FILE:38『決着(ジ・エンド)』
「やれやれ、やっぱりこう言う展開になったか」
アウトロー達の悲鳴が聞こえる中、近くの山の山頂である人物がため息をつく。
ここはバルハラ・ルミナに隣接する岩山。聖地へと繋がる洞窟の入り口である。
今やアウトローの地獄絵図となった聖地でそれを静かに見守る人影が二つあった。
「まぁ、期待はしてなかったがね。所詮はアウトロー・・・『エデン』に蔓延るクズ共になんて」
一人はケルビムである。両肩に天使と悪魔の象徴を着けた獣人ユーザーは、泣き叫びながら逃げ惑うアウトロー達を見ても何の感情も抱かないらしい。
寧ろ汚い物でも見る様に冷たい目をしていた。
「わぁ☆本当だぁ~!どんどんアウトロ~がやられて行きますね~♪」
もう一人はマリオである。相変わらず笑顔を絶やさないピエロユーザーは、ケルビムの後ろでクルクルと回っている。
こちらは少しショックを受けているのか、笑顔のまま青い顔をしていた。
「さて、行こうか。マリオ
アウトロー達が使えない今、ここにいる意味はない」
「アハハ~☆サラを始末しなくて良いんですか~?」
つまらなそうにこの場から去ろうとするケルビムに、マリオが笑いながら質問する。
すると、獣人ユーザーは背中を向けたまま立ち止まり、不敵な笑みを浮かべた。
「分かっていないな?マリオ。ヴァルハラ・ルミナが襲われた時点で我々にはプラスしかないんだよ。
・・・サラがいようといまいとね?」
ニヤリと笑うケルビムに、マリオが笑いながらまた青い顔をする。
やがて紫猫とピエロのユーザーは戦場となっている聖地から姿を消した。
『行くぞ!』
ヴァーカードの号令と共に3人が飛び出す。
ヴァーカードはそのまま飛翔し、ハジメとアカネは真正面からジャイアントの足元へと走り込む。
突っ込んで来る2人と一匹を見て魔人はゆっくりと片腕を前に突き出した。
「何を考えているか知らねーが無駄だコラぁ!!」
ーーピシャーーーン!!
余裕の笑みを浮かべながら蘭丸が魔神の腕から雷を発射する。
間一髪で交わしたハジメはそのまま走り続け、ジャイアントの足元へと到着した。
「今だ、アカネ!」
「・・・フリズド」
ーードン!ピキーーン!
ハジメの言葉と同時にアカネが杖を前に突き出し、魔法を唱える。
すると、杖から小さな氷の刃が発射されジャイアントの片足を全て凍らせてしまった。
「うわあああっ!」
ジャイアントの足を凍らせると、そのままハジメは走り込み凍った足の一本にダガーの連撃を加える。
その間、ヴァーカードは巨人の周りを飛び続け、その顔に炎を浴びせていた。
ーーボワアア・・・っ!!
「くそっ!この・・・うっとおしい!」
炎によるダメージは無いが、蘭丸はバーカードに注意を惹きつけられていて気づいていない。
その間に何度も攻撃を加えると、やがて少年の体程あった足はヒビが入り粉々に砕けてしまった。
ガシャン!パリーーン!!
「よし、次!」
足の一本を壊すと少年は続けて凍っている魔神の足に攻撃を加える。
攻撃力の低い(ガン&ダガー)だが、持ち前のスピードと身のこなしを利用して攻撃を続ければ、凍った足にも徐々にダメージを与えていく。
アカネも残った一本にロッドで攻撃を加え、破壊しようとする。
そして、2本の足に徐々にヒビが入った時だった。
「あ?何してんだ、テメーら!!」
足元にいるハジメ達に蘭丸が気づいた。二人を踏み潰そうと慌てて凍り漬けの片足を上げる。
「ハジメ、危ない」
「え?うわっ!」
ーーズン!
危うく潰されそうになったハジメだったが、間一髪ロッドに乗ったアカネに助けられ攻撃を回避する。
すると、攻撃されていた魔神の足が着地の衝撃のせいでさらに
ヒビが大きく入った。
「ハジメ、大丈夫?」
「あ、ありがとうアカネ。・・そのまま飛び続けて!」
アカネが聞くと少年は抱えられたまま、ダガーを拳銃に変えチャージをする。
そして魔神の足元から脱出した途端、その照準をジャイアントの足に向けた。
「ツインチャージ・ショット!!」
キュイーン・・・・ドォン!!
少年の持つ2丁拳銃から放たれたエネルギー弾は、1つになり凍り付いたサンダージャイアントの片足を全て破壊する。
片足を失いバランスの取れなくなった魔神は、その巨体を大きく傾けた。
「う、うおっ!て、テメーら何しやがった!?」
驚いた蘭丸が体勢の悪いまま、片腕の照準をハジメに向ける。
だが素早く少年を降ろしたアカネがそのまま振り返り、ロッドを魔神へと向けた。
「・・・フリザード」
「っ!?」
ーーヒュン!ヒュン!ヒュン!
赤い杖から放たれた吹雪は氷の刃へと姿を変え、魔神の腕に突き刺さる。
すると、雷を充電していたビーム砲が爆発し、ジャイアントの手を吹き飛ばした。
バリバリバリ・・・ドォン!!
「な、何ぃ!!どんな攻撃も弾き返すジャイアントの体が!!」
片腕が吹き飛んだサンダージャイアントの姿に蘭丸が喚き散らす。
それまで、どんな魔法や攻撃も通用しなかったのだ
驚くのも無理はない。
「馬鹿な!コイツは俺の召喚獣の中で、最強のモンスターだぞ!?」
「・・壊したのは私の魔法じゃない。貴方自身」
驚きの声を上げる仮面ユーザーにアカネが冷たく言い放つ。
その側にはハジメの肩に乗ったバーカードの姿もあった。
「ああっ!?テメェ、どう言う意味だ!!」
「・・最初に私が放った魔法の爆発で魔神の腕にはダメージが蓄積されていた。
だから、もう一度腕を凍らせてしまえば、貴方が強引に攻撃を仕掛けて自滅する事が予測出来た。
・・・凍らせれば防御力が落ちる事をハジメが教えてくれたから」
淡々とした口調で蘭丸に説明しながらアカネがハジメの方を見る。
作戦の立案者である少年は少し照れながらも、作戦の成功を確信した。
「いや、アカネのおかげだよ。氷の破片がジャイアントの足に刺さってたのを見て、ひょっとしたら水属性に弱いんじゃないかと思ったんだ。
雷のモンスターの弱点は水だからね」
「み、水属性が弱点だと?馬鹿な!今までこんな事は一度も・・・」
ハジメが発見した弱点に、召喚した蘭丸も意外だったのか動揺した態度を見せる。
すると、今度はそれまで黙っていたヴァーカードが静かに口を開いた。
『君は戦う場所を間違えたんだ。
この狭い神殿ではジャイアントのスピードを生かせないし、巨体のせいで敵が足元にいても気づかない
その結果、君は少年に弱点を突かれ、武器と機動力を失った。全てはモンスターの防御力を過信した君が招いた事だ』
「ぐっ!?」
ヴァーカードの冷静な分析にぐぅの音も出ないのか、蘭丸が苦虫を噛み潰した様な声を出す。
実際ショックが大きかったのだろう。あれだけ威勢の良かった減らず口がピタリと止まった。
『さぁ、どうする。君の自慢のモンスターはもはや使えなくなった。
大人しく降参するか?それとも君自身が我々と戦うかね?』
追い詰められた仮面ユーザーを諭す様に、ヴァーカードが説得を試みる。
元々ハジメ達の目的はサラとの接触で、蘭丸達を倒す事ではない。ヴァーカードとしても早くこのくだらない「茶番」を終わらせたいのだ。
「はっ・・・ハハハッ!どうするかって?」
と、突然蘭丸が笑い出した。
自棄になったのかと考えたがそうではなかった。
倒れていたサンダージャイアントが吹き飛んだ腕を支えにし、動き出したからだ。
「そんなもん決まってるだろ?・・てめぇらを皆殺しにすんだよぉ!!」
ーーゴロゴロッ!!ビシャーーン!!
蘭丸の叫び声と共に、突然サンダージャイアントの頭上に落雷が降って来た。落雷は魔神が背負っていた両肩の避雷針に別れて落ちて行く。
そしてジャイアントの頭へと集まって行くと、一つの巨大な光の塊になったのだ。
『あれは・・!?いかん、二人共避けるんだ!』
「雷神滅殺砲ぉーーーーーーっ!!」
ギュイン!ビシャーーーーーン!!
魔神の3つの目から放たれた雷は巨大なエネルギー波に姿を変え、神殿内を包み込む。
ハジメ達も間一髪、飛び去り席の端へと避難する。
体が傾いていたせいか、巨大なエネルギー波は少年のいる場所を僅かに逸れて通過する。
やがて、魔神の体より大きな破壊光線は徐々に小さくなって行き、神殿のいたる所に爪痕を残しながら消えて行った。
「ヒャハハハハっ!!どうだこの技!この威力!!これがジャイアントの力!俺の力だ!!」
一気に形成が逆転し、仮面ユーザーが狂った様に笑い出す。
確かに今の技を最初に出されていたらヴァーカード達はともかく、ハジメは確実にやられていただろう。
蘭丸が出した奥の手のあまりの威力に、少年は息を飲んだ。
『二人共、大丈夫か?』
と、飛んで攻撃を回避したバーカードが少年達の側へ寄ってくる。
アカネもハジメを庇った時に衣服が汚れただけなのかパンパンと手で軽く払い、立ち上がった。
「ヴァーカードさん。ボクは大丈夫です」
「・・・問題ない」
『それは良かった。だが、あの攻撃はさすがに厄介だ。
神殿の中であれを撃たれたら逃げ場がない』
ヴァーカードが危惧した通り、魔神は第2弾を打つ準備を始めていた。
狭い室内が今度は自分達の不利になった訳だ。
サンダージャイアントは両腕を突っ張らせて倒れない様に体を支えた。
「ハッ!さっきは傾いていたせいで外しちまったが、今度はそうはいかねぇ!」
蘭丸の声が響く中、魔神が体を固定する。
次にあの落雷が落ちる筈だ。そうなれば攻撃されるまであまり時間がない。
「二人共、下がって。私が反射魔法で攻撃を防ぐ」
『待て。あの攻撃を跳ね返す程強力な魔法を出すには、術者が至近距離で発動しなければならない筈だ
今、巻き添えを食らいゲームオーバーになったら、サラは容赦なく君のアカウントを停止するぞ』
「そんな・・・一体どうしたら?」
自らを省みず仲間を守ろうとするアカネを見て、ヴァーカードが止める。
何とかしなければ今度こそ全員アウトだ。しかし、何か作戦を考えようにも時間が少なすぎる。
せめて、次の攻撃だけでも回避する事が出来ればーー。
(・・・っ!待てよ?)
と、そこで頭を抱えていた少年は初めてエデンをプレイした時の事を思い出した。
ノイズのウィルスモンスターに遭遇した時の事だ。
自分を必死になって守ろうとする《悠久の監視者》の姿が思い出される。
その時ハジメの頭に一つの光明が光り、少年は思わず自分の頭にある赤いサングラスを握った。
「ひょっとして・・・」
おもむろに赤いサングラスを掛けてみる。
すると目の前に様々な数値や計算が現れ、サンダージャイアントの情報がハジメの頭へと流れ込んで来たのだ。
どうやらこのサングラスはシステムの端末らしい。
そんな物が何故ハジメにも使えるのか分からないが、敵の情報が分かるのはありがたい。
魔神のデータを手早く頭に叩き込み、ハジメはアカネの方を向いた。
「アカネ、君の杖は空も飛べるんだよね?ボクを乗せて高い所まで飛べる?」
「・・・問題ない。ゲームに重さは存在しないからハジメなら100人乗っても大丈夫」
「そうか。じゃあ・・・」
ーービシャーーーン!!
ハジメの質問に寧ろ大歓迎と言った感じでアカネが答えた途端、魔神の頭上に雷が落ちる。
エネルギーの充電が始まったのだ。
もはや一刻の猶予もない。
「説明してる時間がない。とにかくボクをサンダージャイアントの頭上へ。
ヴァーカードさんは援護をお願いします!」
『何か策がある様だな?良いだろう。・・君を信じよう!』
ハジメの様子に何かを察したのか?ヴァーカードが白銀の翼を広げ羽ばたく。
同時にハジメはアカネの杖に乗って空を飛び、また魔神へと突撃する。
巨大な避雷針と化したサンダージャイアントの側ではあちこちで小さな放電が起き、近付く者の進行を邪魔していた。
「何だぁ~?最後の悪あがきでもするつもりか?」
『その通りだ!』
ーーブォウ!!
放電で威嚇しながら蘭丸が邪悪な笑みを浮かべるが、そんな態度に意を介さずヴァーカードが翼を大きく羽ばたかせ、強風を作り出す。
すると、突っ張ねていた片手がずれ、ジャイアントの体を大きく傾かせた。
ーーズズン!!
「うおっ!て、テメぇ!」
「今だ、アカネ!」
倒れ込んだせいで仮面ユーザーが狼狽の声を上げる
しかし雷の充電は止まらず、雷は全身から両肩の避雷針へと集まり始める。
だが、少女が一瞬の隙を突いて一気に間を詰めると、何を思ったかハジメはダガーの一本を握り、アカネの杖から飛び降りた。
「ハジメ!何をーー」
「いやああーーーーっ!!」
これにはさすがのアカネも驚きの声を上げる。
落ちたまま、両手に力を込めた少年は渾身の力で魔神の眼にダガーを突き立てた。
ーーガツン!!
「何ぃ!?」
勢いに重力も加えた少年の一撃は自分の体より大きな魔神の眼を破壊し、頭に小さなヒビを入れる。
眼を破壊されたせいで、ジャイアントの動きが止まり、一瞬辺りは静寂に包まれた。
だがーー。
ーービシャーーーン!!
「うわっ!」
無慈悲にも、避雷針に落ちた雷がジャイアントの頭に集まり、一つになる。
雷の衝撃のせいでハジメはダガーを離してしまい、空中に放り出されてしまった。
「ハハハッ!!最後の悪あがきがあんなチンケな一撃とはなぁ!
バカは仲間と一緒に黒焦げになりやがれぇ!!」
最後の抵抗も虚しく、蘭丸の狂った笑い声が教会内に響き渡る。
ハジメだけで無く、アカネやヴァーカードもジャイアントの側にいるため、とても回避が間に合わない。
ゆっくりと少年が落下する中、魔神の頭が光り輝きついに攻撃の準備が終えた事をその場にいる者達に告げた。
「食らえ!雷神滅殺ーー」
「・・そう。ボクの攻撃なら君は受けてくれると思った」
勝利を確信した仮面ユーザーがトドメの一撃を繰り出そうとした瞬間、ハジメが小さく呟いた。
顔を上げた少年の瞳に宿るのは絶望では無く希望。
「最後まで諦めない」と言う希望の光である。
地面へと落下したまま、少年はもう片方のダガーを小銃に変え、銃口をジャイアントの頭へと向ける。
そしてエネルギーを充電しながら大声で叫んだ。
「アカネ!!ボクのダガーを狙って魔法を打つんだーーーー!!」
「・・・なるほど。さすがハジメ・・!」
少年の意図に気づき、アカネが空中でジャンプしロッドを掴むと先端を刺さったままのダガーへと向ける。
そして少年とほぼ同時に魔法の名を口にした。
「・・フリズド」
「チャージ・ショットぉーーー!!」
ーーキュイーーン・・ドォン!!
同時に発射された吹雪とエネルギー弾が、魔神の頭を凍らせ刺さったままのダガーへと叩き込まれる。
細長い足とは違い、ジャイアントの大きさと装甲からすれば、それは意にも介さない攻撃だった。
しかしーー。
ーーピシ・・ピシピシィ!!
「あ?・・な、何ぃ!?」
それまで狂った笑みを浮かべていた蘭丸の表情が固まる。
突然の出来事だった。
少年の攻撃を食らったジャイアントの頭が、割れ始めたのである。
ヒビは徐々に大きく広がり、ついには体の中央ーーコックピットにまで到達したのだ。
ーーピーピーピーッ!!
「制御不能だと!?うわっ!」
「ちゃ、着地まで考えてなかった!うわあ~~~~~っ!」
頭から破壊光線のエネルギーが漏れ出し、サンダージャイアントが崩壊し始める。
それを見ながらハジメが落下してる事実に気づくと、ロッドに乗ったアカネに冷静にキャッチされた。
「アカネ!ありがとう!」
「・・・問題ない」
素直にお礼を言われてアカネの顔がまた少し赤くなる。
その間にもサンダージャイアントの崩壊は続き、ついにはコックピットを露にしながら様々な部分で小爆発が起こり始めた。
「く、くそガキいぃぃ!!テメェ、一体何をしやがったぁーーーー!!」
爆煙に包まれながら、魔神のコックピットから蘭丸が鬼気迫る様子で叫ぶ。
サンダージャイアントの頭に溜まり続ける破壊光線は今にも暴走しそうで、爆発は時間の問題だ。
「何もしてないさ!ボクはただ、サンダージャイアントの力を利用しただけだ!」
「何ぃ!?」
地面へと着地したハジメが、魔神を見上げながら叫ぶ。その肩に、ヴァーカードが空中から飛来し着地した。
「サンダージャイアントは頭を破壊すれば倒せる事をさっき知ったんだ。
でもボクの攻撃じゃ歯が立たないし、時間もない。
だから君の必殺技を利用させてもらったんだ」
「ま、まさか・・・さっきの攻撃は!?」
そこまで聞いて蘭丸がある事に気付く。怒り狂っていた今までの様子とは打って変わり、ブルブルと体を震わせ始めた。
『そう。さっきの攻撃は魔神にダメージを与える物では無く、最後の攻撃への布石だったのだ。
・・・破壊光線を暴走させるために』
「後はアカネの魔法で壊れやすくして、エネルギーを注いでやればジャイアントは自滅する。
ボクをルーキーだと思っている君なら・・・ボクをルーキーと馬鹿にしている君なら、油断して必ず攻撃を受けてくれると思ったよ!!」
ーードガァン!!
ついにジャイアントの頭から爆発から起こり始めた。ヒビも体中に入り、爆発の衝撃でハジメ達は思わず後退る。
たった一人残された仮面ユーザーだけが、逃げもせず何かをぶつぶつと呟いていた。
「馬鹿な・・・馬鹿な馬鹿なバカな!!
俺は蘭丸!《ドラゴンレイン》一番隊隊長だぞ!?その俺がこんなくそルーキーなんかにーー」
「喚き散らすのはそこまでにして戴きましょうか?耳障りで不快です」
と、敗北を認めず蘭丸が叫ぶとジャイアントの側から突き放す様な言葉が投げ掛けられた。
見ると、いつの間にかサラが立っていて、冷たい目で蘭丸を見ていた。
「な、何だテメェ!?一体何処から・・・」
「私はサラ。『エデン』の女神にして聖地バルハラ・ルミナの主。
これ以上ここを荒らす事は許しません」
突然の女神の登場に、驚いた仮面ユーザーの言葉を最後まで聞かずサラが持っていた杖をサンダージャイアントに向ける。
すると魔神の足元に巨大なウロボロスの紋章が現れ、輝き出した。
「どうせ散るなら後始末もしてもらいましょう。貴方とその仲間に相応しい場所で」
「なっ!ふざけーー」
ーーバシュン!!
聖女とは思えない微笑を浮かべながらサラが紋章を杖で叩くと、一瞬でサンダージャイアントが姿を消す。
乗っていた蘭丸も消え、後には微笑む聖女しか残されていなかった。
「さよなら。愚かなアウトローさん」
『転送魔法?しかし、一体何処へ・・・』
消えた蘭丸を見て、ヴァーカードが疑問を口にするとすぐに何かに気づきハッと眼を見開く。
そして何を思ったか急いで《トロイ》に連絡を入れ、通信を繋いだ。
『ラビィ、私だ。今すぐ焔に通信を繋いでくれ。早く!』
「あいあ~い。すぐに繋ぎますね~☆」
ヴァーカードの命令で、緩い口調とは正反対のラビィの高速タイピング音が神殿内に響く。
ただならぬ白竜の態度に少年も思わず質問した。
「ば、ヴァーカードさん。蘭丸は一体何処へ?」
ハジメの問いに一度ゆっくりと瞳を閉じたヴァーカードが目の前にいる聖女を睨み付ける。
そしていつもの淡々とした口調で恐ろしい事実を口にした。
『彼女が言っただろ?後始末をさせると・・・。
サラはサンダージャイアントの爆破を使って蘭丸ごと外にいるアウトロー達を一掃する気なのだ』
「オラァ!!」
ーーガツン!!
一方、神殿の外で行われている闘いも、既に決着が着いていた。
《ドラゴンレイン》一番隊の残党と焔の対決は当然ながら焔の圧勝である。
天の雷を、持っているアックスギターで防御しつつまるで乱舞の様に暴れながら周りにいるアウトロー達を倒していく。
天の雷と焔の追撃で周りにいた数十人のアウトロー達も今や数える程しかいなかった。
「焔炎弾!!」
ーードゴォン!
「ぎゃあ!」
今も焔が吐いた火玉弾で、アウトローの一人が倒される。
その後ろで慌てているのが、先程までデカい口を叩いていた阿国と才蔵だった。
「ちょ、この人数で勝てないとか笑えないって!」
「やややヤバイっスよ!阿国ちゃん!こうなったらもう逃げるしか・・・」
「逃がすかぁ!!」
頼りにしていた部下達をやられ、戦況が悪くなったのを見るや慌てて阿国達が逃げ出す。
しかし、そんな二人を焔が見逃す筈は無く大きく深呼吸すると、胸元を真っ赤に燃え上がらせながら炎を吐き出した。
「焔炎烈波ぁ!!」
ゴォーーーーッ!!
吐き出された炎は熱線となり、見る物を全て焼き尽くす。逃げた二人もあっという間に追い付かれ炎に飲まれてしまった。
「きゃあ!!」
「オアチャーーーーっ!!」
ドォンーー!!
放たれた熱線の爆発に巻き込まれ、阿国と才蔵が崖の先端までふっ飛ばされる。
普通ならゲームオーバーだが、今まで一度も戦わなかったためかボロボロになりながらも何とか生き残っていた。
「仲間を見捨てて逃げるなんざユーザーの風上にも置けねぇな」
苛つきをぶつける様に焔がアックスギターで降ってきた天の雷を叩き切る。
怒れる鬼人が近づいて来る中、逃げ場を失った事実に痛みで呻いていた二人も慌てて身構えた。
「もう!アンタ、マジでウザい!!」
「蘭ちゃ~~ん!何処にいるんスか!?今こそ秘密兵器の出番スよ~!!」
追い詰められた状況に、阿国が鉤爪を構えながら悪態をつき、才蔵に至っては最早銃も捨てて助けを乞う。
そんな二人に、軽蔑の眼差しを向けながら焔がアックスギターを前に突き出し、吐き捨てた。
「テメーらは《ドラゴンレイン》の名を汚した。その落とし前は俺が着けなくちゃ気がすまねぇ!
さぁ、弔いの歌をーー」
プルルルル~~~~~!!
と、せっかくいつもの決めセリフを言おうとした瞬間、焔の腕の通信機がけたたましい音を上げる。
一番良い所を邪魔されて、思わず焔もガクッと頭を抱えてしまった。
「くっ・・あーーもう!はい!こちら、焔っ!!」
『焔か?私だ。今すぐその場から離れろ!早く!』
苛立ちを隠せず思わず焔が通信機に怒鳴るが、返ってきたヴァーカードの剣幕に眼を丸くする。
普段、声を荒げる事の無い彼の態度が切羽詰まった状況を伝えていた。
「は、離れろってどう言う事っスか?詳しく説明して・・・」
焔が説明を求めようとした瞬間、突然辺り一面が薄暗くなった。良く見ると自分達のいる場所に大きな影が差している事に気づく。
そして、鬼人が空を見上げた瞬間だった。
「ちょ!な、何あれ?」
その場にいた阿国が空に向かって叫ぶ。
それもその筈、突然空中に巨大な魔方陣が現れその中から同じ様に巨大なモンスターが落ちてきたのだ。
「あぁああーーっ!クソがぁーーーーーっ!!」
「ら、蘭ちゃんにサンダージャイアント!?何で!?」
ずっと探していたリーダーがいきなり空から降ってきて、才蔵も驚きの声を上げる。
あまりの事態にその場にいた誰もが驚き、微動だにしなかったが焔だけは違った。
何があったのかは知らないが、落ちてくるモンスターがボロボロで黒い煙を上げている事。
そしてあの巨体が地面に激突した瞬間、どうなるかを想像した時ーー出た答えは一つだった。
「くそ!そう言う事かよ!?」
ーーバサァ!!
ようやくバーカードの言葉を理解し、鬼人が翼を出して飛び立つ。
しかし、サンダージャイアントはもう目の前まで迫っていて激突まで時間の問題だ。
「認めねぇ!認めねぇぞ!!俺は・・俺は絶対認めーー」
「ウソぉ!マジ!?」
「ら、蘭ちゃーーーん!!」
アウトロー三人組の悲鳴が聖地の山に響き渡る。そしてーー。
「あぁああっスーーーーっ!」
ーーカッ!ドォオオーーーーーン!!
魔神が地面に激突した途端、辺りが一瞬光に包まれた。それと同時に巨大な爆発と轟音が山の上から響き渡る。
間一髪、空へと逃げ出した焔だったが、あまりの爆発の規模にすぐに爆炎に飲み込まれてしまった。
「やべぇ!うわあ!!」
焔が炎の中に姿を消した後、聖地の山に巨大なキノコ雲が立ち登る。
神を怒らせた天罰の如く、聖地の山は再び静寂に包まれたーー。
「焔さん!応答して下さい!?焔さん!!」
ハジメが自分の通信機に向かって必死に叫ぶ。
焔の応答と共に聞こえて来た悲鳴と爆発音。その後、神殿内に起きた揺れと同時に通信が切れザーザーとした耳障りな音しか聞こえて来ない。
焔の身に何かが起こったのだ。
それも彼が応答出来ない様な出来事が・・・。
最悪の事態を想像し、少年の顔色が変わった。
「・・どうやら外のアウトロー達は一掃された様ですね。
ではトラブルも解決した所で貴方達はお引き取りを
これ以上の問題行動は処罰の対象にーーー」
ーーブン!!
神殿の揺れを感じ、この場から立ち去ろうとするサラの首もとに、ハート型の刃が向けられる。
見ると、無表情のままアカネが女神に向かってロッドの先端を突きつけていた。
「な、何の真似です。これは?」
驚きながらも尚も喋ろうとする女神を黙らせる様に、アカネがロッドの先端をさらに押し付ける。
その刃には相手に有無を言わせない迫力があった。
「貴女は本当に監視者?少なくとも私の知ってる監視者はこんな酷い事しない」
『止すんだ、アカネ。我々は彼女と争いにここに来た訳ではない』
冷たい眼でエデンの聖女を睨みながらアカネが言い放つと、ハジメの肩に止まっていたヴァーカードが止める。
しかし、いつも以上に鋭い眼つきである事から彼も怒っている事は明白だ。
『それに、彼女にはまだ聞きたい事がある。それは《悠久の監視者》を救う事にも繋がるのだ』
「・・・分かった」
ヴァーカードが遠回しにハジメのためになると伝えると渋々と言った感じで、アカネがロッドを降ろす。
咄嗟にサラが怒りを露にし、こちらを睨み付けて来たが少女の怒りに臆したのかすぐに冷静さを取り戻し、嫌みな笑みを浮かべた。
「懸命な判断です。もし私に手を出していたら貴方達、全員タダではすみませんよ?
賢いペットさんに感謝しなさい」
「ヴァーカードさんはペットなんかじゃ・・・!」
今度はヴァーカードをペット呼ばわりし、腹に据えかねた少年が思わず詰め寄りそうになる。だが、それを白竜本人が翼で制し、止めさせた。
「わっ!ヴァ、く、ヴァーカードさん・・・」
『申し訳ない。だが、貴女の独断で仲間を一人失ったかもしれないのだ。
その気持ちは分かって欲しい』
丁寧ではあるが、皮肉のこもった言葉に女神がピクッと眉を潜める。
だが、これ以上ハジメ達の相手をするのは無駄だと判断したのだろう。サラもため息をつくだけで反論はしなかった。
「・・分かりました。では、貴方方のお仲間を見つけたらアカウントは消さないでおきましょう。
それでは失礼しますよ?
本社にアウトロー襲撃の件を連絡をしないといけませんので・・・」
作り笑いと白々しい嘘を吐きながらサラがハジメ達に背中を向ける。
そして持っている杖で軽く床を叩くと、玉座を光輝く扉に変えた。
「ま、待って下さい!話はまだ・・・」
プルルル!プルルル~~~!!
この場を立ち去ろうとする女神にハジメが慌てて引き留める。
だが、腕の通信機が鳴った瞬間、サラ以外の全員がそちらに注目した。
「こちら、ハジメ!焔さん?焔さんですか!?」
(あいあ~い、ラビィです~☆期待させてすいませ~ん)
慌てて通信に出たハジメだったが、聞こえて来たのんびりした声に思わずガッカリする。
仕方なく軽く咳払いしたヴァーカードが少年の代わりに応えた。
『どうした?ラビィ。焔は見つかったのか?』
(あい、今一生懸命探してる所ですぅ~。それともう1つ悪いお知らせが~?)
悪い知らせと聞き、ラビィの通信に応答しながらヴァーカードの表情が若干、険しくなる。
普段誰かに頼まれなければ、自分から通信などしない彼女の性格を分かっているからだ。
『悪い知らせ?・・何だ』
(あい、《噂屋》さんから連絡がありました~。数分前に画像の乱れを関知。
どうやら場所が・・・その神殿の外みたいなんです~!)
ーードクン!
少し勿体つけてラビィが報告した途端、少年の左手が脈動した。それは《噂屋》に行った時、岩窟王と遭遇した時と同じ反応である。
しかも前よりも反応が明らかに強い。
ラビィの知らせと左手の反応を見て、少年の顔色が変わった。
『画像の乱れだと?まさか・・』
「・・来た」
ザザザザザーーーーッ!!
ヴァーカードが悪い予感を感じ、ハジメが到来を口にした途端、神殿全体の画像が乱れる。
突然起こった異常事態に一緒にいたサラも驚きの表情を浮かべていた。
「な、何ですか。これは?今度は一体何が?」
「さっき言ったでしょ?これが私達が追っている原因不明のバグ・・・ノイズ」
状況が分かっていない女神を守る様に説明しながら、アカネとハジメが周りを囲む。
ただでさえ静かだった神殿は水を打った様に静まり返り、不気味さをさらに醸し出していた。
「原因不明のバグですって?
言った筈です。『エデン』は完璧なゲームでバグなどあり得ないとーー」
「ヴァーカードさん!あれ!」
今の状況を見ても、信じようとはせず捲し立てるサラを無視して、ハジメが神殿の天井を指差す。
見ると、案の定黒い球体が天井から透き通る様に現れ、小さな放電を繰り返していた。
ーーバチバチバチ!
『二人とも注意しろ。ーーお客様のご到着だ』
予想通り現れた黒い球体を、ヴァーカードが睨み付ける。
やがて球体は姿を変え、巨大な翼を持ったカラスモンスターへと変身した。
ーーバサァ!
「な、何なのです。あのモンスターは?・・えっ?ま、まさか・・」
姿を現したノイズモンスターに、サラが驚きの声を上げる。
そこに先程までの威厳を保とうとする様子は微塵もない。
そんな戸惑う女神を、クロウは窪みの空いた三つ眼で静かに見ていた。
『女神サラよ。今は説明をしている時間がないが、一刻も早くこの場から逃げた方が良い。
何故なら、あのモンスターは・・・』
警戒しながらもヴァーカードが女神に避難する様促す。
クロウの狙いがシステムなら、一番危険なのはサラなのだ。何としても守らねばならない。
だが、次の瞬間ーー。
「い、嫌あぁーーーーーっ!」
『っ!?』
その言葉は絶叫に掻き消された。
サラが突然、恐怖の叫び声を上げたのだ。その顔は真っ青に青ざめ、体も小さく震えている。突如、豹変した女神の態度にハジメだけでなくヴァーカードまでも面食らってしまった。
「ま、まさか・・・どうして・・・どうしてあのモンスターがこの世界に!?」
(あのモンスター?)
恐れながら少しずつ後ずさる女神の言葉に、ヴァーカードが気になるフレーズを見つける。
やはり、サラは何かを知っている様だ。
でなければ、あれ程恐怖する姿に説明がつかない。
『女神サラよ。君はあのモンスターの事を知っているのか?
あのモンスターの名は・・・』
「クロウ・・・」
動揺する女神の肩に乗り、問い詰めようとするヴァーカードの言葉よりも早く、サラがまたしても驚愕の名前を口にする。
しかし、当の本人は言った事すら気づいてないのか?ただクロウを見ながら震えていた。
「何で・・・何でサラさんがクロウの名前を!?」
女神から発せられたモンスターの名前に、ハジメも思わずサラの方を見る。
しかし、それをすぐに制する様に少年の肩にトン!と小さな肩がぶつかった。
「ハジメ、集中して。・・今は情報を得るためにもサラを守る事を優先すべき」
決してクロウから視線を外さず、アカネがやんわりと少年に注意する。
この少女はいつもそうだ。目的を見つけるとどんな事があっても諦めない。
そして、何より今は自分やヴァーカードのために協力してくれている。そんなアカネの真摯な態度に、ハジメはよそ見をした自分を恥じた。
(そうだ!今はとにかくクロウを倒す事だけを考えるんだ。そして取り戻すんだ。
ヴァーカードさんの友達も・・・シュウ兄ちゃんも!!)
一度パン!と顔を両手で叩き、ハジメが構え直す。
襲来した驚異に、新たな謎を加え聖地での本当の戦いが、今始まろうとしていた。
(続く)