1章[事実は小説よりもぶっ飛んでる]
月は人を狂わす。
太陽は人を狂わさない。
太陽は地獄であり魔を狂わす。
それを人が忘れているだけ、人にとって有利な事にはケチを付けないだけ。
月が地獄の業火覆われた天体を制御しているとも知らずに愚か共達は月に嘆きをぶつける。
それが魔の囁きとも知らずに人は生きる。
そんな愚か者すらも愛おしく思う私は本当に月に狂わされているとでもいうのであろうか?
安定を捨て、死にゆく人を救おうとする私を突き動かすものはナニ?
~とある女神の嘆き~
「――まぁまぁ客人方ゆっくりしていきなさいな、私は輝夜、以後お見知りおきを」
ボク達は来客用の部屋から右手にあるこじんまりとした茶室に通された。
そこでウサ耳メイドさんにお茶と茶菓子を出される。
「始めまして、ボクは彷徨アキです」
「真紅・アテナ・桐咲です、彷徨様のお付きの神官でございます」
ボクと真紅さんも輝夜に対し、名前を名乗り挨拶を済ませる。
ホウライに君臨する女王輝夜の一言は意外とフレンドリーで非常に軽い……否、ただのスク水少女とはとても思えぬ独特の凄みのせいで日常会話であっても時にまるで何か圧があるのかとすら感じるほどである。
真紅さんもそれを感じていて、いつものにこやかな表情は崩していないが額から冷汗が流れているのを隠しきれていない。
ライラだけはいたって平然で、肘をテーブルに付いて茶菓子をつまんでいる。
そんなライラを輝夜はだまってにこやかな笑顔で見つめながらボク達に話を切り出す。
「――正直な話、このアホの子が本当に勇者様のパーティに加入できるとは思わなかったわ、そしておそらくライラが自慢げに語った話は本当よ、まぁ仲間となった勇者を連れてくるようにお願いしたのは実は私なのだけれど……数百年は待つつもりになると思っていただけに意外な結果だったけれども、この子もやれば出来るのね」
ライラがぎろっと輝夜を見た気がする。
しかしどういう事だ、話が見えてこない、何故一国の主が勇者を呼ぶなんて事を……?。
ボクは少し思考してある考えが思いついた、しかしそれを先に口に出したのは真紅さんであった。
「――勇者のスカウトですか? ホウライはフレア信仰が殆んど無い国故、フレア信仰の教会は存在しない、それはつまり勇者が誕生すること自体皆無……つまりあなたは大勇者の子孫を中継役にして他の地域で誕生した新規勇者をホウライに引き入れたいという算段ですか?」
真紅さんは少し語気を強め問いただすような口調で輝夜に迫る、その理屈ならやっていることはジンハルで出会ったギルド集会場の鎧騎士と同じになる、所謂勇者の囲い込み。
輝夜は冷静なままでにこやかな顔でお茶を一杯すすって一呼吸置いてから回答を返す。
「神官さんの話は大外れ、残念ながら私はあなた達にはのびのびと冒険して最後には魔王を倒し、戦乱の世を治めるような勇者になって欲しいと思っているわ……鳥籠で飼われているだけな世界の真理が見えてない勇者など……あぁそれと、私があなた達のような正しき勇者一行に会いたかった理由を昔話も交えてお話しするわね」
――輝夜は語る何故この地に【本物のかぐや姫がいる】のかを、そして冒険をする正しき勇者を求めていた理由を。
「まずは彷徨アキ……だったわね? 名前の響きから……転生者である貴方は恐らく日本人? ならかぐや姫の話は知ってる?」
ここでかつての世界の話が出たのはなんとなく嬉しい、ボクは素直にその問いに答えた。
「はい! 竹から生まれて月に帰るお伽噺ですよね? あなたはもしや……」
輝夜は待ってましたと言わんばかりに早口になる。
「それなら話は早い、確かに私は本物のかぐや姫よ今に伝わる内容と少しは違うのだけれども……今から言う事に驚かないで聞いて、私の本当の親は月の神様の月読、それはつまり私は神の力を持った【フレアと同じ神様の一種】てなわけよ、私とさっき見た僕のウサギがそこの半死人並みに長命なのは神の力が少し混ざっているから、神官さんがホウライではフレア信仰が流行らないって言ってたけど、それ当たり前よ、あんなのフレアという神を知っているの私からするとインチキ宗教だし私からするとアホ臭いから規制したわ」
真紅さんは輝夜の話の途中から本日二度目の石の様に固まる、それを見て足をバタつかせながらライラがゲラゲラ笑っていた、正直ボクも理解は追い付いていない。
ポカーンとしているボクに輝夜は分かりやすく解説を始めた。
遥か昔、輝夜の話によると自身を信仰する世界を持たずに天界を徘徊するだけのニートだった女神フレアの惨状を見かねた神々による罰としてある日放っておけば簡単に魔族に滅ぼされる異世界担当神に勝手に内定されてしまったそうだ。
基本的に神という存在は信仰の力で地位や寿命までも決まるそうで、当然信仰対象の人類が早期に滅ぶような世界では神は消滅か堕天して過酷な業務が多いとされる魔族に信仰される邪神になるのかのどちらかであるそうだ。
ちなみに八百万の神がいてもなお比較的安定して人間の信仰を受けている、かつてのボクがいた世界は神のなかでも当たりの世界であったという。
話がややこしくなったのはこの後だ。
――ピンチに陥ったニート女神フレアは自分が神として君臨し続けるためにあちこちの別世界から優秀な人間を拉致し、挙句の果て別の世界の神から奪った神話級の武具を拉致した転生者に与えていったそうだ、ちなみに輝夜のコレクションであり膨大な魔力を持つ五つの秘宝も全てフレアに盗まれたそうな……。
「はぁ……この問題はそれで終わればいいんだけどそうもいかないのだわ……」
輝夜は深いため息をついた、フレアさんがそんな人とは思いもよらなかったな……。
別世界のあちらこちらに穴を開け神話の武器を盗むなんて大問題を何千回と行えばそのひずみを受け、世界は歪み最後には耐えきれなくなるそうだ。
実際ヤハテウスの各所にどこに続いているのかも分からない次元の裂け目が開き始めており、輝夜はその観測と調査とそして盗まれた宝を取り返しにこの世界にやってきたという。
輝夜の観測によるとこの世界のひずみはやがて混沌と化し崩壊していく最後には全てが混ざり合った暗黒物質だけとなり、それはやがて超高魔力を纏うブラックホールへと変貌を遂げ、この世界の全宇宙だけでなく全てを喰らい尽くした最後には他の異世界にも干渉をはじめ、飲み込む存在になりうる危険すらあるという。
そして最後に輝夜がこの世界を勇者が救う重要性を教えてくれた。
「例え神といえど【運命を変える】事は非常に難しいの……あらゆる世界は運命のバランスで成り立っている……フレアが別世界から神話の武器をこの地に持ってくるほどこの世界の魔族が強くなっているという未確認のデータも存在する、つまりこの世界の運命は結局、人か魔かどちらが争い勝つか…………上位の存在である神が如何に干渉してもその本質は変わらない、それどころか世界自体が異世界の力の歪みに耐えきれず崩壊しかかっている危険な状況をさらに悪化させているだけ【私の友人】とこの世界をどうか救って貰いたいの」
「まずは彼女の暴走を止めるために勇者の手で魔王を倒して欲しい、それからの事を検討し、対策する時間は計算上あと【数十年】は残っているわ」
……数十年……輝夜は冷静を装い淡々と話してはいるが内心はかなり焦っているのが誰の目から見ても明らかであった。
そんな緊張を一瞬で上書きするとんでもない出来事が起こる。
スク水でかぐや姫で女王で神様なその少女は立ち上がり唐突にボクのほっぺに優しくキスをしたからだ。
「へ?」
「「「ええええええーーーー!?!?!?!?」」」
「そしてこれは報酬の前払いよ受け取っときなさい――流石は我が友人フレア、シャゼルといい私たち好みのどストライクな勇者様ね、ついうっかり味見しちゃったわ」
突拍子もない輝夜のキスはボクだけでなく真紅さんとライラにも衝撃を与えてしまったようで、真紅さんは人の言語なのかもよく分からない叫びをあげ、ライラにいたっては飲んでいたお茶を噴き出し、泡を吹いて倒れてしまった。
ボクはそんな二人が視界に入ってなお魂が抜けたように立ちつくし舌なめずりしていた輝夜を見つめる事しか出来ない……女性に頬とはいえキスされたのは二度目の人生でも初めての経験で正直興奮よりも戸惑いの方が強かった。
「いや、いくらなんでも耐性なさすぎない? 君達」
呆れ顔で輝夜がそう呟くのが聞こえた。
――しばらくした後輝夜がライラを介抱していた。
(正しくはビンタで叩き起こされている……)
ライラが目を覚まし、その横で意味不明な念仏を唱え続ける真紅さんを我に返ったボクが正気に戻す。
輝夜はみんなを見て少しバツが悪そうに軽く咳払いした。
「こほん……まぁともかく馬鹿神のせいで世界が無茶苦茶になっているってのは理解したでしょう? そして私はあなた達にはこの世界を救ってくれる事を期待しているわ、そこでもう一つだけ旅の役に立つ餞別をあげる」
輝夜が軽く手を上げるとメイド達が茶室の障子を開け奥の部屋が徐々に見えてくる、ライラがそれに喰い付く。
「まさかベッドルーム!? キスだけじゃ飽きたりないのかこのアバズレ!?」
ライラの突っ込みに真紅さんも便乗する。
「今さらになりますがフレア様が馬鹿だのニートだの妄言を語るのはやめなさい! この変態エロ女神! そそそそそれに彷徨様は渡しませんよ」
輝夜は少しイラッとしたのか苦笑いしながらその言葉をあえて無視して、障子の奥の部屋を手のひらで指した。
そこには一人の小さな女の子がこちらに向いて正座していた。
「紹介しましょう【召喚巫女】の椿藍よ、ホウライの中でも最も優れた召喚術の使い手よ、そしてライラの母親の師でもあるわ」
ライラの顔は椿藍と紹介された少女を見るなり顔が青ざめていく、というかライラのお母さんの師匠ってこの子も千歳以上なの!?
ロリだ。
そう、ただただロリだった。
要するに年齢的にはロリバ〇ア。
だがしかし、ロリだ。
ウサ耳付きボブの青髪に巫女装束と横に置かれた金の装飾が施されたお祓い棒、容姿はライラよりも遥かに幼げな顔だ胸もぺったん……。
ボクはその少女と目が合った。
「お主、今よからぬ事を考えていなかったか? まぁよい……ワシは椿藍じゃ、ランちゃんと呼んでくれてかまわぬぞい」
ランちゃんは一瞬だけロリとは思えぬ鋭い顔をしたが満面の笑みでボク達に自己紹介をした、あまりに可愛い笑顔でボクと真紅さんはホッコリ、表情が変わらないのはライラだけであった。
「……アーヒヒヒ……長老様、相変わらずのご様子で何よりです……して、私共の旅に同行というのはどういう風の吹き回しで御座いますか? できれば…………やめ……」
困り顔でライラはランちゃんに質問する、てかサッと言ったけど長老様って!
「ライラよそんなのは無論、我が弟子に害を成したボケ共に天誅を食らわせにじゃ、アレは我が子も同然の存在じゃった、そして時代が変わりその娘もこうして同じ大きな目標のために前進しようとしておる……かつてのワシの弟子への過信そして本人の慢心……後悔しても悔やみきれんわ……同じ轍は二度踏まんと決めて千年、何が言われようとワシは同行するぞい……それにどうやらそっちの神官様も大歓迎のようじゃしな」
ランちゃんが少し引き気味に最後に言った言葉が気になり真紅さんの方を向いてみると真紅さんは鼻息を鳴らしながらボクに喋りかけてきた。
今日一日で気が付いたことがある。
おしとやかなでクールなイメージだった真紅さんは意外とコロコロ表情が変わり性格も分かりやすく要はイメージと違う!!
「彷徨様飼いましょう、あの可愛い生き物! はやくなでなでしたいです!」
興奮気味に真紅さんが詰め寄ってくる一方で、ボクに向かってライラが無言で拒否するように圧力をかけてくるのが伝わってきた、どうやらライラはランちゃんが相当苦手らしい。
結論を決めかねているボクに見かねたのか輝夜がフォローを入れる。
「……彷徨、ランは歳の所為か頑固な所があってね、絶対にノーは言わないわよ、勇者一行と世界を救うのはワシじゃって意志は絶対に曲げないと思うわ……でもね実力は本物よ私が保証する」
輝夜はウィンクしてそう言った、キスされた後のせいで輝夜に変に意識してしまう! ……がっ、ホウライのナンバーワン召喚士、ライラには悪いがそんなうまい話には正直乗るしかない!
ライラごめん、と心の中で謝りながらウサ耳巫女ロリに近付いて握手を求める、こう言うと事案っぽいがそうじゃないぞ! 断じてそんな事は。
「ボクは彷徨アキでこっちの神官は真紅さん、こっちは……もう知っているよね、とにかくこれからよろしくお願いしますランちゃん!」
「不束者じゃがこれからよろしく頼むぞい!」
こちらこそと固い握手を小さな手のランちゃんと交わす、とにかくパーティはこれで四人、冒険にはお約束の人数だ勇者に課せられる重い使命も受け取った。
――勇者は国の駒にされるものじゃない! 誰の為でもない人類のため、冒険して激闘の末に魔王を倒し世界を救うそれが勇者! あらためてそう自分に言い聞かせた。
…………忘れてたけど、冒険のためにまず食費と装備を買うお金を貯めようかな………
「…………本当はもう一人紹介するつもりだったのだけれどもね」
輝夜は皆が盛り上がっている最中に誰にも聞こえない声でそう呟いた。




