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1章[真紅という人]

 ――神官はあくまで勇者をサポートする者、必要なのは力よりも知だ。


 ――その筈であったのに、率直に言おう、残念ながら私は頭が悪かった。


 神官養成の神学校を下から13番目に卒業した私は首都から遠く離れた世界の端っこ、辺境の田舎の古ぼけた教会に実務を兼ねた神官としての研修を行うように教会から通達され、3か月掛け、今まさに到着したところだ。


 私の様な落ちこぼれ神官は勇者が非常に誕生しにくいとされる、この様な僻地にある教会に配属されていく。

 そして恐らくはその一生をフレア教の布教と勇者誕生の祈りに捧げる事となる。


 これは勇者と共に在れ、つまりは勇者と冒険や手助けをしろというフレア教神官としての最大の責務が果たせぬという事にも繋がるわけだ。

 屈辱ではあるが受け入れるしかない、これが才の無き者の定め。

 

 「ここが私の一生を過ごす場所……1000年もの間勇者が産まれていない教会……」

 

 うだうだ言っても駄目だ。

 それに僻地だろうとフレア様への信仰の強さと気持ちがあれば落ちこぼれの下にも勇者様は必ずやって来る筈、まずは研修頑張ろう! 私!


 見るからに倒壊しそうなボロ教会、周囲には人家がまばらにある程度、他には寂れた墓としなびた畑の光景があるのみ、人よりも野良猫の方が多いそんな場所。

 立て掛けが悪い教会正面のドアは中々開かない。

 

 (こんな状態って事は祈りを捧げに来る人もいないのかしら?)

 私は少し力を込めてドアをこじ開けた。

 

 ギギィーっと木の擦れる音と共にドアから明かりの付いていない薄暗い教会の中に光が差し込む。

 

 教会の正面奥にある手入れもロクにされていない祭壇の前、天井のステンドグラスの光が丁度降り注ぐその場所に一人の神官が煙草を咥え、私を待ち構えていた。


 「おう、よく来た……あんたかい? 馬鹿だが、回復と補助だけは歴代ぶっちぎりの飛びっきりすげぇ奴ってのは、申し遅れたここの神官――ルシフィア・フライハイトだ、今日からお前の師匠って事になるな」


 「……なっ!!!」



 女性にしては高めの身長、伸ばしっぱなしであちこちハネているゴワゴワした長い銀髪、何物をも逃がさない狩猟者の様な鋭く怪しく光る赤い眼光、その顔は全体の印象とはミスマッチな気高くも気品があり女性である私から見ても美しいと感じさせる程の美貌である。

 神官の装束を身に纏っているが動きやすくするためなのか意図的に際どいくらいカットされており、正直殆んど原型が無い、布面積だけで見ると神官というよりも踊り子に近い気もする程に……胸も神官とは言い難いほど大胆に開かれ谷間がはっきりと見えている様な有様だ。

 

 そんな神官とは思えぬ外見の印象よりも私が驚いているのは彼女の語った名前の方だ。

 


 ――大神官ルシフィア、ヤハテウス大陸に住んでいる者なら誰もが耳にした事はある名前であろう。


 千年前に存在した大勇者シャゼルのお付き神官にして、身体強化のスキルのみで全世界に数十名しかいない神官の上位存在である大神官に上り詰めた、歴史上最悪の大神官ルシフィア・フライハイト!! 

 

 ――だがおかしい、彼女の容姿はどう見ても二十代前半ッ!! 大神官ルシフィア様は1000年前の人間だったはずだが……。


 私はその事に違和感を感じ、ルシフィア様を名乗るその神官に近付こうとせず一定の距離を保ち、ひとまず様子を窺う事にした。

 警戒心をむき出しの私に対しルシフィア様は軽く笑みを見せた。


 「おや……まぁ」


 次の瞬間――ルシフィア様は一瞬のうちに私の背後を取り、ポンと軽く肩に手を乗せてきた。

 私は反応する事すらできなかった超速度、冷たい冷汗が首筋を伝う。

 

 「――若すぎるって、思ってんだろ? たかが千年、全盛期の体を維持する事くらい造作もない事よ、それに私が偽物だったらあんたは今の一瞬で死んでいた、本物ってわかったかい? それで名前は?」


 そう言うとルシフィア様は肩に置いた手を放し私の頭を軽く撫でる。

 私は背後に回っていたルシフィア様から少し距離を取り、挨拶とお辞儀をした。

 考えまでお見通しか、ここまでの達人が相手であるのなら信じる信じないなど私の意見はまるで意味が無い。

 仮に彼女がルシフィア様の偽物だったとしてどうする? 戦いを挑んだところで結果は火を見るよりも明らかである。

 ここは彼女は本物のルシフィア様とみるのが丸いだろう、そう思い私は挨拶をする。


 「私は……真紅、真紅・アテナ・桐咲……です……」


 ルシフィア様は吸っていた煙草を無造作にポイと投げ捨て、そして私に満面の笑みを見せた。


 「真紅か!! よろしくな! 私自身、弟子を取るなんて考えもしなかったが――まぁいい、恐らく今のお前はこんなオンボロ教会のガラが悪そうな神官の所に研修、配属されて嫌だと思っているだろ? そして自分の神学校での無力さを後悔しているってとこかね? ……だが先に言っておくそれは大間違いでありここにいるのは大正解だ、神官は頭脳と教科書通りの動きが出来る者が優れているわけじゃないし、都会の大層ご立派な教会にいるエリート神官様の下にしか勇者は誕生しないというデタラメも今から忘れろ――」


 ――フレア教の神官の役目は勇者の徹底的なサポートと蓄えた豊富な知識によるガイド、これを神学校では第一に叩き込まれる。

 そうして一人前となった模範的な神官と女神フレア様がお決めになられた時、異世界より勇者は生を授かり、その者と行動を共にすると教えられていたのだが……。

 

 つまりは先程のルシフィア様の話はこの神官の前提を、神学校の教えを無視するという事に等しい。

 

(あり得ない……事実ここ数十年は神学校上位二十位程度の超エリートの所属する教会の下でしか勇者誕生は報告されていない、それをルシフィア様ほどのお方が知らない事など無いはずだ!)

 

 ルシフィア様は私に反論する隙を与えず話を続けた。


 「――分かりやすい例が、お前の目の前におるだろ、私は神学校の最終成績最下位で、万年勇者が誕生しないこの教会に叩き出された、暇で暇で仕方なくてね毎日体鍛えてたらいつの間にか、魔王の幹部にも渡り合えるようになっててね――その後に突然シャゼルがここで誕生したわけよ、そんで勇者が誕生する教会の仕組みに自分なりに気が付いた、まず最初に勇者お付きの神官になるには天才である事、次に優秀である事――そして最後さ、先にあげたやつらより圧倒的に強けりゃ、馬鹿だろうと落ちこぼれだろうと勇者はこちらにやって来る!!!!!! ……これがまぁ私の持論さ」

 

 ルシフィア様は小さな声で「シャゼル誕生の教会がここという事実は隠蔽されたがね」と付け加えた。

 ルシフィア様の言いたいことは分かったが……何故その話を私に?


 「ルシフィアさ……いえ師匠、残念ですが私は貴方の様に強くはありません……」


 ルシフィアは少し困り顔で二本目の煙草に火をつけてから答える。


 「いいか? お前は少し抜けている――が、身長はあるし胸もデカい顔も上々、過去のデータに目を通すとこのタイプが特に勇者のお付きになる確率が高い、それだけじゃなく回復と補助に関してのみは神学校史上でも稀な天才だったそうじゃないか強くなる見込み十分さ……それにどこか似てるんだよな昔の私に、尤も私は身体強化の方の天才だったがね……勿体無いんだよ、ただのドアホや馬鹿ならまだしも才能あるやつを勝手な理屈や理論、常識で切り捨てる教会のやり方は千年以上昔からずっと間違ってると私は思ってる――なぁに真紅、お前さんは強くなるよ、私の見込みでは大神官のその先のクラス【熾天使】に、あんたはなれるかもしれない程にね」


 ブッーーーーーーと吹き出してしまった。

 いきなり何を言い出すんだこの人は、私をその気にさせるための冗談なのか、買いかぶりすぎだ。

 

 いくらなんでも滅茶苦茶ッ! 話の規模が大きすぎる……神学校の落ちこぼれである私が、伝説と呼ばれたルシフィア様の階級である大神官の上、熾天使になる才能があるなんて話とてもじゃないが、信じられるわけない……。

 それが例えルシフィア様本人の口から出た話だとしてもだ!


 「私はそんな器では……」


 自信の無い私に対しルシフィア様は優しく、しかしどこか力を感じる口調と鋭く力強い眼光で私に語り掛ける。


 「――ほう、それは、私の目に狂いがあるって事かい? 残念ながらまだ目はハッキリと見えているつもりだがね――大丈夫、私がお前を強くする……真紅……お前には私の果たせなかった大きな目的を達成できる力を持っている、だからここに呼び寄せた、そうだ自信の無いお前に、まず一つ、神官にとって大事な事を教える……神官が勇者と旅をする上で一番大事なものは何か答えてみろ」


 ルシフィア様は静かに煙草の煙を燻らせ答えを待っている。

 

 少し考え、そして私なりの答えを口にした。


 「師匠が言いたいのは神官には小手先の知識や戦略、頭脳などはいらない、もっとこうただひたすらに勇者様を死なせない回復力という事でしょうか? 確かに回復に関しては私は誰にも負けないと――」


 必死に身振りを交え、考えたことを口にする私に対し、ルシフィア様はふふっと軽く笑い、首を振る。


 「――惜しいが少しズレている、いいか? 神官に必要なのは圧倒的な回復力……と ――それを活かした【攻撃力】だッ!!!! 防御に回るな!!! 常に敵はこちらより上だと思え!! 攻撃を受けている前衛の仲間をチンタラ回復する暇があると思うな、これは千年前の戦場で惨めに生き延びたからこそ気が付けた事だ! 今は理解しなくていい実戦を経験すりゃ分かる事さ、明日からガンガン鍛えてやる、おっと言い忘れたこの教会に礼拝する奴なんかいねぇから、心配するな――全て修行時間に回すぞ、ハハハハ!!! 今日はひとまず歓迎会だな、こっちにいい酒があるんだ――」


 私は開いた口が塞がらなくなった。

 とにかく神官として規格外、今までの常識が全てひっくり返されたような感覚。

 何故彼女が最悪の大神官と云われるかの所以が理解できた一日だった。


 豪快にして豪傑。


 他者を圧倒する覇気。


 そんな伝説とされる大神官から期待されているのだ、自分なりに全身全霊で修行に打ち込まなければ申し訳が立たない、そう思った一日であった。

 

 ――ついでにこの日は酒の飲みすぎで修行が始まる日は一日ずれたのであった。

 

 神官の研修で来たはずの教会でひょんな事から強くなるための修行を行う毎日。

 師匠の修行は厳しく激しいモノであった、その日の稼ぎはほとんど期待できない布施ではなく確実な金銭を得ることの出来る魔物退治。

 魔物を殺し、肉と金を得る、ソロ故、支援する者等いない一人で自分にバフをかけ、再生回復し戦う戦闘スタイルが自然と身についていく。

 ひたすら実戦に次ぐ実戦、戦闘後の怪我すら自力で治す、それもまた修行。

 偶の休みは師匠と盛大に酒盛り、酔った勢いで魔物の巣に殴り込みに行った日もあった。


 そんな生活が三年も続くと嬉しい事やら悲しい事やら周辺地域の悪さをする魔物がほぼ絶滅し、その事を噂で聞きつけた新天地を求める人間や、知恵を持った人間の味方の魔族がそれなりの数入植していった。

 私が初めてこの教会に辿り着いた頃には存在していなかった小さな集落が出来たのも大体この頃である。

 

 それから少しして師匠はすっかり平和になった教会から去る事を決めた。

 まだ見ぬ強者を求めてなのかもしれない。

 私の様な弟子を探しに行ったのかもしれない。

 或いはそれらとは全く違う目的があったのかもしれない。

 理由は今となっても分からずじまいである。

 

 「――私は旅に出るよ魔物が居なくなっちまってから暇でしょうがない、研修は終わりさ、真紅、次に会うときはとびっきりの勇者連れて、私の前に来なよ」

 

 この時の心境はよく覚えている。

 唐突な別れに泣きじゃくる私に対し師匠は笑顔で別れを告げたこと。

 その笑顔とは裏腹に悲し気な背中を見せながら後ろに手を振り、どこへ行くとも告げず師匠が旅立っていったことも。


 


 ――それから一年、私は相変わらず修行の日々を送り(付近には敵がいないので教会にバレない程度に遠征したりして)同期の神官の誰よりも強くなったと自負している。

 

 そして師匠の言葉通りこのオンボロ教会に千年ぶりにとびっきりの勇者様が本当に現れたのであった。

 

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