彼と彼女と花の名前3
昨日は投稿できず、申し訳ありません!
少しでも楽しんでいただければ嬉しいです!
「お、水がなくなりそうだな。ちょっと汲んでくる。」
そう言うと、彼は如雨露を持って水道の方へと行ってしまった。
「すごく楽じゃないですか?」
唐突に後ろから声を掛けられた振り返ると、先程まで、反対の花壇で間引きをしていた叶栄がにっこりと笑いながら立っていた。
「先輩、今何時か知っていますか?」
そういえば、時計を見ていない。腕時計を見ると、来てから優に3時間が経っていた。
(嘘だろう!?)
「樹さんってあんな性格だから、嫌う人もいるんですけど、先輩なら気が合うと思ったんです。だから、3人で一緒に活動できたら…きっと楽しいですよ。」
「別に俺は…。」
「無理にとは言えないですけど、もし今日少しでも楽しいと思ったら、入ってもらいたいです。」
それだけ言うと、彼女はまた自分の花壇に戻って作業を再開した。
(楽しい…か。)
ここは、あまり楽しいという感じではない。けれど、落ち着いた気持ちになるのは確かだ。慣れ親しんだ場所でもないのに、こんなに楽なのは不思議なくらいだった。
(どこでも常に気を抜かず、結果を出すことがあんなに好きだったのに…。)
こんな学校の隅の、見る人がいるのかすらわからない花壇をひたすら綺麗にする。そんな実利も不明なことを…確かに自分は楽しんでいた。
結局俺はその日細々とした作業を手伝い、全てが終わったのは5時を過ぎた頃だった。
「お疲れ様。今日はホント、来てくれてありがとうな!」
すっかり汗だくになった俺に買ってきた飲みものを渡しながら、皇須が言った。
「別に、たいしたことじゃない。」
「それで、入ってくれるか?…まぁ、別に今日決めなくていいよ。気が向いたら、また来てくれ。」
そう言って、彼は叶栄にもペットボトルを渡しに、向こうへ行ってしまった。
「ま、待ってくれ、皇須君!」
「ん?」
「…その、今日は…結構楽しかった。」
「そうか。」
「だから…あまり来れないかもしれないんだが…入部してもいいだろうか。」
少し躊躇いながらもそう言うと、皇須の顔が輝いた。
「本当か!よし、これでやっと『園芸部』になるぞ!」
「…よろしく、皇須君。」
「あ、そうだ。それ!」
「え?」
「『皇須君』なんて他人行儀じゃなくて、『樹』で良いよ。…おーい、琴衣。氷海が入ってくれるってー!」
そう言って、叶栄が作業していた別の花壇に行ってしまった。叶栄は、一瞬驚いたようだが、にっこり笑ってこちらに来た。
「…やっぱり、入ってくださいましたね。」
「まぁ…一応。皇須君と話して楽しかったし。」
「だから、『樹』って呼べって。」
「あ、そうなんですか。…それじゃあ、私も『琴衣』と。」
「ほらほらー。」
そう言われても、今まで名前で呼ぶ友人なんて、小学校の頃以来存在していなかった。
「…分かったよ、樹。琴衣。」
数秒間抵抗したが、観念して小さな声で呟くと、二人がにっこり笑った。
*
それからは、朝に水を遣るのと、週に1、2回の頻度で、集まって雑用をこなしていた。
三人共仲が良かったが、やはり樹と琴衣は息があっていて、俺は呑気にやっぱり婚約者だからかな、と思っていた。
お読みいただきありがとうございました!
園芸については聞きかじりなので、間違っていたら申し訳ありません。