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澄歌さんの、お見合いの時の回想編です。
初めて碧人さんの外見を描写しました。みなさんのイメージではどんな感じだったのでしょうか。
セリフなどは、碧人さんの視点の時よりも若干端折っております。
澄歌さんがどんなことを考えていたのか、楽しんでいただければ幸いです。
……初めて彼を見たとき、名前の通りの印象の人だと思った。
氷海 碧人___冷たく、硬質で。でも、澄んだ綺麗な空気を身にまとっているような、そんな雰囲気の人だった。
短く清潔な黒髪。メガネの向こうの切れ長の瞳は少し藍色を帯びていて、夜の海を覗きこんだようだ。 冷たい瞳が、こちらをじっと眺めている。意図せず自分の顔が赤くなっていくのが分かる。…でも目を逸らせない。
「何をしている?早く挨拶しなさい。」
隣から父が小さな声でつついてきた。お見合いという事も忘れ、彼に見惚れていた私は、慌てて頭を下げる、
「は、はじめまして!来宮澄歌と申しなす。…いえ、申します!ほ、本日はお日柄もよく…」
しまった、噛んじゃった!隣で父の機嫌がどんどん悪くなっていっているのがわかる。
彼の方をそっとみると、にっこりと笑いかけてくれた。その笑みに、胸が少し跳ねる。
「はじめまして氷海碧人です。澄歌さん、…失礼ですがそれは仲人の方の挨拶では?」
「は、はい。すいません!」
冷静に指摘され、恥ずかしくて顔から火が出そうになる。
(どうしよう……。)
焦る私に対して、彼は落ち着いていて、大人の男の人だなぁと思ってしまう。
「澄歌さん。」
「はいっ!なんでしょうか!」
とても静かで深い声に、胸が音を立てているのが分かる。……名前を家族以外の人に呼ばれたのなんて、初めてだ。何を言われるのだろうとドキドキしていた私に、彼は驚くべきことを訊いてきた。
「このような場で言うのは失礼ですが、澄歌さんは恋人などいらっしゃらないのですか?」
「ふぇっ!?い、いえ。いませんが…?」
彼はこれを訊いて何を確かめたいのか。……やはり、身持ちがどれだけ固いのかを確認するのだろうか。
「あなたほど美しい方がどうしてお見合いなどしてらっしゃるのか不思議なのです。澄歌さんならばいくらでもお相手を見つけられるでしょうに。」
「碧人さん!失礼ですよ!」
碧人様の叔母様が慌てて彼を窘め、父が何か言っているのが分かった。
……だが私はそんな騒ぎが聞こえないくらい。動揺していた。
(う、美しいって!社交辞令ってわかっていても…恥ずかしい!)
こちらは男性への免疫なんてほとんどないのだ。ましてや褒められた事など。
何とか動揺を押し殺す。しばらくすると、顔の赤みも落ち着いてきたので、頑張って外に誘ってみた。
快く了承してくれた彼は、私が立ちあがろうとすると、自然に手を差し伸べてくれた。また心臓がはね周り始めたが、おかしくならないよう精一杯顔に出ないようにする。
だが、そのとき引かれた手の温かさにひいたはずの熱がまた顔に戻ってきたのは、彼に気付かれていただろう。
庭へと出てからも、彼から私の手が離されることはなかった。流石に恥ずかしさが限界に達し、小さな声で手をつないだままなことを指摘する。
それを聞いた彼は、あっさりと手を離してくれた。何かすごく勿体ない事をしてしまった気がする。
(……もっと、つないでいたかったかも……)
けれど、初対面でそんなことを言うのはおかしいだろう。彼も実際、女性への気遣いとして手を引いてくれたのにすぎないのだろうし。
……その後たわいもない話をしていると、彼はさっきの質問の答えを再度求めてきた。
単なる雑談ではなかったのだろうか。意図がはっきりとは分からず、彼の顔を見る。
しかし、彼のこちらを見る視線ですべてを悟った。
___この人は、私が結婚した後におかしな事をする可能性がないか探っているだけなのだ。
(ここで何か問題があったら、彼はまた違う人を探すのかしら…。)
……それは、なんとなく嫌だった。だから___聞き分けのあるふりをした。
子どもの頃から、政略結婚を親から示唆されていたのは本当だ。でも、自分ではずっと、好きになった人と結婚したいと思っていた。
(けれど、あなたがそういった女性を望むのなら。)
碧人様は、無表情のまま私が言う事を聞いていた。……何か、気に触るようなことを言ってしまっただろうか。
彼は聞き終わった後、静かに話しだした。
「…澄歌さん、私も、これが政略結婚であることは否定いたしません。ですが、妻となる方とは、できるだけいい関係を築きたいと思っています。……私と、結婚していただけますか?」
それを聞いたとき、心の中では、嬉しくて飛び上がってしまいそうだった。
けれど、表面上は落ち着いている女性のように振舞いたくて、つとめて冷静に頷こうとした。
…しかし、その重要な場面で躓き、彼を押し倒してしまった。慌てて、大人ぶっていた仮面が剥がれてしまう。
(どうしよう…!やっぱり彼も呆れてしまったかしら…?)
しかし、粗相をした私を連れ帰ろうとする父親から、彼は私をかばって、改めて結婚の申し込みをしてくれた。
とても嬉しくて、この人の『妻』になれることが、夢のようだと思った。
(……けれど、それは全てを来宮の都合のよいように物事を進めさせるのは、体面的に許せない事だっただけなのかもしれない。)
その時思った時、さっきとは違う痛みが胸に走ったのは……絶対に秘密だ。彼は、私にそんな風に思われることなど、望んでいないだろうから。
お読みいただきありがとうございました!
一応この時は、二人とも無自覚という事で書いていたのですが…。