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彼と彼女と花の名前4

改稿しまして、少し話数がずれてしまいました。申し訳ありません。

少し長めです。そして若干重たいです。


*本文中に妊娠についての発言がありますが、一切貶める意図はございません。

 ある日部室へ行くと、二人が何か言いあっている声が聞こえた。

「…から、今は…だ…んです!」

「…うして!なに…ある…んだ!」

「とにかくできません!」

 琴衣の叫んだ声が聞こえたと同時に、勢いよくドアが開いて、彼女が横を走り抜けていった。

「待ってくれ!…って、氷海?来てたのか。」

「ああ…今琴衣が走っていったが、何かもめたのか?」

「いや…。氷海、すまないが、彼女を探すのを手伝ってくれ。」

「わかった。じゃあ、俺はこっちのほうを探す。」

 樹と二手に分かれて琴衣を探し始めてしばらくすると、植え込みの陰で俯きながら座り込んでいる彼女を見つけた。

「琴衣。」

「氷海先輩…?」

 声をかけると、彼女がゆっくりとこちらを向いた。

「樹さんは…?」

「いないよ。君をあっちのほうに探しに行った。呼んでくるから…。」

「待ってください先輩!今はまだ…樹さんを呼ばないで。」

 彼女は俺の制服の裾を引っ張って止めた。よく見ると、瞳が少し涙目になっている。

「…何があったんだ?樹は何も言わなかったんだが。」

「…実は婚約を申し込まれたんです。」

「…?婚約者だったのでは?」

「違うんです。今までは、親同士の口約束というか…暗黙の了解みたいな感じだったんです。それを、正式に結ぼうって言われて…。」

「別にいいじゃないか。樹と結婚するのが嫌じゃないんだろう?」

 俺が軽くそう言うと、彼女はふるふると首を振った。

「私は、できないから……ところで先輩は、口が堅い方ですよね。」

「一応固いつもりだが…まあ、口が軽いのは、人間としての信頼も失うからな。」

 琴衣は数秒黙ったあと、ポツリと話し出した。

「これから私が話すことは、誰にも…特に樹さんには絶対に言わないでほしいんです。」

「…わかった。」

 正面からは言いにくいことかと考え、近くの木にもたれかかって彼女と反対の方向を見る。

「樹さんのご両親のこと、何か噂を聞いたことありますか?」

「いや、とくには。」

「樹さんのご両親は、幼馴染でお家柄も釣り合っていたので、年頃になると自然に婚約してご結婚されました。政略に近いものでしたが、仲睦まじく何の問題もなかったんです。…おばさまが、子どもを産めないとわかるまでは。…皇須の家は旧い家で、直系の血を残すことを至上としているので。

 それで皇須の前当主は、おばさまの不妊治療を待つよりも他の方法をとりました。…おじさまに、二つの選択を突き付けたんです。おばさまと離縁して、他の女性の方を妻に迎えるか…結婚したまま他の女性に、皇須の血を引く子を産ませるか。」

「…!そんなの、現代社会で許される訳がない。」

「ええ、だからこのことは本当にごく一部の人しか知りません。なにより、皇須ではそういったことが正当化されるのです。…本当に忌まわしいことですが。」

「それで…?」

「おじさまは抵抗し続けましたが、重圧がおばさまにもかかり始めたことでついに折れました。…どちらを選んだかは、お分かりになると思います。」

「それじゃあ、樹は…。」

「樹さんは知りません。おばさまは全く気付く余地もないほど、完璧に彼を『息子』として育て上げた。」

 そういうと、彼女はふっと息を吐いた。

「本当に素晴らしい方です。…私にはとてもできない。」

「琴衣…?」

「このことを知っているのは、前当主とご両親、それに樹さんを産んだ女性だけです。彼女と前当主は亡くなられたそうなので、今知っているのは樹さんのご両親だけ。…なのに、どうして私がこのことを知っているんだと思います?」

 今までの話を聞いて嫌な予感がしたが、ねじ伏せて答える。

「…樹と結婚するからじゃないのか?」

「いえ、私がおばさまと同じだからですよ。…私も、子どもが産めないんです。不妊治療もできません。」

「…!」

 やはりという思いと、まさかという思いが胸に去来した。彼女は話し続ける。

「私と結婚すれば、樹さんはおじさまと同じ選択を迫られる。樹さんは優しいから、私が妻であれば何がんでも守ろうと、抵抗すると思います。彼に、そんな苦しい思いをしてほしくない。普通に幸せになってほしい。…だから、わたしは彼と結婚しません。」

「だが琴衣、樹はそのことを知らなくても、君は知っていて婚約をしていたんだろう?」

 振り返りながらいうと、彼女がびくっと震えた。

「…そうです。私は知っているのに、婚約解消を申し出なかった。こんなに中途半端な関係でいた。…彼が好きだから。」

 そういうと、琴衣は抱えた膝に顔をうずめた。

「彼のことを考えたら、早く告げるべきだったのに、もう少しだけ、と思って言い出す勇気がなかった。…でも、もう限界ですよね。そろそろ、樹さんも正式なものにしようとしているし、わがままはこれで終わりにしようと思います。」

「……どうして、このことを俺に?」

「前にも言ったじゃないですか。先輩は、樹さんを利用するような人に見えないからですよ。…樹さんが本当に信頼できる人をのこしていきたかっただけです。…聞いてくださって、ありがとうございました。」

 そう言い、彼女は立ち上がると頭を下げて、すたすたと歩いて行った。

お読み頂きありがとうございました!


*繰り返しになりますが、本文中の女性の妊娠についての文章はは、そういった考えを持った人物がいるという設定であるだけです。

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