1章[サキュバスのちサキュバス]
しばしの沈黙がボクとモリグーの間に流れる……。
ボクは落ち着くために深呼吸した。
ライラを仲間にした時とは違う葛藤に苦しんでいる。
(…………ちらっ……)
うおおおおおお!! 駄目だモリグーの方に目をやるとどうしても見えてしまうッ!!!
露出した腋がッ! そして胸が!! 心が揺れ動く!! まるでブランコの様に激しく!! 己の意志ではどうしようもない、こんな綺麗でえっちなサキュバスのお姉さんと冒険できるなんて最高だよと、悪魔が囁く。
――だがしかし独断で即決する訳にはいかない、真紅さんにライラそれにランちゃん、彼等にどう説明するというのだ。
かつての魔王軍の部隊を率いてたサキュバスをボクの下心で勝手に仲間にしました~なんてとても言えない!! 言えるわけない。
いかん一旦落ち着けボク! ここは冷静にいこう……よく考えろ、異世界に来てサキュバスを生で見る事が出来ただけで幸せではないのか? それに……綺麗なお姉さんなら仲間にいっぱい、いるじゃないか。
……うーん、やっぱり仲間がいるのに一人で判断するのは駄目だよね。
取り敢えずモリグーには仲間との相談を経てからパーティ加入の可否を決める事を伝えよう。
(……ボク的には大歓迎です、むしろ来てください)
「モリグーごめん、今すぐに君のパーティ加入を即決する事は出来ない……仲間と話し合ってからまたこの店に戻ってくる、それが答えじゃ、駄目かな?」
モリグーはボクの回答に意外そうな表情を見せ返答する。
「――好きになさい♡ でも流石は勇者君、私の魅了を受けて、心奪われながらもしっかりとした意思を示した、ますます好きになっちゃう、でもなるべく早めにお願いね♡ 焦らしプレイは嫌いよ――」
ボクはそう伝えるとモリグーに対し軽くお辞儀してテーブルから離れ、店の外へと出ていった。
――サキュバスの館を出て、特にする事もなかったボクは解散前に真紅さんが事前に予約を済ませておいた宿屋に一足先に向かう事にした。
その道中でふと気が付く。
酒と煙草と女性ものの香水の匂いがしっかり体に染みついているじゃないか!
こういうキツイ匂いってその空間に少し居ただけでも染みつくから厄介だ、特にボク達のパーティはほぼスッカラカンの金欠だし、余計な心配をかける前にどうにかしないと――。
しかし、現実は非常である。
会いたくない時に限って会いたくない人に出くわすのが世の常だ。
「おや? ……くんくん……一件目の料理だけじゃ飽き足らず、解散後に二件目の酒場にでも行ってきたのかえ? 彷徨、しかしお金はどうした? まさかとは思うが借金でも作っておらぬだろうな!」
――ほらきた、懸念する事が出来た途端、ばったりとランちゃんに出くわした。
取り敢えず先手必勝、疑われる前に先程の出来事を正直にランちゃんに伝える。
勿論下心からサキュバスにホイホイ着いていったことは、はぐらかして。
ランちゃんは意外にも素直に話を聞き入れ、リアクションは薄かった。
「ほーモリグーとな? こう見えても一応ホウライでそこそこ上の立場におるワシから言わせてもらうと彼女なら魔物であれ信頼は置けるじゃろう、彼女の店で客人が殺害されたという情報は一切入って来んしの」
……よし、ボクは心の中で少しガッツポーズした、ランちゃんは戦争経験者であり、モリグー加入の懸念材料であったからだ。
「――しかしそれよりも問題は彷徨じゃ、随分と厄介なスキルを発現したものじゃの……サキュバスの件といいメロメロボディは勿論人間だけではなく、魔物にも有効――真っ先に標的にされるぞ……性の……」
今一瞬、なんかヤバい言葉が聞こえた気もするけど気のせいだよね、いやそういう事にしておこう。
何も聞いてないぞ絶対に!!
…………待て待て、そうだランちゃんに一つ聞きたいことがあったんだ、丁度いいからついでに聞いておこう。
「ランちゃんそうだスキルの事なんだけど、もう一つ発現した輝夜の加護ってスキル……これは恐らく輝夜に何か関連するものだよね、ランちゃんなにか分からない?」
ランちゃんは輝夜の加護という言葉にドキッとして頭に生えているウサ耳を丸め顔を赤くしながら小声で回答してくれた。
「……あ……輝夜様の口づけで……発現……する」
――あっ、まさかあの時! あんな衝撃を忘れるものか。
ボク達がライラに連れられ、スク水神様の輝夜の城を訪ねた際、城から出る去り際に輝夜からボクのほっぺにキスされたのであった。
あのキスにはそんな意味があったのか……。
――ッッッ!!……彷徨に突如電流走る……圧倒的閃き!!
輝夜の加護の条件をランちゃんが知っているという事はつまり……!!
……スク水お姫様とウサ耳ロリ巫女のキス……ッ!! キマシタワーーーー!!!!
よからぬことを妄想してニヤニヤしていたボクの考えはアッサリとバレた。
「……顔に出ておるぞ……みんなには内緒じゃ」
ランちゃんがボクに恥ずかし気に声をかける。
ボクは予想以上に考えが顔に出るタイプのようだ。
今更それについて釈明する気もしないし、変に気まずくなるのもアレなのでキスの話は止めて、話題を変える事にしよう。
「それより……さ、確かこの道を右に曲がった所に予約している宿屋があるはずだよね? ――あ!もしかして、今見えてきたアレかな」
ボクが指差す方向には古風で和の雰囲気が漂う宿屋が建っていた、真紅さんは確かこの宿屋に予約を取りに行ってたような……。
解散前にチラッと見たぐらいだったから正直記憶が曖昧だった、見た目によらず切れ者のランちゃんなら多分覚えているだろうと思い話を振ったわけだ。
「うむ、そうじゃったな……しかし何の因果かこれもまた定めじゃの……」
ランちゃんは少し含みのある笑い方をした。
気にはなったが別に聞くほどの事でも無いと思い流すことにした。
その笑いの答えが分かったのは意外にも数十秒後で宿屋正面の看板を見てからであった。
【宿屋 サキュバス荘】
HAHAHA、まさかね。
今日はサキュバスに巡り合う日のかなぁ。
取り敢えず、入り口のカウンターにいる着物を着崩した花魁の様な恰好のサキュバスのお姉さんに予約を確認しようか。
「――すみません、少し前に真紅っていう神官の人が予約に来ませんでしたか?」
ボクの質問に対して和風サキュバスのお姉さんは真紅様は既にお部屋に宿泊しておりますとの事だった。
号数を教えてもらいボクとライラは部屋へと向かう。
因みに料金はカップルと冒険者は無料と書いてあった。
(冒険者がタダなのは理解できるがカップル無料とは?)
和風な感じの外観、内装も全体的に木で作られていて、まさに旅館って感じなのだが……照明がピンクピンクピンクなのだ!! 極めつけはあちらこちらの部屋から色気のある艶っぽい声が漏れてるし宿屋というよりはこれは……。
「彷徨よ、言いにくい事じゃがこれは宿屋というより――」
ランちゃんが何か言いたそうだったがボクは咄嗟にランちゃんの口を手で塞いだ、恐らくそうした方がいい。
大丈夫だランちゃん君が思っていることは分かる。
何はともあれ宿屋の三階、左端の真紅さんが予約した部屋辿り着き、ドアを開ける……すると。
真紅さんがバスタオル一枚でワインを瓶ごと飲んでいる状態で玄関奥のベッドルームに立っていた。
「……あらあらあら」
露出の少ない神官の服ですら目立つ胸がバスタオル一枚ごしで見えるのは、核兵器級の破壊力だ。
ランちゃんその規格外の胸に衝撃を受けている様子だ、自分の胸に両手を当ててショックを受けている。
それだけじゃないッ! 放送コードギリギリ限界突破まで見えている太腿の破壊力もヤバい。
何がヤバいって、ヤバいからヤバい……挟まれたい。
つまりは真紅さんのバスタオル一枚でくっきり浮かび上がるむっちりスケベボディはどこを見ても破壊力抜群というほかないという事だ。
真紅さんは呆然としているボクとランちゃんにいつもの笑みを向けてから、ワインボトルを置きそそくさとベッドルームからシャワー室へと消えていった。
ボクとランちゃんは目を見合わせたのち、何事も無かったかのように静かに部屋へと入っていった。
真紅さんがシャワー室にいる間、ランちゃんと一緒に今夜泊まる部屋の内装を確認する。
と言っても内装はほぼ無いそ……、って感じで玄関、シャワー室にトイレその奥にキングサイズベッド(ピンク)YESと書かれた枕付き、そして冷蔵庫、その他、お伝えできない小物類。
ランちゃんは何か言いたそうである。
「彷徨やっぱりここは宿屋じゃなくて――」
すかさずボクはランちゃんの口を手で塞ぐ。
やる事が無くなって、寝室でランちゃんと毒にも薬にもならないくだらない雑談をしているとシャワー室の扉が開き中からパジャマ姿の真紅さんが恥ずかし気に戻ってきた。
「……飲酒しているのは教会には内緒ですよ……?」
そっちかよ! 確かにそっちも衝撃的だったけどそれ以上の物見ちゃったよボク達。
――もうなんか今日は一日色々ありすぎて疲れちゃった。
ランちゃんがシャワーを浴びに行った頃には真紅さんはお酒が効いてきたのか酔い潰れて倒れるようににおやすみしていた。
さっきのワインだけじゃなく、よく見たら他にも数本空のボトルが置いてあるし、そりゃこんだけ飲めば眠くもなるよ。
「――よいしょっと」
真紅さんをベッドまで頑張って運んで布団を被せてあげる。
ボクが小さすぎる所為で真紅さんをベッドに運ぶのすら一苦労だ。
ランちゃんが可愛らしいフード付きパジャマでシャワー室から出てきたのを見計らって、最後にボクがシャワー浴びに行った。
ボクはシャワーをささっと浴びて上がった、ベッドルームでは二人はすやすやと寝息を立てて、ベッドの上で眠りについていた。
ボクも今日一日なんだか疲れちゃったな……ボクはベッドの隣にあるソファで眠りにつく、やっぱり女の子と同じベッドで寝るのはなんか恥ずかしいや。
一日中、日が出ていて明るいホウライ独自の工夫なのか、この宿屋は廊下側にしか窓が付いていなかったので明るかったら眠れないボクでも一日の疲れもあり、瞼がすぐに重くなり眠りにつくことが出来た。
――突然の違和感、体が重い……動かない何故だ、取り敢えず目を開ける。
何が起きているのかを確認するために。
「……きちゃ……った」
鳥の鳴き声……もう朝なのか……?
まだ意識がはっきりしない、視界も悪い……。
……なんだか聞き覚えのある声とこれは角の生えた……人? それにお腹の辺りに柔らかい何か……この感触どこかで……。
意識が徐々に眠りから覚める――ぼやけた視界も鮮明になる、そしてボクの感じた違和感の正体が判明する。
ああああああああああ!!!!! ボクの上に乗っていたのは昨晩のサキュバス、モリグーであった。




