1章[最初のお姉さんはシスターさん]
――異世界ファンタジー物が好きな皆様にとって、異世界での冒険の始まりとはどのようなものを想像するのであろうか?
死亡、もしくは突然意識を失い目が覚めたら、当たり前に、いつもの服装でよく分からない町から冒険がスタート?
あるいは全く別の生き物や無機物、はたまたモンスターとして洞窟や草原に放置された状態から始まる?
それとも唐突な激しい戦闘から始まるなんて事も考えられるだろう。
異世界ファンタジー好きであったボクもそういうお約束の冒険の始まりを想像していたが、どうやら【現実】はそれらとは違うようだ。
――ん? ……ボク? 一人称が少し前と違うのは置いておこう。
――知らない天井。
ボクが目覚めたのは木製の質素なベッドの中、上半身だけを起こし隣の棚に置かれた古ぼけたアンティークのような時計に目をやる、時刻は3時を指している。
窓の外の明るさから見てお昼のようだ、カレンダーは無い、病室とは明らかに違う空間。
確かな生活観があるが家電の類が見当たらず家具も殆んどが木製の簡素なものであり、現代人が暮らしているとはとても思えぬ雰囲気であった。
ボクは静かに辺りを見回す、全体的に年季の入ったボロイ感じの部屋である。
ベッドの重みに耐えきれていないのか床はギシギシと音を出しているし、所々から隙間風が入ってきているのを感じるが空き家というわけでは無さそうだ。
所々にあるどこか宗教的な小物や本棚なんかはきちんと整理整頓されており埃っぽくもない、掃除がキチンとされているそんな感じだ。
――そういえばボクは全身を骨折していたはず……。
腕を動かしてもどこにも痛みを感じない、それどころか妙に身体が軽く感じる。
包帯もされてない……あれ……服も着ていない、えっ!
「ええええええええええええええええっーーーーー!!!!!!!」
部屋の外まで響くボクの叫び、当たり前だろ全裸で知らないベッドに寝かされているなど現代社会ではあまり考えたくない出来事が現実に起きているのだ。
取り敢えず一刻も早く何故こんな事になっているのかが知りたい、今はただそれだけだ。
間違いは起こしてないよね? それと早く服が着たい……。
ボクの叫びが聞こえたのか、この事態の答え合わせをしてくれるのかと思う様な絶妙なタイミングで部屋の入り口のドアからノックが聞こえ一人の女性が部屋に入ってきた。
「おはようございます、ようやくお目覚めですね小さな勇者様」
――いかにも異世界っぽそうな僧侶? シスター? 神官? そんな感じの青と白を基調としつつ派手すぎない金の装飾が施された頭巾と同系統の絶対領域が見えるミニスカローブと白ニーソを纏った、エメラルドグリーンの少し縮れたセミロングヘア―の女性が目の前に姿を見せた、胸はローブ越しにでも分かるくらい、はちきれんばかりの大きさだ。
ボクの見立てではフレアさんをも上回っている。
(うおおおおおお! これだよこれ! どエロ神官さん! 夢物語じゃなかったどうやら本当に来たみたいだ異世界! だが何故ボクは全裸で寝かされてたの!!)
心の中で何故か全裸である恥ずかしさと異世界への期待と興奮と妄想が入り交じる気持ちを抑え一旦平静を装い、神官風の女性に問いかける。
「ここは一体……?」
こほん、と咳払いし神官が答える。
「ここは極東ヤハテウス大陸の東の果て都市、キサロクの郊外にある女神フレアを信仰する小さな教会です、そしてあなたはこの教会では1000年ぶりとなる女神フレアによって導かれた勇者の卵なのですよ――三日ほど前に眠っていたあなたは女神フレアと共にこの教会に姿をお見せになられたのですよ」
心なしか嬉しそうに神官はそう話す。
「さぁ! 小さな勇者様この私【真紅・アテナ・桐咲】をパーティに加え今から早速、魔王ぶっ殺しに冒険にいきましょう~ どこまでもお供しますわ! さぁさぁ」
真紅と名乗った女性はそう言うとベッドに飛び込みボクに抱きついて頬ずりをしてきた、密着されて真紅さんの胸もローブ越しにボクに当たっている、おっぱいの感触が柔らかくて気持ちがいい、あっ髪の匂いも…… そうじゃなくて!
「ちょっとまって! ……えと、真紅さん? それはいくらなんでも唐突すぎない? それにとりあえず服を……」
幸せな状況を楽しみたい気持ちをぐっと堪え真紅さんを引き離す、真紅さんは少し名残惜しそう顔をしたのちボクの質問に優しく答えた。
「……こほん……はしゃぎすぎましたね、服なら右手のクローゼットにございますよ、ああ! そうですわ、せっかくなのでお着替えさせて差し上げますね!」
真紅さんはそう言うと布団をすごい力で剥ぎ取ろうとしてきたので、ボクはそれに必死に抵抗して、着替え終わるまで部屋から出ていくように丁重にお願いした。
女の人に着替えさせてもらうなんてそんな恥ずかしい事出来るわけないだろ。
――真紅さんを部屋から追い出し、ボクはベッドから左側にあったクローゼットの服を見る、安っぽい布で作られた無地の服と下着が収納されてある……洗濯はされているようだ、しかし明らかに小さい…… 子供用の様な小ささだ。
というよりこの世界に来て何か違和感を感じている、まるで自分が小さくなったような……
……クローゼットに付いていた鏡を見て違和感の正体にようやく気が付いた。
年がら年中伸ばし放題だったはずのボサボサ髪は程よい肩にかかる程度の長髪に、容姿は女性と見間違うような完璧な中性的な顔、体格はかなり小柄で筋肉は殆んどついていない、まさにボクが追い求めていた完璧な美少年ショタがそこにいた。
これがボク……
――女神フレア様私は貴方に一生信仰を捧げます、今はそんな気分だ。
おっと自分の姿に感動している場合じゃない、早く着替えなきゃ! 真紅さんを待たせてる。
さっさと着替えを終えて部屋のドアの前で待っていた真紅さんに声をかけた。
――真紅さんは今後の事を話すと言い、教会の外に連れ出してくれた。
時刻は太陽が沈み始める夕時になっていた。
確か……さっき教会は郊外って言ってただけあって、古びた洋風の教会の外には田畑と墓地、少し歩いた所に土造りの粗雑な小屋が数軒、かなり遠くに明かりが灯る集落がある風景が広がっていた。
ボクは背伸びして異世界の空気を吸う。
うん、別に普通だ。
「まずは小さな勇者様の冒険の装備と食料を買い、町で今後の方策を立てましょうか」
真紅さんのその言葉にボクは特に異論は無く頷いた、町の様子も見てみたいしね。
そんな時ボクはとあることにふと気が付いた。
「あれ、普通にこの世界の言葉が理解できるぞ?????? どういう事だ」
待ってましたと言わんばかりにドヤ顔で真紅さんが回答を出した。
「転生の勇者様に不自由がない程度にフレア様が知識をお与えになられたのでしょう」
「なるほど流石は神様、言語ってのは人にとって必要不可欠だしね、習得する必要が無かったのは儲けものだ」
真紅さんと並んで歩いていると自分が小さくなったことに改めて気が付く、今の身長は背伸びしてようやく真紅さんの肩に届くかどうかくらいなのだ。
真紅さんは普通女性よりは身長が高く見えるがそれでも転生前のボクよりは小さいと思う……どんだけ小さくなっているんだボク!
ショタとしては理想だが違和感はある、目の前の見え方がつい最近までと違いすぎる。
「真紅さん、正直ボクはまだ勇者って実感は無いんだ…… 教会には見たところ他に誰もいなかったし、真紅さんがパーティに加わるってのは一体? それとボクは小さな勇者じゃなくて彷徨アキっていう名前もあるんだよ!」
聞きたいことを全部ぶつけてみる、真紅さんはその質問に丁寧に答えていく。
「――失礼、彷徨様は女神フレア様からこの教会に連れてこられた正真正銘の勇者でございます――フレア信仰、第一項勇者と共に在れ、勇者が生まれ落ちた教会の神官は勇者を助け導く存在となれ、フレア様から直接このお告げを聞いたとされる大神官様はこれは【ショシンシャキュウサイガイド】というものだと言っておりました」
要は神官の仕事は右も左も分からない異世界から来た自称勇者に最初から付き添うっていう事なのかな? 確かにその方が何かと都合は良いな。
【フレア信仰】主にこの世界の極東地域の人間界、ヤハテウス大陸で信仰されている宗教だそうだ。
フレア信仰の教義は絶対神フレアとその使途である神の使いすなわち勇者を守護神とし、諸悪の根源たる魔王を滅ぼす事を第一の目的とした宗教である。
神の神格を決めるのが人々の信仰の大きさであるそうだ、フレアは一人で一国の軍隊並みの戦力を持つという転生勇者を教会に与える事でこの大陸の絶対神と呼ばれるまでの信仰を手にしているとの事だ。
もちろん転生者はその為の使い捨ての餌にされたという訳ではなく、フレアは教会の教義、第一項に勇者と共に在れと記させ教会側が勇者を全力で支える体制を整えさせたとされている。
これは現在においても魔族と人間との生存競争が決着していないのもあり、この世界のルールを何も知らずに無駄死にするような転生勇者を出来る限りゼロにしたいという、両者の一致があったのが大きいとされる。
真紅さんは話を続ける。
「それに勇者のお付きになった者が出た場合、届け出をすれば教会には別の新しい神官が派遣されてくるシステムになっているので教会の運営の方は問題ありません、こんなドドド田舎の教会に派遣されるような素行の悪い…… いえ! 嫌なことを率先して引き受ける立派な人間の鑑のような神官は勇者様と冒険できる、なんてこと実は中々ないのですよ、前も言った通り伝え聞いた話によるとこの教会での勇者誕生は1000年ぶりの出来事なのでとてもワクワクしているのです」
素行の悪いというのは聞かなかったことにして大体話は理解はできた。
確かにこんな何も無さそうな田舎に神に仕える仕事とはいえ一人で下手したら一生教会で暮らしていかなければならなかったのかもと考えると、真紅さんがこことは違う場所で誰かと一緒に冒険できる事にワクワクする気持ちも分からない事でもないのかな。
それにしてもやけにボクを見つめる視線が嫌に熱を帯びている気もするんだけど。
特に景色も変わることなく田園地帯を歩き進める。
――真紅さんと目的の集落を目指し歩き続けていると、一つの違和感、気になることがあった、こういう異世界のお決まり事で夕時から夜ってのは人間はあまり外に出ちゃまずいやつなのではと?
実際既に太陽が地平線から顔を隠している、集落の到着にはまだかかりそうだし危険では!
「……ところで真紅さん何でわざわざこんな時間に買い物を?」
ボクは急に怖くなってきて何か救いになる答えを求めるように質問した、装備があるならまだしもボク達は何も持っていない。
もしモンスターというものがこの世界に存在するのならば今のボク達は明らかなカモ。
比較的見通しのいい田園地帯というのが唯一の救いか、しかしボクの不安な表情とは裏腹に真紅さんは出会ってから今まで笑顔を崩さない。
そんなニコニコしている真紅さんから思ってもないトンデモ発言が飛び出した。
「小さな勇者…… いや彷徨様でした、あそこの丘の上の方に犬が5頭程見えますね、丁度いいですしあいつらから肉と討伐金を頂戴いたしましょうか♪ 財布持ってないし♪」
真紅さんの言っている意味を理解するのに少し時間を要した。
――そういう事か、確かに神官にしては素行は悪そうだ…… 犬というよりは離れていても分かる程度の体高3メートルはありそうな大型の狼のモンスターからカツアゲしようという魂胆なのだろう。
この人本当に大丈夫かな?
モンスターと初めて遭遇したという恐怖よりも目を輝かせてやる気満々の隣にいる神官に対する呆れの方が今は強い。
真紅さんの表情は自信に満ち溢れていた、まるで勝つ事は前提条件かのように。
ただそれが上手い感じにボクの恐怖を紛らわせていたのも事実。
実際、丸腰のはずなのに逃げようとは思わなかった。
真紅さんは端からそのつもりだし、そういう事ならやるしかない、初の魔物ハントだ!!! 死なないように頑張るぞ!!!
んで、どうやって戦うのこれ?