1章[勇者のち神官おまけの死霊術師]
二話くらいに分ければ良かったですが手が止まらなかったです笑
「ちなみに真紅さんどうやって奴らと戦うの?」
ボク達はおよそ武器と呼べるものは何一つ持っていない。
ひのきのぼうすら装備していないし、服装にしたって今は薄い布の服しか着ていない様な状態だ。
たとえ低レベルの魔物だろうと攻撃を喰らえばそれなりのダメージは必至であり、ましてや相手は狼型の魔物、その大口に噛み付かれれば、一発アウトもあり得る。
そんなボクの不安をよそに真紅さんは自信満々に答える。
「彷徨様は私をただのド田舎でなまけている頼りない神官とお思いで?」
真紅という名の彼女はボクの転生した先で初めて出会った人であり、話の流れで(半ば強制的に)仲間になった神官だ。
真紅さんは何やら短い呪文を唱えた。
その後に真紅さんの醸し出す空気が変わったような感じがしたのち、真紅さんの髪の色がみるみる変色していく、青みがかった緑色から自身の名前の通りの真紅へと……
近くにいるだけでも感じる、温和でのほほんとしている印象だった真紅さんから隠しきれぬ強者のオーラと対象に対する明確な殺意を。
「……ッッ! これが真紅さん!?」
「――回復魔法と補助魔法だけは自信あるのですよ私は、ただ他はからっきしで落ちこぼれてましたけどね…… 少し待っていてくださいお手は煩わせません」
少し自嘲気味に真紅さんはそう言うと近くの拳より一回りは大きな先端の尖った石をひょいと拾い上げ、詠唱を始めた。
そしてそのまま単身丘の上の魔物の群れにサポート役である筈の神官とは思えぬ無謀な正面突撃をしかけていった。
「主神フレアよ我が身に回復と身体強化の奇跡を授けよ!! シュトラール!!!」
真紅さんの魔物に向かい走る速さはどんどん加速し、同時にその身に赤い色の闘気、オーラというべきものがが激しく溢れ出してきているのが見えた。
その数秒後には真紅さんの走るスピードはボクの目で追うのがやっとなレベルに到達している。
数キロは離れている丘の上の魔物と真紅さんが会敵するのは一分もかからぬであろう。
「真紅さん……おっと、見とれてる場合じゃないな」
ボクはそう言うと役に立つかは分からないがいそいそと茂みにあった【ひのきのぼう】を装備した。
勿論真紅さんが勝つとは思っているが楽観論はよくない。
常に最悪の事態を想定し自分に出来る最善手を打つそれは戦場の鉄則だ。
別の魔物が無防備なボクの隙をついてくるかもしれないしね。
(素手で戦うよりはマシだろう……)
ボクは周囲の警戒をしつつ真紅さんの戦いの行く末を静かに見守る事にした。
――狼の魔物が土煙を上げ猛進する人間に気が付いたのはこの少し後。
狼だけに噛み砕いて話そう。
彼等は餌を求め最近この地域にやってきた、野良魔物であった。
そんな彼等の前に現れた無防備で無警戒な人間なぞ、ただの新鮮な食料そういう認識であった。
鼻の利く彼等は人間の存在はここより遥か遠くから感知しており、気配を悟られぬよう徐々に獲物への距離を詰め襲撃の機会をじっくり窺っていた完全な捕食者の立場だった筈であった。
目に見えている物が全てではないという言葉があるが今回ばかりは目で見えていた方がよかった、彼らは鼻こそ利くが視力は非常に悪い、それが仇となる。
匂いという情報に信頼を置いている彼らはターゲットの人間の匂いが普段とは在り得ないスピードで迫ってくる事態を正しく認識出来ていなかったのである。
風の影響か? それとも別の人間の間違いか? そういう勝手な思い込みのせいで彼等の危機回避に必要な致命的な時間、逃げるチャンスを自ら失ったのだ。
「……先ずは一匹」
先遣部隊で少し出張っていた一匹の狼の頭が突如空き缶の様にクシャクシャに潰される、暴風だと思っていたその音、同じくその風で漂ってきたと思っていた匂い、それが全て間違いだったと一匹の同胞が無残に殺されて初めて気が付く。
――正体不明の人間の左腕にもう一匹いた先遣部隊の魔物が反射的に噛み付く。
狼族の魔物は必ずツーマンセル以上で行動する、不測の事態にも即時対応できるように。
しかし今回は相手が悪かった、実力差がありすぎたのだ。
そのまま腕を噛み千切ろうとするがまるで動かない…… それどころか喰い付いた筈の肉がみるみる再生していく、牙は抜けないどころか噛んだ肉の圧力でどんどんと押し潰されていくそんな感覚に襲われる。
「――おっと、引っこ抜いときましょう」
人間は噛み付かれたままの状態で腕を乱暴に振り回し、次第に強烈な遠心力に耐えきれなくなった魔物は激しく宙を舞い、もう一匹近くにいた中衛の魔物に激突させられた。
その衝撃はすさまじく両方もれなく即死であった。
――残りは二匹となった魔物達は一対一が敵わぬ強敵なら二匹で一気に攻めるしかない。
そう野生の感が働いたのか二匹は意を決し一斉に敵に飛び掛かる。
下位魔物とはいえそこは誇り高い狼種族、同胞を殺されたのちに恐れをなして逃げ出すという選択肢が存在していなかったのが彼等の運命だと言わざる得ない。
彼等にとっては命を賭した死闘、しかしこの人間にはそんな考えは無い。
人間は不気味なほど冷静に手に持っていた先程同胞の頭を一撃で潰した血まみれの石を捨て、飛び掛かったきた二匹の魔物の首を掴んだ。
抵抗など一切許されない程の腕力、狼は無様に足をバタつかせて抵抗するのが限界であった。
この人間に慈悲は無く、そのまま状態で徐々に腕に力を入れていき最後には二匹の延髄をへし折ったのだ。
勝負はここで決着…………とはならなかった。
「があああああああああ!!! まだだ!!!!!!」
先程投げ飛ばされた同胞をぶつけられて死んでいたと思われた一匹が唸り声を上げ【もう一人】の人間の元へと猛進する。
腰の骨が砕けた満身創痍の状態である今、せめて相打ちが取れそうな相手を道ずれにという合理的な判断を本能的に行ったのだ。
「まずい!!」
「こっちに……来る!」
目の前の人間はしまったという表情を浮かべ必死にこちらを猛追する、だが遅い、引き離した距離的にあと数秒は足りない。
この人間には負けるかもしれないがそれでも狼族の走る速さは時速百キロを優に上回る。
いける! あの人間が追い付く前に別の人間に一撃与えられる!!
「――彷徨様ァア!!!!!!!!!!!」
大口を開け涎を垂らし全速力で疾走する。
人間はその場から動こうとしない、棒きれを構えこちらを一点に見詰めたままの姿で。
(馬鹿が! 我に正面から挑むなど、そのまま噛み砕いてくれる!!)
スピードの差を理解し逃げるのを諦めた哀れな最後の抵抗、魔物はそう思った。
しかし何故だ、何かが引っ掛かる。
後ろにいるバケモノとは違いこの人間は今まで食い殺してきた弱者と何ら変わりはない筈なのに、目の前の人間の目に絶望の色は無い、むしろ魔物を前にしても勝てると確信している様なそんな目。
生殺権を持っているのは確実に自分であるはずなのに何故この人間は余裕を見せている?
それが魔物にとって不快であり不気味でしょうがなかった。
「人間ガァ!! 思い上がるなよ!!!」
瀕死の重傷を怒りの感情で忘れさせ魔物は目の前の人間を強襲する。
「真紅さん心配しないで!!」
「ボ……ク……に……少しの勇気と力を!!」
ドサッ…………。
鈍い音の後、一瞬の静寂が辺りを包む。
人間は怪我をしている様子は無い。
地面に地を付けていたのは狼ただ一匹だけ。
ひ弱そうで何もできなそうであった人間は無謀とも取れる勇敢さを見せ、その手に持つひのきのぼうで猛進する狼の鼻っ柱を力任せに叩き、これが最終的に魔物を完全に沈黙させる【1ダメージ】となった。
――こうしてこの農業地域に最近になって出張ってきたとされる野良狼魔物の群れは殲滅されたのであった。
「――驚いた、真紅さんがあんなに強いなんて知らなかったよ」
焚火囲み、狼肉の直火焼きというワイルドな料理の準備を整えながらボクは真紅さんに興奮気味に語りかける。
「彷徨様こそ、最後の一匹を仕留めていたではないですか! 初めてにしては上出来ですよ! こほん……それはそれとして私の監督不届きで彷徨様を危険な目に合わせてしまったのは謝罪しておかないとですね」
真紅さんはそう言うと、ボクが危ない目にあったのを申し訳なさそうに謝罪した。
「いやいや! 真紅さんがいなければボクの旅はここでお終いだったと思うし、真紅さんには感謝しかないよ!!」
「そんな事を言っていただけるなんて……しかし彷徨様にお手を煩わせたのを反省しないといけない事です、あっ!それよりも大事なものをお渡ししておくのを忘れていましたね……はいどうぞ」
真紅さんは神秘的なエメラルドの光を放つ、手のひらより少し大きいタブレット状の薄い石板をボクに渡してきた。
「冒険者や勇者必須のステータス・タブレットです、これがあれば彷徨様の現在のステータス、スキルが分かるし、冒険者ギルド登録の申請書にもなる優れものですよ、通常は道具屋で銀や鉄などの板に魔法かけ製造された市販品を使うのですが、勇者の場合は女神フレアより直接この石板型が贈与されるのですよ、勇者である証明の様なものなのかもしれませんね」
ふーんという感じにボクはそれを手に取り、色々な角度から渡されたタブレットを見てみる、ステータスっていうだけあって様々なパラメーターらしきものが石板に浮かび上がって表示されており、まぁゲームをよくやる人間なら大体分かる内容だ。
「なるほど、現在のレベルは3、共同で倒してもレベルが上がる仕様なのか~、でもどの能力値もまだまだ低いなあ」
ステータスの欄には一桁の数字が並んでいる、駆け出し勇者なのだから仕方のない事か。
タブレットというだけあってスワイプしたりすると表示される内容が切り替わる、石板なのに高性能だなこれ、重さも思ったより感じられない。
スキル覧は今の所【フレアの加護】という特に説明の無いスキルのみか、レベルアップすれば色んなスキルを覚えられるのかな? ボクも早く真紅さんみたいに強くならなくちゃ。
タブレットをいじっていると魔物の肉がウルトラ上手に焼けた頃合いになっていた。
初めは狼の肉なんてと気味が悪かったのだが異世界に来てから何も食べておらず、おなかが減っていたこともあり、結局食欲に負け恐る恐る口にしてみると思っていたより数倍は美味しく、非常に食が進んだ。
戦って、殺しあった末に命をつなぐ、そんなこの世界の残酷さを戦いを通して少し学んだ気がする。
前の世界の平和な国に生まれたボクにとってはまさに未知の体験である。
あの時、ボクが魔物に背を向け逃げていたのならまた結果も変わっていた事だろう。
――食事も終わり今日は大事を取り、集落へそのまま向かわずに今夜は丘の上で野宿することになった。
「彷徨様はご安心してお眠りになってください、明日は集会場に魔物の事を報告してから、その報酬でいい装備を買い付けるとしましょうね」
ボクはうとうとしながらも、ちゃんと話を聞いていたつもりだったが、気が付いたら意識もなく、ぐっすりと眠りこけていた。
――あれ? 柔らかい……ボク、枕なんて持って来てたかな?
「……あら、お目覚めですか?」
真紅さんがこちらを見下ろしている? この状況……これは……まさか頭の下にあるのは……真紅さんの膝!?
「うわ!」
体が飛び起きる。
――やっぱりそうだボクは真紅さんにいつの間にか膝枕されていた状態で寝かされていたんだ。
そんな事を思うと恥ずかしいやらなんやらでもやもやして真紅さんにちゃんと顔が合わせられない。
初心でシャイなサクランボウ男が美人に膝枕なんてされていたらこんな反応になるのは当然だ。
ボクは急いで野営地から出立の準備を整える。
そしてなるべく真紅さんを直視しないようにしながら集落を目指し駆け足で歩きだした。
道中真紅さんを見る度、柔らかい太腿の感覚を思い出し、一人赤面してしまう、その度に真紅さんは不思議そうな顔を浮かべる。
――特に会話も無く黙々と歩き続ける事数時間、集落がはっきりと見えてきた。
そんなこんなで集落にたどり着いたのはお昼過ぎ。
その頃にはボクは今朝の膝枕の恥ずかしさはとうに忘れていて初の異世界村? に辿り着いたワクワクでいっぱいだった。
【キサロクの宿場町ジンハル】看板にはそう書いてある。
小さな集落と思いきや意外と人(?)通りはかなり多い。
教会近くにあった年季の入ったボロボロ土造りの建物など無い、キチンとした洋風煉瓦造りの家ばかりで道は綺麗に石畳が敷かれ舗装されているし、それなりに発展している印象を受けた。
景色だけ見れば元の世界のヨーロッパの片田舎と言われても納得はいくだろう。
「彷徨様はぐれないように付いてきてくださいね~ 集会所までもう少しですよ~」
ここでの最初の目的である、討伐達成報告を行うギルド集会場へ行く道中の真紅さんのそんな呼びかけも殆んど上の空で聞いていた。
それだけこの村の中は目で見るもの全てがかつてのボクの住んでいた世界と全く違い、それが新鮮で心を奪われていた。
建物自体は欧風建築に近いがどこかそれとも違う、野菜の一つにしても魚の一つにしてもその形状に目を引かれる、元の世界とは明らかに違う食材、そしてそれを売買する商売人と客層もまた面白い。
ケモ耳だったり翼が生えていたり、鱗があったりと様々だ。
「もうっ、彷徨様ちゃんと聞いてます?」
「はっ、ごめん」
真紅さんから両肩を掴まれむすっとした顔で声を掛けられ、ようやくボクは我に返った。
「ほら集会場はここですよ」
真紅さんが指を指した場所にはギルドと書かれた看板に白壁と煉瓦で作られた歴史がありそうな三階建ての建物があった、この建物の周辺には特にきっちり装備を整えた冒険者風の人が多いように感じたのはそういう事だったのか。
ボク達はギルドの建物の中に入っていく。
――集会場の中にシスターと同行する少年、それが何を意味するかはこの世界の常識のようで真紅さんが魔物討伐の報告とそして教会への通達を窓口で行っている間、ボクはひっきりなしに声を掛けられる。
軽い挨拶だったりしまいにはお祈りされるなんて事もあった。
ボクに対し特に熱心に話しかけてきた一人の鎧騎士の男に勇者が何故ここまで人気があるのかを聞いてみた。
鎧騎士曰く勇者は神の使いであり、高レベルの勇者は神話クラスの特殊スキルや技能を持つことも多いため非常に有能でこの世界でかなり位の高い存在なのだという。
その為、勇者は王都や都市の精鋭騎士団にスカウトされ、国を守ったり、将来的には指導していく立場になるという。
勇者が騎士となった場合お付きの神官も僧兵として同じく国に雇われるそうだ。
この方針には王や貴族は魔物との全面戦争には非常に消極的で勇者として独自に行動されるのが迷惑であるという点と、将来有望な能力や才能を持つであろう勇者と神官を囲い自国の戦力増強しつつ、国を超えた強大な力を持つ教会との繋がりを強固にしたいという思惑が存在しているのだそうだ。
なぜそのような考えを持っているかというとかつて一度、自分達、人間の力を過信したヤハテウス大陸連合国軍は魔族の住まうルナ=タバト大陸に侵攻した際、無残な大敗を喫し国家戦略を国土拡張路線から国土防衛路線へと変更せざるを得なくなったという事が関係しているらしい。
鎧騎士はキサロクの貴族出身の騎士らしく、話の流れで先の事を踏まえボクに比較的安全なこの地域の騎士になれば一生安泰で平穏に暮らせるという話を切り出してきた。
「――どうだ? そなたも理解できぬ話ではないであろう、勇者を辞めて騎士になってはくれぬか? あのお供の神官は回復役の筈が最前線で戦う戦闘狂の変人として教会から厄介者扱いされていた人物だ! 間違いなくこのまま冒険を続ければあなたは早死にします……私はフレア教徒だ、国からも教会からも勇者は手厚く扱われるべきだと教えられてきた、その何より主神フレアから天より授けられたお命を無駄にするような事はしないで戴きたいのだ!! どうかこの地に留まり夢物語の世界平定等という戯言でなく国の為に力を尽くしてはくれぬか――」
鎧の騎士はそう言うと跪き頭を下げた。
――確かにこの騎士の言う事は何も間違っていないのかもしれない。
騎士の仕事といえば都市の防衛という名の見張りや彼がこの場に居るように地方の魔物駆除の案件、おそらく現実世界でいう地方公務員の様な立場だろう。
昔のボクなら喉から手が出る程、憧れていた生活と言っても過言ではないレベルだ、しかもそれが今ここでこの騎士にイエスと一言いうだけで叶う、試験も面接も何もない。
まぁそれも悪くは無い、事実多くの転生勇者はこの条件を飲み、のほほんと暮らすことを決めているのであろう。
鎧で騎士の顔は伺えないが条件を飲む、死に突き進むような愚かな事はしない、そんな安心に満ちた雰囲気は伝わってくる。
(だけどそんなんじゃないだろ!異世界はッ!!!)
ここにきて暫くは勇者としての実感など無かったが真紅さんと行動を共にしてすぐに考えが変わった。
――異世界では人は万物の霊長ではない、脆く、魔物に負ければ恐らく害虫の様に簡単に人は殺される。
考えてみろ。
魔物との命の取り合い、それが田園広がる人の生活する空間でさえ起きている現実、そして特別な力とやらを持つ予定のボクがこの世界にわざわざ転生させられた理由。
ここに転生した動機は不純、更に本音を言えば死ぬのは怖い、当然楽な騎士としての生き方の方が絶対いい。
だが違うんだ、ここに今生きているのはニートの無力な彷徨アキではなく、期待を、畏敬を、そして付いてきてくれている仲間を持った勇者の彷徨アキだ!
何かに毒されているのかもしれない、アニメの観すぎ? そうだろうと思う……でも実際、勇者に、異世界に憧れを抱いてこの地に送られたんだ、救いたくなるじゃん?
国や都市なんてちっぽけなモノじゃない。
救うなら世界じゃん。
戦わずに生きてどうする! それじゃあ前に生きていた世界も異世界も変わらない気がしてならない。
真紅さんは確かに戦闘狂なのかもしれない、抜けているかもしれない。
それでも【勇者としてのボクと共に在る為に旅立った】のだ、勇者をこの騎士の様に現人神か神の使いとして奉る為ではなくて。
「――すみません騎士さんボクは【勇者として】真紅さんと冒険します、だからその騎士にはならない……ごめんなさい」
ボクは鎧騎士に向かって深々と頭を下げ申し出を断る、騎士は少し驚いて、それからゆっくりと頭を上げ話し始めた。
流石に騎士とだけあり動揺を最小限に抑え、威厳を保つ堂々とした振る舞いであった。
「――残念ですが勇者様がそのおつもりなら引き留めは致しません……どうかお気を付けて……あぁそれと、これは個人的な感想ですが私はどうしても……あの……受付で報酬にクレームをつける粗暴な神官が同行しているのが気がかりなのです、そこで一つ助言させていただく、私は騎士の身ゆえ旅に同行出来ませんが、ここには勇者のパーティというものに憧れを持つ者はゴロゴロいます、言いにくいのですが有能そうな者を一人くらいパーティに加入させてみては? 長々と話しては申し訳ないな、それでは失礼する」
鎧騎士が去っていき、真紅さんの方に目を向ける。
真紅さんやけに受付で叫んで揉めていると思ったらそういう事だったのか…… 普段はおしとやかでいい人なんだけどな、少し変わってるのかなやっぱり。
あぁ……周りの視線が痛い。
(……あっ目線に気が付いたのか、こっち向いて笑いながら親指をビシッと立てたよ! 交渉成功かな……)
とはいえ真紅さんは真紅さんだ他人から何を言われようとも奇異の目で見られようともボクの評価は変わらない。
あの人はまっすぐに自分以上にボクの事を思ってくれている、報酬アップの件だってボクの事を考えてなのであろう。
それが一緒に過ごした数日でも十分に伝わってくる。
そんな事を考えていた時に、突然悪寒を感じた……なんだ?
「ヒヒヒヒヒヒッ……狼5頭で5万ゼルだって……強欲なシスター……二枚ドロー……ケケケケケ、相場の二倍は取ろうとしてるよ? あんたの神官」
不気味な笑い声が耳元から囁かれ、飛び跳ねるようにボクはその場から距離を取る。
「ひぇ!」
――さっきの不気味な笑い声からは想像できない美少女がそこに立っていた。
背丈はボクよりは少し高い、腰のあたりまで伸ばしたサラサラの紫の長髪に吸い込まれそうな青い目、どこかゴスロリが混じったフリフリの黒のナース服にキャップ、派手な白黒縞模様の靴下、手には不気味な髑髏が彫られた大きな注射器の様な装備を持っている不思議な少女。
胸は真紅さん程ではないが、身長の割にはかなりの豊満だ。
「きっ……きみは? ところで5万ゼルってどういう……」
呆気に取られ気味ではあったが何処か不思議だが魅力あるその少女の事が知りたくてボクは問う。
少女は静かに答える。
「お初にお目にかかる勇者殿、私は【ライラ・ネクローシス】先程の騎士の話を横から聞かせてもらった……ヒヒヒヒヒヒ……あんな好条件を蹴り、この地域で有名な変わり者シスターと旅をするという変わり者勇者とお見受けしてお願いがある……とその前にゼルすら分からない無知な勇者に優しく解説してやりますかねカカカカカ」
なんか、いきなり失礼な事言われた気がしたぞ。
少しムッとしたボクにも構わず、ライラという女の子はまるで気にしていない。
謎の沈黙が続く。
この子の醸し出す雰囲気により場が独特な緊張感に包まれる、そして静かにライラと名乗った女の子が口を開いた。
「おほん、ゼルはお金の事よお金って分かる? お金とはこの世界における――」
ボクはズッコケそうになった、そういう事じゃなくて!!
「いや、馬鹿にしないでよ!それくらい分かるよ! いまいちそのゼルって通貨の相場とかが気になったの!」
ボクの言葉足らずの所があったかもしれないがそこまで無知だと思われていたのは心外だな。
ライラは「あーそういう事」という感じの表情を浮かべゼルについて教えてくれた。
まず初めにゼルは銅貨、銀貨、紙幣に分類されている、異世界によくある金貨が無いのは後述で。
銅貨が一ゼルと十ゼル、銀貨が百ゼル、紙幣が五百ゼル、千ゼル、五千ゼル、一万ゼルで日本円と価値はほぼ変わらない模様である。
紙幣がちゃんとした価値を持って流通しているのは理由があった。
どうやら紙幣印刷局所属の高名な魔術師が複数人にわたり偽造防止の魔法をかけているという事らしい。
さらに魔法をかける複数人の局員はヤハテウス大陸連合の別々の国や地域出身者で構成されており、これが国家ぐるみの偽札製造をも不可能としている点から型に流し込むだけの硬貨よりも信頼度が高いとされているそうだ。
金貨が存在しない理由はいったって単純である、金の価値が無いから。
正しくは【太古の錬金術師誕生】の影響で金が全国大量に眠っているからだそうだ。
金は超新星爆発によって生まれた希少な鉱石という話は御存じだろうか?
そう、この世界では超新星爆発クラスの高出力魔法をぶっ放すとんでもないやつが大地を五度焼いたそうで金はどこでも採掘される綺麗な石ころ扱いだそうな……。
もちろんこれはお伽噺や伝説の類で金が至る所で採掘される明確な理由は分からずじまいだそうな。
「――とまぁゼルの話はこれくらいにして、ドヤ顔で簡単に自己紹介するわ、名前はさっき言ったわよねライラよ」
「私はかつて大魔法使いにもなれると言われた程の誰もが認める超天才魔法使いだったわ……ヒヒヒヒッ……その後波乱万丈あって今ではヤハテウス最高クラスの死霊術師、いわゆる【マスターネクロマンサー】へとジョブチェンジを果たした変わり者……ケケケケケ……どやっ! こほん……前置きが長くなったのだけれど、この天才ネクロマンサーとパーティを組まないかしら? きっと面白い旅になるわよ……ケケケ」
――美少女でもある、なにやら有能(?)そうな役職持ちでもある、それにこちらから仲間を探す手間が省けたとも言える。
でも本当に本当に本当に大丈夫かこの子!? 真紅さん以上に変わってると思うんだけど!!
――今思うとこの唐突でミステリアスなネクロマンサーとの出会いもまた、運命の導きであったのかもしれない。




