FILE:6『仮面(マスク)』
ー−適応Lv5。クロス・パウロ教会ーー。
クロスピアから荒野を越えた所に小さな修道院がある。
「エデン」
を始めたユーザー達がまず最初に立ち寄るイベントの地。それがクロス・パウロ教会である。
クロスピアのマルコロ大聖堂程、大きさは無いが古いだけに歴史を感じさせる教会である。中は人があまり立ち寄らないせいかボロボロで、ホコリを被った聖女サラ像に祈りを捧げるシスター達の姿があった。
ギイィィ−−−−ッ!!
と、そんな古びた教会の中に入って来ようとする者がいた。
人影が扉の取っ手に手を掛けると、今にも壊れそうな音を立てて扉がゆっくりと開く。
人影はどうやら二人いる様で大小二つの影がそれぞれ教会に入って来た。
「兄ちゃん、早く!」
入って来たのはなんとハジメだった。後ろにはやれやれと言った感じのシュウもいる。ハジメは辺りを見回し、シスターしかいない事を確認すると従兄弟の後ろに回り込み、開けっ放しだった扉を閉めてしまった−−。
「転送用の(ゲート)を使いたい!?」
「うん。ボク、クロス・パウロ教会に行きたいんだ!」
珍しい甥っ子のお願いを聞いた時、シュウの表情は凍り付いた。
ただでさえ、転送用の(ゲート)をユーザーが使う事だけでも厳禁なのにクロス・パウロは今、行くなと忠告されたばかりの場所である。
しかも忠告したのがただのユーザーでは無い。
《黒の勇者》ヴァーカードである。
システムですら確認出来なかった謎のバグについて何か知っている彼からの忠告なのだ。
それはただの危険では無いと言う事だろう。
「ハジメ、おまえなぁ・・・」
「分かってる!自分でもマズイ事を言ってるのは分かってるよ!!でも、ボク・・ボク知りたいんだ!さっきのモンスターがなんだったのか?
それに応援したいんだよバーカードさんの事!!」
頭を抱えてしまったシュウだったが、まくし立てるハジメの剣幕にさらに面食らってしまった。
この少年がここまで自分の意見を通そうとするのは珍しい。普段は相手の事を考え過ぎてしまい、合わせようとするからである。
だからこそシュウはハジメに少しでも変わってほしいと思い
「エデン」
に誘ったのだ。
まぁ、あんな訳の分からないバグと遭遇したものの、どうやらそれは嬉しい誤算になってくれた様だ。
「分かった。ただしそれには条件がある」
「本当!?どんな条件?」
「条件は二つ。一つは何があっても俺の側を離れない事。もう一つは無茶はしない事。今のお前のレベルじゃクロス・パウロのモンスターだってキツイんだからな?」
「うん!ありがとうシュウ兄ちゃん!!」
喜んだハジメが思わず抱き付いて来る。まだ治り切っていない傷の痛みと重さに苦しみながら、シュウは苦笑するしかなかった−−。
そして二人は転送用の(ゲート)を使い、この教会までやって来たと言う訳である。
「良かった!まだ誰も来ていないみたいだよ?」
扉を閉めた後、ハジメがホッとため息をつく。バーカードの方が先に行ったので追いつけるかどうか不安だったのだ。
「どうかな〜?彼ならもう決着が着いたって事も有り得るぜ?」
「シュウ兄ちゃん!!」
「ははっ!冗談、冗談!!・・と、やっぱりタッチの差だったみたいだな?」
シュウの言葉にハジメが驚いて振り向くと、祈りを捧げるシスター達の背後に小さな光の輪が現れた。
シュウは固まっているハジメを抱えると入口の近くにある巨大な聖女サラ像の後ろに隠れる。
光の輪が大きく広がると予想通り、中からあの漆黒の戦士が出て来た。
「・・・」
教会に降り立つとヴァーカードは妙な違和感を感じ、入口の方を見た。
が、誰もいない。ゲームでは気配を感じる事など出来ないのにその辺りはさすがである。
(気のせいか・・・)
思い直した凶戦士が自分の中にある【コマンド】から【アイテム】を選択すると、空間に突如光が現れ、アイテム(薬草タバコ)が掌中に落ちて来た。
これは通常、カジノがある街、ゴールドマインなどで売っている回復アイテムなのだが、吸っていると気分が落ち着いて来るので彼はつねに持ち歩く事にしている。
葉巻を細くした形のタバコを食わえ様とするバーカードの顔に、先程装着していた鉄仮面は無い。
あれはもちろん顔を守るために付けているのだが、自分への戒めのためにも付けていた。
ーー決して甘えや油断を起こさぬ様、自らの感情を封印するーー。
それが仮面を付けている時の彼の戒めである。
だから通常仮面は滅多に外さないのだが、一服する時だけは外す事にしている。
仮面を付ける様になった理由。それは誰にも話した事は無い。
そのせいで他のプレイヤー達から仮面の下の本物の牙を隠すためだとか、いやいや男性でも魅了される絶世の美男子の顔を守るためだとか、様々な噂が流れてしまうのだ。
「ククル」
タバコを食わえたヴァーカードが肩に乗っている竜の方を向くと、ククルと呼ばれた白き竜が小さな口から巨大な炎を吐き出し、タバコに火を点してくれる。
ゲームなので味も効果も無いが、止めようと思わないのは現実の(彼)がヘビースモーカーからかもしれない。
喫煙者にとってこの僅かな一時が至福の時間なのだ。
「よくぞクロス・パウロ教会へ。旅のお方」
と、それまでひたすらサラ像に祈りを捧げていたシスターの中で、先頭にいた修道長らしき女性が、ヴァーカードに話し掛けて来た。
どうやら(ゲート)の位置が前に行き過ぎたため、教会のイベントが始まってしまったらしい。
面倒な展開になったなと内心思いつつ、バーカードは話し掛けて来る修道長を無視してタバコを吸い続けた。
「我が教会はどんな者でも拒みません。貴方の来訪は我らが神も大いによろこばれる事でしょう。ーーお前の死によってな!!」
ザシューー。
突然慈愛に満ちていた修道長の眼が吊り上がり、耳が尖んがり口が耳まで裂けたかと思うと、横から飛んで来たヴァーカードの爪で腹から真っ二つにされてしまった。
不意打ちを食らった修道長は驚きの表情を浮かべたまま、バラバラの白骨死体になってしまう。
「今は一服中だ。ゆっくり吸わせろ」
『おのれーー!!贄だ!我らが神カーズに人間の贄を捧げるのだーー!!』
本性を表したシスター達が青い炎に身を包まれると、まるで地獄の餓鬼の様な腹だけが異様に膨れた小鬼達に姿を変える。
頭には角とも言えないコブがあり、手には体に見合った小さな鉈を持っている。
カーズの配下であるカーズ・ピクシーと言うモンスター達なのだが、ヴァーカードにとっては取るに足らない相手である。
すでにレベルを250まで上げ、大ボスのカーズ所かやり込み用の最強モンスターでさえ相手にならないのだ。
数匹の蟻が太陽に喧嘩売ってる様な物だろう。
(早々にご退場願うか)
無表情のまま、紫煙を吐き出したヴァーカードが欝陶しいモンスター達を瞬殺しようと鋭い爪に力を込めた瞬間−−。
ザ−−−−ーーッ!!
「っ!?」
教会の景色がさざ波の様に乱れた。
それと同時に今までギャーギャーと騒いでいたカーズ・ピクシー達がその場で静止してしまう。
どうやら接続が遮断されデータの送信が止まったらしい。
残されたのは耳が痛くなる程の静寂。ーー間違いなくフリーズ現象だ。
「ククル、離れていなさい」
吸ったばかりのタバコを床に投げ捨て、ヴァーカードがペットの白竜を空中へと非難させた。
しかしその表情には微かな笑みが浮かべられている。
それは強者と戦える高ぶりだろうか?それともノイズを追い詰めたと言う喜びか?
凶戦士が見つめる視線の先で聖女サラ像の頭が歪んだかと思うと、ついに黒い球体が現れた。
バチバチと小さな放電を繰り返し、またもゆっくりと降下して来る。
その降下が自分の目線の高さまで差し掛かると、バーカードは無言のままショットガンを引き抜き、そして構えた。
ザザザザ−−−−ッ!!
黒い球体が床まで降下すると、また激しく放電し教会内の映像がさらに乱れる。
飛び散った放電は壁や天井そして入口の扉にまで達し、静止したモンスター達をも破壊する。
だが、バーカードは動かない。ただジッと銃口を突き付けている。
ノイズと放電が激しさを増す内に黒い球体に劇的な変化が起こり始めた。
液体を球体にした様な表面が、徐々に形を成して行ったのである。
それは言わば『変身』だった。
無生物だった球体が漆黒の翼へと変わって行く。球体だと思っていたのは二枚に合わさった巨大な翼だったのだ。
教会の景色の乱れが修まり始め、完全に鎮静化した頃には球体の『変身』も終了していた。
−−バサァッ・・!!
球体だった者が、すぼめていた翼を広げる。
球体の正体はモンスターだった。それも漆黒の翼を広げ、ユーザー達に原因不明の災厄をもたらす鳥のモンスター・・・。
最前席の端から端まで届きそうな巨大な翼を体に持ち、顔は髑髏化したカラスの様。額にはもう一つ目玉の窪みがあり、三つの空洞が仁王立ちする凶戦士を見つめている。
これまた鳥の様な左手には、水晶で出来た人間の頭蓋骨を持っていた。
胸には何か古代文字の様な意味不明な文字が三つ書いてあり、もちろん読む事は出来ない。
黒い翼を持った鳥のモンスターは羽根を羽ばたかせ、何をすると言う訳でも無くただ、対峙するヴァーカードを見つめていた・・・。
「な、なんだあれは?あんなモンスター見た事無いが・・?」
「ク、『クロウ』?」
「っ!読めるのかハジメ!?」
一方、入口近くの巨大サラ像の後ろ。
隠れて様子を伺っていた二人だったが、急に出たハジメの言葉にシュウの方が驚いた。バイザーで鳥モンスターの文字を解読しようとしたものの、該当データ無しと出たからである。
「う、うん。なんでか知らないけど読めた」
読んだハジメ自身も驚いている。しかも何故だろう?あのクロウと言う名のモンスター。どこかで見た気がして仕方ないのだ・・・。
「ようやく、ようやく追い付いた」
と、それまで微動だにしなかったヴァーカードが不意に口を開く。
後ろ姿しか見えないが、その言葉に喜びとそれ以外の激しい感情が込められている事だけは感じ取れる。
もしこの場から一歩でも飛び出せば、その場で焼き尽されてしまいそうなそんな恐ろしい雰囲気を凶戦士は醸し出していた
「お前が何者で、そして目的がなんなのか?そんな事に私は興味は無い。・・だが、お前が犯して来た罪を私は許すつもりも無い!」
構えはそのままに、ヴァーカードが空いている右手をかざす。すると空中から獣の鉄仮面が現れた。
それは彼が完璧な戦士になる証。冷徹な黒き悪魔へ変貌させる封印だ。
「ーー返してもらうぞお前が奪った者全てを!!」
ガチャリと言う音と共にヴァーカードが鉄仮面を自らの顔に装着する。
《黒の勇者》と謎のモンスター・クロウの死闘が今、始まろうとしていた
(続く)