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PAGE.27

少し長い上に、暗い話なのですが、シリアスというほどではないと思います。


「最初からお話しますね。…私の両親も、政略結婚だったんです。まあ、お父様はひと目でお母様をすきになったそうなんですけれど。」

 私とは逆だな、と、ふと思った。私はきっと、彼の事を初めて会ったあの日に、好きになったのだから。

「お母様も、お父様を愛していたと思います。実際私が幼い頃は三人でお出かけしたり、遊んだり……楽しかった。」

 思い出す過去は、本当に、楽しい思い出にあふれていた。みんな笑っていたはずなのに、いつの間にかあんな穏やかな日は来なくなってしまった。

「…いつからでしょうかね。お父様の仕事が忙しくなるにつれて、お父様とお母様の気持ちは、少しずつすれ違って行ってしまったんです。実際、お母様が出ていく一年ぐらい前から、家の雰囲気は冷たいものになっていました。…でも、私は何も分からなかった。本当に、子どもだったんです。そしてあの日___。」

「……義母上が出て行かれた日か?」

「はい。今でもよく覚えています。あの日はお父様が帰ってこない日で、眠れなくて母の所に一緒に寝ようとしてたんです。…窓の外で雪が降っていた。部屋を覗いてもいらっしゃらなくて、暗い屋敷を探し回りました。……そして、玄関で荷物を持ったお母様を見つけたんです。」

___おかあさま、どこかにお出かけなさるの?あたしもつれてって。

___ごめんね、一緒にはいけないの。私はもうだめなの。澄歌は、この屋敷で幸せになって。……あなたを愛してるわ。

___ねえ、おとうさまには、いってあげないの?

___えっ!そ、そうね。……そういえば、いつから言わなくなっていたのかしら。あの人に『愛してる』って。

______おとうさまがかえってきたら、いいましょう?

___ううん、言えないの。代わりに、あなたが言ってあげて頂戴。……もう、私は言えないし、あの人も私にそんなこと言われたくないでしょうから。……さあ、もう戻りなさい。

 そういうと、母は私を抱きしめた。そして、出て行ってっしまった。

 幼い私は、母が何を言ってるのかもよく分かっていなかった。けれど、今なら分かる。母は父を『愛して』いたかもしれないが、恋ではなかったのだ。……そして、本当の恋を見つけてしまった。

「次の日、帰って来たお父様は、玄関で寝ていた私と、お母様の部屋に残されていた手紙を見つけました。」

 あの時の空っぽの父の背中の記憶が、今日庭に置いてきた父の背中と重なる。…いつも残されるのは父だ。

「それから、父は変わりました。仕事以外に興味をなくし、わたしを避けるようになったんです。たまに会っても、母にそっくりな私の後ろにお母様を見て、悲しそうな顔になってしまうので、私からもあまり会いに行かなくなりました。」

 なんの声もしなくなった、静かな屋敷。使用人たちも他人行儀に世話をするだけで、私は孤独だった。

「そして年頃になると、父は私に縁談を持ってくるようになりました。そして、女は結婚相手だけを愛することが幸せだと、何度も何度もいい聞かせられました。…父はきっと、お母様にそう言いたかったんでしょうね。」

 ___『妻』は『夫』を愛することが一番幸せになることなんだ!

 毎日毎日鬼気迫る形相で言ってくる父のすがたは、とても怖くて、それ以上に悲しかった。

「私は、父が好きでした。だから、正しいと思ったんです。それに私自身、二人の中が良かった頃、ほんとに幸せだった。お母様は本当に愛する人と一緒になれて、幸せだったかもしれない。けれど、私は…悲しかった、ずっと!……だから、あなたのことも、夫だから愛さないといけないとしか考えていなかった。」

 眼のふちが熱くなって、滴がこぼれた。彼は黙って聞いてくれている。そんな彼が、大好きだ、と思う。

 ……あの頃の自分はこんなに誰かを愛しいと思わなかった。指で目じりを拭う。

 「でも、そのせいであなたを傷つけて、離れ離れになって…やっと、ほんとにやっと自分の愚かさに気付けました。…父も、私も間違っていた。人を好きになるってそういう事じゃなかった。父も、あの時、それをやっと思い出したんじゃないでしょうか。」

 ___自分が母を好きになったのは、関係ではなく心がそう思ったからだと。

 部屋が静かになる。全てを話し終わると、なんだかすっきりした気分になった。

「…俺は、それだけじゃないと思う。」

 彼がぽつりと言った。

「義父上は、確かに君に義母上を見て冷たくしていたんだろう。…でも、きっと君の幸せを願う心がなかった訳ではないと思う。」

 ___幸せになれ。

「妻を思い出して辛く当ってしまう気持ちと、君を娘として幸せにしたいと思う気持ち。それが義父上の中にあったんじゃないか?あの時、義父は本当に君が幸せな事を祝っていた。…俺はそう信じたい。」

 そう言うと、彼は私の頬に手を当てた。

「…それに、愚かだったのは俺もだ。お互いにきちんと相手と向き合っていなかった。」

「ええ……。」

「だから、ここからやり直そう。少しずつでも…今度は本当に夫婦になれるように。」

「…はい。」

 私も彼の首筋に手を伸ばし、笑顔で答える。触れる熱が、今までで一番温かく、心地よかった。


お読みいただきありがとうございます!

繰り返しますが、これはフィクションです。あくまで設定として、こんな考え方をする人が出てきただけです。

次回からは、後日談です。

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