FILE:7『脅威(クロウ)』
クロス・パウロ教会へ行く前、ヴァーカードはとある場所へ立ち寄っていた
特にモンスターも出現せず、草が生い茂る野原と崖しか無い辺鄙な場所である。
しかしそこは凶戦士にとって始まりの地と言っても良かった。
−−自分が仮面を付けた場所。
崖の先端には何故か剣が一本地面に突き刺されており、ヴァーカードが剣に近づくと肩に乗っていたククルが飛び立ち、その剣に翼を下ろした。
「やっと全てを終わらせる事が出来そうだ。(奴)が現れた場所にシステムの人間がいたのはただの偶然なのか分からないが、お前ならどう見る?」
凶戦士が一人、剣に向かってつぶやく。
それはいつも無口な彼にしてみると意外な姿である。だが、そんな事を気にせず彼の語らいは続いていた。
「・・もうすぐだ。もうすぐお前を助け出してやる事が出来る。全ての決着を着けたら、またここに戻って来るとしよう」
ヴァーカードが剣に誓いを告げた後、ククルがまた主人の肩に飛び乗る。
静かな決意に燃える凶戦士を見送る様に、朝日に照らされた剣の刃がキラリと光った−−。
ーーズドン!
黒いショットガンが火を吹いた。発射された弾丸は一直線に謎のモンスタークロウに飛んでいく。
弾丸は確実にモンスターの頭を破壊する筈だった
キュイーーン!!
「!?」
が、突然おかしな事が起きた。クロウの頭に弾丸が当たる直前、見えない壁に弾かれてしまったのである。
まるでモンスターの前にバリアーでも張っている様だ。
ーーズドン!ズドン!ズドン!!
バーカードが続け様にショットガンを撃つが効果は無い。
やはりクロウに当たる直前、見えない壁が弾丸を弾いてしまう。
銃の攻撃がまったく効かない事が分かっているのか、標的であるクロウはただ静かに様子を見守るのみだ。
(銃ではダメージは与えられないか。ならば・・・)
ショットガンをホルダーーに納めると、ヴァーカードは背中に刺してある大剣に手を掛けた。
全ての敵を焼き尽くす剣『魔光』この日のために手に入れた自慢の剣である。
(これで終わらせる!!)
鞘から一気に引き抜くと放出された電撃にも構わずバーカードは高くジャンプした。
そして、微動だにしないクロウの頭目掛けて渾身の一撃を振り下ろす。
ギャリギャリギャリーーッ!!
「オオオオォォーーーッ!!」
クロウを守る見えない壁と『魔光』の電撃の衝突で火花が散る。先程の冷静な表情とは違い、ヴァーカードの表情も鬼の様な形相に変わっていた。
この一撃に仮面で封印していたモンスターへの怒り、怨み、そして悲しみを全て込めモンスターにぶつける。
宿敵であるクロウの頭は思いの込められた魔剣の前に真っ二つになる筈だった。
ガキーーーン!!
「な・・!」
が、吹き飛ばされたのは魔剣を持った凶戦士の方だった。
力負けした事実に、さすがのヴァーカードにも驚きの表情が浮かぶ。
弾かれた『魔光』は教会の扉近くまで飛んで行き、床に突き刺さった。
(・・・っ!まだだ!)
しかし、ヴァーカードの闘争の炎は消えない。体を反転し無事に着地すると、間髪入れず漆黒の爪でクロウに襲い掛かって行く。
爪からのワン・ツーから始まり、踵の刃を利用したサマーソルトキック。そして着地してからの相手の顔面を狙った後ろ回し蹴りと、強靭な体で眼にも止まらぬ連続攻撃を仕掛けて行くが、やはり見えない壁に守られたクロウには届かない。
それでも、絶えず凶戦士の怒涛の攻めは続いた。
『ーーーー』
と、それまで何もしなかったクロウが始めて動きを見せた。持っている水晶髑髏を前に差し出したのである。
すると不気味な水晶髑髏がぼんやりと青白い光に包まれる。
その光に気付き、ヴァーカードが視線を向けた瞬間ーーー。
「!?――がはっ!!」
飛ばされた凶戦士の体が教会の壁へと叩き付けられていた。
(馬鹿な!?なぜ・・!)
教会の扉のさらに上。天井近くの壁からヴァーカードがゆっくりと落下する。全身の筋肉が悲鳴を上げ、今のが敵の攻撃だと分かった頃には壁に叩き付けられていた。
どうやら衝撃波や念動力の類の技を喰らったらしい。
止まりかけている肺から必死に息を吐き出し、ヴァーカードはなんとか床に着地した。
「くっ、お前は・・・一体?」
痛みのせいで途切れそうになる意識をなんとか保ちながら、自然と疑問を口にする。
今の攻撃でHPの半分が失われていた。
今まで、どんなモンスターでも自分にこれだけのダメージを、しかも一撃で負わせた事は無い。
だからこそ、分かってはいたが改めて理解出来た
奴の強さはゲームの常識を越えた物であり、自分は文字通り化け物と闘っているのだとーー。
(勝てないかもしれない・・・)
恐れとかそういった感情では無く、冷静に分析した結果である。こんな時にまで、確率論を絶対視してしまう自分が嫌になる。
ヴァーカードの胸中に『敗北』の2文字が過ぎった時だった。
ーー君はゲームを楽しんだ事は無いのかい?
(!?)
ある人物の顔が頭に浮かんだ。
たった一人、自分を友だと言ってくれた者の姿である。
そして思い出す。大切な者がクロウに破れ、自分の眼の前で消えて行った事を・・・。
二度と同じ過ちを繰り返さないために自らに封印をし、ノイズと言う怪事件の追跡を始めた事を・・・。
そして全てをここで終わらせ、必ず助け出してみせると友の前で誓った事を!!
(・・終われない。私はまだ!!)
ヴァーカードの瞳にまた強い光が宿る。
ここで負けたらもはやクロウを止められる者はいないだろう。
そうなればどれだけの犠牲が出るか想像もつかない。
負けないーー否、自分は負けられないのだ!
『ーーー?』
手や足に力を込め、フラつく体をなんとか立ち上がせる。
再度戦おうとする凶戦士を見て、クロウは不思議そうに首を傾げる。
肩で息をしながらも、ヴァーカードはモンスターを睨み付け、マグナムガンのホルダーにそっと手を伸ばした。
「お前が何者かは知らんが、その力がゲームの規格を越えた物だと言う事は分かった。
ーーそちらが反則の力ならこちらも反則を使わせてもらうぞ!!」
ホルダーからマグナムガンを引き抜くと、銃身の上の部分を一気に引いて安全装置を解除する。
するとガチャリ!!と言う金属音と共に、マグナムガンの銃身が二つに割れ、なんと拳銃の引き金の部分と安全装置の部分がそれぞれ凶戦士の体に溶け出したのである。
それは言わば同化と言っても良いだろう。
ヴァーカードとマグナムが一体化しようとしているのだ。
「これが私の銃・・『滅器』の真の姿だ」
慣れない感覚に耐えながら、ヴァーカードが『滅器』との同化を完成させる。変貌を遂げた拳銃は、その姿を大きく変えていた
ヴァーカードとの一体化は肩まで及んでおり、肩からは巨大な純白の羽が三本生えている。
銃身となった腕からは複雑な配線が何本も通っており、銃口も一つから三つへと増え、マグナムガンと言うよりガトリングガンの様相を呈していた通常、『エデン』ではある程度のLvになると、自分の武器をカスタマイズ出来るのだが、ヴァーカードの武器は明らかにデータを不正改造した物である。
システムに見つかれば、ただでは済まないだろう。
そうまでして求めた強さの証。ヴァーカードの最強にして最大の武器だ。
「これを使えば私は恐らくアカウント停止になるだろう。ーーだがお前を倒せるならそれも悪くない!!」
ウィーン!ウィーン!
大きさを変え、肩に移動した赤いランプが独特のチャージ音を響かせると、ヴァーカードが銃口を突き付ける。
虚無に包まれた窪みと凍りつきそうな鋭い眼。二つの視線が交差した時、三つの巨大な銃口が火を吹いた。
キュイーー・・ン。ーードシュ――――ー!!!
「無へ帰れぇーーーーっ!!」
三つの銃口から発射された黒いエネルギー弾。それが一つに合わさり巨大なブラックホールへと姿を変えた。
その大きさは凶戦士の体をすっぽりと覆い隠す程で荒野の戦いの比では無い。
いかに見えない壁があらゆる攻撃を通さないと言えど飲み込まれてしまえば関係ない筈だ。
全てを無に帰す漆黒の空間がクロウの眼前に迫り来る。
そして黒い翼がブラックホールに飲み込まれたかと思った瞬間ーー。
ーークロウに触れたブラックホールの方が光の藻屑となって消えてしまった。
いや、正確にはクロウを守る見えない壁に触れた途端にである。
謎の烏モンスターはまたしても有り得ない力を使い、光すら飲み込むブラックホールを消滅させてしまったのだ!
「なん・・・だと!?」
ヴァーカードの眼が驚愕で見開かれる。
自分の追い求めた力の証であり、最強の武器でもあった魔弾がいとも簡単に、打ち破られたのだから無理も無い。
それと同時に、巨大兵器と化していた『滅器』が光に包まれ、元の拳銃に戻ってしまった。
どうやら撃てるのは一発が限度だったらしい。
エネルギーを使い果たし、同化を保てなくなって床に落ちたマグナムガンに気付き、ヴァーカードが一瞬だけ視線を落とす。
そしてまた視線をクロウに戻した途端、その表情が強張った。
キュイーーン!キュイーーン!!
クロウの空いていた右手に赤い杖が握られていた
杖の先が六角形になっており、先端には短い角が二本、中央には人の瞳の様なマークがある奇妙な杖である。
だが、注目するのは形では無い。
瞳のマークの部分が爛々と光に包まれ、点滅を開始したのである。
その点滅音が先程の『滅器』のチャージ音にとても酷似していたのだ。
(ここまでか・・・)
ヴァーカードが皮肉を込めた笑みを見せる。
先程振り払った『敗北』が迫っている事を凶戦士は感じていた。
後ろで見ていたハジメもまた、眼の前の事実に絶句していた。
あのヴァーカードが、《黒の勇者》ヴァーカードがまったく相手にならないのである。
それはさっき自分が助けてもらった時とは正反対の結果だった。
「・・彼が勝てないモンスターがいるなんて、俺達は夢でも見てんのか!?」
シュウも絶句してしまっている。ハジメよりヴァーカードの実力を知っている分、信じられないのかもしれない。
(ど、どうしよう・・?)
ハジメはショックを受けるより、居ても立ってもいられなくなっていた。このままではヴァーカードがあのモンスターにやられてしまう。
すでに立つ力も残って無いのか片膝をつき、荒い呼吸を繰り返してしまっている。
さっきは自分が助けてもらったのに、何もせず見ているだけなんて絶対に嫌だった。
ーーと、そこで少年の眼にある物が止まった。
それはヴァーカードの背後に突き刺さっていた剣である。
(あっ!あれは!!)
ハジメの眼が徐々に輝いて行った。
ヴァーカードのすぐ後ろ、教会の扉近くの床に突き刺さっていたのは彼の愛剣『魔光』である!
あのエビル・ゾンビの大刀さえ真っ二つにした魔剣。渡せれば、なんとかなるかもしれない。
少年の心に一欠けらの(勇気)が芽生えていた。
(よ、ようし・・!!)
ゴクリと唾を飲み込み、クロウの方を見る。
幸い、モンスターはヴァーカードの方に集中していて自分達には気付いていない。
それに巨大サラ像から『魔光』まで眼と鼻の距離である。
思いっきり走って剣を渡し、また戻ってくれば問題無い筈だ。
「ハジメ・・?」
甥っ子の鬼気迫る様子に気付いたのか、シュウが声を掛ける。だが、ハジメの耳には聞こえていない。
いつ飛び出すかタイミングを必死になって謀っていたからである。
今にも破裂しそうな心臓を落ち着けるために、大きく深呼吸する。
すると恐怖感より少しだけ勇気が勝った気がして、ハジメは走り出していた。
「は、ハジメぇ!!」
「うわーーーーっ!!」
シュウの驚きの叫びをバックに、少年は短い距離を一気に走り抜ける。
二人の存在に気付いてヴァーカードが振り向いたとほぼ同時に、ハジメは床に突き刺さっていた『魔光』の柄を握っていた。
「ヴァ、ヴァーカードさん!これ!!・・を?」
『魔光』を引き抜くため、両手で思いっきり力を込める。
が、抜けない!!ゲームなので重量は関係ないが、身の丈よりも長い剣を抜くのは大変である。
焦るハジメがもう一度剣を引き抜こうと力を込めた時だった。
ピーーーーーッ!!
赤い杖から真っ赤な光線が発射された。光線は一直線に飛んで行き、ヴァーカードの体を貫く。
そしてーーそのまま『魔光』を抜こうとしているハジメの左手に直撃したのだ!
「ぐ・・・!」
「うわぁ!!」
「ハジメーーーッ!!」
三種三様の叫びが教会内に響いた。シュウが駆け寄る中、ハジメは弾かれた様に吹っ飛びその場に倒れる。
攻撃を終え、三人の様子を確認したクロウはまた黒い球体に戻り、消えてしまった。
「ハジメしっかりしろ!ハジメぇ!!」
「うう・・痛い、痛い!!」
シュウが呼び掛けても、倒れたハジメはのたうち回っていた。
左手に激痛に走り、意識が混濁する。心配する魔導士が回復呪文を唱えようと少年の左手を見た途端、ハッと息を飲んだ。
「な、なんだこれ!?」
「痛い・・え?」
シュウの叫びにハジメもまた自分の手を見る。
すると、なんと黒い斑点が虫食いの様にハジメの指を分解していたのだ。
「うわあああぁぁ――――っ!!」
自分の手の惨状に少年の恐怖が爆発した。
もはや全ての指が半分以上食われ、感覚も無くなって来ている。
シュウが必死に回復呪文を唱えるが効果はまったく無い。黒い斑点の侵食は徐々に、そして確実にハジメの体を蝕んで行った。
(マズイ・・巻き込んだ)
一方、ヴァーカードもまた黒い斑点の侵食を受けていた。
こちらはハジメより侵食がかなり早く、すでに上半身と下半身が二つに別れてしまっている。
意識を失わないのは彼の精神力の賜物だろう。
後ろでパニックに陥っている少年には見覚えがあった。
先程、荒野で助けたシステム・シュウとそのパートナーである。
クロウの攻撃を受けてしまったら、もはや回復呪文など意味が無い。待っているのは自分と同じ末路である。
(だが、私を助けようとしてくれたのだな。ならば私も応えなければなるまい)
忠告を無視したのは否めないが、少年の勇気には未来に繋がる見込みがあった。
そしてヴァーカードには彼を救う秘策がある。
時間だけが無かった。体の侵食はすでに上半身を終えつつある。
まだ動く腕で通信機のキャップを開き、内蔵してある小型のキーボードに素早く入力して行く。
キーボードと同じく小さなパソコン画面に《COPY OK?》と言う文字が表示された時、ヴァーカードはなんとか《ENTER》のキーを押した。
(クオォーーー・・ン)
と、それまで空中で主人の様子を見守っていたククルが悲しい雄叫びを上げ、体が発光し出した。
小さな光と化した白竜は一度ヴァーカードの方を見ると、突然ハジメ達の方向に急降下する。
そして侵食されているハジメの手に体当たりしたのだ。
「こ、これは!?」
シュウの驚きの声が聞こえる中、ククルとぶつかった左手が黒い斑点を掻き消し、まばゆい光を照らし出した。
正確には手首にはめていた腕輪が、である。
腕輪の光は徐々に輝きを増し、いつの間にかハジメ達の周りは光で満ち溢れていた。
(これで良い・・・これで)
最後の作業を終え、ヴァーカードはひとまず安堵した。
体の方はもはや首だけとなり指一本動かせない。食い尽くされた後、自分は何処へ行くのか?
それは彼にも分からなかった。
(スマン・・・イン・・私・・は)
薄れ行く意識の中静かに眼を閉じる。光に満ちた教会とは違い、静かな闇の世界にヴァーカードは落ちて行った――。
(続く)