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もう少しだけ、澄歌さんの視点で続きます。
碧人さんのことを好きなのに、まだ一歩踏み出せない彼女が若干歯痒くもあるのですが、楽しんでいただければ嬉しいです。
「どうだい調子は?」
「はい、落ち着いてきました。」
父は優しげな声で、親が本当に子どもを心配するようにこちらを気遣ってくる。
けれど、この人が本当に考えているのは…
「ならばこちらのご子息と会ってみないか?……氷海さんとのことで、まだそんな気分になれないかもしれないが、会うだけでいいから。」
「お父様、私はまだあの人の妻です。…それに、さすがにそこまでの元気はないんです。」
「そうか…ゆっくり休みなさい。」
父が渋々といったように、部屋から出ていく。断るとあっさりとひくものの、帰ってきてから数日、毎日のようにこんな話を持ってくるようになった。
部屋に一人になると、さっき自分が言ったことが思い出された。
「あんなふうには言ったけど……私は、まだあの人の妻なのかしら。」
彼ならば、周りの女性から引く手数多だろう。もしかしたら、もうすでに私のことなど忘れて、もっと綺麗な、優しい人と一緒にいるだろうか。
そんな人ではないと分かっているのに、ついつい想像は悪い方へと傾いてしまう。
___彼の優しい声や、温かい手が、他の人に向けられる。
(そんなの嫌だ……嫌だ!)
「ごめんなさい、碧人さん。…ごめんなさいっ」
自分が悪いのに、どうしても怖くて。あなたに会いに行く事が、拒絶されることが怖くて……今日も、こうして一人で閉じこもっているだけ。
夫となった彼は、優しかったがどこか私との間に距離を置いていた。それは少し寂しかったが、しょうがないとも思っていた。少しずつ距離を近づけて行こうと、明るく、従順な妻になろうと努力した。
だから彼が風邪をひいたとき、口論になったことが本当はとても恐ろしかった。彼のためを思って言ったことだったが、余計なお世話だと思ったかもしれない。
けれどベッドに入った後、彼は唇を重ねて、出かける約束までしてくれた。
それは直前に私からしたものよりも、そして、今まで彼からしてくれたものよりも深く、甘かった。二人を包む雰囲気も、いつもよりも親密な感じがして。
……幸せすぎて、その夜は眠れる気がせず、いつも以上に隣にいる彼の気配が熱くて、ドキドキした。
それからは、水族館に行ったりして、少しずつ彼の方からも距離を近づけようとしてくれて、自分からも手探りではあるけれど、彼に近づいていきたいと思った。
触れる手や、吐息の熱さに胸が跳ねることが増え、どんどん彼を好きになる。お父様の言った通りに、彼の望んだとおりにしたから、きっとここまで『夫婦』になれたのだ。
彼も、きっと同じ気持ちでいてくれていると信じていた。だから_____
お読みいただきありがとうございます!次からは現在に戻りたいと思います。
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評価してくださった方、ありがとうございました。とても嬉しかったです。
遅くなりましたが、深く御礼申し上げます。