FILE:5『悪魔(ヴァーカード)』
今回は黒い鎧の男の姿などを分かってもらうために少し内容が細かくなっており、読み辛いかもしれません。ご了承下さいm(__)m
「ヌン!!」
『ルオッ!?』
丸太の様な腕に力を込め男が大刀を押し返す。エビル・ゾンビもまさか刀が戻って来るとは思わず、バランスを崩し派手な地響きを轟かせて倒れ込んだ。
「良くやった。後はまかせろ」
「は、ハイ」
ほんの少しだけ後ろを向き、物静かな口調で男がハジメの事を気遣う。しかしその口調とは裏腹に彼の姿は『異様』としか言えなかった。
まず黒い鎧を身につけている事は何度も書いたが、近くで見ると胸当てや腹の部分に窪みがあり、それがまるで魔物が笑っている様に見える施しがしてあるし、両肩や小手それに具足の踵部分には鋭い刃や爪が備え付けてある。
そしてそれは顔を守るためだろうか?金髪を立てた髪型や少し切れ長の瞳など肌が見えるのは顔の上半分だけで、鼻から下は鎧と同じく黒い仮面を着けているし、それにも獣が口を開いてる様な装飾がしてある。
その過々しい姿を一言で言うなら『悪魔』。そう男は悪魔を模した鎧を身につけていた。
「ハジメ、大丈・・うわっ!!」
モンスターが倒れた隙に、シュウが駆け寄ろうとすると男は警戒しつつハジメの首根っこを掴み彼の元に投げてやる。
投げられた方は堪った物ではないが、また絶妙の位置に投げてくれたのでシュウはなんなくキャッチする事が出来た。
「ここは危険だ。君達は離れていなさい」
「・・分かりました。だがあのモンスターは普通じゃない。油断はしないで下さい」
「私の心配は不要だよ。《悠久の監視者》」
監視者と呼ばれて何故かシュウがハッとした顔をする。男もそれを見て表情を緩めるが、すぐに厳しい表情に戻り視線をモンスターに向けた。
『ルオオオォ−−−−ッ!!』
とそこで倒れていたエビル・ゾンビが怒りの咆哮と共に復活する。
その怒りはハジメの時の比ではない。
メラメラと燃え上がりそうな赤い光が新しい標的である男を捕らえると、またもや高く跳躍し、大刀を怒りのままに振り下ろす。
男はなんなくそれを避けると、何を思ったか地面に突き刺さったエビル・ゾンビの大刀にそっと手を掛けた。
「良い代物を持っているな?モンスターに使わせるのはおしい」
『ルオオォォォッ!!』
侮辱した男の言葉にエビル・ゾンビが怒り狂い大刀を持ち上げようとする。だが−−。
『ルオッ?』
上がらない。
男よりも遥かに体格があり、力にも絶対の自信があったエビル・ゾンビが、両手でどんなに持ち上げようとしても大刀はピクリともしない。
まるで地面に吸い付いてしまった様である。
男はモンスターの慌てぶりを見ると静かに背中の大剣に手を掛けた。
「だが私の剣はもっと名品だぞ?」
男が一気に大剣を引き抜く。するとそこから現れたのは・・・
ピシャ−−ッ!ゴロゴロゴロ−−ッ!!
閃光。巨大な剣を包む電流である。
男の剣は稲妻を刃に宿す剣だったのだ。
「私の『魔光』は切るのでは無い。−−焼き切るのだ」
男が大刀から手を離し、『魔光』と呼ばれた大剣を振るう。
その大剣もまた主人に負けず劣らずの代物であった。
鍔には縦に見開いた眼球の装飾がしてあるし、そこから蜘蛛の足の様な触手が6本、それぞれ取り付けられている。
漆黒の刃はノコギリの様に細かく、剣の先端が調度クワガタ虫の角の様に左右に割り広げられていて、そこからバチバチと激しい電流が発せられている。
眠りから覚めた魔剣は振り落とされると、身に纏う稲妻の力でエビル・ゾンビの大刀を真っ二つに破壊する。
用済みとなった刀の破片は不要データとして離散するが、男は間髪入れず、驚いているモンスター自身にも『魔光』の刃を食らわせてやる。
エビル・ゾンビの鎧がまるで紙切れの様に、斜めに切り裂かれた。
『グオオァァッ!!』
「黙れ。お前は少し騒ぎ過ぎだ」
エビル・ゾンビが苦痛の叫びを上げる中、男はジャンプすると踵に取り付けた刃で、無慈悲にもその喉元を切り裂く。ハジメの弾丸を全て弾いた鎧も、男の前では着てないも同然だ。
エビル・ゾンビが眼?を白黒させている間に、今度は腰のホルスターから銃を取り出しエビル・ゾンビの胸目掛けて標準を合わせる。
彼が取り出した銃。それは黒いショットガンだった。
「勇気とは、(この世界)でも現実世界でも掛け替えの無い物だ。
仲間を助けようとしたあの少年の気持ち。−−お前に理解出来るか?」
−−ズドン!!
なんの感情も示さず、男が銃の引き金を引く。
近距離からショットガンの弾丸を喰らったエビル・ゾンビは砂煙を上げながら、10M近く吹き飛ばされた。
「・・凄い」
近くで見ていたハジメはただ呆気に捕われているだけだった。
圧倒的。あまりにも圧倒的である。
シュウが苦戦したモンスターがまったく相手にならない。
『最強』と言う言葉が相応しい男の強さに、少年は魅了されてしまっていた。
「まぁ、彼なら当然の結果か」
呆然としているハジメの近くで不意にシュウが口を開く。見取れている間に治療したのか?体の傷はほぼ治っていた。
「シュウ兄ちゃん、あの人の事知ってるの!?」
「ん?ああっ、彼はこの世界じゃ有名人さ。
彼の名はヴァーカード。《黒の勇者》ヴァーカードだ」
−−ズドン!ズドン!ズドン!!
シュウが語り出す中、男=バーカードのバトルは続いていた。
武器は破壊したが追撃の手はけっして緩めず、ショットガンの連続攻撃でモンスターをさらに追い詰めて行く。
発射された弾丸はエビル・ゾンビの角を、手を、膝を、足を確実に破壊し身動きすら封じて行った
「彼は(エデン)クリアーの最速記録保持者なんだ」
「レコード・・ホルダー??」
「その通り。それだけじゃなくWB社が主催した数々の限定イベントでも素晴らしい記録を残してる。それなのに素性はシステムでも最低限の事しか知られて無い。・・・謎の多いユーザーなんだ」
シュウの説明の合間もハジメはバーカードから眼が離せなかった。
類い稀なる強さと謎に包まれている素性。
男の子なら否、男性なら一度は憧れるヒーローの姿にピッタリと当て嵌まっている気がして、ハジメは胸の高鳴りを押さえ事が出来なかった。
『フォオオォッ!!!』
「!?」
と、その時だった。
弾丸の嵐で四肢さえ失い、地面に倒れていたエビル・ゾンビが声にならない咆哮を上げ、体中から緑色の煙を噴き出したのである。
煙に触れた地面や岩山は真っ黒に変色し、ドロドロに腐って行く。緑の濃煙は徐々に範囲を広げて行き、周りの物を腐らせて行った。
「あの煙、ひょっとして毒か!?」
「くだらん悪あがきを・・・」
危険を一早く察知してシュウが毒を吸わない様、自分の周りにバリアーを張るが、バーカードはまったく動じ無い。
『魔光』を地面に突き刺すともう片方のホルスターに差していた黒い拳銃を取り出す。
それはショットガンでは無く、変わったモデルのマグナムガンだった。
ハジメのピストルより一周り大きく、銃身に赤いランプの様な物が付いている。
バーカードがその黒い銃を握り、毒煙を吐き出すエビル・ゾンビに照準を合わせると、赤いランプが点滅を初める。
そして毒の煙が迫る中、赤かったランプが真っ白に明滅すると銃がカタカタと震え出した。
「消え去れ」
−−キュイー・・・ン。−ードゥン!!
暴れる黒き銃を抑える様にバーカードが静かに引き金を引くと、チャージされたエネルギーが一点に集まり、黒いエネルギー弾として発射された。
エネルギー弾は毒の煙を掻き分け一直線に飛んで行き、エビル・ゾンビに直撃する。
すると、なんと形をドーム状に変え毒に侵された岩山や空気、そしてモンスター本体をも飲み込もうとしたのである。
それは先程シュウが使った(デリート)の比では無い。
バーカードに害為す者だけを吸い込む小さきブラックホールだ。
『ゥゥウオォォ−−−ッ!!』
エビル・ゾンビの虚しい咆哮が響く中、全てを飲み込んだブラックホールが一瞬で消滅する。
残されたのは毒に侵され沼地となってしまった地面と、荒野に立つヴァーカード達だけだった。
「あの、さっきはありがとうございました」
闘いが終わり、平穏を取り戻した荒野で駆け寄ったハジメがヴァーカードに頭を下げる。
シュウは少し離れた場所でウィングと連絡を取っている。
男の肩にはバトル中何処にいたのか?ペットの白い竜が、小さい顔を主人の頬に擦り付けて甘えている。
バトルが終わった途端、何処からか飛んで来たのだ。
ーーモンスターが倒された途端
「ゲート」
が開きウィングとも通信が取れる様になったのである。やはりエビル・ゾンビがさっきの異変を起こしていたと考えて間違いは無いだろう。
「私は成すべき事をしたまでだ。大した事では無い。」
「成すべき事、ね?と言う事は貴方がここに来たのもただの偶然では無いって事ですか?」
とそこでウィングと連絡を取り終えたシュウが突然、ヴァーカードに突っ掛かる。
システムの人間である彼でさえ理解出来ない異変に巻き込まれたのだ。
少しでも情報を得ようとするのは当然だろう。
魔導士の口調は、まるで人をからかう様な軽い物だったが、その奧に真意を探ろうとする鋭さが見え隠れしていた。
「・・たまたまこの近くで一服していた。そして異変に気がつき、辺りを調べていたら君達と遭遇した。それだけの事だ」
「そうですかね?貴方程のプレイヤーがこんな初心者用の地にいるってのは、どうしても納得がいかないんですが?」
上手くかわしたヴァーカードだったが、それでもシュウはしつこく食らいついて行く。
笑顔でストレートに尋問するシュウと無表情でかわすヴァーカード。二人の表情を見て、ハジメはまた流れ出した不穏な空気にただオロオロするだけだった。
プルルル〜〜!!プルルル〜〜!!
そんな二人の静かなる攻防を中断する様に、ヴァーカードの腕の通信機が鳴り出した。ヴァーカードはハジメやシュウに、少し背中を向けると通信のスイッチになっているキャップを開けた。
「ヴァーカードだ」
(あい、すいませ〜ん。お疲れの所悪いんですが、例のノイズがまだ移動してるみたいなんです〜)
「何っ?」
通信機からの報告にヴァーカードの表情が険しくなる。ハジメは会話の中に(ノイズ)と言う言葉が入っていたのを聞き逃さなかった。
「どう言う事なんだ?それは」
(あい。こちらでも先程のバトルは確認しましたが、どうやらさっきのモンスターは『本命』じゃなかったみたいですね〜?
『本命』はどうやらクロス・パウロ教会に向かってるみたいです〜!)
「・・分かった。クロス・パウロ教会にて迎え撃つ。転送用の(ゲート)を開いてくれ」
短いやり取りを終え、ヴァーカードが通信を切ると彼の前に(ゲート)が現れた。
システムの人間しか使えない転送用の(ゲート)である。
「な!?」
これにはさすがにシュウも驚く。しかしヴァーカードはそんな事は意にも返さず、さっさと光の輪に入ってしまった。
「ま、待って下さい!!貴方はさっきのバグについて何か知ってるんですか!?ウィングに確認したがあんな物はシステムの記録にも残っていなかったんだ!」
「・・・私が言えるのはクロス・パウロに近づくな。それだけだ」
脅しとも取れるヴァーカードの謎の忠告にシュウも思わず言葉に詰まってしまう。
その間に(ゲート)は閉まり、バーカードを光と共に消えてしまった。
(ノイズ・・。それにクロス・パウロ教会ーー)
結局、訳も分からず荒野に残されてしまったハジメだったが、先程の会話で聞こえた二つのキーワードが頭の中で反芻していた。
クロス・パウロ教会なら知っている。自分達が、ナビ・エッグの王様に頼まれて向かっていた場所だ。
それにノイズとはさっきのエビル・ゾンビが現れる前に起こった異変の事ではないだろうか?
その二つを総合して考えると、バーカードはノイズと言われた異変を解決するためにクロス・パウロに向かったらしい。
それを考えただけでハジメは胸がドキドキした。有り得ない事件に立ち向かうなんて、ヒーローその者ではないか。
「たく、(ゲート)まで開けるとはまいったね。じゃ、俺達はご忠告通り帰るとしますか?ハジメ・・・ハジメ?」
「シュウ兄ちゃん。−−お願いがあるんだけど?」
「ん、なんだ?」
珍しい甥っ子の頼みにシュウが首を傾げる。だがその
「お願い」
を聞いた途端、魔導士の表情が凍りついた−−。
(続く)