FILE:40『死の恐怖(クロウ・シン)』
長く続いたこのお話もいよいよ終盤です。タイトルは私の好きな作品からリスペクトを込めて着けました。最後までお付き合い頂けたら幸いです。
「データが送られて来たよ。どうやらクロウはサラを始末した様だ」
(彼)が支配する白の世界。そこで白いマントの男が掌にある光の玉を(彼)に差し出す。
それは様々な文字の羅列が球体の形で渦巻いてる物で、良く見ると女神サラの体からクロウが抜き出したデータの塊である。
文字の羅列の中心には最後にクロウが抜き取った巨大な『G
』と言う文字があった。
ーー知ってる。それに(道標)も見つけたみたいだよ。
ついでにいつも邪魔しに来る子達も一緒みたいだ。
何もない空を見上げながら(彼)が無邪気に笑う。それはまるで新しいおもちゃを見つけた子供の様だった。
「さすがはクロウだな。君のペットの中でもお気に入りなだけある」
ーー当然だよ。クロウはボクのペットの中で一番強いんだ。
きっと邪魔者達もやっつけて(道標)を連れて来てくれる。
無邪気に笑いながら(彼)がペットの事を自慢気に話す。
その表情に相手が消滅したらどうなるかなど気にしている様子はない。
この『エデン』の主であり、そして捕らわれの身の王でもある(彼)だが本来は何も知らない子供と一緒だ。
だからこそユーザーを消滅させても何も感じない。
無垢な子供とは時に大人より残酷なのだ。
「それは楽しみだな。とにかくまた一つデータが手に入った。これで君も成長出来る。
後2つ・・そして(道標)さえ捕まえてしまえば・・・」
データを差し出しながら白いマントの男が跪く。
表情の見えない白いテンガロンハットの奥で男の目が鋭く光った気がした。
「君は晴れて自由の身になり、新たな世界へ旅立つのだ」
ーー適性Lv3 クロス・パウロ教会前の荒野
「ツイン・チャージショット・・!」
キュインーー!キュインーー!チュドーーン!
冷たく怒りを込めながら言い放つと、ハジメは必殺のエネルギー弾を発射した。
対してクロウは避けもせず《見えない壁》で防御しようとする。だがーー。
ーーパリーーン!
『!?』
少年の必殺技は烏モンスター自慢のバリアを破壊した。しかしクロウは攻撃が当たる瞬間、一瞬でその場からいなくなりエネルギー弾の直撃を回避する。
バルハラ・ルミナの時も見たがやはりあの高速移動は厄介だ。
「よっしゃあ!よくやったぜクソガキーー!!」
移動した烏モンスターに向かって焔は焔炎弾、そしてアカネがライトニングアローを発射する。
だが、クロウは高速移動で次々と飛んで来る2人の攻撃をかわしていく。
《見えない壁》が壊れた今、ハジメ以外の攻撃も通用する証だ。
「ちょこまかと・・はあっ!」
ーーバン!
空中で逃げ惑うクロウを見てハジメが右手に力を込めて地面を叩く。
すると、地面から突然無数の岩が浮かび上がりクロウのいる空中へと続く足場になる。
岩や大地を自由に操る岩窟王の力だ。
「チョロチョロと逃げるな!」
ーーザシュ!
素早く足場を駆け上がり、クロウの間近まで接近すると、少年は一気にジャンプし渾身の一撃を繰り出す。
焔達の攻撃に気を取られていたクロウは、ハジメが近づいて来た事に気づくと振り返りもせず持っていた水晶髑髏を翳した。
ーーカッ!!
「ぐっ!うわっ!」
『少年!!』
水晶髑髏の目が光ると、まるで衝撃波でも食らったかの様にハジメの体が吹っ飛ばされる。
勢い良く飛ばされた少年だったが、上手くフィールドの壁に両足を付け、衝撃を和らげるとそのままクルクルと回転し地面に着地した。
『大丈夫か?少年』
「くそっ!今度こそ・・・くっ!」
ーーズキン!
怒れるハジメはクロウしか眼に入っておらず、心配するヴァーカードの言葉も聞かず向かって行こうとする。
しかし突然起こった頭痛に思わず足を止めた。
「・・・いつはクロウ。このゲームのラスボスだ」
(な、何だこの記憶は・・・?)
それは不思議な光景だった。
突然、目の前が暗くなり懐かしい記憶が甦る。
そこは始の部屋だった。
だが、今自分がゲームをやっている部屋ではない。
壁に貼ってあるポスターや机に置いてある教科書が昔の物だし、テレビに向かっている少年本人も幼い。
恐らくは数年前の記憶だろう。始がやっているゲームも、大分前にやった旧型の物である。
そして始の隣にはいつも自分の側にいてくれたシュウ・・・終一の姿があった。
「こいつはクロウ。この(ゲーム)の6つの世界の中でも最下層の世界、地獄界を治める地獄の王さ。こいつを倒せればこの(ゲーム)はクリアになる」
「でもバリアがあって勝てないよ。やたらと早いし、どうすればいいの?」
ゲームをやっている少年にまだ学生の頃だろうか?終一が意気揚々と説明してくれる。
いつもの光景だった。
ゲームは好きだが、決して上手くない始はいつも難しいステージや倒せないボスキャラがいると、終一にアドバイスを頼むのである。
終一も終一で始がやるゲームはもっぱら彼が買ってクリアしたゲームが多かったので、いつもアドバイスをくれる。
この記憶はそんな日常の一部だろう。
懐かしくも幸せだった時の光景だった。
「クロウの攻撃を跳ね返すんだ。そうすればバリアは壊せる」
「あっ、本当だ!よーしバリアさえなければ怖くないぞ!」
「と、思うだろ?だが気をつけろ、始。こいつを倒すにはここからが本番なんだ。何故ならこいつはーー」
終一にアドバイスをもらい、テンションの上がる少年を従兄弟がやんわりと止める。
そう、このゲームが大変だったのは確かにここからだった。
確かそのボスキャラは・・・。
『・・年。少年!』
「はっ!」
と、そこでハジメは現実に引き戻された。
ヴァーカードが動かなくなったハジメに声を掛けたのだ。
恐らく自分が過去の記憶に囚われていたのはほんの一瞬だったのだろう。
今、戦場真っ只中の楽園が少年の目の前にあった。
『突然頭を押さえてどうした?何処か負傷したのか?』
「・・・別に」
少年の肩に乗り、声を掛ける白竜を無視してハジメはまたクロウの元へと向かって行く。
焔とアカネもまた空中にいる烏モンスターにそれぞれ向かって行く。
今、クロウは二人の攻撃に集中していてハジメに気づいていない。やるなら今だ。
(簡単に近づけないなら・・・!)
岩窟王の力で再び空中に足場を作ったハジメは焔達の攻撃でクロウが行き着くであろうポイントを定め、跳躍する。
予想した場所に銃弾を発射すると、自身は何故かクロウ達から少し離れた場所に足場を作り、そこへ一気にジャンプした。
「な、何してんだ、クソガキ!それじゃクロウに逃げられーー」
『・・・!?』
飛んで来た銃弾を先程と同じ様にクロウが水晶髑髏を使い、弾き飛ばす。
思わず怒鳴りかけた焔だったが、少年の意図に気づいて沈黙した。
そう、ハジメがいたポイント。そこはクロウのちょうど真後ろに位置し死角になる場所だったのだ。
「クロウぉーーーー!!」
ーーギュン!
クロウが攻撃を防いだとほぼ同じタイミングで、足場から弾丸の様に飛び出したハジメが持っていたダガーを振り翳す。
高速移動で避けようとした烏モンスターだったが避けきれず、遂に翼の先端を切り裂いた。
--ザシュ!
『!!』
その時、今まで何があろうと無感情だったクロウが初めて驚いた様に見えた。
翼の一部を切り取られた烏モンスターは一瞬、ガクッと落ちるが再び翼を羽ばたかせ、高度を維持する。
ようやく一撃入れられた少年はその場で新しい足場を作り、空中に着地した。
「翼、損傷。機動力70%に低下と推定」
(よし、このまま一気に・・・ウウッ!)
明らかなダメージにアカネが冷静にクロウの状態を分析する。
それを聞いて追撃の手を加えようと2丁拳銃を構えたハジメだったがまた突如起こった頭痛に足を止める。
断片的に頭の中に飛び込んで来る昔の光景に思わず片ヒザを付いてしまったのだ。
(グッ!一体何なんだ!?何かが・・・ボクを警告してる?)
「おい、クソガキ!こんなチャンスに何やってんだ!!」
「焔、今は任務を優先すべき・・・私達の任務はクロウを倒し、ハジメを守る事・・・」
様子のおかしいハジメに思わず声を掛けた焔を尻目に、杖に乗ったアカネがクロウに向かって突っ込む。
焔もすぐにアカネの方を向いてクロウに突進して行った。
「ちっ!分かってるよ!」
(そう・・・だ・・。あのゲームでは・・確かラスボス戦に続きが・・・)
頭痛と突然の過去の記憶に戸惑うハジメだったが、そんな中少年の頭にある一つの光景が思い浮かぶ。
それは今まで忘れていた過去のゲームを楽しむ終一と始の姿・・・。
だがそれは今の少年にとって忘れてはいけない最悪の記憶だった。
「・・駄目だ。クロウに近づいちゃ駄目だ。離れろーー!!」
「はぁ!!お前何言って・・?」
突如、血相を変えたハジメが焔達に向かって叫ぶ。
いきなり態度が変わった少年の言葉に思わず焔が振り向いた瞬間だったーーー。
『キエェェーーーーーーーーーーーッ!!』
「!?」
突然だった。
今まで何があろうと沈黙を守って来たクロウが叫び声を上げたのである。それと同時に烏モンスターが大きな翼を広げ、周りに強烈な衝撃波が発生させる。
クロウの近くにいた焔達はもちろん、空中にいたハジメもまた衝撃波に巻き込まれ吹っ飛ばされてしまった。
「な、何だこりゃ!?うわぁ!!」
「くっ!・・ううっ!」
まるで風に巻き込まれた枯れ葉の様にクルクルと回転しながら地面に落下する少年だったが、何とか上手く着地し事なきを得る。
衝撃波で起きた土煙のせいでクロウの姿は見えないが焔やアカネも近くに飛ばされた様だ。
「く、くっそ・・一体どうなってんだ!」
『焔、アカネ怪我はないか?』
「問題ない・・・ハジメ、大丈夫?」
飛ばされた二人にヴァーカードが声を掛ける。着地に失敗した焔は頭を何度か振り、アカネは寧ろハジメの心配をし歩み寄って来るが、少年はその様子に気付いていない。ただ何も話さず空中の一点を見つめていた。
「気を抜いちゃ駄目だ!あれを見ろ!」
「はぁ!?お前!さっきから何言って・・・」
二人には目向きもせずハジメが声を荒げる。普段は気弱で人に対して怒る事など滅多にせず、ウィルスの力を発動している時も冷静に敵を倒す事しかしない少年が怒鳴り声を上げるとは珍しい。
その態度に思わず噛みついた焔だったが、その威勢もハジメが見つめる空中に視線を向けた途端すぐに無くなった。
『・・何だ?あれは』
土煙が消え露になったクロウの姿を見て思わずヴァーカードが驚きの声を上げる。
ーーそこに彼の知る烏モンスターは既にいなかった。
大きな体には羽では無く長い手足が延びていた。
両手には相変わらず赤い杖と水晶髑髏が握りしめられ、両肩にはクロウの顔に似た巨大な鳥の頭蓋骨がまるで盾の様に付いている。
胸や太腿には守る様に骨が生えており、クロウの後ろには巨大な鳥の羽の骨が6枚輪にクルクルと周りを回っている。
まるで人と天使が無理やり融合した様な・・・。今までの不気味さとは違う圧倒的な威圧感にハジメはもちろん、ヴァーカードですら言葉を失っていた。
「あれがクロウ・シン。クロウの・・・本当の姿」
「へっ!ただの虚仮威しだろ!」
ハジメが口にした烏モンスターの新たな名前に反発する様に焔が飛び出す。
その姿はまるで自身の恐怖心を必死に打ち消し、抗っている様にも見えた。
ーーーーーっ
『待てっ!焔、危険だ!』
突進して来る焔をまるで存在しないかの様にクロウが空中で佇む。姿を変えた烏モンスターを見ながら焔が大きく息を吸う。
やがてその呼吸は彼の胸を赤く染める程の熱気へと変わり、いつの間にか彼の口からは溢れんばかりの炎が燃え盛っていた。
「食らいやがれ!焔炎烈波ーーーーっ!!」
ーードオン!!
焔の咆哮と共に彼の口から真っ赤な熱線が放射される。
焔炎弾の上級技である赤き熱線、焔炎烈波。並みのモンスターやユーザーなら恐らく一瞬で倒してしまう彼の必殺技だ。
だがそれを前にしても烏モンスターは微動だにせず、ただ虚空を眺めているだけだった。
ーーーーーーーっ。
と、赤き熱線が放射されたのと同時に、クロウが背中で回っていた六枚の羽の一枚を自分の前へと差し出す。するとその羽が淡い赤色に光り、飛んできた熱線に直撃した。
ーードン!!
(へっ!そんな薄平らい羽で防ごうが、俺の焔炎烈波の前じゃ・・・なっ!!)
羽で防御しようとしたクロウを前にして不敵な笑みを浮かべようとした焔だったが、目の前に広がる光景に逆に驚きの表情を浮かべる。
何とクロウが差し出した羽が彼の焔炎烈波を吸収しだしたのである。
それと同時にクロウの右肩にあった巨大な顔の眼の窪みにも光が宿り、赤く光り出したのだ。
「く、くっそおぉーーーーーーっ!!」
怒りに震えながら焔が全身に力を籠め叫ぶと、熱線が一回り大きくなる。しかし、無情にも烏モンスターの羽は熱線を吸収し続ける。
やがて限界が来たのか徐々に熱線が小さくなり、いつしか完全に焔の口から炎が潰えてしまった。
「はぁ・・はぁ・・はぁ・・く、くそが!!」
相当消耗したのか、肩で息をしながら焔が吐き捨てる様に悪態をつく。その様子を見てクロウが突然方向転換し、焔に向かって右肩を向けた。
ーーグルン!!
『いかん!焔、回避しろ!!』
クロウの行動を見て、危機感を感じたヴァーカードが叫ぶ。それと同時に烏モンスターの右肩の巨大な顔が口を開き、何と口から焔炎烈波を発射したのだ。
ーードオン!!
「はぁ!?そんなの有りかよ!!」
まさか自分の技が返ってくるとは思わず驚いた焔だったが、ギリギリの所で発射された熱線を躱す。
回避された熱線はそのままレーザーの様に地面や近くの崖を一直線に迸り、やがて巨大な爆発と共に辺りを炎が包み込んだ。
ビーーーーーーーっ!・・・・ズドォーーーーン!!
「うわぁ!!」
巨大な爆炎と襲ってきた衝撃波に思わずハジメが叫ぶ。自分の技とは比べ物にならない威力に焔はもちろんヴァーカードですら絶句してしまう。
やがて爆発が治まり辺りが静寂に包まれると、少年は恐る恐る眼を開ける。
見ると焔達に怪我は無い様だった。
思わずホッとするハジメだったが、その時になって少年はようやく自分の側で寄り添っていてくれていた少女の姿がない事に気がついた。
「アカネ・・・?」
「油断している隙なんて与えない・・」
ーーピシャーーーン!ゴロゴロゴロ・・・!
ハジメが辺りを見回すと突然稲光と共に雷の音が聞こえ、空中に黒い雲が覆い始める。
その音に少年が空中を見上げると、何とクロウの側に赤いロッドに乗ったアカネの姿があった。
魔法少女は空に両手を拡げブツブツと何かを呟いてる。そしてカッと両目を開き、手を前に差し出すと稲光で光っていた雷雲の音がさらに激しい物となった。
「ーーライトニング」
ゴロゴロゴロゴローーーーーっ!ピシャーーーン!!
アカネが魔法の名を口にした瞬間、稲光と共にクロウの頭上目掛けて落雷が降り注ぐ。
雷系魔法の上位魔法、ライトニング。
アウトローである蘭丸が召還したモンスター、ゴーレムを一撃で仕留めた少女の得意技である。
眼にも止まらないスピードで降り注いた落雷はクロウ目掛けて落ちていく。誰が見ても烏モンスターに雷が直撃するのは間違いないだろうと思われた。
しかしーー。
ーーーーーーっ。
ピシャーーーン!バリバリバリバリーーっ!
「・・・っ!」
落雷が当たる瞬間、クロウの背後にあった羽の一枚が瞬時に烏モンスターの頭上に移動し、クロウの代わりに雷の直撃を受ける。
そして先程の焔炎烈波と同じ様に落雷もまた吸収し始めたのだ。
「おいおい、マジかよ!?」
『クロウにはユーザーの魔法も技も効かないと言う事か?』
落雷を吸収するクロウの羽を見て、焔が驚きの表情を浮かべ、ヴァーカードは冷静に分析をする。
落雷を吸収する間、今度はクロウの左肩の眼の窪みに光が宿り始める。
やがて雷が全て吸収されるとクロウは体を一回転させ、今度アカネの方に左肩を向けた。
「まずい!アカネ避けるんだ!!」
「くっ・・!」
ピシャーーーン!ゴロゴローーーーーーっ!!
烏モンスターの左肩が口を開くと溢れんばかりの雷が魔法少女目掛けて発射される。
思わずハジメが叫ぶがそれとほぼ同時のタイミングでアカネが回避する。
しかしアカネを追う様にクロウもまた落雷を吐きながら体をゆっくりと回転させる。
猛スピードで逃げる赤い杖を追う様に幾重にも別れた落雷が魔法少女に襲いかかった。
「・・・・ちっ!」
さすがに焦った表情を浮かべながらアカネが追撃の雷魔法を必死になって回避する。
少女の背後を追う落雷はGHFに反射するとそのまま幾重にも別れて様々な場所へと降り注ぎ、崖や地面の一部に直撃する。
それはもちろんハジメ達がいる場所にも降り注いだ。
「ヤベーぞ!?避けろ!!」
「ちぃ!!」
ビシャーーーーン!!
ノイズモンスターを閉じ込めるために作られた防壁から反射し、降り注ぐ落雷を見て顔色を変えた焔が叫ぶ。
ハジメも舌打ちをしながら次々と降ってくる落雷を避け、回避していく。落雷は様々な場所で爆発と土煙を巻き起こし、ただでさえ狭い一面を地獄絵図へ変えて行く。
暫くするとクロウの左肩から徐々に雷が治まって行き、放電も小さくなっていく。やがて烏モンスターが体を1回転し終わった後ようやく魔法少女が放った雷魔法は終わりを告げ、辺り一面土煙と炎でまるで見えなくなっていた。
ーーーーーーっ
雷魔法を使いきり土煙にまみれたエリアを何も言わずクロウが見下ろす。
何とか攻撃を回避したアカネは必死に地面に眼を凝らし、人影を探す。そしてようやく倒れている焔達を見つけ慌てて地面に急降下し、その地に降り立った。
「皆、大丈夫?」
「ううっ・・・く、くそ!ひでぇ目にあったぜ!!」
地面に降りたアカネが駆け寄ると、頭を振りながら焔が文句を言う。そして空中を漂っていたヴァーカードもゆっくりと旋回し、鬼人の肩に着地した。
『私達は大丈夫だ。アカネ、君は怪我はないか?』
「問題ない。敵の攻撃は全て回避した。
・・ライトニングのスピードも加味しクロウ本体に攻撃を当てるには、まずあの羽を破壊する事が必要」
ヴァーカードの気遣いに淡々と答えながら空中にいる烏モンスターにアカネが視線を向ける。
相変わらず微動だにせず、まるで少女達がいないかの様にクロウはただその場に留まり続けていた。
「クロウの翼に攻撃が吸収されると倍以上の威力に変換され、両肩のどちらかに転送される。遠距離からのクロウへの攻撃は困難だと推奨する」
「なら、面倒臭せぇがクロウに接近して直接攻撃するを叩き込むしかないって事か?
・・って、おい!クソガキは何処行った!?」
先程の攻撃で分析したクロウの能力をアカネがヴァーカード達に報告する。
と、そこでようやく焔が側にハジメの姿がない事に気がつく。他のメンバーが慌てて辺りを見回すと少年の姿は意外な場所にあった。
『・・いたぞ。あそこだ』
空中に眼を向けたヴァーカードが長い首を振り、ある場所を示す。見ると少年は空中に次々と足場を作り、クロウへと接近していた。
(クロウ・シンに飛び道具は効かない。物理攻撃で羽を全て破壊し、クロウ本体を攻撃をする。・・それがあの『ゲーム』でのクロウの倒し方!)
素早い動きで足場をピョンピョンと飛び移り、頭の中で先程見えた光景を反芻しながらハジメが烏モンスターに接近して行く。
あの幾重にも別れて降り注ぐ雷を掻い潜り、クロウの側まで接近しているのはさすがだ。
だがそんな少年の様子に気付かず早まった行動を取っている様に見えたのか?焔がハジメを見つけた途端大声を上げた。
「おい、クソガキ!!今の見てなかったのか!?早く降りてこい!」
「・・・クロウを倒すのはボクだ。余計な手出しや口を出すな」
頭の中で浮かんでくる不可解な記憶やクロウの新たな能力など混乱する出来事が続き、いつもより余裕がないせいか?
焔の忠告に小さく舌打ちしながら、ハジメが誰にも聞こえない声で言い放つ。
そしてクロウよりもさらに高い位置まで一気に駆け上がると一際大きな足場を作り、そこでようやく立ち止まった。
「食らえ!!回転・・炎舞ぅ!」
ーーゴオォ!!
立ち止まったハジメが両手を拡げ、その場でクルクルと回転する。
すると少年の周りから赤い炎が巻き上がり、ハジメを小さな炎の竜巻へと姿を変えた。
ハジメが倒したノイズモンスター、炎業が使っていた技・・・回転炎舞。
不死身の岩モンスター、巌窟王を一撃で倒した正に炎の舞いに相応しい必殺技である。
その名の通り炎の竜巻と化したハジメがそのまま足場から落下する。
そしてクロウと激突する瞬間、烏モンスターを守るために飛んできた羽が立ち塞がり、炎と回転した刃が衝突した。
ーーゴオォ!!ギャリリリーーーーーっ!!
「おおおおおーーーーーっ!!」
灼熱の炎と回転させた両手のダガーを奮いながらハジメが炎の舞いを踊る。
少年の気迫と共に回転のスピードが上がり、大きくなった炎がクロウの羽を包み込もうとする。
不死身の巌窟王の岩攻撃を物ともしなかった回転炎舞なら骨の羽の一枚など簡単に壊せる筈・・・。
そう思っていたハジメだったが少年の思惑とは違い、いくら回転を上げてもクロウの羽には傷ひとつ付かなかった。
「くっ!この!!」
ーーーーーっ。
ギリギリと歯を食い縛り、ハジメが更に回転を上げる。
だが、まるでノイズモンスターの《見えない壁》の様に少年の攻撃は烏モンスターの翼に通用しなかった。
やがてそんな光景に飽きたのか?クロウがハジメの方に持っていた水晶髑髏を掲げる。
敵が何をしようとしているのかを一瞬で察知し、ハジメがすぐに防御の構えを取るが、それと同時に水晶髑髏の目が光り気づくと少年は遥か遠くまで吹き飛ばされていた。
ーーカッ!!
「う、ううっ!!く、くそ!」
飛ばされながら上手く体制を立て直し、フィールドに激突する直前で足場を作ったハジメが着地する。
何とか衝突は避けたが大技を使ってかなり消耗したのか?肩で息をするハジメと、全くダメージを受けた様子の無いクロウの姿・・・端から見ても、どちらが押されているかは一目瞭然だった。
「嘘だろ?ガキの攻撃が効いてねぇ」
『・・・・・』
2人の戦いを見て信じられない様に焔が唖然とした態度で呟く。ヴァーカードはただ沈黙し、険しい顔をしながら少年の様子を見守る。
今までどんなノイズモンスターに対しても圧倒的な実力を発揮して来たハジメが押されているのだ。信じられないのも無理は無い。
「・・一体何なんだ?お前は?」
と、そこでクロウを睨み付けながらハジメが疑問を口にする。
その姿はまるで白竜に姿を変える以前、クロウと対峙した時のヴァーカードの様だった。
少年自身もその時の光景が頭に浮かんだのだろう。何も答えない烏モンスターを前に、更に苛立ちを募らせたのか?悔しそうに歯を食い縛った。
「・・ボクは必ずお前を倒す。そして・・・そして絶対にシュウ兄ちゃんを取り戻すんだ!!」
ーーガチャン!!
募る苛立ちや不安を振り払うかの様に、叫んだハジメが持っていたダガーを2丁拳銃に変え、クロウの方に向ける。
やがて2つの拳銃に徐々にエネルギーが集中し、小さなエネルギー弾が2発、少年の前で形成されて行った。
ーーキュイーーン!ーーキュイーーン!
「あれは・・・まさかツインチャージ・ショット?」
「おい、よせ!クロウに飛び道具は通用しないって分からねーのか!!」
ハジメが必殺技の準備を進める中、その光景を見て少年が何をしようとしているのか察したのか、焔が慌てて止めようと叫ぶ。
だがそんな鬼人を制する様にヴァーカードが翼で焔の口を塞ぎその言葉を遮った。
『待て、焔。・・・これはひょっとしたら少年の賭けかもしれない』
「ヴァ、ヴァーカードさん?賭けってどう言う・・?」
突然ストップを掛けられ、理解が出来ず焔がヴァーカードに質問をする。すると隣にいたアカネは白竜の意図が理解出来たのか無表情のまま視線を彼の方に向けた。
「ハジメは私達と違い、クロウと同じウィルスを持っている。
ひょっとしたらハジメの技なら、見えない壁と同じ様にクロウの羽を破壊出来るかもしれないと?」
『ああ・・・だが、これは少年にとっても大きな賭けだ。クロウが黙って少年にチャンスを与える訳がないからな』
アカネとヴァーカードの会話を聞き、それまで二人の顔を交互に見ていた焔だったが、そこでようやく少年の狙いを理解し、ただ黙って空中に視線を向ける。
見るとヴァーカードの言う通り、空中でチャージを続けるハジメを傍観していたクロウの方にも動きがあった。
キュイーーン!キュイーーン!キュイーーン!
ーーーーーっ。
着々とチャージが進む中、それを見ていたクロウが持っていた杖をゆっくりと前に差し出す。
するとクロウの杖が宙に浮き、背後で浮かんでいた六枚の羽が全て烏モンスターの前に集まりクルクルと回転し始めたのである。
集まった六枚の翼の中心には小さな穴があり、そこからクロウの差し出した杖が見えている。
やがて回転を続ける羽が徐々に光り初め、穴から見えていた杖の目の部分が赤く点滅し、少年の拳銃と同じ様にエネルギーを集め出した。
(間違いない!あの技は・・!)
点滅するクロウの杖を見て、ハジメの背中にゾクリと悪寒が走る。
忘れもしない。あの技は今いるこのエリアの教会でヴァーカードがクロウに敗れ、実体を消された技である。
つまり、あれを食らえば自分もまた同じ末路を辿ると言う事だ。
ヴァーカードを助けようとした時に食らった痛みを思い出しハジメが思わず生唾を飲み込む。
だがそんな恐怖を振り払う様についに拳銃のチャージが完了した。
ーーキュイーーン!ーーキュイーーン!
「・・トドメ刺すよ。ごめんね?」
引き金に掛ける指に力を籠めながらハジメが決め台詞を口にする。
それとほぼ同時にクロウの羽も全てが目映く発光し、チャージを完了する。
2つのエネルギー弾と真っ赤に光る赤い杖の眼の標準が一瞬一つに重なった。
そしてーー。
「ツインチャージ・ショットーーーーー!!」
ーーキュイーーン!ーーキュイーーン・・ドォン!
・・・ピーーーーーーーーーっ!!
少年の叫び声と同時に2つのエネルギー弾が一つになり、巨大な光弾となって発射された。
クロウの光線は集まった6枚の羽の中心を通過するとさらに一回り大きくなり、赤いレーザー光線と化してハジメに襲いかかる。
発射された2つの光線は一直線に飛んでいき、ちょうど2人がいる場所の中央で激突する。
その衝突は強烈な衝撃波を生み出し、地上で見守っていたヴァーカード達まで巻き込んだ。
ーーゴォオッ!!
『少年!ーーくっ!』
飛ばされそうになるのを必死に堪え、翼を羽ばたかせながらヴァーカードが少年の姿を見守る。
焔も彼の盾となりながら空を見つめ、アカネは微動だにせずハジメの戦う姿に熱い視線を送っている。
地上の仲間達が見守る中、空中でハジメとクロウの最後の攻防が始まっていた。
「おぉおおおおーーーーーーーーーっ!!」
想いを全て技に籠め、ハジメが雄叫びを上げる。
激突したエネルギー弾はそんな少年の想いに応える様に破壊光線に一歩も引かず突進して行く。
ハジメの最強の技とクロウの赤いレーザー光線は空中で衝突したまま全く動かず、一進一退の攻防を繰り広げていた。
ーーーーーっ。
ピーーーーーーっ!!・・ドォン!!
「なっ!?」
だが無情にも勝負は呆気ない程早く結末を迎えてしまった。
クロウが差し出した手をほんの少し前に突き出すと、杖から発射された赤いレーザービームの出力が更に上がり、一回り大きくなったのである。
これにはハジメも驚きの声を上げ、中央で均衡を保っていた2つの技は徐々に少年の方へと押され始める。
暫くすると、やがてチャージショットも限界に達したのかハジメのいる場所まで後退する前に突然パァンと弾け飛び、小さな光の屑となってしまった。
「おいおい、嘘だろ?悪い夢なら誰か言ってくれ!」
「ハジメ・・」
「くそ!くそーーーーーーーーっ!!」
ーーガン!!
目の前で起きた少年の初めての敗北に、首を振りながら焔が叫び、アカネはただ呆然とハジメの名前を口にする。
赤いレーザーが迫る中、自分の必殺技が破られた事にショックを受ける少年だったが、それでも何とか攻撃から逃れようと乗っていた足場にダガーを突き刺す。
するとハジメの前にいくつも足場が出現し、巨大な岩が次々とレーザーの前に立ち塞がった。
ピーーー!・・ドカン!ドカン!ドカン!ドカン!!
「ああ・・そ、そんな・・!」
だが、地獄の王を名乗るクロウの攻撃の前にそれはただの悪あがきでしかなかった。
強力になった赤き杖のレーザーは立ち塞がる岩の壁を意図も容易く破壊し、少年に迫って来たのである。
何とか回避しようとハジメも空中から飛び降りようとするが、大技を連発してしまった反動のせいか力が入らずそのまま片膝を付いてしまう。
自分の体が消失してしまう未来を思わず想像し、少年が絶望の言葉を口にした瞬間だった。
「ハジメぇーーーーーーーーーーーーーっ!!」
ーーギュン!!
ハジメのすぐ側に飛来する一つの人影があった。
赤いロッドに乗り、少年の危機に駆け付けたアカネである。
少年の名前を叫び、猛スピードで接近する魔法少女はレーザーがハジメに当たる直前、何とかその小さな体を両手でキャッチし、回避させる事に成功する。
だが、あまりにもギリギリのタイミングだったせいかその赤い閃光がアカネのロッドの先端に直撃し、何と光の屑と化して消滅してしまう。
ーー足場を失い、ハジメとアカネが空中に放り出された瞬間、少年の頭からシュウのサングラスもまた地面へと落ちて行った。
ーーパァン!!
「そんな・・・私のロッドが・・」
「あ、アカネ!?・・うわぁ!!」
想定外の出来事にさすがの魔法少女も驚きの声を上げ、そこでようやくアカネに助けられた事に気付いたハジメが腕の中で叫び、二人は地面へと落下する。
戦いに勝利した烏モンスターは、惨めに落下する二人の男女を見つめながら特に追撃を加える様子も無く、空中に漂い続けた。
『いかん!・・焔!!』
「分かってますよ!!」
真っ逆さまに落下する二人の姿を見て危機を察知したヴァーカードが焔の名を呼び、鬼人もまた同時に翼を拡げ飛び出して行く。
しかし先程の落雷を回避したせいで二人が落ちるフィールドの側から焔達がいる場所はかなり離れており、間に合うかどうかも分からない。
全身に力を籠め、スピードを上げながら弾丸の様に焔が滑空すると、真上から落下するハジメの叫び声が聞こえて来た。
「間に合えーーーーーーーーーーっ!!」
ーーギュン!!
自分の限界を越えるスピードを出しながら焔が飛来する。
ハジメを抱えたまま落下する魔法少女が地面に激突する瞬間、間一髪で2人を受け止め急ブレーキを掛ける。
しかしあまりのスピードで止まり切れず焔がそのままフィールドへと激突する。
2人を守るため背中から叩き付けられた鬼人だったが、その衝撃のおかげで飛び出したハジメとアカネは大したダメージも無く、地面に着地した。
「ぐはぁ!!く、くっそ~!痛ってぇ・・!」
『良くやったぞ・・焔。アカネ・・少年怪我はないか?』
壁に激突したダメージで地面に大の字になる焔だったが、その側に飛んできたヴァーカードが気遣いの言葉を掛ける。
そして地面に転がってる鬼人に大したダメージがない事を察すると、すぐ近くで呆然としている少年と少女に接近し、声を掛けた。
「・・私は大丈夫。ミッションの遂行には何の問題もない」
いつもと同じ様に淡々とした口調でアカネが答える。
だが、自分の手に赤いロッドが無い事を知ると思わずギュッと拳に力を籠め、眉をひそめる。
愛用していた武器を敵に消されてしまったのだ。いつも冷静な彼女が動揺するのも無理もない。
『そうか。・・少年、君の方はーー』
「くそぉ!!」
ーーガン!!
魔法少女の様子を見て、これ以上何も言わない方が良いだろうと判断したヴァーカードが今度はハジメの方に呼び掛ける。
だが、その声は少年の怒号によって掻き消された。
見ると、アカネの側でフラフラと歩き出したハジメが突然持っていたダガーを地面に突き刺したのである。
少年の怒りは一度だけでは治まらず、何度も何度も叫びながらダガーを地面に振り下ろし、怒りをぶつけ続けた。
「負けた!!攻略法を知ってるのに負けた!!くそ!くそ!くそぉーーーーーーーっ!!」
「は、ハジメ・・・」
「おい、落ち着けよ!キレたって何も問題は解決しねぇだろ!?」
自分の力が全く通用しなかった事にショックを受けたのか?半狂乱になる少年の姿に、焔が慌てて落ち着かせようと両腕を掴み押さえるがハジメが強引に腕を振り払う。
その苛ついた態度に何と声を掛けたら良いか分からずヴァーカードはただ沈黙し、アカネもまたオロオロするばかりだ。
「離せ!!・・・クロウを倒すのはボクだ。お前達の力なんて必要ない」
「はぁ!!おい、いきなり何だ!その態度!?」
肩で息をしながらいつもの口調に戻った少年だったが今度は冷たい口調で焔に言い放ち、さっさと一人で歩き出してしまう。
その態度に腹が立ち思わず焔が詰め寄ろうとするが、2人の間にヴァーカードが割り込み、それを阻止した。
『2人共、そこまでだ。今は我々がするべき事は仲間割れではなく、クロウに勝つ方法を皆で見つける事だ』
「ヴァーカードさん!でも!!」
(そうだ・・・仲間なんて必要ない。必要なのはクロウを倒すための圧倒的な強さ・・・それだけだ!)
ヴァーカードの命令に納得出来ず、焔が食い下がるがハジメは既に彼など眼中に無く、クロウを倒す方法を必死になって模索する。
焦る少年の心に芽生えた黒い感情・・・ウィルスの力を使っている時は何の感情も湧かなかったハジメの心の中で、徐々にその黒い塊が大きくなりつつあった。
ーー強くなりたい。
少年の中でその想いのみが強くなっていく。
ウィルスの力を使えても、自分の力が全く通用しないのならばそれは何の意味もない。
弱く惨めで何も出来ず泣いていた自分では無く、大切な物を奪い返しクロウだろうが何だろうが圧倒的な強さで捩じ伏せれる最強の戦士の姿・・・。
その姿が頭に思い浮かんだ瞬間、クロウへの憎しみがハジメの中で満たされていった時だった。
ーードクン!
(ううっ!な、な・・んだ?)
突然だった。
それまで黒い光に包まれていた左手が脈動し、激痛を伴い始めたのである。
あまりの痛みにハジメが思わず片膝をついてしまい、左手を凝視する。
見るといつの間にか周りの景色が一変し、何度か来た事がある闇の世界へと変わってしまう。
痛みに表情を歪めながらハジメが顔を上げると、自分そっくりの闇がニヤニヤと笑いながら少年の事を見ていた。
ーーやぁ、クロウに敵わなかったみたいだね?・・・もっと力が欲しいのかい?
『少年・・・どうした?』
突然倒れたハジメの異変に気がつき、ヴァーカードが声を掛けるが少年の耳には届かない。
目の前で立つ自分そっくりの闇はまるで今の状況を楽しんでいる様だった。
その笑顔を見ると何だか自分の弱さを笑われている様な気がして無性に腹が立ち、クロウへの憎しみがドンドン大きくなって行く。
ズルズルと奈落の底へ堕ちていく様な危機感を感じながら、それでもハジメは黒い感情を抑える事が出来ず、気づくと禁断の言葉を口にしていた。
(うん。もっと・・・もっと強くなりたい。
ボクにクロウを倒せる力をーーシュウ兄ちゃんを取り戻せる力をくれぇ!!)
ーー・・・フフフッ!アーーハッハッハハッ!!
ーードクン!!
クロウへの憎しみと弱い自分への嫌悪感をぶつける様に少年が叫ぶと、闇しか無かった世界が突然大きく揺れ出し一変する。
目の前にいた自分そっくりの闇が狂った様に笑い出し両手を大きく広げると、闇の少年にも異変が起きる。
まるで両足が溶けたかの様に無くなり、地面と一体化してしまったのである。
そしてみるみるとその姿が大きくなっていき、気がつくとハジメは山の様に巨大化した自分の闇を見上げていた。
「なっ!?」
ーーー良いよ?望み通り君にもっと力をあげる!
そしてクロウを・・ボク達の邪魔をする奴らを全て消去し、ボクはこの世界で永遠に生き続けるんだ!!
雷の様に大きくなった闇の声に思わずハジメが耳を塞ぐ。
だが、そんな少年の様子などお構いなしに訳の分からない事を言いながら、ハジメの闇は喜びを爆発させる。
その狂気の姿を見て少年はようやくこの闇の正体に気がついた。
ーーこれはもう一人の自分だ。
シュウや大切な人達を守れず、破壊衝動に駆られたもう一人の自分・・・それがこの自分そっくりの闇の正体なのだ。
このまま暴走した自分の闇に呑まれれば少年はもちろん、周りにいる人達にも確実によくない事が起きる気がする。
本能的に危機感を感じたハジメがその場から逃げようとするが、それを察知したハジメの闇が少年を捕らえ空中へと高く拾い上げてしまった。
「うわっ!!く、苦しい・・・!」
ーーアハハハハっ!消えちゃえ!!ボクから大切な物を奪う奴は・・・全部消えちゃえーー!!
巨大な闇の手に捕まれ、身動きが出来ずハジメが苦しんでいると少年の体に新たな異変が起こる。
何と捕まれていた闇の手の部分から徐々に黒い闇が侵食し、少年の体を蝕み始めたのである。
それはまるでウィルスに犯された時と同じ感覚だった。
体が蝕まれる度に起こる激痛と、破壊を望む自分そっくりの闇と同じ存在になってしまう様な恐怖に、ハジメは自分の選択が間違っていた事を痛感した。
(ま、まずい・・このままじゃ!ヴァ・・ヴァーカード・・・さん)
ーーアハハハハ!!アーーハッハッハッハーー!!
意識が遠ざかりそうになるのを感じながら、ハジメは強さを求めた時頭に浮かんだ最強の戦士・・ヴァーカードに助けを求める。
そんな少年など気にする様子も無く、暴走した巨大な闇・・・もう一人のハジメはただ狂った様に笑い声を上げ続けていたーー。
「うぅうわああぁぁーーーーーーーーっ!」
『なっ!こ、これは・・・!?』
一方、ハジメが暴走する自分の心の闇に囚われていた頃、外の世界でも同じ様に異変が起きていた。
突然苦しみ出した少年が膝から崩れ落ち、微動だにしなくなったかと思うと、急に空に向かって叫び出したのである。
それと同時に左手だけだった黒い光が少年の全身を包み込み、天に向かって迸る。
それはクロウをGFHに閉じ込めた時、ハジメがウィルスの力を発動させた時と全く同じ光景だった。
「ヴァ、ヴァーカードさん!こいつは・・一体!?」
『・・分からん。だが少年にとって良くない事が起きているのは確かだ』
今まで無かった2度目のウィルスの発動に、焔はもちろんヴァーカードもまた驚きを隠せずにいた。そしてその異変がただ事ではない事も察する。
何故なら発動の時、一瞬で終わる筈の黒い光の発光がいつまでも経っても終わらず、ハジメもまた延々と叫び続けている。
これは少年の中で確実に何かまずい事が起きているに違いない。
「ヴァーカード・・・。あれは・・一体何?」
とそこで、それまで黙っていたアカネが震える声でハジメの左手を指差す。
見るとウィルスに冒された少年の左手に付けられた金のブレスレットが黒く変色し、手首から黒い染みが徐々に拡がり始めていたのだ。
『あれは・・まさかウィルスが暴走し、少年の体を蝕んでいるのか!?』
(察しが良いね?その通りさ、ヴァーカード)
突然起こったウィルスの暴走に、ヴァーカードが驚きの声を上げると彼の頭の中に魔女の声が響き渡る。
《噂屋》のオババからの通信だ。
GHFはシステムであるサラの杖から作り出したフィールドであり、その中は外とは別世界のため例えノイズ現象が起きていても通信が可能なのだ。
『黒衣の魔女か?少年の体に一体何が起きている?』
ヴァーカードが質問すると、カタカタとキーボードの音だけが聞こえ暫くすると白竜の両目が光り出し、空中にある映像が写し出される。
見るとそこにはまるで、サーモグラフィを通した様なハジメの姿があり、体温がある部分が赤く写し出されている。
そして少年の左手には、腕に向かって黒い何かが蠢いており、少しずつ侵食していく様が見えていた。
(これは今の坊やのキャラデータさ。左手のウィルスがあんたのデータで作ったプロテクトを破壊し、進行している様だね?
・・このままじゃいずれウィルスは坊やの全身に回り、あんたと同じ運命を辿る事になるだろう)
「そんな・・ハジメぇ!!」
《噂屋》のオババが告げる驚愕の事実に信じられないと言った様子でアカネが叫び、ハジメの元へと駆け寄ろうとする。だが、それを側にいたヴァーカードが少女の目の前に割り込み、慌てて止めた。
『待て、アカネ!今の少年は何が起こるか分からない状態なのだ。無闇に触れば君もウィルスに冒されてしまうかもしれない』
「ヴァーカード・・!でも、ハジメが・・・ハジメが!」
冷静さを失っているアカネにバカな真似はしない様に白竜が説得するが、居ても立ってもいられない様子でアカネが少年の方を見る。
この魔法少女がここまで取り乱している姿を見るのは初めてだ。それだけハジメの事を想い、心配しているに違いない。
「おら、良いから落ち着けって!お前までウィルスにやられたら今度はクソガキが悲しむだろうが!」
(くっ・・少年!)
パニックを起こしているアカネを焔に任せ、ヴァーカードは未だに叫び続けているハジメの方に目をやる。
ウィルスが暴走し、悲鳴を上げている少年の姿を空中でクロウもまた無言で見つめていた。
その姿はまるで、地獄で救いの蜘蛛の糸を自ら断ち切り、破滅へと転落する愚か者を見下す神の様にも見えた。
(何とかしなければ・・・このままでは少年が・・!)
ふと、苦しみながら天を仰ぐハジメの姿が親友を失った時の自分と重なる。
争いを好まない少年を救世主と煽り、こんな戦いに巻き込んだのは自分の責任だ。ならば、例え自分の身がどうなろうとハジメだけは無事に現実世界に帰さなければならない。
ホームで《噂屋》のオババに話した決意を改めて思い出し、ヴァーカードはハジメを救う方法を冷静に模索していた。
(仕方あるまい・・・分の悪い賭けではあるが、少年を救うためだ・・!)
そこで一つの作戦が浮かび、絶体絶命の状況の中元エデン最強の戦士は強い決意を瞳に宿し少年の元へと飛び立って行く。
最強の敵クロウ・シンの出現にハジメのウィルスの暴走・・・事態は少年達にとって最悪の結末の方向へと向かいつつあったーー。
(続く)