FILE:29『声(ボイス)』
「分かったか?」
長い昔話を聞き終えてハジメは絶句した。焔が昔アウトローだったと言うのも驚きだったし、ヴァーカードとの間にそんな事があったとは思わなかったからである。
少年が言葉を失っている間も、焔は絶えず岩窟王に睨みを効かせていた。それはモンスターがいつ襲って来ても戦える様にである。
「あの時、ヴァーカードさんが俺を倒さなかったのは単なる気まぐれかもしれねぇ・・・。俺と昔戦ってた事なんてもう覚えてねぇかもしれねーよ。けどな・・・」
疲労した様子で尚戦おうとする焔は見て、少年は彼がもう限界な事に気づいていた。
だが、そんな状態でも彼はハジメを守ろうとしている。
そんな鬼人に自分が出来る事と言ったら、ただ黙って話を聞く事くらいだ
「信じてくれたんだよ。あの人は・・・。
ミュージシャンになるって夢を諦めて、ただ暴れる事しか出来なかった俺を信じてくれたんだよ!・・その時、俺は決めたんだ。
いつかヴァーカードさんの役に立てる男になろうとそして、いつかあの人を越える戦士になってやろうってな!」
また昔の事を思い出したのか、焔の顔が一瞬優しくなる。
だが、岩窟王のパーツ達がにじり寄るとその表情は戦う戦士の顔に戻った
「だからーーこんな所で死ぬ訳にはいかねぇんだ!!」
ーーゴォッ!!
焔が叫んだ途端、彼の体が炎に包まれた。そして現れたのは背中から翼を生やし、手足をドラゴン化させた鬼人の姿・・。ダメージのせいで完全なる変身は出来ないが、スピードと攻撃力を特化させた今出来る焔の最強形態である。
「行くぞ!コラァーーーーっ!!」
周りにいる者を震わせる程の焔の雄叫びと共に岩窟王のパーツが一斉に襲い掛かって来た。
だが低空飛行をした焔の翼が次々とパーツ達を切り刻んで行く。
真っ二つにされた岩窟王の手はバラバラになりながら、そのまま後を追い掛けて来る。
追跡する破片群と向かって来るパーツ達に挟み撃ちにされると、焔は一気に上昇し、追って来る敵達に必殺の炎を浴びせて行った。
「オオオーーーッ!!焔炎熱波ぁ!!」
ズドドドドーーーーン!
体を回転させ、口から熱線を吐き出し、周りにいた破片群を破壊して行く焔。
破片群も次々と巻き込れその数を減らして行く。
気付くと、巨大な満月が登る夜空には鬼人の姿だけが残っていた。
だがーー。
「はぁ・・・はぁ・・・く、クッソ!!」
恨めしげに舌打ちをする焔。彼の周りはすぐに新たな岩窟王のパーツ達に囲まれる事となった。
いくら壊しても本体である岩窟王には何のダメージも無いのだから当然である。
しかも、完全に消滅させない限り破片は増えて行くのだ。
岩石モンスターはただ焔が疲労するのを待っていれば良い。
「く・・・おぉおおーーーーっ!!」
絶望的な状況で、自分を奮い立たせる様にもう一度雄叫びを上げた焔が突進した。
そして、ドラゴン化した爪とアックスギターで身近にいた者を次々と切り刻んで行く。
これ以上炎で攻撃したらあっという間に消耗して終わりだ。ならば接近戦に持ち込むしかない。
暴れ回る鬼人を止めようと岩窟王の両手が迫るが焔はアックスギターで右手を真っ二つにし、そのまま左手にも刃を突き刺す。
そして素早く背中を向けるとギターを弾く体制に入った。
「インフェルノ・レイクエムぅ!!」
ーージャーン!!
最後の力を振り絞った必殺技は、岩窟王の手を炎に包み込み大爆発を起こす。
だが次の瞬間、焔の表情が凍り付いた。なんと爆発した手の後ろにもう一体隠れていたのだ。
「しまっ・・・ぐあっ!!」
ーーガツン!!
気付いた時には既に遅く岩窟王の強烈なストレートを喰らい、焔が落下する。
落ちて行く彼にトドメを刺すために、周りにいたパーツ達や破片群が次々と攻撃を加えて行った。
「ぬあああーーーーっ!!」
「焔さぁん!!」
追撃を食らいボロボロになった焔がハジメの側に弾き飛ばされて来る。
辛うじて生きてはいる様だが、背中のウィルスが本格的に蠢き始めていた
恐らく、後一撃でも食らえばウィルスは焔を蝕うだろう。
「アカネ、焔さんが!!」
「・・・大丈夫。彼もハジメも死なせない・・」
気絶している鬼人に襲い掛かる破片群を見てアカネが小さく呪文を口にする。すると、焔の周りにハジメ達と同じバリアーが現れ、破片群や岩窟王の手を弾き返した。
「やった!!さすがアカネ!」
焔の救出に成功しハジメが喜ぶと無口な魔法少女はまた頬を赤く染める。
しかしその様子を森の中から見ていた白いマントの男は、余裕の笑みを浮かべていた。
「ふむ、監視者の代わりらしく中々優秀な子守だな」
善戦するハジメ達を一笑する男には、人を馬鹿にした様な冷たさが感じられた。
それは、普段真っ白な装束で隠している男の本性かもしれない。
「だが、所詮人は人。ガラスの盾でいくら守ろうと鉄の斧には敵わない」
そう言うと男は指をパチンと鳴らす。すると、何とそれまで佇んでいただけの岩窟王がゆっくりと口を開けたのだ。
「ああ・・・マズイ!」
それが何を意味するのかハジメはすぐ理解した
さっき岩窟王がアカネに放った破壊光線である。魔法少女もその威力を知っているためか、眉を潜めている。
その間にもチャージは進み、岩窟王の口の中は徐々に白く染まって行った
キュイーーン!キュイーーン!キュイーーン!
「ハジメ・・・下がって」
少年を後ろに下がらせ、アカネがもう一度集中しロッドを地面に突き刺すとバリアが一回り大きくなった。魔力を注いで強化したのだ。
守りを固めるとアカネは小さく深呼吸し、岩窟王を睨みつける。
その瞳には何があってもハジメを守ると言う強い決意が感じられた。
キュイーーン・・・ドオォン!!
それとほぼ同時に、岩窟王の口から白い閃光が発射された。
破壊光線がバリアーと衝突した途端、少年の目の前が真っ白になる。
だが二人に攻撃が当たる事は無かった。強固なバリアーが二人を守ってくれているからである。
バリアー破壊されない事にホッと安堵するハジメだったが、魔力を注いでいたアカネの表情が徐々に変わり始めた。
「MP70%消失。バリアー維持率50%低下・・・このままだと、敵の攻撃の直撃は避けられないものと判断される」
「ああっ!そ、そんなぁ!!」
冷静に自分達の状況を判断するアカネの言葉を聞いてハジメの顔が真っ青になった。
見ると、少女の言う通りバリアーのヒビが入り少しずつ全体に拡がり始める。
やはり敵の攻撃力の方が圧倒的に高いのだ。
そしてーー。
「30・・20・・10・・MP0。・・バリアー消失」パリーーン!!
アカネのカウントダウンと共にバリアーはガラスの様に粉々に砕けてしまった。
と同時に焔を守っていたバリアーまで消えてしまう。少女の魔力が尽きたせいだ。
驚きの表情を見せるハジメだったが、守る物が無くなった二人に岩窟王の破壊光線を防ぐ手段は無く、直ぐに白い閃光が襲い掛かって来た。
ーードゴオォォン!!
「うわああーーーー!!」
少年の悲痛な叫び声は姿と共に光線の中に消えて行ったーー。
ーーパチパチパチッ!
ハジメの姿が破壊光線の中に消えると白いマントの男は静かに拍手をした
「素晴らしい調べだ・・愚者の最後に相応しい」
まるでショーでも見た様な口ぶりだった。
男は結一ノイズに対抗出来るハジメを始末出来た事に、非常に満足している様だった。
残るは地面に転がっている死に損ないと屋敷の中にいるおばば達だけ。赤子の手を捻るよりたやすい。
勝利を確信した男が最後の仕上げを岩窟王に指示しようと手を上げたその時、突然男の動きが止まった。
「何・・・?」
帽子に隠された男の口元が歪む。その視線はある一点に注がれていたーー。
「・・ハジメ、大丈夫?」
破壊光線が撒き散らした煙が治まると、何と地面にへたり込んだハジメの姿があった。
だがブルブルと全身を震わせ、絶句している少年の姿はどう見ても普通ではない。
その理由は前にいる少女にあった。
「あ、アカ・・・ネ」
搾り出した声でハジメが何とか口を開く。
少年の目の前には両手を広げ、立っているアカネの姿があった。
だが着ているドレスはボロボロで、顔や手なども所々黒く汚れてしまっている。
愛しい少年を守るため、少女は自らを盾にして光線の直撃を受けたのだ。
「・・大丈夫・・みたいだね」
「ボ、ボクは平気だけど・・けどアカネ・・・アカネが!」
少年の無事を確認してアカネがニコッと笑う。それは少女が初めて見せる笑顔だった。
だがハジメにはその笑顔に見覚えがあった。
そう・・・シュウがウィルスに犯され、消える時自分を心配させない様に見せてくれた笑顔だ。
「良いの・・・私は・・ハジメが無事ならそれ・・で・・」
「アカネぇ!!」
優しい笑顔を浮かべたまま、倒れ込むアカネをハジメは慌てて抱き留めたまだウィルスに犯されていないのを見ると、辛うじてゲームオーバーにはなっていないらしい。
だが少女が自分のせいで瀕死の重傷を負ったのは明らかだ。
「アカネ!アカネーーっ!!」
たった一人生き残った少年は、気絶した少女を起こそうと何度も小さな体を振る。
無性に両目が熱かった。そして胸が痛かった。
バラバラになりそうなくらい心が痛かった。
(まただ・・・!)
ハジメは心の中で叫んだ何度この無力感を味わっただろう?何度後悔し反省しただろう?。
そして何度同じ過ちを繰り返しているのだろう?
自分はまた何も出来ず大切な人達を失おうとしている。
あの悲しみを二度と味わいたくないから戦おうって決意したのにーー。
どう足掻こうと全く変わらない現実に、ハジメの心は引き裂かれそうになっていた。
「逃げ・・ろ。クソ・・ガ・・キ」
と、消え入りそうな声が聞こえて少年はハッと我に返った。焔である。
見るとアカネを抱き寄せているハジメに向かって岩窟王がまた口を開き、チャージしている。
破壊光線で今度こそ少年達にトドメを刺し、決着を着けるつもりなのだ。
「止せよ・・・。もうこっちは闘えないんだぞぉ!!」
無駄と分かっていながら悲痛な思いで叫ぶハジメーー悔しかった。何も出来ない足手まといな自分が。
そして自分の大切な人達を、こんなにも傷付けるノイズが許せなかった。
少年はその時心底から願ったのである。
(力が欲しい!!)
ーードクン!
その瞬間、ウィルスに犯された左手が一瞬だけ脈動したかと思うと周りの景色が一変した。
抱いていたアカネの姿が消え、何もない暗黒の世界に変わったのである。
(ここは・・・)
だが少年は差して驚かず静かに立ち上がった。
この世界には来た事がある。
自分が怒りに支配されたあの時・・・。ウィルスの力を使った瞬間に来た闇の世界だ。
ーー力が欲しいのかい?
と、闇一色だった世界の地面が突然盛り上がりハジメと同じ姿になる。
眼も鼻もないそいつは少年を見ると、ニタリと笑った。
ーー力が欲しいのかい?
(・・うん)
ーーなら手に入れる方法は簡単さ。敵を憎めば良い。
目の前まで近付いて来たハジメそっくりの闇はケタケタ笑いながら少年に語りかける。
以前エンゴウと戦った時に感じた心の奥にある邪悪な感情ーー。それが自分そっくりの姿になったのだとハジメは理解した
(駄目だよ。そんな事出来ない!)
ーー良いの?このままだと消えちゃうよ?アカネも焔さんも・・・シュウ兄ちゃんみたいにさ!!
自分とうり二つな闇の言葉にハジメはハッと顔を上げた。
自分のせいで消えてしまった従兄弟。あの時の怒りと悲しみがまた込み上げて来る。
(駄目だ・・・そんなの駄目だ!!)
ーーなら憎むのさ!敵を!モンスターを!!
そうすればボクが君に力を貸してあげる。
君の大切な物を奪う奴らを、君を傷付ける奴らをやっつけてあげるよ!!
闇の少年の言葉が心に染まって行くのをハジメは感じた。
そして向き合っていた闇が、少しずつ同化して行く。
だがハジメに抵抗する意志は無かった。
自分が弱いせいで誰かが傷付くのはもう嫌だったから・・・。
例え、それが危険な力であろうと少年は今、戦う力を欲していた。
(・・・憎い)
心の中でほんの一言呟いた時、既に闇との同化は終わっていた。
だがその言葉を聞いて一つになった闇がまたニタリと笑う。
(憎い・・・憎い!)
一度吐き出してしまうと後は洪水の様に感情が溢れ出した。今まで見ていた焔やアカネ、そしてヴァーカードやシュウとノイズに傷付けられた人々の様々な姿が脳裏に浮かんで行く。
(憎い!憎い!!・・憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎いニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクニクニク・・・っ!)
ーーハハハっ・・アーーハッハッハッハッ!!
少年の恨みの言葉を聞いて闇は大声で笑い出しただが、言葉を吐き出す度に体の奥から力が溢れて来る。
それはやがて自分でも抑え切れない程に巨大になって行った。そしてーー
(あいつら・・殺してやるぅーーーーーっ!!)
ーードクン!!
怒りが、憎しみが、体の中から爆発した時ハジメの左手から光が発せられた。
そして暗黒の世界が崩壊して行く。
現実世界へと戻って行く間、少年は自分と同じ闇が笑い続けているのを延々と聞き続けていたーー
「うぅうわあぁぁーーーーーーっ!!」
ーードン!!
チャージの終わった岩窟王の破壊光線が発射された瞬間、焔は眼を見開いた。
それまでいくら呼び掛けても微動だにしなかったハジメが大声で叫んだかと思うと、黒く染まった左手が突然脈動し、黒い光を発したのである。
そしてその光が少年とアカネを包み、天まで上がって行ったかと思うと何と岩窟王の破壊光線を弾き返してしまったのだ。
ーードカン!ドガガガァーーン!!
「うわっ!」
四方に飛び散った破壊光線は岩窟王の破片群やパーツ達にも当たり、破壊する。
焔も何とか体を反転させ飛んで来る破壊光線をかわした。
「クッ、間違いねぇ!ありゃエンゴウの時に見せた・・・」
「うわああーーーーーっ!!」
少年が叫んでいる間も岩窟王は破壊光線を放出し続けているのだが、黒い光には全く効果が無い。やがて徐々に光線の威力が落ち始め、ついにはエネルギー切れとなって消えてしまった。
「何だと・・!?」
これには見ていた白いマントの男も驚きを隠せない。
ハジメを包んでいた黒い光は少年が叫ぶのを止めると小さくなり、左手だけを照らす様になった。
「お前達が何者で、ウィルスが一体何なのかなんてもうどうでも良い・・」
抱いていたアカネをゆっくりと運びながらハジメがつぶやく。
やがて少女を焔の側に下ろすと、少年は岩窟王に冷たい視線を突き付けながら言い放った。
「ボクはこの力で戦う。そしてお前達ノイズを倒す!!」
血を塗ったかの様に赤く染まった眼で睨み付けたハジメが、決意を胸に宣戦布告する。
ウィルスの力を得て、戦う強さを手に入れた少年と、ノイズモンスターの第2ラウンドが始まろうとしていたーー。
(続く)