FILE:3『異変(イレギュラー)』
―適性Lv3。クロス・パウロ教会前の荒野――。
「エデン」
の中でも初心者用の低レベル・モンスターしかいない荒野・・・。その連なる山の山頂に一人の男が立っていた。
180はあろうかと言う長身を黒光りする鎧で身を包んだ男である。
腰の両側に装着しているホルスターにはこれまた黒い拳銃。そして背中にはその長身に見合う程の大きさの大剣を背負っている。肩にはペットだろうか?真っ白い竜を乗せながら、男はゆっくりと煙草をふかしていた。
男が何者なのか?それは分からない。しかし男が発する荘厳な雰囲気にその光景は、とても良く似合っていた。
プルルル〜ッ!!プルルル〜ッ!!
と、突然男の腕に装着された通信機の様な機械から音が鳴り出す。男は煙草を荒野に投げ捨てると、通信機のキャップを開けた。
「・・私だ」
(あい、一服中すいませ〜ん。その地点の近くで例のノイズを確認したと『情報屋』さんから連絡が入りましたよ〜!)
「分かった。すぐに向かう」
(気をつけて下さいね〜?焔さんにも今ログインする様連絡しました〜!)
「問題無い。彼がログインするまでに終らせる!」
男が通信が切ると足元に『ゲート』が現れ、その姿は光と共に消えてしまう。
荒野はまた先程と変わらない静寂に包まれた――。
それとほぼ同時刻。同じエリアにシュウとハジメの二人の姿があった。
ハジメは自分の武器、小剣銃を携え構えていた。小剣銃とは二つの拳銃をダガーに変形させ、戦う事の出来る武器である。
キャラエディットの時、見た目が格好良いな?と思い選んだ武器だったが、ハジメは今正にその武器を使い、初めての戦闘に挑んでいた。
「はぁ・・はぁ・・はぁ・・」
ピンと張り詰める空気の中、互いに隙を伺いつつ両者一歩も動かない。ハジメもまた相手の獣じみた殺気を感じ取り、一瞬も気を抜けない状態が続いていた。
『△■×!!?』
と、長い沈黙に耐えられなくなったのかハジメがほんの少し動いた瞬間、相手が先に襲い掛かって来た。
しかし、ハジメはそれを良く読み素早く相手の体当たりをかわすと、そのまま敵の死角に回り込み一気に踏み込む。敵は向かって来るハジメの姿がこの世で見た最後の光景となった。
「たあっ!!」
――ズバッ!!
変形させた二つのダガーがハジメの敵・・・グリーンスライムを十字型に切り裂く。切られたスライムはそのまま光の屑となり、空中に離散した。
「よ〜し!!良くやったぞ〜!ハジメ」
初の戦闘に勝利した少年に後ろで見ていたシュウが称賛する。ハジメはスライムを倒した事を確認すると、ペタンと尻餅をついてしまった。
「はぁ・・・はぁ・・シュウ兄ちゃん、ボクやったよ!」
「な?相手の動きさえちゃんと見ていれば攻めて来たって恐くないだろ?・・ただ、後はもう少し早く敵を倒せれば上出来だなw」
シュウが苦笑しながら頬をポリポリ掻く。二人が先程のモンスターと対峙してから約2時間の時が経っていた。
クロスピアの街で様々なユーザー達と出会い、道具屋などで回復アイテムを購入したハジメ達は一路、街の王城ストーン・キャッスルに向かった。そしてその城の玉座の前で妙な生物と出会った。
王様の格好した緑色の卵みたいなキャラである。
確かに王冠も被っているし、立派な髭も生やしているのだが高貴な洋服の袖が半分くらいしか腕が通って無いし、着ているのは上着だけである。
ハジメが妙な顔して見ていると、その緑卵の王様が突然語り出した。
『おおっ!待っておったぞ〜??選ばれし冒険者よ!実は今、この国で大変な事が起こっておるのじゃ〜!!』
蛙を引き伸ばしたみたいな声である。ハジメが面白くなって指で小突いたりして見ても王様の喋りは止まらない。
それに寄ると今、この国は太古の昔封印された魔神、カーズを復活させようとしている魔物達が潜んでいて、その中の一派が街の近くの教会を占領してしまい困っているらしい。
シュウの蛇足に寄ると、つまりこの『エデン』のストーリーは様々な大陸を渡り、復活した魔神カーズを倒すための冒険が用意されていて、その要所x2のイベントではユーザーキャラでは無く冒険者達を導くCPキャラが設置されているのだと言う。そしてそのCPキャラをユーザー達はナビ・エッグと呼んでいるのだ。
―そして、二人は王様のナビ・エッグの言う通り、教会のモンスター退治に向かって荒野を歩いていたのだが、その途中で先程のグリーンスライムに遭遇したのである。
通常、グリーンスライムはLv1のキャラでもミスさえしなければ負けないモンスターなのだが、ハジメはそれを倒すのに2時間もかかってしまったのだ。
「ごめん、シュウ兄ちゃん。ボク・・・」
「ドンマイ!ドンマイ!初挑戦なんだから仕方無いさ。用は次また頑張れば良いって事−−だろ?」
「・・・うん!」
シュウの励ましでまた落ち込み欠けていたハジメの顔がパッと明るくなる。付き合いの長い従兄弟は、少年が何を言えば元気になるか心得ていた。
「そいじゃ、気を取り直していきますか?あんまりゲームばっかやってると叔母さんカンカンだろうからなw」
シュウがおどけながらまた教会に向かって歩き出す。ハジメもまた、クスクス笑いながら頼れるサポーターに付いて行こうとした時だった・・・。
ザーーーーッ!!
その異変は突然起こった。
二人の周りの景色がまるでさざ波の様に乱れたのである。そしてその景色の乱れが起こった途端、辺りが水を被った様に静まり返ってしまった。
「なんだ?今のビジョンの乱れは?」
側にいたシュウもまた、怪訝な顔をしているから見間違いでは無いらしい。耳が痛くなりそうなくらいの静寂に、不安を覚えたハジメがふと空を見上げた時だった。
「シュウ兄ちゃん!あれ・・・!」
少年の視線が空中で釘付けになる。
二人の頭上に黒い球体があった。
人一人がスッポリ収まりそうな程の大きさである。それが果たして生き物かなのは定かではないが、その球体は積乱雲の様に小さな放電を繰り返しながら空中に存在していた。
「なんだあれは・・?俺はこんなイベント知らないぞ!?」
シュウの言葉がこれが通常のゲームの出来事では無い事を示している。
システム側の人間である彼から、余裕が消え初めている事からもこの事態の異常性を物語っていた。
−−バチバチバチッ!!
と、突然だった。
それまで、ただジッと空中に留まっていた黒い球体が、バチバチと激しく放電し、拳大の小さな球体を生み出したのである。
小さな球体はゆっくりと地上へ降下し液体の様に広がったかと思うと、赤いゲートに似た光の輪を作り出す。そしてその中で、まるでキャラを制作する様に何かが形作られて行った。
「!!」
−−ズン!!
赤いゲートの中で作られた者がゆっくりと外へ出て来る。黒い球体が生み出した者−−−それはモンスター。
2メートルを越す巨体を鎧で包み、右手に体の半分はありそうな大刀を持った鬼のモンスターである。
しかもただの鬼では無い。腐っている全身を鎧で守り、辺りに腐敗した息を撒き散らす異形のモンスターだった。
「エビル・ゾンビ!!カーズの居城に出没する筈のモンスターがなんでここに!?」
予想外の敵の出現でシュウの顔色が変わる。エデン初心者のハジメでも目の前のモンスターがどれだけ凶悪かは分かった。
『ルオオォ−−−ッ!』
二度と見える事の無いだろう眼球の抜けた空洞に赤い光が宿ったかと思うと、天地を切り裂く様なモンスターの咆哮が響き渡る。
モンスターを生み出した黒い球体は、エビル・ゾンビが動き出すと同時に跡形も無く消えてしまう。
荒野に残されたシュウとハジメにエビル・ゾンビが襲い掛かって来た。
(続く)