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贈り物

作者: 川崎チッタ

 いつからだろう。僕宛に、送り元の記入がなく、買った覚えもないものが送られてくるようになった。

 最初は普通のボールペンか何かだった。身に覚えがなかったので受け取ろうか迷ったが、宛先は確かに僕で、当時の僕は、正直なところペンの一本にも困るような暮らしをしていたので、これを受け取って使い始めた。

 すると翌日から、毎日何らかの品物が送られてくるようになった。ボールペンをはじめ、ハサミ、のり、といった文房具から、靴下、帽子、サングラス、パンツ、といった衣類まで多岐にわたった。しかも、これらの衣服はなぜか一貫性のあるファッションを醸成していた。

 流石にかなり不気味に思ったが、自分で何も買わなくても生活用品の多くが賄えるのは魅力だった。それほどまでに僕は貧乏だった。

 シャンプー、リンス、入浴剤。テレビ、カーペット、ソファー。どんどんと贈り物は豪華になり、僕の部屋は送られてきたもので埋め尽くされた。そしてやはり、これらの品には一定の統一感があった。内心、いつかどこからかこれらの品の代金を請求されるのではないかという不安もあったが、いくら不安げにポストを覗き込む日が続いても、請求書が届くことはなかった。

 部屋の家具がひとしきり贈り物で埋め尽くされ、僕の使うものや身につける物のほとんどが贈り物になった頃、今度は本が送られてくるようになった。古代ギリシアの哲学から、現代思想まで。もう毎日は送られてこなくなったが、一冊を読み終える頃になると、次の一冊が届いた。これらの本を読み進める内に気付いたのだが、送られてくる本には一定の方向性があり、僕はある種の思想を体系だてて読み進めていた。昔から本は好きだったが、専ら文学作品を好んでいたので、これらの本はとても良い機会だった。僕は、宛名の無い荷物を心待ちにしていた。

 そんなある日、やけに大きな贈り物が届けられた。何かと思って大きなダンボールを開けると、中には「僕」が入っていた。

「やあ」

 送られてきた「僕」は、ダンボールから身を起こしながら僕に挨拶した。

 僕はあまりにびっくりして、「僕」と同じように「やあ」と小さく言う事しかできなかった。

 冷静になって腹をくくって話を聞いてみると、「僕」は僕らしく、僕と同様の記憶を持っているようだったが、送り主や、ここにくるまでの経緯などはまるで覚えていないようだった。また、自分が二人いることへの疑問がまるでないらしく、話が終わると図々しく僕の部屋に寝転び、テレビを観始めた。テレビに飽きると「僕」は一日中やかましく僕に話し掛けた。僕は、果たして僕はこんなにもおしゃべりだろうかと首を傾げた。

 次の日も、また次の日も、「僕」は毎日どこからか送られてきて、狭い部屋を「僕」で埋め尽くしていった。

 皆、自分勝手で、がやがやと騒々しくてかなわない。しかし、どこかで「僕」が僕の知らないことをすると面倒なので追い出すことも出来ない。かといって、養うのも相手をするのも大変である。全く手に負えない存在。

 ふと見ると、送られてきた服に身を包む「僕」や、哲学について熱く語る「僕」がいる。数か月前にはありえないファッション。ありえない思想。こう見ると気持ちが悪く、違和感を感じるが、他人から見れば最近の僕自身の姿もこれらの「僕」と同じなのかもしれない。居た堪れなくなって、

「別に僕が好きだった訳じゃな・・」

と言い終わらない内に、「僕」たちが一斉にこちらを振り向く。「僕」たちは怖くなって逃げ出そうとする僕の腕を捕まえ、暴れる僕に無理矢理に送られてきた服を着せようとする。部屋の隅ではフッサールの本を朗読する声がする。

「ああああああ」

と、僕は半狂乱になって、無理矢理あてがわれようとする洋服を窓の外に投げた。

 すると何人かの「僕」たちがそれを追いかけて窓の外に飛び出していった。それでもなお被いすがってくる「僕」たちをかわしながら、僕は必死で送られてきたものを窓の外に投げ続けた。

 その都度「僕」たちは窓の外に飛び出していき、僕は部屋にあった殆どのものを窓の外に投げ捨て、やがて、部屋には僕だけになった。

 恐る恐る窓の外をみると、「僕」たちおろか、投げ捨て去ったものまでもがすっかり無くなっていた。

「ふう」

と大きな溜息をつくと、僕はなんだか無性にコーヒーが飲みたくなって、ヤカンにお湯を沸かしてコーヒーメーカーを取り出した。これは、最初から僕が持っていたものだ。

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