FILE:32『英雄(ヒーロー)』
『少年は私と焔の出会いを聞いたかな?』
剣に乗ったままヴァーカードが聞く。出会いとは焔が話したアウトロー時代の事だろう。
ハジメは正直に頷いた。
「はい、自分を救ってくれたって・・・焔さん、本当に感謝してました」
『フッ・・・そうか』
少年の言葉にヴァーカードはまたニヒルな笑みを浮かべる。あの笑みが出る時は、何か思う所があるのだとハジメは最近になって気づいた。
『あの時はずいぶんとえらそうな事を焔に言った。奴の戦士としての素質を腐らせるのはあまりにも惜しかったのでな。
だが、正直な事を言えば何て事は無い。私も、昔同じ事をしていたから焔の気持ちが分かったのだ』
「えっ!!ヴァーカードさんが?」
白竜の告白に思わずハジメが叫ぶ。《黒の勇者》と呼ばれ『エデン』では最強の呼び声も高い伝説のユーザーの彼がアウトローをやっていたなどにわかに信じられなかったからだ。
『人には隠しておきたい過去が一つや二つはあるものだよ。まだ
「エデン」が発売されて間も無い頃、私は自らの実力を計るため様々なイベントに参加した。そして目の前に立ちはだかる敵は、例えユーザーであろうと撃破した。
痕跡は完璧に消していたので、WB社から眼を着けられる事も無かった。私は自惚れていた。
「エデン」は私にとって腕試しの場所でしか無かったのだ』
ヴァーカードの告白にハジメは彼と出会った時の事を思い出した。
あのクロス・パウロの教会でクロウを倒すために使った最終兵器『滅器』
あれは明らかに『エデン』の規格を越えた物であり、違法な改造武器だった。
だが、あんな物を簡単に作れると言う時点で、バーカードのプログラマーとしての実力が伺い知れる。
『そんな時、私はある一人の男と出会った。その男は初めて会った時、こう言った。
「君はなんのためにゲームをやっているのか?」と・・・。その男との出会いが私を根本から変えたのだ。
男の名はカイン。当時チェイサーの隊長を勤めていたユーザーで、このククルの本当の飼い主だ』
バーカードが翼で自分の小さな体を指す。彼のカラーである黒とは正反対のペットはやはり別の飼い主がいたのだ。
『カインは当時《黒の勇者》と呼ばれていた私と肩を並べる実力者で《白の勇者》と呼ばれていた。その名が示す通りどこまでも真っ直ぐな男で、皆からも信頼される勇者と呼ばれるに相応しい男だった。
実際に奴と組んで冒険はした事は無いが、WB社に腕を買われ掃除屋を始めた私は、時に共に戦い、時にぶつかり合ったこの男の事をいつしか友と思う様になっていた』
過去の話を語り続けるヴァーカードの口調は昔を懐かしむ様な、そんな優しい響きが含まれていた。普段クールな彼からは中々見られない表情である
ハジメはそれだけで、ヴァーカードにとってカインと言う人物が大切な人だったと言う事が伝わって来た。
『それは誰も信じず、たった一人で生きて来た私にとって初めての感覚だった。
「エデン」はいつしか私にとって大切な居場所となっていたのだ。あの最悪のバグ・・・ノイズを確認するまでは』
そこでヴァーカードの口調が変わり、ハジメはハッと顔を上げる。
白竜の脳裏にはあの日、大切な友を救えなかった最悪の瞬間が思い出されていた
「ここか」
WB社に開かせたシステム用のゲートで、ヴァーカードは名も無き丘に降り立った
特に強いモンスターも出ないただの崖なのだが、WB社から正体不明のバグが確認され調査する様に依頼されたのだ。
『エデン』の中では影の存在とされている自分が駆り出されたと言う事は、それなりに信憑性のある情報らしい。
「さっさと済ませるか」
愛用の薬草煙草を取り出し、火を点けた凶戦士はゆっくりと歩き出す。だがその足はすぐに止まる事になった。
「ヴァーカード・・・ヴァーカードか?」
聞き覚えのある声が背後から聞こえた途端、ヴァーカードの頭上を小さな影が通り過ぎた。
それは白銀の竜。ある人物が限定イベントで手に入れた世界でたった一つのアニマルペットである
空中を翔ける竜ーーククルは気持ち良さそうにくるりと一回転すると、ある人物の肩に戻って来て着地した
「まさか・・君とこんな所で会えるとは思っていなかったな?友よ」
「相変わらず恥ずかしい事を平気で言える様だな?カイン」
ヴァーカードが振り向くと、そこに三人のユーザーが立っていた。
二人はチェイサーの中でも名が売れている凄腕の(剣士)と(魔導士)
しかしそんな二人を引き連れている中央の男は、正に別格である。
男は教会の神父を思わせる全身真っ白なサイバー衣装にマント、そしてロングブーツを履き、腰には白銀の長剣を差している。
服装とは逆の褐色の肌に赤の丸型サングラスを掛け、短めの銀髪をオールバックにしている。
バーカードにも負けない細身の長身は何処か清潔感を醸し出し、誰にも紳士と思わせる風格と気品がある。
何万といるユーザーの中で結一自分と肩を並べる伝説の勇者カインーー。
彼は普通の者なら睨まれただけで逃げ出すヴァーカードの視線にも動じず、爽やかな笑顔を浮かべていた。
「ハハハッ、これが私の性格なのさ。しかし何故君がこんな所に?まさかピクニックとか言う訳ではあるまい」
「・・・貴様達に話す必要は無い」
ーージャキーーン!
そっけない返事をして崖の方へ歩き出そうとした途端、首元に刃を突き立てられる。いつの間にか、カインの隣にいたチェイサーの一人が真横に移動していたのだ。
「隊長に向かって失礼だぞ?質問に答えてもらおうか?」
ヴァーカードの事を知らないのか?それとも実力に相当な自信があるのか、凶戦士に剣を突き立てる剣士の顔には傲慢な笑みが張り付いていた。
一度も敗北と言う物を知らず、山よりプライドが高いそんなタイプである。
「良い度胸だな?」
若さ故の過ちか時々こう言うタイプが喧嘩を吹っ掛けて来る。
煙草を投げ捨てたバーカードが身の程を教えてやろうと剣に触れた瞬間、その手を白い手袋が止めた。
「止めたまえ、二人共。私達が争う必要など全く無い」
一触即発の雰囲気を破ったのはやはりカインだった。
ニコニコと笑いながら、彼もまた一瞬で二人の間に割って入ったのである。
剣を構えた剣士は驚きの表情を浮かべ、ヴァーカードは当然の様に無表情を崩さない。
カイン程の実力ならば例え1キロ離れていても、止める事が可能だろう。
「し、失礼しました!隊長」
「良いんだ、ケイル。無駄に命を捨てさえしなければそれで」
慌てて剣を収めたチェイサー戦士の肩をポンポン叩くカイン。せっかくの雰囲気をぶち壊され、興ざめしてしまったヴァーカードがその場を立ち去ろうとしたその瞬間ーー。
ザザザザーーーーッ!!
「!?なんだ?」
突然の画像の乱れがメンバーの目の前で起こった見ると、いつの間にか崖の先に広がっていた雄大な景色が深い霧に包まれており、何も見えなくなっている。
その後、残されたのは不気味な程の静寂・・・。
様々なバグを見て来たヴァーカードだったが、こんな事象は初めてだった。
「あ、ああぁあーーーっ!!」
と、突然悲痛な叫びが辺りに響き渡った。
振り向くと丘の側に小さな森があり、その入り口でユーザーが一人座り込んでしまっている。
古ぼけたローブに身を包んだちょびヒゲの中年らしきユーザーは恐怖に顔を歪め、ガタガタと体を震わす姿はまるで幽霊でも見たかの様だ。
「か、烏が!烏が来る!!私を捕まえに地獄の烏が・・・!!」
「何だ、あのユーザーは?何を言って・・」
「ヴァーカード!!」
明らかに普通では無い魔導士ユーザーにヴァーカードが怪訝な顔をすると、突然メンバーの真上に巨大な影が射す。
それは霧に包まれた崖の先から現れた手。とてつも無く巨大なモンスターの手だった。
『オアアアーーーーーッ!!』
地響きにも似た咆哮と共に現れたのは上半身だけでも崖を覆い尽くす程の巨大なモンスター。折れた二本角の一本が補修され、骸骨の様に窪んだ左眼の部分から爛々と光る眼がバーカード達を見ている。
腐敗した様なひどい臭いの息を吐き、ゾンビ化した真っ黒な悪魔のモンスターは『エデン』をプレイする者なら誰もが知っているモンスターだった。
「カースリベンジャー!?」
「エデン最強のモンスターが何故ここに!!」
ヴァーカードとカインが声を揃えて叫ぶが無理もない。
目の前にいるのは『エデン』をクリアしたユーザーだけが参加出来る限定イベント『魔神の復活』に出て来るボスモンスター。
魔神カースを復活させようとする闇の勢力が古代の秘術を使い、作り上げたカースの超強力番、カースRである。
そのあまりの強さに倒した者が数える程しかいないと言われている伝説のモンスターだ。
『我ハ・・魔神カース・・』
現れた場所がイレギュラーなのにプログラムされたセリフをちゃんと吐きながら魔神が巨大な手を振り上げる。
危険を察知したメンバーが全員その場を回避した途端、地響きと共にカースの手が振り下ろされた。
ズズゥウウウーーーン!
「くそっ!モンスターの分際で・・・!いくぞマホマホ!!」
突然の出来事とカースの巨体に一瞬面食らっていた剣士チェイサーだったが、すぐに仲間の魔導士チェイサーを引き連れ攻撃を仕掛ける。
それはいかなる状況でも冷静な判断を求められるチェイサーとしては、あまりにも無謀な行動だった。
「待て!ケイル!!勝手な行動はするな!!」
「大丈夫ですよ、隊長!!カースRなら倒した事があります!!」
慌ててカインが止めようとするが、若い剣士チェイサーは聞く耳を持たない。
縦横無尽にカースの目の前まで突っ込むと華麗にジャンプし剣を振り上げる。それに合わせる様に後ろを走っていた魔導士チェイサーも杖を振り上げ攻撃呪文を口にした。
「ギガ・ライトニング!!」
ゴロゴロゴローーー!!ピシャーーーン!!
魔導士チェイサーが唱えた呪文は雷系の呪文でも最上級の技、ギガ・ライトニング!
空が暗雲に包まれたかと思うと巨大な稲妻が降り注ぎ、ジャンプしていた剣士チェイサーの剣へと直撃する
だが彼にダメージを負った様子は無く、そのまま剣が真っ白に輝き出すのを確認すると、真下にいるカース目掛けて斬撃を繰り出した
「おおおおっ!!ライジングストラァーーーッシュ!!」
ビシャアアーーーン!!ドドォーーーン!!
剣士チェイサーの剣から放たれたのは雷の刃。斬撃に魔法を合わせ、さらに攻撃力を上げる合体技魔法剣である。
それは二人の息がぴったり合っていなくてはならず、尚且つ実力者同士で無くては技の威力も上がらない難易度の高い技である。
故に成功した場合それを受けた者は一撃で倒されるか、瀕死の重傷を負うと言う
現に直撃を食らったカースRは体を真っ二つにされ、今正にその巨体を倒そうとしている。
以前もこの技で倒したのか勝利を確信した剣士チェイサーは落下しながらもカインの方を向き、自信たっぷりの笑みとグッドサインをビシッと出した。
「どうですか?隊長!少しは俺の事も見直して・・・」
「よそ見をするなケイル!!後ろだ!!」
余裕たっぷりで剣士チェイサー・ケイルが話している途中、有り得ない事が起こった。
落下中の彼と近くにいた魔導士チェイサー・マホマホの所まで突然晴れた筈の巨大な影がまた戻って来て、二人を覆い尽くしたのである。
それまで傲慢な笑みを浮かべていたケイルの表情が凍り付き、恐る恐る振り返る
すると、真っ二つにされたカースRが何事も無かったかの様に上半身を起こし、二人目掛けて巨大な手を振り上げていたのだ。
『我ハ・・魔神カース・・・!』
「そんな・・有り得ない」
「ば、馬鹿な!うわあぁぁーーーーっ!!」
ーーズン!!
三者三様の言葉を聞きながら、カースは自らの手を地面へと叩き付ける。
避ける暇すら無かったケイルとマホマホは、哀れ魔神の手の下敷きとなってしまった。
「マホマホ!!ケイルーーーっ!!」
一瞬でカインが部下の元へと駆け寄りカースの手を切り裂く。居合の様にあっという間に切られた魔神は悲鳴を上げて手を退かすが、潰された二人はゲームオーバーになっているのは明らかだった。
それだけでは無い。
やられた二人のチェイサーの所々に黒い斑点の様な物ができ、広がって行く。
そして二人の体を凄いスピードで消して行ったのだ。
「な、なんだ?これは」
駆け寄ったカインはもちろん、後ろで見ていたヴァーカードもあまりの光景に言葉を失う。それがノイズのウィルスのせいだとは当時の二人は知る由も無い。
結局、ウィルスの侵食を受けた二人は跡形も無く消えてしまった。
「ケイル・・・!くそ・・!!」
「泣いている暇は無いぞカイン。上を見てみろ」
部下を失い、顔をしかめる白の勇者だったがヴァーカードに言われ、顔を上げる。
見ると真っ二つにされた筈のカースRの体が修復され、元に戻って行く。切られた手も元通りになり、何事も無かったかの様に魔神はまた雄叫びを上げた。
「これは!?」
「ダメージを受けてもすぐ回復する様に改造されている様だな」
簡単に復活を果たしたカースRを見て冷静に分析するヴァーカード。WB社が言っていた原因不明のバグとはどうやらコイツの事らしい
ならば、する事は一つだ
「退いていろ、カイン。どうやらコイツは私のターゲットの様だ」
指を折り曲げ、コキコキと鳴らしヴァーカードが背中の大剣に手を伸ばす。するとその漆黒の肩に正反対の白い手袋に包まれた手が力強く添えられた。
「待て、ヴァーカード。私は奴に部下を奪われた。二人の無念を晴らしてやらねばならない。
それに、奴にはまだ何かありそうな気がする。やるなら二人でやろう」
「勝手にしろ。私は自分の仕事をやるまでだ」
ギャリリリーーーーッ!!
カインの申し出に素っ気なく答えるとヴァーカードは背中から愛刀を抜いた。手にしたのは『魔光』の前の愛刀『蛮器』
剣の頭がクワガタの様に二つに割れ、刀身の刃がのこぎりの様に回転している恐ろしい剣である。
「ふっ、ならば遠慮無く!」
凶戦士の同意を得てカインもまた一度鞘に納めた白銀の長剣を抜く。
それはククルを手に入れた限定イベントにて同じく手にした聖剣、ハルバリオンーー。
女神サラが勇者のために作ったと言われている神々しくも美しい剣である
「久しぶりだな?君と共に戦うのは!腕は落ちて無いだろうね?」
「黙れ。奴の前にお前を消すぞ」
『ウオォオーーーーン!!』
軽口を叩きながら自身の愛刀を手に構える《黒の勇者》と《白の勇者》
今、ノイズに改造された魔神を前に『エデン』最強コンビの戦いが始まろうとしていたーー。
(続く)