1章[新たなる仲間]
……モリグーが一体どうして?
ボクの素っ頓狂な叫び声を聞いた真紅さんとランちゃんが同時に目を覚ます。
真紅さん達が起きて早々、目にしたものはサキュバスにマウントされている状態のボクであり、事案を誤解されても仕方が無い状態であった。
真紅さんはボク達が視界に入ったその瞬間に目と髪がすでに赤く変色しており、完全に戦闘態勢に入っている。
ここでも冷静さを見せていたのはランちゃんで今にも動き出しそうな真紅さんに対し、無言で圧力をかけ、手で真紅さんの前方を遮り制止するように求めている。
そんな一触即発の危険な現状に関わらずモリグーはボクにマウントしたまま首だけを真紅さん達の方へと向け、呑気に挨拶を始めた。
「あら、皆さんおはようございます、私はモリグー♡ って言ってもそこのウサ耳は初めまして、ではないわね、あぁそれと私は争いに来たわけじゃないのむしろその逆♡」
真紅さんはその一言に対し一定の警戒心を見せつつも緊張を解き、髪と目の色が徐々にいつもの色に戻っていく。
危ない取り敢えず、戦闘が起きなくてよかった……。
ランちゃんは真紅さんが動かないのを確認し、制止を求めていた手を下ろし、いつもとは違う冷静な声のトーンでモリグーに話しかける。
「彷徨から聞いた、モリグー貴様……昨夜の話は本当か? 道楽好きなお前とはいえ、今度の敵はかつての同胞になるという事だぞ、場合によっては――」
モリグーがランちゃんの言葉に少しだけ反応を見せる。
その直後ボクに対してのマウントを解き、羽根を広げ少し浮いた状態でランちゃん達の方に向き直る。
真紅さんは何の話かさっぱりな様で、頭にはてなマークが浮かんでいるのが目に見えて分かるような表情で静かに話を聞いていた。
モリグーはゆっくりと話し始めた。
「……残念ながら今はホウライのしがない経営者サキュバスよ、それにあんな古臭くて陰気な場所に未練は無いわよ、敵が同胞なのはあなただって同じでは?」
少しモリグーの目が愁いを見せている気がするのは気のせいだろうか……。
ランちゃんは一体モリグーの何を知っているんだ。
そしてランちゃんの敵が同胞って一体……。
よく見るとランちゃん表情はいつになく真剣だ。
いつものロリロリした表情とは程遠い、老獪で歴戦の戦士の様な貫禄まである。
そんなランちゃんを見てボクはなぜか緊張してきている。
「言ったじゃろ、ワシはとっくに昔など捨てておる、今は主、輝夜と人間の味方じゃ、しかし貴様はどうだ! クイーンサキュバスの為、魔族全てを敵に回し、戦う覚悟はあるのかと聞いておるッ!!! 」
ランちゃんの一声と共に体から衝撃波が溢れ出て、それが部屋全体に伝わり振動が起きる。
ボクと真紅さんは咄嗟に衝撃に備え身構えたがモリグーは一切動じなかった。
――これが、あのロリなランちゃん…………。
モリグーがその言葉に強気なトーンで反応を返す。
「……我が主……随分と懐かしい響きよね、新しい魔王が襲名してから世界の全てが狂い始めた、そう……私の目的はあの時から変わらない……魔王を殺し、我が主を救う事それのみよ……そしてその為だけに今日までその力を持つ者を探してきた、やっと見つけた戦う力、このパーティなら私も貴方に並ぶくらいの活躍ができると思うわよ、【ネクロマスター、ラン・ラーテ・エーデルシュタイン】」
ランちゃんの表情がその名前を聞き少し渋る、なんだ……一体どういう事なんだ?
いつもならここらで真紅さんが出張るところだが今回はボクの方が聞きたいことが山積みで気が付いたら勝手に口が挟んでいた。
「モリグーとランちゃんは一体……どういう関係なの」
モリグーから話そうとしているのをランちゃんは制止して自らの過去を語り始める。
「この際だから話しておこう……ワシもモリグーも元は魔族軍、ホウライ攻略部隊長所属、そしてワシは戦場でアンデットを駆使するネクロマスターとして戦っておったが、敗戦後に不思議な縁あって輝夜に拾われて……その後ライラの母、伝説の大魔法使いエメラダに亡霊召喚の応用で使える精霊召喚を、ライラには死霊術と医術を合わせた特殊回復術を教える教育係兼、降伏した魔物の保護と管理を仕事としておったのじゃ、まぁモリグーについてはさっきこいつが言った通りじゃ」
それでランちゃんはモリグーの事を知っていたのか。
でもそれよりも気になるのはモリグーの過去だ、この世界の魔王について知ってそうな口ぶりだったが、それにクイーンサキュバスとは一体?
「じゃあ次はモリグーに質問、魔王の事とクイーンサキュバスの事について話して、それを聞いてみて……少なくともボクは君をパーティに加入させるかどうかを決める……」
ここでようやく真紅さんがこのサキュバスが何を目的にこの場所にやってきたのかを理解したようで、納得した顔でボクにグッジョブと親指をつき出す。
真紅さんはボクに判断を委ねたという事でいいのかな? その隣でランちゃんはそれを察したのか先程の険しい表情をやわらげつつボクに向かって静かに頷いた。
あ……ごめんねライラ、師匠もいいって言ってるし、ライラの意見は仕方ないよね。
結局モリグーのパーティ加入はボクの判断次第という事か……。
モリグーは自分の話に集中してくれる頃合いを見計らった後に魔王について話を始める。
「2000年程前先代魔王、穏健で全ての魔族に慕われていたアルス=マイネ44世が崩御、その翌年全てが変わったわ強欲で血と争いを好む姉のアルス=テンペラントクレール45世が魔王になった、それから魔族界は変わり果てたわ、クレールは王宮所属の大魔族と魔人達をそのカリスマ性で掌握していった、逆らう者には死を与える恐怖政治と共にね、人間と何ら変わらないわね……」
ランちゃんは昔の出来事を思い出しているのか悔しそうに歯を食いしばっていた。
モリグーは次にクイーンサキュバスについて話す。
「サキュバスの女王クイーンサキュバス様はマイネ様が在位していた時代に人間の国三つを領有し、自身の影響下に置いていた、人と魔族は争わずお互いに愛し合うべきだという、崇高で慈愛に満ち溢れているお方で人間をただの食料としてみなす様なことは絶対にしないお方だった……私はそんなクイーンサキュバス様を敬愛し従者として尽くしてきた、だが新しい魔王の誕生でそれは突然の終わりを告げた……新しい政権ではサキュバスは人間に与する反乱分子……そんな言いがかりをつけられクイーンサキュバス様は即日投獄、領有国は全て焼き払われ、それが火種にマイネ様の時代では無かった人間との戦争が再開されたわ……」
今まで強気な態度をずっと取っていた筈のモリグーが少し小さく見え、目が少し潤みをみせた……。
「私は現在も投獄されているであろうクイーンサキュバス様を救いたい……その為だったら私は同胞とも戦う、自分の命だってくれてやる……だからお願い、私も一緒に戦わせて欲しい……」
――輝夜の加護のついたメロメロボディを持つボク、それすなわちこの世界でトップクラスにサキュバスの力の源である淫気を集めることの出来る能力を持っている事に等しい。
それを踏まえモリグーがボクのパーティに加入するのは非常に合理的な発想であるといえる。
しかし勘違いして欲しくないのは、さっきの話こそ実は本質、モリグーの本当の気持ち。
ソレが分かったボクの答えは当然決まっている。
「――モリグー今日は忙しいよ? なんたってボク達にはSSランクの探索クエストが待ってるんだから!!」
さぁ行こう、これがボク達【五人】での初クエストだ。




