているそんな印象を受けた。
やはりただの客引きだったのかな……凄く高そうだし取り敢えずボクの財布事情を説明しようとしたその時。
店の一番奥のテーブルに腰掛けていた一人のサキュバスと目が合う、雰囲気が周りのサキュバスと全く違いかなりの威圧感を感じる。
店内の客もあまり関わりたくないのかこのサキュバスだけには目を合わせようとはしないのが見て取れた。
ボクはそのサキュバスにゆっくりと手招きされた、本能で行かなければまずいと判断し誘われるがままサキュバスがいるテーブルに着いた。
「あら、これ程までの力を持った勇者はシャゼルくん以来かしら……良い子を連れてきたわね……その様子じゃ輝夜から何も聞かされていないようね、あぁあなた達は下がりなさい」
ボクの後ろにいたサキュバスの三人衆はその言葉に軽く一礼し、それぞれ客のいるテーブルへと静かに向かっていった。
くすんだ白の立派な二本角に妖艶な顔立ち、長くしっとりとした髪質に鮮やかな金髪、いやらしさの塊であるくらい強調された豊満な胸と黒の衣装を身に纏った彼女は明らかに、ここにいるサキュバス達のボスという感じがした。
そんな彼女がボクに何の用があるというのか……輝夜とそれに大勇者シャゼルを知っていたことに何か関係があるのか……というか正直、彼女を直視するだけでドキドキして胸が痛い。
非常にまずい……もしかすると既にこのサキュバスのチャームにかかっているのかも。
「うふふ、先ずは自己紹介するわね私はモリグー、一応由緒ある名持ちのサキュバスだったんだけど……偶然知り合った輝夜の紹介もあり今はここで細々店を経営していてね生活に困ったサキュバスを拾ってあげている、まぁ慈善団体みたいなものよ」
モリグーは続けてサキュバス達がボクをこの店に連れてきた理由を説明する。
「――いきなりでごめんなさいね、さっきも言った通り輝夜とは知り合いで珍しい勇者が来てるって教えてもらってねそれで挨拶をしようと思ったの、それにしてもあなた随分とレアで私達サキュバスと高相性なスキル持ちだったのね♡」
モリグーが話すたび胸が目についてドキッとする。
顔が高揚しているのを誤魔化しながら慌てて反論する。
「ちょ……ちょっと待ってサキュバスと相性のいいスキルなんてボクには無かったと思うよ! 」
その言葉にモリグーは不思議そうに首を捻ってボクに語りかけた。
「……? 勇者君タブレットでスキルを見てみて、私はサキュバスだから何となく分かるけど勇者君はレアスキル【メロメロボディ】持ち、それも並みの人間の者じゃないわ、下手をすればエンペラーサキュバス様すら落とす程強力な……」
モリグーのその言葉が気になってスキルをタブレットで確認するちょっと前まではフレアの加護という謎スキルしか付いてなかった筈なのだが……。
――うむ、たしかにあった【究極メロメロボディ】それにいつの間やら【輝夜の加護】というスキルも習得していた。
スキルはその時その場所の様々な経験から、自分の長所に合わせ自然発生する事が多いのだと前に真紅さんから聞いた覚えがある。
つまりはここ最近の夜の経験(深い意味は無い)それだけじゃないボクの見た目の所為なのか行く先々で【男女双方に】ちやほやされてきた気も……するから、それでメロメロボディが発現した可能性があるという事か。
この状況に更に追い打ちをかけていたのが輝夜の加護というもう一つのスキルで、輝夜の加護は補助スキルの性能を強力に底上げする結構ヤバい能力みたいだ。
輝夜の加護に関してはいつの間に取得したのか見当がつかない。
そんな事より偶然にもこの二つのスキルが特異な化学反応を起こし、いつの間のやら今のボクはメロメロボディを超えた究極メロメロボディを手に入れたことになるのか……。
――違う違う! 今はそんな事を推測している場合じゃなかった、それよりも目の前にいるサキュバスに集中するべきだ。
相手は名を冠するサキュバス……全部奴の作戦とみるのが妥当だ、雰囲気に飲まれるなよ、ボク! ひょいひょい着いてきたのは自分の落ち度だけど実は今頃になって猛烈に後悔している。
モリグーを見つめる度、心が支配されていくようなそんな感覚に陥る。
苦しい……いっそこのまま抵抗せずに素直にサキュバスの策略に落ちたい、そんな感情すら芽生えてくる。
モリグーはそんなボクにわざと目に入るように胸をちらつかせながら話しかける。
「――ん~もしや、勇者君は私が魔物であるから警戒しているのかな? 大丈夫取って食ったりしないって、勇者君は転生して間もなそうだし、ヤハテウスの事をあまり知らないようね、私は戦時中に魔貴族の地位を捨ててホウライに投降して人間と共に歩む事にした魔族の一人だしその心配は無用なのよん♡」
モリグーは自分が人類に無害な魔物であるという根拠をボクに甘い声で語る。
魔物は等しく人類の敵であるという設定が異世界の基本だと認識していたけど、どうやらそれは違う認識であったのは旅を通じて感じてはいる。
人間相手に商売をしている以上モリグーの話には説得力はある。
それに真紅さん曰くヤハテウス大陸に限っては何と逆に【人類の敵】の魔物の方が少ないらしい、最低限の知能や古い考えを持つ魔物を除いて基本的に人間に対し友好的らしい。
これにはホウライの歴史が関係していてる。
――ボクはその後モリグーのヤハテウス大陸の昔話にしばし付き合う事になる。
ヤハテウス大陸は東と南が海、西と北が山脈を挟み魔族の住む大陸と陸続きになっている点は今とさしては変わらない。
今と違う点を挙げるとするならばヤハテウス大陸から見て西と北の魔族の住む地が統合されておらず二つの魔界が存在していた点くらいだろう。
西側の魔族は魔王の強力な独裁制の元、人類根絶を企んでいたそうだ、対する北側の魔族は人類共存派。
北の大陸は極地であり人口も少なく、人類相手に戦争するのは得策ではないという事情も関係しているとの事。
ヤハテウス西部では度々人類と魔族が争う一方で北部では人魔間で交易が盛んに行われるなど、温度差が存在していた。
その均衡が崩れたのはホウライの資源問題で人類居住地の中でも大陸北部に存在するホウライでの膨大な資源が見つかるや否や、有無も言わさず西側魔族が北の魔族相手に強大な軍事力による圧力をかけ併合しそのままホウライ地域に強行進軍し、戦争が始まったとされる。
モリグーはその当時魔貴族という身分からホウライ進撃軍の部隊長という地位にはあったものの人類根絶には否定派であったそうだ。
何故ならサキュバスにとって人間は自身にとって必要不可欠な存在であり、人類には敵対するよりもむしろ友好的な方が得であるからだ。
さらにこの戦争による次元の裂け目の出現も人魔共存に一役買ったとされるがそれは後述する。
戦争の序盤、人類は勇者シャゼル一行を除き、殆んどの戦で魔王軍に敗北続きであった。
しかし人類も黙って敗北を続けていたわけでもない、負けこそすれども逆転の一手を打つために必死に耐えていた。
この地域に異常に魔力の強い鉱石やアイテムが集積している原因であり戦争の火種にもなっていたあるものが存在していたのだ。
神話兵器【蓬莱の玉の枝】これがホウライにほぼ確実に存在すると当時の女王輝夜は指摘し、調査を行っていた、実は魔王軍強行進軍の本題は資源回収ではなく神話兵器獲得にあった。
調査開始から数週間とすこし、ツバキと名乗る無名の召喚士の少女が蓬莱の玉の枝を魔王軍より先に発見した事により戦局が一気に人類側優勢へと逆転していく事となった。
女王輝夜は手に入れた蓬莱の玉の枝の魔力を使い、ホウライに人工(神工)太陽を設置し一日中、日が昇るようにするという奇抜な作戦を実行する。
これには理由があり、まず人類には圧倒的に不利な極地の寒さの排除、逆に寒さに強い氷系、獣系魔物、夜に本領を発揮できるアンデット系魔物の弱体化を可能とした。
それだけではなく輝夜は敵基地に対して直接人工太陽をぶつけて周辺を焼き尽くす等、攻守両方で神器は大活躍を見せる。
――ここで蓬莱の玉の枝と聞いてピンと来た方はいらっしゃるのではないだろうか?
そう、輝夜は当時この世界の人間の為に外の世界の神器を使用したのだ、その影響は計り知れないほど大きく、先程述べたった二度の使用でヤハテウス大陸と北部魔族生息域との間に世界の崩壊、断界である次元の裂け目が大量に出現したのであった。
別次元に干渉する力というのはそれ相応の代償があるという事を当時の神々でさえも理解していなかった結果である。
とはいえ戦時中に限ればこの次元の裂け目出現は人類側のメリットとなる動きを見せた。
魔界側の補給と増援を断たれ組織的な力が無くなってしまったのである、当然魔族はそんな状態では戦う気力をなくすものが多くなり間もなく降伏した。
前方には神話武器を振りかざす神、後方には何者をも飲み込む次元の裂け目があっては戦争どころではない。
戦後は裂け目の出現と神器の力を恐れた魔族、北部の退路を断たれ降伏するしかない魔族や元々ホウライ北部で生活していた様々な理由を持つ魔族の難民が人類の住む地に大量に出現する事となった。
この戦後処理に対し意外にも輝夜は寛大で【人道的な】措置取った。
それがホウライ、そして後のヤハテウス大陸での魔物と人類の共存権である。
なぜこのような寛大な措置がヤハテウス全土で認められたのかは未だに謎が多い。
一つの説は魔族側も多くが無理矢理戦場に駆り出されたカーストの下層や北部魔界出身であったこともあり正直な話人類と戦争までは望んでいなかった魔族が大半であり、輝夜がそれを汲み取ったという説がありヤハテウス各国が同意に至ったのには魔族の技術、知識の提供を条件に取引させた可能性が高いとの事だ。
まぁ今ではそんな事はすっかり忘れ去られており人間と魔族は共存するのが普通で、西側の魔族は古い考えを未だに持つ無法者の集まりという認識なのだそうだ
「――どう? 納得できたかしら? 今では人間と魔族間でも籍を入れれるまでに世界は変わってきたのよ♡ 私は今の世の中が好きよ……そしてあなたみたいな子も……じゅるり」
モリグーは少し興奮気味にそう答え、続ける。
「いかんいかん涎が……サキュバスは淫気を吸収して生命力と魔力に変える魔物、淫気とは言ってみれば人間の愛だの恋だので構成される副産物、勇者君の能力はどちらかというと周囲をそういった感情に陥らせる能力、つまりは私がこの場で勇者君を独占し監禁しても殆んど無意味なわけよ……うーんどうやって君から力を貰おうかな~」
ボクから力を貰う事前提で話進めてない? だがなるほど、そういう事か。
少なくともこのサキュバスはボクを拘束したり殺す意図は無いらしい。
だったら……。
「……何か考えが浮かんだらまた呼んでボクはそ……それじゃ――――」
さっさと店から逃げ出そうとした矢先……モリグーはとんでもない事を思いつき口にした。
「――そうだ! いい事を思いついたわ! 私も勇者君の旅に着いて行っちゃう♡ 既に素敵なお仲間もたくさんいるみたいだし、淫気には困らないでしょうしね♡ ついでに言うと実は既に輝夜からも許可は貰っているわ、あとは彷徨くん次第だってね」
えっ……なにそれ。
サキュバスが仲間にしてほしそうにこちらに胸を向けている。
仲間にしますか?
はい ←
いいえ
――頭の中にこんな選択肢が浮かんだ、考えろ……ッ! 元魔王軍所属の部隊長を本当に本当に信用していいのか?という気持ちと素直に男の浪漫を貫き通せという気持ちが交錯する。
しかし現実とは本当に面白い……名を冠するサキュバスなんて大層な魔物が勇者の旅に着いて来たいだなんて……エロゲじゃあるまいし……。




