FILE:8『再会(リ・スタート)』
暗い闇の中から私は眼を覚ました。
気付いた時、初めて眼にしたのは紺色の床と巨大な聖女サラの像だった
どうやらまだクロス・パウロ教会にいるらしい。
疲労で重い体をどうにか起こす。
すると、そこで意識がハッキリとした
――私は、私は何故無事なのだろう?
あの時、モンスターにやられて巻き添えを食った少年を助けたために、私は消滅した筈だ!
辺りを見回しても、少年やシステムの姿は無い。状況が把握出来ないが、ひとまずクロスピアへ戻ろうと一歩前に踏み出した時・・・。
『ぬあっ!?』
足を滑らして思いっきり体を床に叩きつけてしまった。
あまりの間抜けぶりに我ながら情けなくなるが、どうした事か何度歩こうとしても足がもつれて転倒してしまう。
と言うより足が上手く動かないのだ。
(私は一体?ん・・!?)
と、そこで私はとんでも無い事に気付いた。何故か目線の高さがいつもよりずっと低いのである。
身長はリアルと同じにしてあるので普段なら、教会全体の景色を見れる筈なのだが、見えるのは床や椅子など身近にある物ばかりなのだ。
(っ!?まさか・・・)
嫌な考えが浮かんだ。
消滅した私と助けた筈の少年=信じたくは無いが1番納得の行く結果である。
恐る恐る私は、自分の両手を見てみる。
『こ、これは!!』
導き出した通りの事実を突き付けられて、私は愕然とした・・・。
「−−−メ」
(ん・・・?)
混濁した意識の間でハジメは誰かが呼ぶ声を聞いた。
体が酷く重い。
瞼を開けるのも今は億劫で、ただ静かに眠っていたかった。
「ーーハジメ」
声を無視して眠っているとまた自分を呼ぶ声が聞こえて来た。
今度は少し体を揺すられてる気がする。
気持ち良く眠っていたのにハジメは少しだけ不機嫌になった。
(誰?ゆっくり寝かせてよ・・・)
「ハジメ」
(うるさいなぁ・・・)
「始っ!!」
(!?)
母の起こす声でハジメ=始は眼を覚ました。
眼を開けた瞬間に見えたのは見慣れた部屋の天井と怒った母の顔。
部屋が妙に薄暗く見えて、自分がヘッド・バイザーを着けたままな事に気がつく。
バイザーを外して体を起こすと、散らかり放題のカーペットや逆に綺麗な勉強机、マンガやランドセルが乗っているベッドを見て自分の部屋だと分かった。
「いつまでも部屋から出てこないと思ったらなんて恰好で寝てるの!風邪でも引いたらどうするの!!」
「ご、ごめん。母さ・・痛っ!!」
頭から角を生やした母に謝ろうとした途端、左手に激痛が走った。
見ると左手だけ汗を掻いており、痺れる様に感覚が無い。
少年はそれで自分が何をしていたか思い出してハッとした。
(そうだ・・・ボクはモンスターの光線にやられて、そしたら白い竜が飛んで来てそれで・・・)
その後の記憶がどうにもあやふやになっていてハッキリしない。
たぶん、痛みでそのまま気絶してしまったのだろう。
「どうしたの?左手、怪我でもしたの?」
「う、ううん!ゲームやり過ぎたからちょっと指が痛くなっちゃって」
心配してくれる母を気遣って始は手をブンブン振りごまかした。
すると母は腰に手をやり、やれやれと言った感じで苦笑する。
「まったく〜!寝ている間にお兄さんから何回も電話掛かってたみたいよ?
ゲームも良いけど、もうすぐご飯だからそろそろ降りて来なさい。良いわね?」
「うん。分かった」
持っていた始の携帯を渡すと、母は下へ降りて行ってしまった。
携帯を開いてみると不在着信が何件もあり、全部従兄弟のシュウ=終一からである。
どうやら彼も無事だったらしい。
少し安心した始が携帯を閉じようとした時・・。
−−リリリリ〜ン!!リリリリ〜ン!!
「うわっ!」
突然、携帯の着信音が鳴った。相手はもちろん終一である。
留守電に切り替わる前に始は慌てて電話に出た。
「もしもし!始?始か!?」
「う、うん!」
携帯に出た途端、落ち着きを失った終一の声が聞こえて来た。
始が安心させるために答えると終一の声が止まり、暫くして携帯の向こうから
「ハ〜〜ッ!」と言う大きなため息が聞こえ来た。
「良かったぁ・・・。何度掛けても出ないから、俺はてっきり始の身に何か起こったんじゃないかと・・・」
安心した従兄弟の言葉には甥っ子を本当に心配していた思いが込められていて、始は胸が熱くなる
「ごめん。でも終一兄ちゃんも無事で良かったね?」
「バァカ、こっちはお前が倒れた後、大変だったんだぞ?」
疲れている様子で終一があの後の出来事を教えてくれた。
最初、始達を照らしていた光はいつしか教会中に溢れる程になって行った眩しくて眼をつぶると、光はいつの間にか消えていて、始の姿も無かったらしい。
慌てた終一はすぐにログアウトし、今まで電話を掛けまくっていたと言うのだ。
「ヴァーカードさんはどうなったのかな?」
「分からん。お前が消えた後、教会には誰もいなかったし、ログを調べてもフリーズした形跡はやっぱり無い。
まったく、始と一緒じゃなかったらあれは夢だったんじゃないか?と思いたくなるよ」
従兄弟の混乱ぶりも納得出来る。
初めて『エデン』をプレイした数時間、様々な出来事が起こった。しかも全て通常、ゲームでは起こり得ない事ばかりである。
始だってあれが本当に起こった出来事だったのか?と改めて聞かれると、自信が持てなくなるのだ
「・・なぁ始。お前暫く『エデン』プレイするの止めろ。あんな危険なバグがあるのを知って、お前にあのゲームをやらせる訳にはいかない」
「終一兄ちゃん!?ボクは−−」
「駄目だ!今回ばかりはお前のお願いでも聞けない。
俺はシステムである以上ユーザー達を守る義務があるんだ。
だから、兄ちゃんがバグの原因を究明するまで『エデン』をやるのは禁止だ。分かったな?」
有無を言わさない口調で、終一が電話を切ってしまう。
残された始は驚くばかりでただ呆然としてしまった
(どうしてこんな事になっちゃったんだろう?)
数時間前、自分は誕生日プレゼントの『エデン』を楽しみにしてた筈だ。
それがプレイした途端、妙なモンスターに襲われ興味本位で終一との約束を破り、首を突っ込んでしまったせいで怖い思いをする羽目になり、ゲーム禁止にまでなってしまった。
途方に暮れた始が、何気無くテレビの方に眼を向ける。
眠っている間に母が消してくれたのかテレビの電源は消えていたが、ゲーム機の方は入ったままだった。
そっとテレビのスイッチを押すと画面に『エデン』のスタート画面が映し出される。
始は少し躊躇しながら、コントローラーを握るとSTARTボタンを押した。
(メールだけチェックしておこう・・。ヘッドフォン着けてなければ大丈夫だよ・・ね)
自分に言い訳しながら始はまたゲームを再開してしまう。
確かにヘッド・バイザーを装着しなければ『エデン』はただのゲームに過ぎない。
画面の中の、自分が作ったキャラを操作するだけだからだ。
「ん・・?」
ユーザー情報を照合してゲームをやる前のユーザーページに飛ぶと、メールボックスにまた(NEW)の文字が表示されていた。
新着メールが届いていたのである。
自分のアドレスは終一しか知らない筈なのに誰だろう?
疑問を感じた始がメールボックスを開いてみると、見た事も無いアドレスからメールが届いていた
何気無く、そのメールを開いてみる。
だが、メールの内容を確認した途端、始の表情が変わった。
『 〓プレイヤー名 ハジメ君〓
君が見た出来事は全てエデン内で起きている事実だ。
もし君が真実を知りたいのなら今すぐクロスピアのマルコロ大聖堂に来て欲しい。
〓ヴァーカード〓』
「ヴァーカードさん!?」
差出人の名を見て始は思わず叫んだ。
無事だったと安心する半面、何故彼が自分のメアドを知っているのか?と言う疑問が残る。
しかも、荒野ではあれだけ頑なにクロウや不可解な現象との関わりを不定していたのに、急に真実を話すとはどう言う事なのだろう?
メールの意図が理解出来ず、始は混乱していた。
(どうしよう・・・)
ヘッド・バイザーに視線を向けながら始は悩んでしまった。
メールの受信時間を見ると届いたのは20分程前だから今繋げばまだ間に合う。
しかし終一にはゲームを禁止されているし、ここでバーカードと会えばまた従兄弟との約束を破る事になってしまう。
これ以上、彼を心配させたくは無かった。
(でも・・・)
バイザーに近づいて行って、そっと触れてみる。 やはり自分はもっと『エデン』で遊びたいし、楽しみたいと思う気持ちが強く残っている。
これで始がもう少し大人なら自分を律する事も出来ただろう。
だが、彼はまだ11才の少年である。買ったばかりのゲームをやるなと言う方が無理なのだ。
「終一兄ちゃんごめん!!」
今はいない従兄弟に謝り 始は意を決した様にヘッド・バイザーを頭に装着した。
あのクロウと言うモンスターはなんなのか?そして何故バーカードはあのモンスターを追っていたのか?始はどうしても知りたかったのだ。
(そうだ!ゲームをやる前に・・・)
と、そこで始が一旦コントローラーを置き『エデン』のパッケージの中身を探り始める。
ゲームを再開する前に今度はちゃんと説明書を確認しておこうと思ったのだ・・・。
ーークロスピア・マルコロ大聖堂。
今日も様々なプレイヤー達がここから『エデン』へと入って来る。
ある者は冒険を、ある者は出会いを、そしてある者は失った何かを求めてこの大聖堂から出ていくのだ。
その中の一人にハジメはいた。
この前は自分とシュウ、そしてウィングしかいなかったが、今日は広い教会の中に人が何人も行き来している。これが、ここの本来の光景なのだろう。
しかし教会と言うと、なんだかクロス・パウロを思い出して、ハジメは背筋がゾッとした。
「・・?な、なんだこれ!?」
と、そこで少年は初めて左手の異変に気付いた。
なんとブレスレットから先の手が真っ黒に変色しているのである。
自分の右手を見ても前の衣装と変わらず茶色の手袋をはめているのに、左手だけ色が変わっているとはどう言う事だろう?
ゲームの設定をした時はなんら異変は無かったから気付かなかったのだ。
(もしかしてモンスターにやられた攻撃の影響なのかも・・・)
そう考えれば現実のあの痛みもつじつまが合う。胸中に募る不安にハジメはゴクリと唾を飲み込んだ。
「・・・やっぱりここにいたか」
「え?――ヒィ!!」
と、不安に戦いていたハジメだったが突如背後に聞こえた声に体から滝の様に汗を流す。
そこにいたのは両腕を組み、仁王立ちしている金色の魔導士。
いつもは優しげなキツネ眼も今回ばかりは吊り上っていた。
「終――シュウ兄ちゃんなんでここに?」
「ハジメ・・ログさえ調べれば誰が入ったかなんてすぐに分かるんだ。
それにお前の考える事なんかお見通しだよ」
少年を睨みながらシュウが歩み寄って来る。従兄弟が本気で怒っているのが伝わって来て、ハジメも少しづつ後ずさった。
「シュ、シュウ兄ちゃん!これはね・・・」
「ハジメ、帰るんだ。これ以上俺を怒らせるな」
なんとかハジメが説明しようにもシュウは聞く耳を持たない。
教会を行き来するユーザー達もなんだ?と言う顔で二人を見ながら通り過ぎて行く。
何がなんでも甥っ子を危険な事に巻き込みたくないと言う強い決意が、シュウに強固な態度を取らせていた。
『待ってくれないか?《悠久の監視者》』
その時だった。険悪な従兄弟同士の空気に割り込む様に何処からか声が聞こえて来たのである。
その声にシュウは一瞬虚を突かれ、ハジメは顔をパァッと明るくさせる。
シュウをあの呼び名で呼ぶのは彼しかいない。
「ヴァーカードさん!あれ?なんか声の感じが違うような・・??」
ハジメが辺りを見回すが、教会内に黒き勇者の姿は影も形も無い。
それに低くて渋い筈のヴァーカードの声が、何故か中性的な子供の声みたいに聞こえたのだ。
『ここだよ。少年』
――バタバタバタッ!!
またもやヴァーカードらしき声が聞こえたかと思うと、突然上から物凄いスピードで何かが降下して来て、ハジメの肩に停まった。
驚いたハジメが見るとそこにいたのは白い幼竜。しかもハジメの肩に乗れる程の小さな小さな可愛いらしい竜である。
訳の解らないハジメが指を指すと、うむ!と言いたげに白い竜がコクンと頷く。
二人と一匹の間に流れる沈黙。
・・・暫くすると点になっていたハジメの眼が大きく見開かれた。
「えぇええ〜〜〜〜っ!?ド、ドラゴンが喋った!って言うかヴァーカードさん!!?」
『フッ、予想はしていたがやはりそう言う反応か・・』
嘆息混じりにヴァーカードのペット『ククル』が笑う。
だが、小さい子供の竜がニヒルに笑ってもただ気持ち悪いだけだった。
「本当だ。ユーザー情報がヴァーカードの物になってる。
――これはどう言う事なんだヴァーカード!?ちゃんと分かる様に説明してもらうぞ!!」
額の赤いバイザーからククルを見て、シュウが驚く。
だが黒き勇者の変貌した姿より、ハジメを巻き込んだ彼への怒りの方が強かったのか、もはや敬語も無くストレート聞いて来た。
『そのために少年を呼んだんだよ《悠久の監視者》
この姿でメールを打つのはかなり苦労したがね?
君もパートナーを止めたいのなら、エデンで何が起きているのか知ってからの方が良いだろう?』
子供の声なのに大人びた喋り方と、眼付きだけ異様に鋭くなったククルが
笑いながら嗜める。
もっともな言い分を言われてシュウもそれ以上言えず、黙ってしまった。
『さて、説明するにもここではまずいな。落ち着いて話せる場所を変えよう』
「落ち着いて話せる場所?」
ハジメが首を捻るとククル=バーカードはハジメの肩から羽ばたき、聖女サラ像の肩に止まる。そして驚いて見ている二人の顔を見下ろした。
『君達を案内しよう。私のホーム(トロイ)へ−−』
(続く)