1章[大災厄の13皇帝]
――ここは魔界。
周囲を取り囲む8つの城塞都市とその内側にある標高5万メートルを超える山脈。
城塞都市には人間の奴隷も多く住んでおり、意外な事だが多少の人権と自由も存在する。
人権と言えば聞こえはいいが元の世界で言うところの動物愛護法程度であり、魔族が人間に手を出しても扱いは器物破損程度、逆であれば勿論殺処分。
ここでの人間の扱いは愛玩動物、魔族の有能なペットなのだ。
そのため人間は魔族に尻尾さえ振っていれば、元居た人間界と大して変わらない生活を送れる。
むしろ人間界とは違い暴利ともいえる税金は一切無く、衣食住は飼い主である魔族が基準に従い保証する義務が定められているため、奴隷とは名ばかりでかなり快適に暮らせており反旗を翻そうとする者など皆無なのだ。
また、そんな者がいたところで待遇の変更を恐れた人間から密告されるのがオチである。
問題を起こした時点で処刑される人間の犯罪率は当然ながらほぼ0であり治安も非常に良く秩序も保たれている。
魔族が絶対的に上に立つ点を除けばある意味人魔による共生社会が実現出来ている都市とも取れる。
その城塞都市に囲まれた奥地に広がるのが何者をも寄せつけぬ切り立った山脈。
その上部には空の王たる龍族とハーピィ族が暮らしており空からこの山を登頂する事は不可能となっている。
必然的にこの山を越える方法は徒歩しか存在しないのだが、魔物がうようよ生息する中、標高5万メートルの山を越えるなど無理な事である。
そんな城塞と山、二重の防壁に守られた中心に存在する魔界の首都【ベーゼアビス】に作られた豪華絢爛なゴシック建築の魔城その内部に存在する巨大な円卓が置かれた中央会議室。
今宵魔王の招集に応じ其処に集うは魔族の最上位クラス【皇帝】を冠する絶対強者達。
人は彼等の出現を災厄とし、その個体数からこう呼称した【大災厄の13皇帝】と。
皇帝スライム 【グーラ=フルート】
原初の魔物の一角であるスライム種は太古の昔より存在する粘液生物である。
あらゆるものを喰い消化し吸収する、ただそれだけの存在であったがある時に人を食べた事により知恵を手に入れたとされる。
皇帝クラスのスライムは意外にも偏食家が多く、この会議に出席しているフルートは(美しいモノ)だけを数千年に渡り喰らい尽くしてきた。
彼女は青く半透明なスライムでありながら人間以上の美貌と妖艶で肉感的な体を持っており、スライムで出来た彫刻という異名を持つ。
皇帝スキュラ 【ゲネルジブリール】
原初の魔物の一角である触手系とラミア系その派生形であるスキュラ系魔族のトップ
龍族、スライム族、悪魔族と並ぶ最古の魔物であり自身の生存本能と肉欲に従い古来より人を襲い繁殖を繰り返してきた触手系魔物の突然変異種であるスキュラ系は美しい人間の上半身とグロテスクな触手で構成された下半身を持つことが多い。
ちなみに中位〜上位スキュラクラスにもなると人間は自らの意思でスキュラに接近してきて、同じ人間では味わえぬ極上の快楽にその身を捧げると言われている程、性技が特に優れている種族である。
ある意味サキュバスとはライバル関係にある。
獣皇帝 【ベルガロウ】
己の力ただそれのみで獣人、魔獣を統べる百獣の王、それがベルガロウである。
文字通りの獣の皇帝であり百獣の力その全てを持つとされている。
戦闘力はかなり高いが頭はそこまで賢くはない、それでも人並みには知能があるので決して彼を馬鹿にしてはいけない、万が一逆鱗に触れてしまえば無事では済まされないだろう。
獣人や魔獣は常に闘争を求める気質を持ち本能で生きている者が多く魔族の中でも特に武闘派が多い種族である。
エンペラーデビル 【エウリュアレー】
悪魔族の最上位の存在でありその性格は狡猾で残忍な邪悪そのもの
片や悪魔であるため契約には魔族であろうと人間であろうと絶対に従う律儀な面も持つ。
契約内容は人魔戦争協力の見返りに悪魔族による独自の国の建国と承認。
しかし本音では戦争にあまり興味が無く、破壊や殺戮から生まれる悪の感情を酒のツマミにしながら気楽に生きている均衡状態を保っている今が一番良いと思っている悪魔も多く、命令が無ければ人間や魔族の争いには積極的に絡む事は無い。
悪魔は基本サボりでめんどくさがり屋なのだ。
悪魔皇帝であるエウリュアレーも例外では無く、人間ではなく魔族側に付いたのは魔王に与する方が面白そうだからという理由からである。
ハーピィエンペラー 【シュトゥルム・フリューゲル】
獣人と独立した鳥人、それがハーピィ種である。
獣人の中でも特に空を愛し空の覇者たる竜と共に生きる事を決めたこの世界でも希少な知恵ある羽根を持つ存在。
空を自由にかける事に加え獣人の中でも特に頭が良く、冷静な判断力を持ち龍をサポートする攻撃魔法をも使いこなす故、脳筋の獣人よりも遥かに厄介な存在である。
とはいえ空を飛べるようになった事と引き換えに純粋な獣人よりも身体能力が圧倒的に落ちており一概に上位互換と言い切る事も出来ない。
エンペラーアンデット 【伊邪那美】
アンデット族の最上位クラスエンペラーアンデットとして君臨する旧神、伊邪那美。
ゾンビ族、死霊族、幽霊族の中でも特に怨念が強い者がエンペラーアンデットとなる、伊邪那美はとある神の助けにより黄泉の国からの復活を果たした。
エンペラーアンデットクラスになるとアンデット族特有の不死の力に加え逆に相手には近づくだけで確実な死をもたらす。
さらに有効な攻撃手段はというと封印術と光か聖属性攻撃くらいしか無いため人間にとってだけでなく魔族からしても非常に厄介な存在で敵に回す事は絶対に避けるのが賢明である。
龍皇 【ユーベル・ナハト】
龍族、龍人族、リザード族の最上位個体たる龍皇は純粋な戦闘力だけなら魔王族にも決して引けを取らない。
龍族は天地創造の頃よりこの地に君臨する最古の魔物の一柱であり大地を作りし龍神の末裔であるとされる。
あらゆるものを破壊し蹂躙し尽くす程の力と魔物の中でも突出して知能が高く自らが力を振るうのは必要最低限に抑え、その見た目からは想像し難いが争いを好まず自然の摂理の下静かに暮らす事を望んでいる。
知恵ある龍になると普段は龍人族と共に生活しやすい様に人間の姿に擬態している場合が多い。
海棲皇 【乙姫】
魚人種、海獣種、海棲種のトップではあるが海の魔物は陸の魔物以上に個体数が多く、それでいて凶暴で野蛮な種族が殆んどで例え皇帝クラスであっても統率を取る事は不可能である。
そう言う面でも基本的に陸と海は別世界として魔族の皇帝でありながら海底に存在する竜宮城に引きこもり、陸の事情には口を出さない事を貫いてきた乙姫であったが今回は事情が違い、海神ポセイドンの兄弟であるハーデスが会議に参加を表明したため、その理由を確かめるべく会議に参加した。
ギガンテスエンペラー 【ボルバリア5世】
巨人族の皇帝であり、トロールやゴブリン等を従える、エンペラークラスに上り詰めたギガンテスは自らの身体を極限にまで鍛え上げ圧縮し、人間の大人サイズにまで小さくなる。
そして人間サイズでありながら巨人族を遥かに凌ぐ攻撃力防御力そしてスピードを獲得するため、小さな巨人と称される非常に厄介な魔物。
その中でも特に才能を恵まれたのがボルバリア5世であり、彼の体は最も大きかった頃の身長444メートルから現在は身長140センチメートルにまで肉体を圧縮している。
妖精皇 【シルフィーネ=ガイア】
自然系魔物の最上位クラスであり、森に住まう獣人、植物系、虫系、妖精系魔物を従え管理する森の賢人としての一面もある。
心優しき魔族であり、基本的に森の住人であれば全てを受け入れるため人魔の戦争には中立の立場を取りたいのが本音であり森に害をなさない限り人間であっても有効的に接する。
この考え方を魔王は気が付いており、自身と森の住人は永久凍土の広がる人間界との国境沿いの極寒の魔界北東部に強制移住させられ、民共々絶滅か温暖な気候の人間界へ南進かを迫られている。
魔導機械帝マリオネットエンペラー 【666式魔導兵器コードネーム(キル)】
人形やゴーレム、機械等元は魂の無い魔物から稀に生まれる異端な存在であり完全な自我と圧倒的な戦闘力を持ち大災厄の13皇帝の中では最も新参の存在。
元が魔導兵器である場合が多く特に殺傷力という点に関しては他の魔物よりも優れ兵士としても優秀、さらに感情の起伏は激しくなく常に冷静で公平な機械的な判断が出来るため人魔の暮らす城塞都市の憲兵や裁判官など重要な役職に就く者も多いエリート種族である。
マリオネットエンペラーに上り詰めたのはキリが初めてであり、戦場での一人の人間との出会いがきっかけであるとされるが詳細は謎に包まれている。
会議不参加
エンペラーサキュバス 【リリス】
サキュバスの中の女帝リリスという名のエンペラーサキュバスはかつて人間との平等で平和な関係を望み現在の魔王の逆鱗に触れ千年以上投獄され続けている。
その美貌はこの世界の女神とも渡り合えるとさえいわれ彼女を巡って幾億もの戦争が起きたとされる。
彼女はその事を悔やみ、二度と争いが起きぬように周囲の3つの人の国と1つのサキュバスの国を治めていたが現在はその全てが焼き払われた。
彼女が治めていた土地は巨人族の勢力下になっておりその玉座には巨人族の傀儡であるトロルキングが居座っている。
生き残った者達は焼野原の広がる中、巨人達の腹を満たすための過酷な労働を強いられている。
モリグーはこの人に仕えていた。
会議不参加
皇帝鬼エンペラーオーガ 【逢魔童子】
戦闘民族である鬼は強き者との戦いと酒を愛し、性格は自由奔放で何者からも縛られるのを嫌うため魔王の招集に応じず今回の会議に不参加。
逢魔童子は特にこの傾向が強いとされ皇帝クラスが集まる重要な会議に出席した事は殆んどない。
この件が不問に処されているのはそれを勘定に入れてもなお有り余る力の強さを魔王すら認めているため。
一応吸血鬼族も鬼に分類されるが全くの別種である。
自称大邪神 【ハーデス】
冥府神、同じくこの地の神であるライバルのフレアが今回の件で絡んでいたため急遽この招集に強引に参加した。
フレアが人間の神であるなら、ハーデスは魔族の神である。
何故か九州弁を話す。
大災厄の13皇帝の内の欠席を除く11名にハーデスを加えた12名が円卓に等間隔に置かれた席にそれぞれ着席する。
円卓の中でひときわ目立つ豪華な椅子は未だ空席の中、皇帝たちは静かにその席に座る者を待つ。
それから数分後。
「――ごめんなさいね、少し遅れたわ」
その言葉と共に空席だったはずの椅子にいつのまにか一人の女性が腰掛けていた。
【七つの皇帝の力を持つ】魔王アルス=ヴァルガリアス46世その人であった。
サキュバス族の美貌。
鬼族の強靭な肉体。
悪魔族の漆黒の羽。
スライム族、スキュラ族、獣人族、アンデット族の能力が複雑に絡み合った9つの蛇を象った半透明の尾。
胸の辺りまで伸びたカールブロンドの髪にそびえ立つような純白の角が二本、見た者に恐怖や絶望すらも与えぬ暗い闇の底へ突き落す様な深い蒼眼。
その顔に恥じぬプロポーションは並みのサキュバスなど比では無いほどに素晴らしく、大きすぎない程度の巨乳と引き締まった体を強調する漆黒のロングドレスに身を包みその姿は優美でありながらも絶対的な力を感じさせ誰もが一目で強者と分かる佇まいであった。
「さぁ始めましょうか――楽しい楽しいお茶会を」
魔王が席に着き、魔界の支配者達による会議が始まる。
議題は二か月前の辺境地での【輪廻種】の出現、およびその経過についてだ。




