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愛骨奇譚  作者: アザとー
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上編

 リサイクルショップなどという気安い呼び方は似合わないだろう。

大きな剥製の虎、無造作に積み上げられた掛け軸の類、雑多な宝剣、置物、土器かわらけ、緞子の着物と絣が並べてある様など、糞味噌一緒だ。

 そんなガラクタの中に、『彼女』は埋もれていた。


 人の背丈ほどもある大きな木枠に嵌められたガラスは薄く、触れば指先に緊張が走るほどのもろさを感じさせる。無造作に張られたラベルはインクも飛んで、それでも僅かに残る筆跡は旧字体であることからも、それがかなりに古いものであることは明白だろう。

 指でガラスのホコリを拭って覗き込めば、すらりと美しい立ち姿が目に入った。

……骨格標本……

 体格的には小さく見えるが、男性だろうか、女性だろうか。骨盤を見れば解るというが、生憎とそんな専門知識は持ち合わせていない。まあ、後でネットで調べればいいだけのことだ。

 どの部分も欠けず、ガラスに守られて白さを保っている、完全なる美しさ。

 素材は何だろう。今にも粉吹きそうな、それでいてつるりとした質感はプラスチックには見えない。直に触れれば解るだろうか……

「本物のォ人骨ですよ。」

 唐突な声に振り向けば、若い店員が立っていた。

 表の看板にはリサイクルショップと確かに書かれていた。別に、ここの品揃えのように骨董じみた親父が出てくるとは思ってもいない。だが、だらしなくエプロンのポケットに手を突っ込み、ぶらりといたずらに体を揺すっている様子は、どこと無く場違いな感がある。

「別にィ、俺もホントだとはァ、思ってないっスよ。でもォ、売りに来た奴がァ……」

 喋り方までだらしない男だ。ろくに商品管理も出来ないに違いない。こんなところに彼女を置いておいてはダメだ。ダメにされる!

 俺は財布を取り出した。

「いくら?」

「はァ、三万でいっスよォ。」

 馬鹿な上に彼女の価値すらわかっていない! もちろん俺だって本物の人骨だなんて思ってもいないさ。だが、彼女は……美しい!


 部屋に置かれたガラスケースに、彼――福井 祐一は激しく反省した。

 わびしい独身男の一人暮らし。必要最低限の家具しかない殺風景な部屋に、アンティーク然としたそれは場違い甚だしい。

 大体が『これ』のために今日という貴重な休日を無駄にした。トラックを借り、ヒマな友人を手伝いのために呼び出し、二階にあるこの部屋に細心の注意を払って運び込んだというのに……熱が一気に冷めたように虚しい。

 冷蔵から勝手にビールを取り出した友人が、祐一に一本を差し出した。

「珍しいじゃん、お前が衝動買いなんて。」

「全くだ。」

 自分でもそう答えるぐらいに、祐一は慎重な性格だ。別段、特に節約を心がけているわけでもないが、いつも買い物は必要最低限。酒ぐらいは嗜むが、ギャンブルだってさほど好きではない。

 あまりに質素な暮らしぶりに、会社の同僚達は『オンナに金をかけている』などと邪推もするが、それだって『必要最低限』だ。

「自分でも訳がわからない。大体、あんな妖しげな店に入るつもりは無かったんだ。」

 コンビニだったしもた屋をそのまま使った小さな店構え。乱雑に白で塗りつぶした看板には赤い手書き文字で『リサイクルショップ』と書いてあるから、通勤途中にその店があることは以前から気がついていた。

 それでも、店先を覘く気にすらならなかったのは、そこが『必要最低限』ではないからだ。

「本当に、訳が解らない。だが今日は、朝からあの店に行くと決めていたんだ。」

「もしかして、コレに呼ばれたのかもな。」

 友人が軽く指で弾いたガラスケースの中には、白い骨格標本が異様な存在感をもって立っている。

「本物の人骨だって言われたんだろ。」

「そんな訳ないだろう。」

「どうかな。理科室の古い標本が、実は本物だったって、良く聞くじゃないか。」

「あれは都市伝説だろ。学校の七不思議とか、そういう噂の範疇を出ないよ。」

「ま、これでますます縁遠くなったことは確かだな。」

 友人はキィと音を立ててガラスケースを開けた。

「しかし、本当の骨みたいだな。材質はなんだ?」

 コツコツと無遠慮に頭骨を叩く指は太く、彼女を傷つけそうだ。

「セラミック? そんな昔からあるものなのかなあ。」

 無骨な指が折れそうに細い、繊細な鎖骨を撫でさする。

「やめろよ、なんかエロいぞ。」

 祐一は、笑おうとする頬が引きつれてゆくのを感じた。

 友人が無遠慮に、大きな骨盤に触れている。

「止めろ! 彼女に触れるな!」

 自分が発した大声にハッと身をすくめると、驚きに目を見開いた友人と目が合った。

(俺はいつ、この標本が『彼女』だと気づいた?)

 思えば今日は、おかしなことばかりだ。このガラスケースを覗いた瞬間、この骨を買うのだと心は決まっていた。いや、あの店に足を踏み入れた瞬間から……?

「おい、だいじょうぶかよ。」

「ああ、大声を出して悪かったな。だが、今日はもう帰ってくれ。」

「いや、おかしいぞ。一人で大丈夫か?」

 祐一は、その言葉に応える気など失っていた。

「今日はありがとう。さあ、モウカエッテクレ。」

 一刻も早く、彼を追い出してしまいたい。あの無骨な指が穢した細い骨の一本一本を、この唇で清めなくては……

祐一はその男を玄関から押しだし、威嚇するように乱暴な音を立てて扉を閉め切った。 『彼女』は、白い蛍光灯の明りに照らされて青白く、祐一を誘っている。今にも肉を失ったあの腕が動き出し、首筋に甘え絡んでくるかもしれない。

 白い肋骨に指先を伸ばす祐一は恍惚とした表情を浮かべ、その眼は既にどこか、ここではない、『何か』を見つめていた。


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