彼と彼女と花の名前6
ちょっと長くなり、遅くなりました!申し訳ありません!
一瞬見たものが信じられなかったが、間違いない。子供が花壇の側に、膝を抱えてしゃがんでいた。
言うまでもなく、ここは高校で子供が入ってくることはほとんどない。
少しくせのある黒髪が背中の中ほどまで伸びていることと、ワンピースを着ていることから、女の子だろう。
(…子供は苦手なんだが…)
「おい。」
声をかけると、その子はビクッとして振り向いた。…少し呼びかけがぞんざい過ぎたか。
振り向いた顔は5.6才くらいだった。少し猫目の瞳とが、怯えた気配を見せていることに俺は慌てた。
「あ、いや…怖がらせたのならすまなかった。」
「ご、ごめんなさい!かってにはいっちゃって…。」
なるほど、不法進入したことを怒られると思ったのか。
「…どこから入ったんだ?」
そう言うと、その子は黙って近くの垣根の下の方を指差した。
確かに、子供が通り抜けられそうな穴が空いている。この隣は附属の小学校だ。そちらから来たのだろう。…よく見ると、所々ワンピースに土や葉が付いている。
「あ、あっちから、きれいなおはながみえて…ほんとうに、とったりとかするつもりはなかったの!」
「大丈夫だ、別に怒ろうってわけじゃない。」
そう言って、その子の頭に手をポンとおく。彼女は、顔をあげると、ほっと息をついた。
「おにいさんが、このおはなをそだててるの?」
「いや…別の奴だ。俺は関係していない。」
「そうなんだ…じゃあ、あのおはなもらっちゃったらダメだよね。」
彼女が指差していたのは、先程まで処理していた花の残りだった。
「あれが欲しいのか?」
「うん…おかあさまがすきなの。」
「まぁ、一本くらいいいんじゃないか。」
比較的綺麗な物を手渡すと、彼女は戸惑ったようだった。
「でも、かってにいいのかな…?」
「知り合いだから言っておく。それにこれくらいで怒る奴じゃないしな。」
そう言うと、安心したのか彼女は笑顔を見せた。
「うれしい…!」
「そんなに珍しい花なのか?」
「ううん…。って、おにいさんしらないの?そだててるのに?」
「だから、育ててない。…花はあまり詳しくないんだ。」
そう言うと、彼女は顔を輝かせて、誇らしげに言った。
「じゃあおしえてあげる!あのね、これはね、チコリスっていうの!でね、はなことばはね…」
そこまで言ったところで、言葉がピタリと止まった。
「…花言葉は?」
「んー…まえに、おかあさまにおしえてもらったのに。あ、おもいだした!」
「なんだい?」
「あのね、はなことばは『変わらぬ宝物』なの!おかあさまが、おしえてくれたとき、そういってぎゅっとしてくれたの!」
無邪気に言う彼女とは、裏腹に俺は驚いていた。
樹は…琴衣は、それを知っていたのだろうか。
(…いや、樹は知らないな。)
しかし偶然であっても、2人にはお似合いな気がした。
「君は、いいのかい?」
「え?」
「それは母上の好きな花だろう?君が好きな花はいいのかな?」
「うーん。あ!あたし、あのはながすき!ピンクいろでとってもかわいいから。」
そう言った彼女が見ていたのは、隣の俺の花壇に咲いていた花だった。
「わかった。」
「え?あれは、ほかのひとのかだんだよ?いいの?」
「大丈夫だよ。…ほら。」
俺は一つ抜くと土を落として、彼女の、耳の上のあたりに挿した。
「似合ってるよ。花の精みたいだ。」
しかし、彼女は顔を伏せているせいで表情が見えず、もしかして嫌だったかと、慌ててしゃがんで顔をのぞき込む。…みると、彼女の顔は真っ赤になっていた。
「あ、ありがとうございます…。」
「あ、ああ。」
気まずい空気が流れる。…気障っぽいことを言ってしまった。
(というか、こんな子どもとどうしてこんな空気に…!)
「お嬢様ー!どちらですかー?」
「あ!みつかっちゃった!…じゃあ、おにいさん。ありがとうございました!これ、たいせつにします!」
そう言って彼女は、さっと穴をくぐると駆けていってしまった。
俺の周りが静かになった。…そういえば、名前も聞いていない。
「っわ!」
と、思った瞬間、後ろから衝撃が来た。
「なんだ、琴衣か。…渡されたみたいだな。」
涙目の彼女は、青い花束を抱えていた。
「何度も駄目だって言ったんです。ほかの人との方が絶対幸せになれるのに…!」
琴衣がさけぶが、樹の必死さを見た俺は同意しなかった。
「…あいつは、それが幸せだと思うのかな?」
「…どういうことですか?」
「俺が知っている『皇須樹』は、苦労を不幸だと思う奴じゃない。好きな人と一緒にいることを幸せに思う奴だ。」
「…知ってます。…わかりました。」
「婚約するのか?」
「絶対いやです!…あんな人の話を聞かなくて、苦労に好き好んで飛び込むような人と結婚するほど、まだ悟り開いてません。」
そう言うと、彼女は花束にそっと口付けた。
「…私が彼を幸せにする自信ができるまで、絶対逃げ切って見せますよ。」
お読みいただきありがとうございました!
次で、本当に完結…たぶんします!