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愛骨奇譚  作者: アザとー
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後編

祐一の話が友人の元に伝わったのは、あの骨格標本を運んだ日から一週間がたった頃だった。あの翌日、体調不良を理由に欠勤の電話を入れたきり、誰も彼とは連絡が取れなくなっている。

 彼は嫌な予感を感じながらも、祐一のもとを訪ねた。ポストに新聞などたまっていないことに、少しばかり安心する。

「おい、死んでんのか?」

 冗談交じりにドアを叩くが、返事は無い。

「おい!」

 何気なくノブを回し、ドアを引いた彼は、それがすんなりと開くことに驚いた。

(鍵もかけないで、まさか本当に死んでるんじゃないんだろうな。)

 恐る恐る玄関に踏み込めば、異様な匂いが鼻につく。

生体組織にくが腐る匂いだ……)

 通学路の途中に転がった猫の屍骸、死に魅入られた生き物が発する禍々しい終末、抗いがたい不吉の匂い……

 しかし、この家の主は死んではいない。それが証拠に、ベッドのスプリングがきしきしと悲鳴を上げている。ぼそぼそりと低く愛を囁く声が、呪いのように漂っていた。

 この男は、決して無粋者ではない。常であれば気づかれないようにドアを閉め、友人の幸せを祝うだろう。だが、祐一は一週間も誰にも会っていない男だ。無事を確かめずに帰るわけにはいかないという、使命感があった。それに……

 このとき彼は、自分の中で警鐘を鳴らしている本能に従うべきだったのだ。本能とは、理性よりも早く真実を映すのだから……


 こんこんと小さなノックに邪魔されて、俺は彼女から身を離した。

「少し待っていてくれるかい?」

 愛くるしい歯列に狂おしく舌を這わせてから、しぶしぶと起き上がる。

……無粋な男だ。子供じゃあるまいし、『お邪魔』なことぐらい解ってくれてもよさそうなものだ。

 ベッドから出ようとして、ふと自分の姿を思い出す。

……見られるわけにはいかない。俺のこの醜い姿を……

 俺は頭からすっぽりとシーツを被った。


 引きずるように纏ったシーツの隙間から、やせこけた顔だけが覘いている。頬骨が浮き上がるほどに肉が削ぎ落とされ、かさついた唇を歪めている祐一に、友人は間違いなく臆した。

それでも、責任感が震える膝をかろうじて支える。どれほどの毒婦に捕らえられたかは知らないが、彼が会社を休んでまで何をしていたのかは明白だ。

「それは……まずいだろうよ。」

 骸骨のような顔に怒りが浮かぶ。

「何がだよ。」

「オンナ……だろ。どれほどいいオンナだとしても、会社を休む理由にはならないぞ。」

「具合が悪いんだよ! 体が重くて仕方ない。肉が地面に引かれるのを感じるんだ。」

「確かに、その痩せようは普通じゃない。病院へは行ったのか。」

「医者に治せるわけが無い。コレを治してくれるのは、彼女だけなんだ。」

 ふひひ、ふひひ、と、喉を引きつらせるような笑い声を聞きながらも、友人は祐一が纏っているシーツにゆっくりと浮き上がる、鮮やかな紅色から目を離すことが出来ずにいる。

乾いた布に吸い上げられて、徐々に大きく花開く目にも鮮やかな赤色に。

 その視線に気づいた骸骨のような男は、ひときわ大きく奇妙な笑い声を垂れ流す。

「ダメだなあ。彼女から離れるとすぐにコレだ。」

 ひらりと部屋へ駆け込んでゆく祐一の、その翻ったシーツから毀れたかかとはあまりにも……

(白すぎる。)

 シーツの白を凌駕するほどの鮮烈な白。ごつり、ごつりとした形。あれではまるで……

 引き返せと、恐怖が激しく騒いでいる。だが、好奇は強く、ただ強く真実を求めてやまない。友人は無意識にも近い心地で祐一を追った。

「早く、早く俺を救ってくれ。」

 蜜事をせがむような祐一のささやきが聞こえる。

(それにしても、臭い。)

 死臭にも似た強い匂いが、それ以上進もうとする足を阻む.

ドア枠にもたれかかってやっとの思いで中をのぞいた彼は、祐一と絡み合っている『彼女』に間違いなく見覚えがあった。白く、細く、禍々しいそのオンナに。

「祐一っ!」

 ガラスケースから出された彼女は、相変わらずどこも欠けず、完全な美しさをもって祐一の腕の中にある……いや、『居る』!

 彼は確かに見た、その肉の無い腕が愛する男にするように祐一の首を掻き抱くのを。見事に並んだ歯列が軽く開くのを!

 シーツを肌蹴てそれに応える祐一の腕は異常に細く、肉の一片もついては居ない!

 間違いようが無い。

 太い二本の骨がむき出しになり、それは指先に至るまで全て、繊細で白いパーツの組み合わせとなって続いている。 

「祐一!」

 再びの声に、祐一は声の主に虚ろな瞳を向けた。

「綺麗だろう?」

 まだ肉の残っている上腕を彼女の口元に押し当てる。顎骨がカクンと動き、小さな歯がその肉に深く食い込んだ。

 悲鳴と共に、入り口に立っていた男の膝が崩れ落ちる。情けなく膝を震わせ、腰すらも立たない彼は腕の力を借りて這い逃げた。

 祐一の声が奇妙に強い熱をもって彼を追いかける。

「もうすぐ済むよ。重く汚い肉を捨てて、彼女と同じ、美しくて健康な体になれるんだ。」

 もはや友人の口から『言葉』は出なかった。恐怖に縮む呼吸を必死に動かす、浅い息遣いの音が漏れるばかりだ。

「俺のことは心配ない。元気になったら、飲みに行こう。」

 祐一の声はあくまでも明るい。だが、その声に重なる粘っこい肉はぐ音が、友人の耳には何時までも残った。


 がちゃりと友人が出て行く音を聞いて、祐一は満足げに微笑んだ。

「いい奴なんだが、少しばかり空気が読めない奴なんだよ。」

 頬骨までを血に染めた骸骨に手を沿え、愛しそうに撫でさする。

「そんなにむくれるなよ。飲みに行くときはお前も連れて行ってやるさ。」

 いいながら身に纏ったシーツを、ぱさりと落とした。柔らかな腹部にむき出しの歯列を押し当てる。

「さあ、早く続きをしておくれ。」

 骸骨が大きく揺れ、えぐりこむように歯を立てる。

 彼は数日前から食を断っていた。余計なものを一切体に入れず、より美しく彼女に食われるため、そして、余計な脂分を極力減らして、より美しい骨になるために。

 グイと皮膚が破られ、桃色の肉が彼女の歯の間に滑り込む。

「ああ、最高だ……」

 ぐじゃり、にちゃりと滴るような肉食む音が響く。じゅりゅりと長く柔らかなものを吸い上げる音も聞こえる。

 腹にめり込むように顔を埋める彼女を受け入れながら、祐一は幸せそうに微笑んでいた   

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