before
全32話(+α)です。
拙い作品ですが、少しでも楽しんでいただければ幸せです。
「氷海っ!今すぐ結婚しろ!」
___久し振りの友人との待ち合わせ。人間関係には淡白であると自覚している俺でも、少しは心が落ち着く時間である。
…しかしその友人がばかなことをいいだしたらどうすればいいのだろうか。
「…樹、いきなり何を言い出すんだ。まさかそういう趣味なのか?そうだとしてもお前は既婚者だろうが」
「ちがうっ!そんなわけあるか!」
慌てて叫ぶそいつの隣で、彼の妻は俺達の会話を気にもせず、平然とお茶を飲んでいる。
感情的になりやすいが他人から慕われる友人と、それを冷静に陰から支える彼女は、まさに破れ鍋に綴蓋といういい例だ。
彼女は苦笑しながら、こちらに詫びるような視線を向けている。だが、友人は全く気付かず、どんどん一人で突っ走っていく。
「おまえだってそろそろいい年じゃないか。だれか良い人はいないのか?」
「…まさかお前も親戚の爺どもと同じ事を言うとは思わなかったよ。これからは敬意を表してお前を“長老”と呼ぶことにしよう」
「おい、おれはまだ三十一だ!同い年だろうがぁ!」
「っああもう!ちょっと黙ってください、樹さん!」
「は、はいいいいっ!」
ついに切れた妻の一喝に、本気でビビる大手会社社長。…いいのかそれで。まあ彼女も取締役だからむしろ安心か。
「でも、碧人先輩。差し出がましいとは思いますが、私達は本当に心配しているんです。そういったお話はないのですか?」
「ああ、あるぞ。むしろ今日はそのために来てもらったんだ」
「へっ?」
「はぁぁぁ!?」
驚いている二人に、カバンから紙を取り出して渡す。何の変哲もない白い紙だが、それを見た二人の顔が驚きに変わる。
「…本当に、結婚式の招待状ですね」
「ああ。急で悪いが、来て頂けるとありがたい」
「なっ!おまえさっきの会話はなんだったんだよ!?結婚すんなら先に言えやあ!」
「言おうと思ったのにお前が騒いだんだろ」
掴みかかってきそうな友人を冷静にあしらう。同じ温度になったら収拾がつかなくなる。
「樹さん、うるさいって言ってるでしょう?黙って。で、お相手は誰なんですか?」
立て続けにバッサリ切られて、いじいじする友人。…かなりうっとおしい。だが二人とも慣れているので無視して話を続ける。
「来宮澄歌。旧伯爵家の葵宮家の血をひく来宮コンポレーションの初代社長の孫娘だ。今は二代目が社長をついでいるから社長令嬢だな」
「…政略結婚ですか」
「まあ、端的に言うとそうだな。一応今度の日曜に会うが、ほぼ本決まりだ。特に問題がなさそうならそのまま進めようと思っているが…どうかしたか?」
二人とも少し難しい顔をしている。何か気になる事でも言っただろうか?
「…大変失礼ですが、氷海の会社は今、そんな必要もないほど順調な経営状態だと思うのですが、どうしていまあなたが結婚を?」
全く優秀な人だ。ポイントを的確に鋭くついてくる。
「まあ必要はないが、兄貴たちは自分の思う相手と結婚したし、俺一人だけでも会社の利益につながるようにしなければいけないと思ってな。幸いと言おうか、俺は想う相手もいないし…」
「おまえはっどうしてそう思うんだ!これから本当に結婚したい相手が現れたらどうするんだよ!」
樹が突然叫んだ。こいつと妻の琴衣は恋愛結婚だったので、そう思うのだろう。けれど…
「こうした家に生まれた以上、政略結婚はあり得ない事じゃない。それに俺が誰かを好きになるなんて考えられないしな」
俺はきっぱりと宣言した。何回もそれを聞いている二人は、あきれたような顔をした。
「今日はこれを渡したかっただけだから用は済んだ。悪いがこれから会議があるんだ。失礼する」
「待てっもう少し説明しろ…っ」
俺はまだかみついてくる友人をまた無視して伝票をとると、店を出た。
(次に会うのが怖いが、彼女がなだめておいてくれるだろう。…やる事が山積みで頭が痛いな。)
彼が立ち去ったあと、少しして樹は深くため息をついた。
「…あいつはどうしてああなんだろうな?もう少し自分の事も考えればいいのに」
「あなたはほとんど自分の事しか考えてませんけどね。…でもそうですね。きっと自分はそうしたものと縁遠いと考えてるのでしょう」
「全く困った奴だな!相手の女性がかわいそうだ」
「あなたと半ば脅迫的に結婚させられた私ほどじゃないですよ」
「…さっきから私にびしびし厳しい言葉が刺さってくるのだが?」
「いつもこんな感じでしょう。さあ、帰りますよ。相手の方の事を調べなくては」
読んでいただき、ありがとうございました。
ヒロインが出てくるのは、次からです。