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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

蟷螂 ~とある蟷螂の1考察~

作者: HANE

※この作品には残虐と思われるような自然の摂理が書き込まれております。

御注意下さい。

「蟷螂 

   ~とある蟷螂の1考察~ 」






  [第一章 現実]

                                                            


 こんなふうに終わりをむかえるとは。。。

 澄みきった、どこまでも高い、青い青い空。

 まぶしい。ツンと鼻をさす空気は、冬の到来を告げていた。


美しすぎるこの風景の中で、自分だけが、滑稽であった。

あまりにも、ぶざまであった。


青空に向けて、あおむけにさらされた我腹は白く、一番弱い所を剥き出しにされているこの姿は、まぎれもなく現実であった。


こんなものか。


心で思った。


こんなものなのか。


あまりにもあっけない幕切れであった。

死というものは、こんなにも突然訪れて来るものなのか。


数々の生から命を奪い取り、生き長らえて来た自分が、このような最期をむかえるとは。。。

滑稽で、笑いがこみ上げて来る。


「クッ。クッ。クッ。クッ。」


腹をつらぬいている鋭利な枝の先が見える。


笑いは、腹に、ひびく。


その痛みさえ、だんだん遠のいて行くように思えてきた。


ああ。この美しい寒空の青の中で、私の命は消えゆくのか。


それもまた良し。私も生きるものの命の糧になる。


こんな自分にも役に立つ事があったとは。


このようなぶざまな姿でなければ、まだ美談にもなるものを。。。


いやいや、それも良し。ぶざまも我なり。我、姿なり。


真っ青な、雲一つ無いその空の色に、とけてしまいそうだ。


ああ。自分は、なんてちっぽけなんだ。


美しすぎる青に包み込まれ、もはや何もなかった。






  [第二章 誕生]




 生まれた時の記憶といえば、既に同じ形をした沢山の小さな兄弟達のおびただしい数の上を踏み、さかさまのまま数珠繋ぎになって、

地面へと次々に着地していったということだけ。

その兄弟達のほとんどは散々に散って行った先で捕食者へ食されていったのだろう。その後会う事はなかった。

次々に襲って来る捕食者をかわし生き残る事に必死だった幼少期。アブラムシを食べて飢えをしのいだ。

少し身体が大きくなり獲物が上手に獲れるようになると、葉の陰に隠れ、花の蜜に獲物が寄って来るのを待ち伏せ、すばやく捕えた。


 美しい羽がゆらりゆらり。とじたり、ひらいたり。バリバリバリと獲物に食らいつく。

 はらりと、まぶしいばかりの真白の羽の一部が、ギザギザに切り裂かれた形で、黒の地面に落ちた。

 その美しい獲物の一部は、後に現れる蟻によって蟻の巣まで運ばれるのだ。


 私は殺戮者だ。生きる為には食わねばならぬ。狩りをし、生を奪い取る。毎日毎日生きるために、狩りをするために、葉陰に身を隠して暮らした。

たった一人で、一人きりで、何日も何日もそうやって暮らした。

雨が降れば、大きな葉陰や人間の作った家の大きな物陰に隠れて雨露をしのいで過ごした。

獲物が手に入らない日には空腹で過ごした。

時に空からの陰に怯え、

しかしどうにか日々を生き抜いたその先に、


出逢いがあった。






  [第三章 出逢い]



 同じフォルムをしたその姿。

 日差しからのシルエット。

 出逢うべくして出逢ったと、その時感じた。

 体の奥の奥の方。潜在的に持ち得る、遥か彼方種の起源のその繋がり。



獲物を頭からほうばる、その荒々しさに、オスを見た。


自分には無いもの。自分では補えないものをもつもの。


互いの時間が止まり、互いを必要とした。


それは太古から続く種の存続への強い執着、強い導きによる、あらがいようのない絶対的な力であった。



メスとして、腹に命をさずかった。


さずかった命を産み落とすための力を得るために、そのオスの命を食べた。


全く何も思わないまま生きる何かの力に操られるように、一連の動作として流れるように体が動いた。



そして、

我に還った。

食事をし終わった自分にヘドがでた。

自分の性を呪い、心で泣いて泣いて泣き疲れて、その夜は死んだように寝た。疲れ切った体が、それを求めていたようだった。





 

     [第四章 探求]


    

 落ち葉が、枯葉となって、少し冷たくなった風に地面を踊らされる音。カサカサカサカサカサ。

見上げる空は、泣きたくなる程に青く美しい晴天。

くらくらするほどのまぶしさを覚えながら、何かに突き動かされるようにして、探し歩きはじめた。

 この腹の中の沢山の命を、安全に守ってくれる場所。

卵がかえるまでの間、敵に狙われる事なく、快適に過ごせる場所。

その場所を求めて。


 風が冷たく感じられた。急がねばならない。

この命尽きる前に。

オスから託された、次の命の為に。

次へ続く命のために。


 歩みは早い方では無い。むしろ、二本の大きな鎌の為にバランスが悪い。

地面を歩く時等は、前のめりに鎌も使ってノコノコ歩く。

下から吹き上げる風に歩みを邪魔されながらも少しずつ前へ進める足取り。


どこへ行けば良いのか。どこにあるのか。その場所は。






     [第五章 産卵]


     

何故。何でその場所を選んだのか。

壁に囲われた、風からも、雨からも、敵からも守ってくれると思った所。

その場所は、人間のいう所の女子トイレの箱の天井部分の角。

トイレの上部の小窓の鍵が開いていて空気の入れ替えが出来るように少しだけ開いていたのを、見つけた!入り込める場所!


自分には羽がある。長くは飛べないが、体のわりには大きく広がる羽。

今は茶色く色を変えた固い外羽の中に美しい透明の羽が数枚畳み込まれている。

広げると、大きくブーンと大きな羽音をたてて、ゆうっくりと、上へ、上へ。

左右のバランスをとりながら。

腹も大きく出て、その分、重く、バランスが悪い。

あちこちぶつかりながらも、どうにか小窓までたどりついた。


そこから歩く。両鎌を閉じて歩いた。

鎌を引っ掛けての産卵。

尻から泡にして、片側丸みのある美しい形を作り上げ、しっかりと固定した。



 突然、がっくりとした脱力感が襲って来た。

私は、この子達が生まれて来る姿を見る事もなく、命を終える。

見る事は叶わない。自分に出来る事は、ここまで。


 無事に生まれて来てくれますように。

祈るような気持ちで、もう一度、振り返り、自分の生み落とした卵を、愛おしく見つめた。






     [第六章 思い出の地へ]



 思いを振り切るようにして、残った力の全てを使って歩み始めた。

前へ前へ。

ここに居ては、危険な捕食者を呼び込んでしまう事になりかねない。

この弱った体を狙って来るものがいる。

今度は、自分が追われる立場に戻る。まるで生まれ出たばかりの頃のように。


 所々道端に残っている小さな枯草に身を隠しながら、何故か、足は、自然と、自分が生まれた地へと向いた。



 逃げ切り、生き延びる事が全てであった、生まれたての自分が、周りの風景等に気を配る余裕等あったはずもなく、全く記憶にはなかったが、

体の奥の方で微かに覚えている土の匂いや、風の香り、陽の当たる場所、そんな曖昧な記憶を辿り、

ようやく辿り着きようの無いその地に、何故か辿り着いた。

いや、辿り着いた気がしているのかもしれない。いやしかし、確かに、ここだった。ここから全てが始まった。

ようやく辿り着いたその場所は、何の事はない、人間が庭と呼ぶ、その中でも小さなものであった。


こんなものか。


そう、思った。






     [第七章 捕獲]



力が抜けた。


その一瞬を見逃さなかった黒い影が空からぐんぐんぐんぐん近づいて来て、影は大きく大きくなり、すっぽりとその黒い影に覆われてしまった事に気付いた時には、

既にその鳥の足の中だった。


キイーーーーー。


甲高い鳴き声が空に響き渡り、モズは勝利の雄叫びを挙げた。


目の周りに吊り上った黒の模様、オレンジ色の体、渡りで鍛えられた大きな姿。圧倒的な強さの前で、産卵を終えた秋の蟷螂の体は萎んでさえ見えた。

なすすべもなく、ぐったりと、身を任せるしかなかった。


食われる!


その瞬間、モズは足から急降下。垣根の木の中に突っ込んだとたん、鋭利な枝が私の体を貫いた。









     [第八章  ~とある蟷螂の1考察~  ]





_____まだ、生きている______




そうか、今、食べられる訳では、ないのか。



モズの早贄。いわば、モズの保存食だ。食べ物の無い冬用に、突き刺してミイラ化した餌を作って置く。



そうか今この場でモズに食われて死ぬという結末でも無いのか。神よ。死して尚、屍を寒空へ晒せというのか。


笑いがこみ上げて来た。

クッ。クッ。クッ。クッ。クッ。



ああ。こんなにも空が青い。


こんなにも美しい空に、

のみこまれてしまいそうだ。









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