FILE:37『悪(エビル)』
「やめろ!!」
ーーザシュ!!
少年の声が響く中、無情にも蘭丸の大斧が天使の胸に振り下ろされる。
悲鳴すら上げられずゲームオーバーとなった天使を見下ろしながら、仮面ユーザーがゆっくりとこちらを向いた。
「来たか?テメーが来るのがあんまり遅ぇから天使達、二人共やっちまったぜ」
振り返りながらニタニタと凶悪な笑みを浮かべる蘭丸
よく見ると既に天使達の姿は無く、代わりに彼らが持っていた三つ又の槍だけが床に突き刺さっていた。
「くっ・・・君の狙いはボクだろ!?関係ない人を傷付けるな!!」
「あん?何言ってんだ?テメーがモタモタしてんのが悪いんだろうが!!」
天使達を救えなかった事を悔やみ、ハジメが噛み付くと蘭丸が逆ギレする。
彼にとって自分がした悪行は全て他人のせいの様だ。
「なっ!?」
『待て、少年。・・蘭丸とか言ったな?君はどうやって神殿内に侵入したのだ?』
反論しようとしたハジメを制し、今度はヴァーカードが口を開く。
竜の姿で喋る凶戦士にさすがの蘭丸も驚いた様だ。
「へぇ、コイツは驚いたぜ喋るモンスターなんているとはよ?
良いぜ、どうせテメーら全員始末するんだ。冥土の土産に教えてやる」
さしずめヴァーカードをハジメのペットとでも思ったのだろう。仮面ユーザーが得意げに語り出す。
それを元伝説の勇者である白竜は、冷ややかな眼で見ていた。
「外にいた連中、あいつらは最初っから囮だったのさ
あれだけ派手に暴れりゃチェイサーの連中が飛び出して来ると思ったからな。
まぁ、予想と少し違ったが、奴らがやられてる間に俺はすんなり神殿に入れたって訳だ!」
何がそんなに楽しいのか?狂笑を浮かべながら語る仮面ユーザーに、ハジメは吐き気にも似た嫌悪感を感じた。
それは気弱な少年が初めて露にする軽蔑の感情である
今まで自分の周りにも嫌いな人間は何人かいたが、これ程許せないと思った人間は初めてだ。
それは彼の左手を侵すウィルスが、少年の精神に少しずつ影響を与えている事を意味していた。
「君は・・・君は仲間を囮に使って何も思わないの!?」
やり切れない怒りの中、ハジメが仮面ユーザーに質問をする。
すると、訳が分からないと行った様子で蘭丸が肩を竦めた。
「何言ってやがる。兵隊の代わりなんざいくらでもいんだよ」
「なっ!?」
当然と言わんばかりの蘭丸の態度にハジメは衝撃を受けた。
しかしそんな少年の様子に気づかず仮面ユーザーの自慢話は続く。
「テメーらと一緒に、チェイサーのホームも潰したとなれば、俺の名は『エデン』中のアウトロー達に響き渡る!!そうすれば天雨様も認めてくれる筈だ!
・・もうベルギオスや牙王にもデカイ顔はさせねぇ!!」
もはや、ハジメ達に話していると言うより自分に酔っている様に蘭丸が自らの拳を強く握る。
少年達に連敗し、追い詰められた仮面ユーザーの顔には鬼気迫るものすらあった
「蘭丸・・・君って奴は!!」
『止せ、少年。あのユーザーには何を言っても無駄だ』
自分の事しか考えず、人を道具の様に扱う蘭丸に怒りを露にするハジメ。
だがそれをヴァーカードが再度止める。
態度は冷静その物の白竜だったがその口調には、いつもにはない冷たさがあった
「ハジメ・・・バーカードの言う通り。・・生ゴミは処分するしかない」
アカネも、ヴァーカードと同様に辛辣な言葉を投げつける。
少年よりも『エデン』のプレイ歴が長い二人は堕ちたユーザーに説得など無理だと言う事を知っていたのだ
「ナメんなよ?クソガキ共が!!なんで俺がアウトローしかいない一番隊で隊長やってると思う!?」
魔法少女と少年のペット?に馬鹿にされ、逆上しながら仮面ユーザーが左指に嵌めていた指輪を外す。
よく見るとそれは黄金に輝き、中央には『雷』と言う文字が書いてあった。
「それはな・・・俺が一番強ぇからだよ!!」
ピシャーーッ!!ゴロゴロゴロゴロ〜〜〜!!
蘭丸が指輪を外し、天に掲げた途端、天井に黒い雲と魔法陣が現れた。
それは(召喚師)だけが使える技、召喚術である。
『あれは召喚術?モンスターを呼び寄せるつもりか』
「ハジメ・・・下がって」
ヴァーカードやアカネもいち早くそれに気づき、ハジメを庇いつつ身構える。
無数の稲光が轟く中、魔法陣の中から現れたのは黒く巨大な影だった。
「いでよ!俺の切り札!!サンダァーージャイアントォーーーー!!」
ーーゴロゴロゴロ〜〜!!ーーズン!!
蘭丸が叫んだ途端、魔法陣から金色に輝くモンスターが降って来た。
それは魔神・・・ロボットにも見える巨大なゴーレムである。
胸には『雷』の文字があり、両肩には避雷針の様な長い針が生えている。
足は6本あり、その姿はまるで蜘蛛と機械が合体した様な奇妙な姿をしていた。
『アカネ、こいつは・・・』
「機動魔神サンダージャイアント。モンスターLv40。ゴーレム系では最強クラスの雷の谷にしか現れないレアモンスター」
ゴーレムより一回りも大きなモンスターが出現しても、バーカード達は慌てる事無く対応していた。
しかしハジメはウィルス発動時以外は初となる巨大モンスター戦に内心ヒヤヒヤ物だった。
「ハッハーー!!驚いたか!?俺はコイツを使って≪ドラゴンレイン≫の一番隊隊長にまでのし上がったんだ!」
ーーウィーン!!ガチャン!!
笑いながら蘭丸がサンダージャイアントの手に飛び乗ると、魔神の胸の部分が開き中から操縦席が現れる。
それに乗り込むと、コックピッドが閉まり魔神の三つある赤い眼に邪悪な光が宿った。
「行くぞオラァーーー!!」
『来るぞ!!』
バーカードが叫んだ途端、魔神の左腕が光り強烈な光線が発射される。
アカネが素早く身を翻し、ハジメも抱えながら躱すと間一髪、レーザー光線の様な雷が神殿の入口まで駆け抜けて行った。
ーーバチバチバチッ!!
「うわぁ!!」
そのあまりの迫力に思わずハジメが叫び声を上げる。
すると少年の情けない姿に魔神の中にいる蘭丸が笑い転げた。
「ヒャハハハハ!どうだ?怖いか!?もう土下座して謝っても許してやらねーぞ!!」
「ペラペラとよく喋る・・・!」
狂喜する仮面ユーザーを尻目に着地したアカネが一気にサンダージャイアントとの間合いを詰める。
(拳士)特有のスピードを活かした魔法少女は高々とジャンプすると、魔神の顔目掛けて手にしていたロッドを向けた。
「ライトニング・アロー」
ーービュン!!ドカーーン!!
サンダージャイアントの顔にアカネ必殺の雷魔法が炸裂する。
しかし魔法少女が着地する前に煙を押し退けて現れた巨大な手がアカネに襲い掛かって来た。
「馬鹿が!!雷のモンスターに雷魔法が効く訳ねぇだろう!!」
『ならば火炎攻撃ならどうだ?』
アカネを握り潰そうとしたサンダージャイアントだったが、その前に再度強烈な炎を浴びせられる。
ヴァーカードの火炎攻撃だ。
そのせいで魔神の腕が止まり、アカネは間一髪着地した。
「ちっ!クソルーキーのペットが!!しゃしゃり出て来るんじゃねぇ!!」
苛ついた蘭丸が、ジャイアントの手で掃おうとするがヴァーカードがひらりひらりと攻撃を躱し、相手を撹乱する。
その間、完全に注意を白竜に向けていた魔神だったが、その体を全力疾走する小さな影があった。
「うわああああっ!!」
ハジメだった。バーカードが効果の薄い火炎攻撃をしたのはこのためだったのである。
タン!タン!と(ガン&ダガー)の身のこなしを利用し、体から肩まで飛び移ると、少年はそこからは一気にサンダージャイアントの顔まで突進して行った。
「ああっ?て、テメェ!!」
そこへ来て、ようやく蘭丸もハジメの存在に気づくが、もう遅い。
首まで走った少年はそのままジャンプし、魔神の頭目掛けて渾身の一撃を振り下ろした。
「たぁ!!」
ーーガキーーン!!
だが、奇妙な音と共に体を震わせたのは魔神の方では無くハジメの方だった。
少年の一撃は魔神に傷一つ付ける事すら出来なかったのである。
スピード重視な分、攻撃力の低い(ガン&ダガー)ではサンダージャイアントにダメージを与える事が出来ないのだ。
「か、固い・・!」
逆にダメージを負い、ブルブルと体を震わせたハジメがそのまま落下する
慌ててアカネがキャッチするが、間髪入れず仮面ユーザーの馬鹿笑いが響き渡った。
「ハッハーーー!!馬鹿が!!死ねぇ!!」
少年達にトドメを刺すため、再度サンダージャイアントがアカネ達に左腕を向ける。
少年を担いだまま避けきれないと判断したアカネは、すぐにロッドを魔神に向けた。
「・・・フリズド」
キュイーーン!!・・チュドーーン!!
魔法少女が攻撃魔法を口にした途端、魔神の左腕が凍りつく。
だが強引に蘭丸が攻撃をしようとしたせいで左腕が爆発し、アカネはその爆風に紛れて脱出した。
「ハジメ、大丈夫?」
神殿の入口近くまで引いたアカネが少年の安否を気遣う。
幸い、驚いてはいるがハジメに怪我は無い様だ。
「う、うん。ありがとうアカネ・・・」
『二人共、無事か?』
ハジメが魔法少女から離れると、ヴァーカードも二人の元へと飛んで来る。
彼もまた爆発に巻き込まれ無かった様だ。
「ヴァーカード・・・大丈夫問題ない」
『それなら良いが・・見ろ』
アカネの言葉に聞き、前を向いた白竜が爆発のあった方を指す。
そこには無傷で仁王立ちするサンダージャイアントの姿があった。
「ハーッハッハーー!!どうした!?デカイ口叩いといて大した事ねーなぁ!?」
『問題はどうやって奴を倒すかだ』
羽ばたきながら忌ま忌ましそうにヴァーカードが呟く。
確かにあの電撃と防御力の高さは驚異的だ。
と、その時・・・。
(ん?)
ハジメの眼がある一点に止まった。それはサンダージャイアントの足である。
まるで蜘蛛の様に六本ある足の一つに氷の欠けらが突き刺さっていた。
それを見て、少年の中にある考えが思いつく。
「・・方法があるかもしれません」
『何!本当か?』
ヴァーカードの方を見ながらハジメが頷く。その眼には強い「戦士」の光が宿っていた。
「耳を貸して下さい。皆でやれば上手く行く筈です」
ハジメを中心に三人が輪となり少年の作戦を聞く。
ヴァーカードを交えての作戦会議は何だか間抜けだが、二人は真剣に耳を傾けた。
『なるほどな。分の悪い賭けではあるが、面白い』
「作戦が成功した場合の勝率87%・・・やってみる価値はあると思う」
ハジメの作戦を聞いた後、ヴァーカードはニヒルな笑みを浮かべ、アカネは無表情のまま頷く。
可能性は低いが勝機を見出だした三人に蘭丸の馬鹿笑いが聞こえて来た。
「な〜に話してんだぁ!?どんな作戦練ろうが、このサンダージャイアントには勝てねぇよ!!」
ーードドドドド!!ブン!!
言いながら仮面ユーザーが一気に間合いを詰め、ハジメ達にパンチを振り下ろす
巨体に似合わないスピードに面食らった少年だったが間一髪躱し、王座の近くでゴロゴロと転がった。
『フッ、大した自信だな』
「・・弱い奴程よく吠える」
体勢を立て直したヴァーカードが苦笑し、アカネは鬱憤を晴らすかの様にもう一度、ロッドをブン!と振り回す。
立ち上がったハジメもまた、高笑いする仮面ユーザーを見て掌に力を込めた。
「ヴァーカードさん、アカネ!ボクに力を貸して下さい!ボクはあいつに証明したい!仲間とのチームワークを・・・ボク達の強さを!」
言いながらハジメが再度ダブルダガーを構える。
因縁の相手との決着を着けるための闘いーー。
その第2ラウンドが今、始まろうとしていた。
(続く)