FILE:30『業火(バーニング)』
「ほぉ・・・これはこれは」
閉鎖された《噂屋》の中豹変したハジメを見て次郎は驚きの声を上げた。
救世主と呼ばれた少年と実際に会った時、正直本当か?と疑ったが今その信じられない光景が目の前で起きている。
次郎と同じく大画面で外の映像を見ていたオババは、覚醒したハジメを見てニヤリと笑った。
「いやぁ〜驚きましたわあの大人しそうな坊やがねぇ」
「だから言ったろ?面白い物が見れるってね」
笑いながらオババがキーボードを操作すると岩窟王を睨むハジメの姿が拡大される。
実際に現れたノイズとウィルスを使う少年の戦い分析するにはこれ程有利な状況は無い。
「マスターの言う通りになりましたなぁ。まさか坊やがこうなる事を予想して外に?」
「勝算の少ない賭けではあったがね。
さて、鬼が出るか蛇が出るかじっくり見せてもらおうじゃないか」
自分達の命運をも賭けた戦いを二人は見守る。外では今正に新たな戦いの火蓋が切られようとしていたーー。
「お前、焔さんとアカネ虐めただろ?」
腰から相棒の二丁拳銃を取り出しながらハジメがゆっくりと歩み寄る。
まるで隙だらけなのに周りを威圧する様なそんな歩き方だ。
《オ・・オオ・・》
近付いて来るハジメに対し岩窟王が小さく叫んだ途端、岩窟王の手が襲い掛かって来た。
少年の四方を囲んだ4つの手は逃げる隙を与えず一気に押し潰そうとする。
しかし・・・。
ーーザシュ!ザシュ!!
少年の歩みが止まる事は無かった。引き抜いた拳銃を素早く振り回したかと思うと、4つの手が一瞬で粉々になる。
両手に握られているのは2刀の刃。障害物をダガーで粉砕したハジメは鋭い視線を向けたまま呟いた
「許さないよ・・お前」
静かな怒りを胸に秘めハジメが構えると、岩窟王のパーツ達が一斉に動き出した。
それに応じて少年もダガーを拳銃に変えて迎え撃つ。
ーードキュン!ドキュンドキュンドキュン!!
銃声と共に次々と破片や岩窟王の手が粉々になって行くが、やはり全てを破壊する事は出来ず回避するハジメ。
二丁拳銃は一発の威力が低いので大勢で攻められると分が悪い。
小さな体を生かしたスピードで敵の攻撃をかわすと少年はそのまま弾かれた様に本体に突進した。
「オォオオーーーーっ!!」
そうはさせじとパーツ達が立ち塞がるが、走りながら銃を乱射し、一掃する。
だが、パーツ達がいた所に差し掛かると突然その場の景色が一変した。
なんと地面が盛り上がり巨大な高台へと姿を変えてしまったのだ。
「これは・・・」
いきなり空に取り残されてしまい、ハジメが驚いているとすぐに破片群が矢の如く飛んで来る。
さっき少年を捕らえた十字架と良い、どうやら土や岩から作れるのは自分のパーツだけではないらしい。
ハジメが素早く回避すると高台があっという間に崩れ、新たな破片群として攻撃して来る。
銃で迎撃しながら地面に落下し着地すると、すぐにパーツ達に周りを包囲され、襲い掛かって来た
「野郎、本体に近づかせない気か!?」
力を使い果たし、ただ見ている事しか出来ない焔が忌ま忌ましげに吐き捨てる。
ハジメがウィルスの力に目覚めた今、岩窟王のバリアーはもう何の意味も為さない。ならば数に物を言わせて力で押し切るつもりなのだ。
「ちっ・・・!」
少し表情を曇らせたハジメだったが、迫り来る敵の攻撃をジャンプで回避し空中から岩窟王に向けて銃口を合わせる。
そして僅かな時間でエネルギーを充電したかと思うと岩石モンスターに対しあの技を放って行った
「ツインチャージ・・・ショット!」
キュイン!キュイン・・チュドーーン!!
二つの銃口から発射されたエネルギー弾が一つとなり、巨大な球体となって岩窟王に飛んで行く。クロスピアのノイズ襲撃の際、エンゴウを一撃で倒した技ツイン・チャージショット。
これが当たれば岩窟王もただでは済まない。
《オオオォ・・・・》
だが岩窟王がまた小さく叫んだ途端、無数の岩の手がツインチャージ・ショットの前に立ち塞がった。
それらがいくつも連なって行き、エネルギー弾をキャッチすると何と本体の前で勢いを止めてしまった。
「何・・?」
ドガァーーーーン!!
行き場を失ったエネルギー弾は岩窟王に当たる事無く大爆発を起こしてしまう。
自分の必殺技を防がれ、一瞬ハジメの動きが空中で止まると、その隙を白いマントの男が見逃さなかった。
「ほらほら、油断なんかしてて良いのかな?」
マントの男がパチン!と指を弾くと、突然少年の背後に岩窟王の手が現れる。
気付いた時には既に遅くあっという間にハジメの体は捕らえられてしまった。
ーーガシィ!!
「うわぁ!」
捕まった掌の中で少年がいくら抵抗しても岩窟王の手はビクともしない。
例えバーカードの強さをコピーしていても基本は(ガン&ダガー)
力では勝負にならないのである。
ようやくハジメを捕らえた岩石モンスターはそのまま落下したかと思うと何と自分事地面に激突させ、埋まってしまう。これにはさすがのハジメも苦痛に顔を歪めた。
「ぐっ!」
地面に上半身だけを出し少年が動けない事を良い事に、周りにいた破片群が次々と集まり合体して行く。
そして段々と、何か巨大な物体を作り上げて行った。
ーーガチャン!ガチャン!ガチャン!!
「や、やべぇ・・・あいつは!?」
完成した物体を見て焔が叫ぶ。少年の前に現れたのは岩窟王の元となったモンスター、ゴーレム。
小さな山程ある巨漢のモンスターは真っ赤な一つ目でハジメを睨み据えるとゆっくりと近づいて行った。
(コ〜〜〜ホォ〜〜!)
独特な呼吸音を響かせながら、ゴーレムが歩き出すとその後ろにさらに2体のゴーレムが現れる。
計3体となった岩石モンスターは少年を取り囲むと三匹とも巨大な拳を振り上げた。そしてーー。
「や、止めろぉーーーー!!」
ーーズン!!
無慈悲にも岩窟王の手もろともハジメの頭上にゴーレムの拳が振り落とされた。
しかも一度だけで無く三匹が交互に攻撃を続ける念の入り用である
焔の叫び声が響く中、土煙を上げて続けられるゴーレム達の連続攻撃。それを見て白いマントの男がまた口元を緩めた。
「ふっ、やはりウィルスに対抗出来る力を持っていても所詮は(ガン&ダガー)
(彼)のモンスターの中でも最強のパワーと防御力を持つ岩窟王の敵では無かったな」
何度も何度も巨人によってハジメが潰されていく光景を冷酷に見つめるマントの男。
彼は前回の戦いでハジメの弱点を見抜いていた。
それは属性による絶対的な攻撃力の低さ。連撃とスピードに頼るしかないパワーの弱さである。
その相性を考え、再生と怪力を持つ岩窟王を召喚したのだ。
ハジメがウィルスの力に目覚める事など最初から計算の内である。
「例え(黒の勇者)ヴァーカードの力を手に入れようと属性が(ガン&ダガー)である以上、君が岩窟王に勝てる事は絶対に無い。
相性で勝った時点でこの勝負、私達の勝ち・・・」
ーードガァン!!
モンスターの勝利を確信し、男が悠々と勝利宣言をしていると、途中で有り得ない事が起きた。
ハジメのいた場所から突然巨大な火柱が上がり、攻撃していたゴーレム3体が空高く放り出されたのである。
(こ、コォーーホォーー!!)
その内の一体は完全に火柱に飲み込まれ、粉々に砕け散る。
他の2体も地面に激しく叩き着けられ、倒れ込んだ
「なっ!?」
「・・・バカな」
焔とマントの男が同時に驚きの声を上げる。
火柱が立ち上る中、立っていたのは天に向かい拳銃を撃った、たった一人の小さな姿。
『※*』と言う驚くべきサインを漆黒の左手に浮かべたハジメだけだった
「流石にうっとおしいな・・・焼き尽くすか」
また拳銃をダガーに戻しハジメが浮かび上がった文字に刃を通すと、右手のダガーも真っ赤な炎を点す。
そして倒れているゴーレムに向かって構えると両手から炎の刃が発射された。
「ぬぅううううっ!!らあっ!!」
ーーゴオッ!!
炎の刃はゴーレム達を飲み込み全身を燃え上がらせる。
山の様な巨体を持つ岩石モンスターは瞬く間に焦げて行き、脆く崩れ去って行った。
(コココココォーーホォーー!!)
断末魔の叫び声を残し跡形も無くなるゴーレム達それを見て、今まで余裕で木に寄り掛かっていたマントの男がハッと体を起こした。
「いかん・・・それ以上奴を近づかせるな」
男がまた手を前に差し出した瞬間、ハジメが岩窟王に向かって突進する。
それを邪魔するため、またパーツや破片群が立ち塞がるが、もはや少年の敵では無かった。
「邪魔だぁーーーっ!」
走りながらハジメがダガーを振い、炎を発射する炎の刃はパーツ達を切り裂き、破壊して行く。
パーツ達が炎に包まれると、全て焼き尽くされ破片として再生する事も出来ない。
焔やアカネをあれだけ苦しめた岩窟王のパーツ達が、ハジメを止める事すら出来ないのだ。
「凄ぇ・・・これがクソガキの本当の力か」
焔が絶句する中ハジメは確実に岩窟王本体に接近して行く。
無尽蔵に作られるパーツ達も炎の力で一蹴され、本体が間近に迫る頃にはほぼ全滅に近い状態にされていた。
《オオ・・オオ・・オオオォ・・・》
と、突然ハジメがその足を止めた。
それもその筈、守る物がいなくなった岩窟王が大きく口を開け、その口内が真っ白に光り輝いていたからである。
岩窟王本体が使う結一にして最強の技『静かなる咆哮』ーー。
アカネの防御魔法もたやすく破った技をチャージするため、岩窟王は時間を稼いでいたのである。
「・・・・・!」
岩石モンスターが最強の技を使う事を察知し、ハジメもまた両手を体の前と後ろに置き、構えを変えた。
まるで競争のスタートダッシュの様な奇妙な構えである。
静寂に包まれた森の中ビリビリとした緊張感だけがその場を支配する。
そして、岩窟王の口内で破滅の光が極限まで膨れ上がった瞬間だった。
《オォ・・オオーーーン!》
チュドーーーーン!!
岩窟王の口から『静かなる咆哮』が発射された。全てを終わらせる破壊光線は一直線にハジメに向かって行く。だが怯む事無く少年は体を高速回転させ、炎を体に纏う。そして小さな竜巻を作ってみせた。
「回転・・炎舞ぅ!!」
「何っ!?まさかありゃあ、エンゴウの・・!」
焔が驚くのも無理は無いハジメが使ったのは正にエンゴウの技。
シュウの魔法を事如く打ち破った必殺技である。
地獄の炎を纏い、猛スピードで突進する少年は飛んで来た破壊光線と真っ向から衝突する。
そして次の瞬間、焔の眼にまた信じられない光景が飛び込んで来た。
「うおおおおーーーーっ!!」
勝負に勝ったのはハジメだった。
何と少年の回転炎舞が『静かなる咆哮』を切り裂いたのである。
何とか押し返そうと、岩窟王も決死の抵抗を見せるが、ハジメの舞は止まらない。
ついには破壊光線を打ち破り、瞬く間に距離を詰めると岩窟王本体に怒りの一撃を加えたのだ。
ーーギャリギャリギャリ!!パリーーン!!
本体ごと(見えない壁)を粉砕し、破壊すると岩窟王の《コア》である岩の眼球が露になる。
すると砂煙りを上げながらも回転を止め、素早くダガーから二丁拳銃に変えたハジメが銃口を向けボソリとつぶやいた。
「トドメ刺すよ。ゴメンね」
ーーキュイーーン!キュイーーン!キュイーーン
!!
銃口を向けた途端、左手に浮かんでいたエンゴウの文字が消え、二丁拳銃がチャージを始める。
溜められているのは炎では無くエネルギー弾。
もはやその場に浮く事しか出来なくなった岩窟王に放たれたのは、やはりあの技だった。
「ツインチャージ・ショットォ――――!!」
キュイーーン・・・ドゥン!!
ハジメの二丁拳銃から一つの巨大な光弾が発射された。
エネルギー弾が岩窟王の《コア》に直撃すると岩の眼球からモンスターが誕生した時に現れた抽象文字が浮かび上がる
そしてその文字と共に、岩窟王の《コア》は跡形も無く消し飛んで行った
ーードガァーーーン!!
爆発と共に今まで(噂屋)を取り囲んでいたノイズ・フィールドにヒビが入る。
岩窟王が倒された証だ。
赤い結界が砕けて行くとあれだけ静かだった辺りから虫や鳥達の声が聞こえて来た。
「やりやがった・・・あのクソガキ!」
悪夢の様な戦いに勝った喜びで焔がヨロヨロとしながらもハジメに駆け寄ろうとするが、少年の左手を見て、その足が止まる。
少年の左手は、今だ黒い輝きを失っていなかったそう、ハジメの戦いはまだ終わっていなかったのである。
「次はお前の番だ!クロウ!!」
岩窟王を倒した事を確認し、ハジメが素早く身を翻して二つの拳銃を背後の影に向ける。
そこにいたのは空中に佇む一匹のカラスの姿ーー
絶望と言う名の翼を広げるモンスター、クロウは眼球の無い三つの窪みで静かにハジメを見ていた
『―――――』
闘志満々で睨み付けるハジメだったが、どうやら烏モンスターにその気は無かった様だ。
ノイズ・フィールドが無くなると、巨大な翼で自分の体を包む。
また球体になり逃げる気なのだ。
「ーーっ!?待てぇ!!」
ドキュン!ドキュンドキュン!!
ハジメが追撃の銃弾を発射するが、クロウは球体のまま空中を急上昇し攻撃を回避する。
やがて小さな放電を繰り返しながら、漆黒の烏モンスターは消えて行った
「!?・・・ふざけるなよ。逃げるだと?
あれだけ酷い事をしておいて逃げるだと!?」
クロウが消えた後、立ち尽くしたハジメが全身を震わせる。
いつの間にか白いマントの男もいなくなっていた脅威は去ったのだが、少年の胸中はそれでは治まらない。
それは怒り。周りにいる焔達ですら、襲い兼ねない激しい憎悪の怒りだ。
「くそぉ!!逃げずに戦え!クロォーーーーーッ!!」
平穏を取り戻した迷いの森で、ハジメの慟哭が響き渡る。
喉が張り裂けんばかりの少年の魂の叫びに、焔はただ複雑な表情で見守る事しか出来なかった。
『平なる王の力が消えた・・・?』
始まりの街、クロスピアの大通り。王宮へと続く道でたくさんのユーザーが行き来をしている中黒いローブを被った少年が歩みを止める。
エンドレスだった。
魔導師の少年は何かを感じ取り、マルコロ大聖堂の方を向く。
見えているのか分からない灰色の眼の中で、傷つき倒れているアカネと焔の姿が波の様に揺らめきやがて消えて行った。
『また運命が変わった。ああ!ハジメ、やっぱり君は・・・』
やや興奮した面持ちで、エンドレスが初めて笑顔を浮かべる。
やがて少年はまた歩き出し、ユーザーの中に紛れて行ったーー。
(続く)