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お読みいただきありがとうございます。
まだまだ始まったばかりですが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
見合いをしていた部屋は縁側から庭へと出られるので、彼女と俺の靴を取ってきてもらい、手をつないだまま外へと出る。
庭を歩き始めてしばらくすると、彼女のか細い声が聞こえた。
「あの、手を…」
「ああ、すいません。失礼でしたね」
仕事で培った営業スマイルを浮かべ、彼女の手をパッと離した。自分から離したはずなのに、離れていくぬくもりが少し寂しいような気がした。
「いえ…そうではなく、その…恥ずかしいので」
そう言うと、少しだけ元の色に戻りかけていた彼女の顔が、また真っ赤になる。
静かになった空気を振り払うように彼女が明るい声を上げ、話を変える。
「えっと、碧人さんは花などに興味がありますか?この庭には四季折々の花が植えてあるんですよ」
顔を別の方向に向けて彼女が言う。物慣れない様子が、普段はあまり周りにないので新鮮だ。彼女の顔を見ながら、にこやかに答える。
「恥ずかしながら、こういうものは全く見分けられないのです。…澄歌さんは花がお好きなのですか?」
「はい!小さい頃から家にこもっている事が多かったので、窓から見える花たちがとっても眩しく見えたのです。それから毎日図鑑を眺めて庭の花の名前を調べていたら、詳しくなってしまって」
やっとこちらを振り向いた少し苦笑したような顔からは、さっきまでの緊張していた様子は消えていた。
「ここら辺は春の花のようですね。コブシ、サクラ、ハナモモ…まあ、アオキやクレマチス、シャガもあります。たくさんの種類の花が、こんなにも整然と並んでいるなんて…!手入れをされている方とお話したい…」
うっとりとなっていた彼女は、隣に俺がいるのを一瞬忘れていたようで、はっとした。
「あ。す、すいません!つい夢中になってしまいました」
「いえ、大丈夫ですよ。それよりもさっきのお答を頂いてもよろしいですか?」
それをきいて、緊張のほぐれかけてきた彼女の顔が、また元の少しこわばった顔になる。
「さっきの、どうしてお見合いに来たのか、というものですか?」
「はい。」
「…本当に、父が話していた理由以上のものはないです。小さい頃から周りのとかかわる事が少なかったので、対人関係が不得手になってしまったこと…それと」
「それと?」
「…年頃には、既に自分の結婚がこうしたことに使われる可能性も考えていたからです」
「…ご両親がそのような話を?」
「そうですね。直接言われていたわけではないですが、それらしい事を仄めかされたり、親交のある家のご子息を紹介されたり。…まあ、普通の恋愛結婚に憧れがない訳ではないですし、旦那さまといい家庭を築きたいと思っておりますが」
そういった彼女の顔は、さきほどの花を見て喜んでいた、無垢な乙女のような甘い眼差しではなく、色々な屈託を乗り越えた、大人の女の眼差しをたたえた、凛々しい顔つきになっていた。きっと今まで何の悩みもなかった訳でもないのだろう。
そんなに彼女に対して、少しでも誠実に応じたくなった。彼女に一歩近づく。
「…澄歌さん、私もこれが政略結婚であることは否定しません。ですが、妻となる方ともできるならいい関係を築きたいと思っています。そしてあなたとなら、きっと幸せになれると思うのです……どうか、私と結婚して頂けますか?」
俺が差し出した手に、彼女もおそるおそる自分の手を重ねようと一歩踏み出したその時、
___ずるっ。
「きゃっ!」
彼女が裾を踏んで足をつんのめらせた。あわてて支えようとするが支えきれず、彼女ごと後ろに倒れる。
…間の悪いことに、昨日は雨が降っていたせいで所々に水たまりができていて、その内の一つがちょうど後ろにあった。
結果、なんとか彼女の着物は守れたものの、自分のスーツは茶色く染まってしまった。
「すいません、碧人さんを下敷きにしてしまって!その上、スーツまで泥だらけに……!本当に申し訳ありません!」
「いえ、大丈夫です。…それよりもあなたのお着物の方はどうですか」
「は、はい。少し泥が跳ねてしまいましたがこれくらいなら自分でもおとせますので。…それよりも、碧人さんの服をどうにかしないと!ええと、替えの服など持ってきてらっしゃいませんよね?私の着物はもう一着あるのでそれを取ってきてもらいましょうか!」
焦る彼女には、さっきまでのぱりっとした雰因気はなく、最初の物慣れない姿に戻っていた。
「…さすがに、あなたの服は色々な意味で着れないですね」
「そ、そうですよね!じゃあ…」
「澄歌!?それに碧人さんも何をされているのですか?」
*誤字のご報告がありましたので、直しました。