1章[大勇者×大魔法使い=死霊術師!?]
雨は苦手だ、ずぶ濡れになるから。
雨は苦手だ、ジメジメするから。
雨は好きだ、この世界に流れる悲愴の血を洗い流してくれるから。
雨は好きだ、その目を伝う一滴の雫を掻き消してくれるから。
雨は大好きだ、砂漠の様な虚無の渇きにほんのひと時の恵みと安寧を与えてくれるから。
~とある少女の心境の変化~
ボクは今すごく悩んでいる。
「どどどどどうする? パーティに加えるか断るか?」
何を悩んでいるかというとそれは、目の前の捨てられた子犬の様な目でこちらに熱い視線を送っているとあるネクロマンサーについてだ。
――ボクはそんな彼女のパーティ参加の可否を即答する事が出来ずに15分が経過していた。
第一に最初の会話の印象は最悪、早口気味のボソボソした話し方、奇妙な笑い声、唐突な自分語りと厨二病気質、これだけで誰が聞いても150%怪しい変人なのは分かってもらえるだろう。
当然その印象の悪いこの子をパーティに加えたくは無いという自分の心があるのが確か。
しかし先程までの不気味でミステリアスな雰囲気はいつの間にか、なりを潜め、ライラと名乗ったその少女は少なくともボクの目からはどこか憂いを帯びた普通の女の子に見えているのは何故だろうか。
彼女は本当は臆病で先程の話は強がりから出たものだったのかも知れない。
――この問題は非常に難しい コミュ障っぽそう? 怪しいから? 仲間に加えない? それは出来ない、と思うお人よしの心を持つ自分がいるからだ、いや過酷な異世界においてこんな怪しい女の子をパーティに加えるのはお人よしなんてレベルじゃないかもしれない。
前世の世界での出来事を思い出す。
自分の目線では当時、気が付かなかった事、何故ボクは一人また一人と友達と知り合いを失っていくのかと、付き合いが減っていくのかと……。
分からなかった……自分は普通に振る舞っていると思っていた、しかし現実は違う、自分に問題があったから身の回りから人間が消えていくのだ。
過去を振り返りそして思う、なぜ彼女がこんな不安そうな目でボクを見つめているのか、その答えは簡単だ、そう分かってる。
人は残酷だ、第一印象で噛み合わなければそれだけでその人をあまりいい人ではないと評価する。
本質的に敵味方を一瞬で判断する人間というのはそういう生き物だ。
そして嫌いだと判断した人の内面に深く接する事を避けていくのだ。
なんとなくだが分かる、彼女は恐らくパーティ申請を断られ続けたのだろう、ただのたった一度の少し人とは違う第一印象で。
いやかなり違うけど、正直すごく胡散臭いし……。
――あー!駄目だ悩んでも答えが出そうにない!しゃあない…………よしっ、フレアさんが言ってたじゃないか直感を信じろって。
裏切られたらそん時はそん時、ここはこの子を信じよう!!
このライラという少女の目は人を欺こうとする悪意が全くと言っていいほどに感じられなかったのが決め手になった。
「――もう!しょうがないな!!そんな悲しそうな目をしないで!分かった……いいんじゃないかな? 変わり者同士……旅をするのもねっ」
「えッッ!!!!!」
ボクはライラにそっと手を差し伸べた。
ライラは驚きの表情を浮かべた後に涙ぐみながらボクの手をぎゅっと強く握って、感謝の言葉を口にした。
「……ぐすっ……ありがとうありがとう……苦節398回目でようやく私にも仲間が……ネクロマンサーは死を扱う術者、それだけで何故かこの国では忌み嫌われるのに……それに自分でも分かってるこんな性格の所為で……いや本当にありがとう」
「そんなに断られたのかよ! ……まぁいいや、これからよろしくライラ」
ライラの本音が混じったその言葉が胸に響く、そうさ……これで良かったんだよボクは甘いくらいが丁度いい。
お人よしの勇者で良いじゃないか。
暫くすると、真紅さんが何事? というような表情を浮かべながらギルドの窓口からこちらに戻ってきた。
無理もない、一部始終を知らない真紅さんからするとボクが女の子を泣かせたように見えたかも知れないからだ。
ボクは真紅さんにライラが今まさにパーティに加入したことを簡単に説明し、同意を求めた。
真紅さんは彷徨様がお決めになられたのならしょうがないとしぶしぶライラのパーティ加入を認めてくれた。
――30分後、ところ変わってまっ昼間の酒場のテーブル席
ボク達は近くの酒場でライラのパーティ加入の歓迎会を催すことにしたのだ。
「つまりだ……この天才死霊術師が哀れにもパーティメンバーを探していた可哀想な勇者を拾ってあげたのよ……カカカカカカッ」
ライラは酒場で頼んだ干し肉のつまみと一緒に少女の見た目からは想像もできないくらい豪快に酒を飲み干しながら自慢げに対面の席にいる真紅さんに熱弁している、酔っぱらっているにしてもあまりにも嘘が酷い……。
ボクも一緒にお酒を頼もうとしたが店員から子供だからという理由でオレンジジュースにされた、こういう異世界は飲酒の法律なんてないはずだぞ! それに子供じゃないのになぁ。
真紅さんは猛牛のタンハラミカルビ丼(特盛)という名前の時点で美味しいと確信できる、この店の看板メニューの料理を何も言わずにもくもくと食べ進めていて虚言に塗れたライラの話などまるで聞く耳を持っていない様子だ。
(てか、神職についてる人って肉食大丈夫なのかな? しかも果実酒も普通に飲んでるし……)
ボクの注文した季節の焼き魚セットがテーブルに到着した頃には真紅さんの特盛の丼ぶりは綺麗になっており、ライラは誰もいない壁に大声で話しかけているというまるで協調性が無い状況になっていた。
(この先の事を思うと頭が痛いなぁ……)
ボクが料理に箸を付けようとした時、楊枝を咥えていた真紅さんはライラをちらっと見て隣に座っているボクに耳打ちする。
「彷徨様はまたとんでもない人を仲間にしましたね……マスターネクロマンサーのしかも医術系スキル持ち……その特性からネクロマンサーはこの世界では禁忌に近いとされるようなジョブですわね、彷徨様がお決めになったことに、とやかく言うつもりはありませんが正直気乗りはしません」
「ふむ、そんなヤバいものなの?」
「はい」
見事なまでの即答である。
真紅さんは死を扱うネクロマンサーと相反する聖職者だからというのもあるのだろう、フレア教に対して信心深い人が一部を除き非常に多いヤハテウス大陸では生ある者と死んだ者は違う世界で生きるのが世の理であると信じられているため(確かにボクは一応死んだ後にこの世界に来たな……)死を操作するとされるネクロマンサーはあまりいい目では見られないという。
その反面優れたネクロマンサーは神の奇跡とも云われる蘇生術や、その逆である魔の者が使う死の呪文両方に精通している極めて異端で特異な能力から社会に善悪の両方で大きな影響力を与えているとの事だ。
処刑人や暗部の偵察者、あるいは生死に纏わる禁忌の研究者、そうした国の汚い部分に関わる事が多いのも忌避されている理由だと真紅さんは付け加えた。
そんな裏事情を先に知っていようともボクはライラを仲間にする選択を取っていたとは思うけど、その話を聞くと真紅さんや過去にライラをパーティ加入させなかった冒険者の人たちが気乗りしない理由も確かに分かる。
そこでボクにはある一つの疑問が浮かんできた――何故ライラはわざわざ忌み嫌われるネクロマンサーの道を歩む事になったのかという事についてだ、ボクは酔っ払いのライラにその事情をさりげなく聞いてみる事にした。
「――あのさぁ、ところでライラ、君は何故ネクロマンサーを志す事にしたの?」
先程まで陽気に壁と会話していたライラの動きがその一言でピタリと止まり一瞬の間が空いてこちらを見つめる。
聴いちゃダメな事だったかな……
「ごめん! 言いたくないなら別にいいん――」
ボクが謝罪しようとするとライラは手のひらをこちらに向けそれを制止するとネクロマンサーを志す経緯を静かにゆっくりと語り始めた。
そしてその内容にボク達は驚愕する事となる。
「仲間になったんだから話しておかなくちゃね、フフ、そんな大した理由でもないわ、初めに私の両親の話からしようかしら、聞いて驚く事なかれ! 私の父は大勇者シャゼル、母はその仲間の大魔法使いエメラダだったの……ケケケケ……どうやら勇者様も母の美貌には勝てなかったのようね、旅の最中に恋仲に発展したそうよ」
ライラの両親に真紅さんが隣で驚いた表情を見せている、もしやその大勇者ってのも転生者なのかな? それに大勇者とは一体。
「……続けるわよ、この地域より北東のホウライという国で私は産まれたわ、ホウライはヤハテウスの重要な資源の産出地域でね、そこを奪おうとしていた魔王軍をシャゼル一行が撃退したのちに母上が私を身ごもった事から冒険を中断して、しばらくホウライに留まる事にしたそうよ……ケケケケケ」
真紅さんがそこで我慢できず横槍を入れる。
「大勇者シャゼルとその一行は千年前の人間、あなたがそんな大昔の人間かどうかは正直判断しかねます、確かにシャゼルとエメラダの英雄二人はホウライには15年程滞在したと記録されていますし、千年以上生きる人間は非常に珍しいですが……いない訳ではありませんっ……しかしあり得るのですか?そんな話が?」
なん……だとっ! この可憐な少女が確かにそんな大昔の人とは思えないし酔っ払いの冗談なのか?
ライラは指を振りながらチッチッチッと口ずさみ話を何事もなく自分の話を続けた。
「まぁ最後まで話を聞きなさいなカカカ、私が何故ネクロマンサーになったのかを聞きたいのでしょう? ……私の母は【大魔法使い】というジョブに対し限界があり力不足を感じていたわ、魔法は言ってしまえば魔力もしくはMP……要するに自分の生命力、精神力依存の技術、いかに人間の最上位クラスの大魔法使いといえども魔界本土の幹部クラスの魔物相手では神話クラスの勇者と協力せねば歯が立たない、と長きにわたる冒険と戦いを通じて理解したそうよ、私はそんな母の葛藤の中、戦乱が収まり束の間の安定を手に入れたホウライで育てられる事になるのだけれど……カカカカカ自分がパーティの足を引っ張っていると責任を感じる様な真面目な母親でね」
その後少しだけ物憂げな表情を浮かべライラが続ける。
「母はホウライで自分の力だけではなく他から力を貸してもらうという方法で更に強くなることにしたの、たったの数年で召喚術師の力をモノにしたわ……ケケケケケそれを間近で見ていた私は魔法と召喚を器用に使い分ける母に憧れている普通のどこにでもいる少女だったから、当然母親と同じ道の魔法を先行したわけよ……血筋の良さもあって本当にあの当時の私は天才だったわ、いや今でもだったわ失礼……ケケケケケ……そしてそれを見た父と母は私が一人前の魔法使いになった頃には再び乱世を鎮めるために戦場へと旅だっていったわ」
またしても我慢できなくなったのか真紅さんが再び口を挟む。
「……勇者シャゼルとその一行はホウライを救った十数年後ホウライでの戦争に勝ったヤハテウス連合軍はその勢いのまま魔界の深部にあるとされる軍事都市、未確定地域通称テンペラントの丘での戦闘で魔王軍幹部10名以上と戦い、激闘の末、当時の魔王軍幹部を全滅させテンペラントの丘を一時的に無力化、しかしその代償も大きく連合軍の九割損失、大勇者シャゼルとその一行は大神官ルシフィアフライハイト以外全員消息不明……戦術的には敗北ですね、とはいえ大勇者のパーティメンバーの4名はそれぞれ幹部相手に一人一殺以上の人類の歴史に残る大戦果を上げ、後に語り継がれるようになる……嘘か真かは分かりませんが実際この戦闘以降、現在までヤハテウス大陸には平和が続き、魔王軍幹部が出現した記録は一切ないとされています」
だがそれはあくまでライラの親の話であって本題ではない、ボクが聞きたいのはその後の事だ。
真紅さんの突っ込みに意地悪気な笑みを浮かべつつライラは話し続けた。
「キキキキキキ……流石にこの地域の人間だけあって詳しいじゃないか、殆んど正解さ、問題はそのあと……私にテンペラントの丘での戦死者捜索が難しくなり最後には打ち切られ両親が死亡したという報告が来た後さ…………ネクロマンサーになりたいと願った純粋な一番最初の動機は両親を外法だろうと復活させる事、そういうのに精通した人が近くにいたってのも大きいけどね」
「まぁ両親復活は後に色々思う事あって結局やらなかったけど……そうねネクロマンサーになるまで数十年間くらい修行したかしらね…………その間に両親はというと戦死した英雄扱いされてヤハテウス連合国の管理下の元、諸国の王家の一部しか知らないとされる英雄墓地に極秘に埋葬されたという偽の情報を流されたそうよ、いや今となってはそんな事はどうでもいいわ」
そういって唇を一瞬だけ歪めたライラは後の事を皮肉めいた笑みを浮かべ話し始めた。
「そこで私は一旦死んでみる事にしたのよ……いや正しくは魂と肉体を分けた……生というのは人を弱くする、どんなに強かろうが天才だろうが英雄だろうが戦っていけばその内、死ぬのよ……だから私は前もって死ぬことにしたの……カカカカカカカ天才でしょ? これで私は最強であった両親すら蝕んだ死という呪縛から解放され悠久の時間を生きられるようになった……何故そんな事をって? その理由は一つ、そしてそれ以来私は両親を酷い目に合わせた、こんな過酷な運命を歩ませた、憎ったらしい魔王軍をこの世から根絶してくれるような骨のある勇者を待ち、この世に安寧をもたらしてくれる日を拝むことが私の出来る唯一の親孝行だと思っているからよ……両親をこの世に呼び戻すのはその後、この世界が平和になってからでも遅くないと、ね」
ライラは笑みを浮かべる。
「それで彷徨……あなた旅の行くあて、まだ無いんじゃない? フフフそこで提案、一度ホウライに行ってみてはどうかしら? 私の話を全然まったく一ミリも信じていない神官様もいる事だしね? 信用してもらうにはそれしかないと思うわ……クククク、神官様はきっと驚くわ」
確かにピクニック気分の軽いノリで旅立ってみたが行くあてなんかまるで考えてなかった、それに真紅さん程でもないと思うけど千年前の伝説の勇者の末裔の人がボクの目の前にいるなんていきなり信じ切れている訳じゃない、その答えがホウライという場所にあるのなら行くべきだ。
「わかった行こうライラ、最初の旅の目的地はホウライだ、他に目指している場所も無い事だし、真紅さんもいいよね?」
先程の突っ込みからだんまりだった真紅さんにも同意を求めた、真紅さんはボクの問いに少し考えてから同意した。
「……ホウライはヤハテウス屈指の長寿が生まれる国で有名な場所であり、国が誕生して千五百年間一度も王位が変わっていないとも言われています、また伝統的にライラさんの様な医術と死霊術、または精霊術に長けた人間が多くいるとも……つまりライラさんの【生き証人】がいても決しておかしくはない、行ってみる価値はあるとは思いますが……」
真紅さんは少し言葉を濁したあと、ため息をついてから話し始めた。
「あの国は【夜が無い】国と云われかなり特殊な国なのです、国の方針でフレア信仰もあまり根付かず土着の信仰が多く保護されています、国民性は陽気で無茶苦茶……苦手なんですよねあそこ……ライラさんが何で嫌悪感無くネクロマンサーになったのか分かる気もした気がします、前に一度教会による布教の指令であの国でフレア信仰と命の大切さを教えようとした時、話を聞いていた人に死んだらそこら辺の巫女さんに生き返らせてもらったらいいって真顔で言われて衝撃を受けた思い出があります……」
ライラはその言葉に腹を抱え涙を浮かべながら笑っている。
先程までの真面目な雰囲気が一変しライラはすっかり元の泥酔状態に戻っているようだ。
「コココココココ!……まさにその通りよ……両親が死んだ報告に絶望していた私が馬鹿みたいだったわ…………ネクロマンサーの修行をひっそりとやっていたある日、その事をどこからか聞いてきた隣の家の魔女のおばさんからそんなに悲しかったのなら今から天国から呼び戻すッぺってノリで詠唱し始めたのを慌てて止めたのは良い思いでね……自分が半分死んでから気が付いたのよ、やっと魔物殺しから解放されて天国にいる両親に戻ってこいなんてそれは酷いわ……わざわざ両親をこっちに連れて来なくても行こうと思えば天国へすぐに会いにいけるわよ……半分死んでるから……カカカカカ」
「ノリ軽いな!!おい!!」
ボクは反射的にツッコんでしまった、どうやら、相当特殊な国っぽいなホウライ!? まぁ今さら考え直しても仕方ないよね。
――取り急ぎ、こうしてボク達の次の目的地は決定したのであった。




