FILE:28『鬼(オーガ)』
−−その昔、『エデン』には《魔音を奏でる鬼人》と呼ばれるアウトローがいた。
誰彼関係無くバトルを申し込み、全く引くと言う事を知らぬ猪突猛進の戦い方は正に鬼神か血に飢えた狼−−。
彼と遭遇した者は、そのあまりの恐ろしさに彼が相手のために弾く弔いの歌を二度と忘れないと言う。
事態を重く見たWB社は彼をブラックリストのアウトローに指定し、高額の賞金を賭けたが腕利きのチェイサー達は全て返り討ちに合ってしまい、実力No.1と言われた剣でさえ彼を捕らえるまでには至らなかった。
皆が彼の真紅の髪と相棒のギターに恐怖し、そしてその強さに憧れを抱いていたーー。
その当時の彼ーー焔は自信に満ち溢れていた。誰も自分を止める事など出来ないと思っていたのである。
偽善者野郎のチェイサーも、群れて戦う事しか出来ないアウトローも自分の憂さ晴らしの獲物でしか無かった。
『エデン』最強は自分なのだと本気で信じていた。あの時までは・・・。
ーードガァッ!!
「ぐあっ!!」
強烈な一撃を食らい、焔が吹っ飛ぶ。地面に幾度も叩きつけられながら吹っ飛ばされたせいで持っていたアックスギターまで手放してしまい、遥か前方で地面に突き刺さっていた。
「ぐ・・・野郎ぉ!」
悪態を突きながら何とか体を起こそうとするが仰向けになった体は、どうやっても動きそうに無い今まで感じた事の無い圧倒的な実力・・・!
バトルではどんな相手だろうと恐怖を与えて来た焔が今、初めて恐怖を感じていた。
「どうやらここまでの様だな?」
ーーカッ・・カッ・・カッ・・!
ゆっくりとした歩みで自分を叩きのめした相手ーー《黒の勇者》が近付いて来る。
『エデン』では密かに英雄と呼ばれている伝説のユーザー。
噂が噂を呼び、その存在すら定かではないと言われた男が眼の前にいる。
突然の出来事だった。
いつもの様に獲物を探していた焔の前に、風の如く現れた男は一目見て、ただ者で無い事は分かった。
普通の人間なら倒れてしまいそうな覇気を放ち、ビリビリとした緊張感の中焔は最高の獲物が現れた事にほくそ笑む。
だがその余裕は長く続く事は無かった。
結果は惨敗。今こうして自分は、地べたに這いずっている。
「くっ!テメェ・・その強さ反則ーーがぁ!?」
せめて憎まれ口だけでも叩こうとした焔の体を無慈悲にも踏み付ける《黒の勇者》
その何の感情も感じられない眼に見下され、焔は唾を飲み込まずにいられなかった。
「悪いが、アウトローと話す口は持ち合わせていないのでな。しかしそこまでやられて、まだそんな口が叩けるのは大した物だと言っておこう」
淡々とした口調はそのまま焔の頭を踏み潰しても顔色一つ変えない意志の強さを伺わせる。
百獣の王者、ライオンに睨まれたウサギはこんな気分なのかもしれない。
初めて心の底から勝てないと思う相手を前にして激しく燃えていた闘争心と憎悪は消え、焔は観念した。そしてーー。
「へっ・・あーー負けだ負けだ!俺の負け!!ゲームオーバーだろうがアカウント停止だろうが好きにしやがれ!!」
踏み付けられたまま焔は笑っていた。
卑屈めいた笑いでは無く見てるのが気持ち良くなる程の豪快な笑いであるまさか自分が負ける日が来る事になろうとは思いもしなかったが、それでも焔は満足していた。
1対1で完膚無きまでぶっ潰されたのだ。
こんな男だったらやられても悔いは無い。
今まで自分に正直に生きて来た焔は『エデン』での幕引きをもすんなりと受け入れていた。
「この状況で笑っていられるとはな?・・実に面白い」
焔を踏み付けたまま《黒の勇者》は驚いている様だった。
だがすぐに手を空中に翳すと、光の中から自慢の愛剣『魔光』を取り出すそしてクワガタの様に中央が二つに割れた剣先を焔の首元に突き付けるとまた抑揚の無い声で呟いた。
「一つだけ質問に答えろ何故アウトローなどに堕ちた?」
雷を放つ魔剣を突き付けながら自分を見下ろす《黒の勇者》の表情には、下手な嘘を突けばその場で殺すと言う非情さが垣間見えた。
しかし、今さらこんな状況で嘘を突いても仕方ないので、焔は正直に答える事にする。
「別に・・・好きでアウトローになった訳じゃねーよ!眼の前にいた奴ら片っ端からぶっ飛して行ったらそう呼ばれる様になってただけだ。
・・俺には戦う事しかねぇーんだよ」
本心からの言葉だった。自分はただゲームの機能の一つである
「ユーザー同士のバトル」を楽しんでただけ。『エデン』を始めた頃から誰とも群れず、リアルの経験を生かした戦い方でモンスターやユーザーと戦っていたらいつの間にか《魔音を奏でる鬼人》なんて呼ばれてた。
まぁ、敵味方関係無く喧嘩を吹っ掛けていたのだからお尋ね者になっても仕方ないと言われればそれまでなのだがーー。
「何も顧みずただひたすらに戦いだけを望んだと言う事か?面白い!」
死刑囚の最後の言葉を聞いた神父の様に微笑を浮かべた《黒の勇者》が『魔光』を持ち上げ、トドメを刺そうとする。
いよいよ最後の時が来た
焔はゆっくりと眼を閉じる。
やられたら多分アカウントを停止させられて二度と『エデン』は出来ないだろう。だがこー言う終わり方も悪くない。
焔が覚悟を決めたのと同時に『魔光』の一刃が振り下ろされた。
ーーガツン!!
「っ!!・・・あ?」
首を切られた筈なのにゲームオーバーにならず焔が眼を開けた瞬間、その眼が驚きで見開かれる。
『魔光』の刃は鬼人を捕らえていなかった。隣の地面を突き刺していたのである。
焔が混乱していると仕事は終わったとばかりに愛剣をしまい、立ち去ろうとする《黒の勇者》
何の警戒も無く向けられた背中に、焔の怒りが爆発した。
「待てよっ!!」
その場に響き渡った怒声に《黒の勇者》が立ち止まる。見ると動けない筈の焔が片膝を付きながらこちらを睨んでいた。
どうやら怒りを力に変えて立ち上がったらしい。全身から発せられる殺気は先程の比ではない。
むしろ心地良い程の敵意を向けられ《黒の勇者》は怒れる獣の方を向いた
「テメェ・・俺を舐めてんのか?なんでトドメを刺さねぇ!!下手な同情なんていらねぇんだよ!?」
全身を逆立たせ、今にも飛び掛かって来そうな勢いで焔が身構える。
恐らく武器など無くてもコイツなら喉元に噛み付いて来るだろう。
そー言う命を省みない所が先の闘いから奴にはあった。
『エデン』と言うゲーム内でリアルとは別人を装うユーザーはたくさんいるが、鬼人のは生来の物に違いない。
(全く・・コイツは実に面白い)
無表情を装ってはいるが内心《黒の勇者》は苦笑していた。
もし自分が同じ事をされていたら、迷わず相手に立ち向かうと思ったからである。
ゲームの中とは言え、戦士同士の闘いは己の存在を賭けた崇高な物だ。
そこに妙な情けを入れればそれは相手を侮辱した事になる。
しかしそのタブーを犯しても《黒の勇者》は焔を倒したくなかった。彼にはその価値があると判断したからだ。
しかし、このままだと間違い無く彼をゲームオーバーにしなくてはならなくなる。
仕方なく《黒の勇者》は焔を助けた理由を話してやる事にした。
「・・私がWB社から依頼されたのはアウトローの始末だ。だが、お前の眼はアウトローの様に腐ってはいない。
自分の力の使い道が分からず、戦いを求める戦士の眼だ」
「あ!?何訳分んねー事言ってんだ!!」
《黒の勇者》が紳士的に話しても鬼人は態度を崩さない。どうやら理解する頭が足りない様だ。
なら戦いを欲する奴に、もっと分かり易く言ってやる必要がある。
「お前は昔の私に似ている。
己の力に溺れ、ただ暴れ回ってた頃の私にな。
だがその『力』を別の目的に使い、真の強さを手に入れればお前は私を越える戦士になれるかもしれんぞ?」
「何!?真の・・・強さ」
強くなれると聞いてようやく焔の表情が変わる。今、眼の前にいる『エデン』最強の存在ーー。
それを倒せる力が手に入ると聞いて興味を示さない訳が無い。
暫く怒りと興味の間で揺れていた焔だったが、やがてゆっくりと口を開いた。
「別の使い方って・・何をどうすりゃ良いんだよ?」
少し態度を軟化させた焔に《黒の勇者》が微笑を浮かべる。まだ警戒は解いてないが、ひとまず話は聞く気になった様だ。
「簡単な事だ。お前のその力を弱者を守るために使えば良い。
誰かを傷付けるために使うのでは無く守るために使うのだ」
「はぁ!?おいおい、俺は仮にもアウトローなんだぜ!?」
予想外の《黒の勇者》の言葉に焔は思わず素っ頓狂な声を上げた。
弱者を守る。今までたった一人で生きて来た彼には理解出来ない事だった
「俺は『エデン』の嫌われ者だぜ?その俺にんなダセェ事やれってのか!」
「・・見方が変われば世界も変わるものだ。
戦いを求めるのなら自分が悪だと思う者と戦え。
なりふり構わずでは無く自分で考え、何が正しいかを見定め拳を奮え。
そうすればお前にも守りたい者が出来る。
守りたい者が出来た時、お前はもっと強くなるだろう。
いや、敗北を前にしても笑っていられる度胸があるお前なら、真の強さを得られると・・・私は信じてみたいのだ」
信じるーー《黒の勇者》の言っている事はいまいち理解出来なかったが、その言葉だけは重く焔の胸に響いた。
今まで親にさえ言われた事のない言葉である。
まさかそれを『エデン』最強の戦士に言われるとは思わず、焔は初めて戸惑いの表情を見せた。
「へ、へっ!良いのか?俺がもしその真の強さって奴を手に入れたら、テメーを狙うかもしれないぜ」
どうすれば良いのか分からず、つい捻くれた事を言うと《黒の勇者》がまた口の端を吊り上げる。
その笑みは自分への自信の表れ。
今の焔には無い強さを持った者の証だ。
「もしお前がまた挑んで来たら返り討ちにしてやるさ。
だから何度でも掛かって来るが良い」
言いながら《黒の勇者》が歩き始める。だが、焔はその背中を追う事は出来なかった。
勝てないと思ったからだ実力云々だけでは無く、一人の人間として勝てる要素が全く無い。
彼は全てに置いて自分より上の人間に初めて会ったのだ。
と、突然《黒の勇者》がまた歩みを止める。
「そうだ。最後にもう一つだけ聞かせろ。お前の名は?」
「・・・焔」
「焔か。お前に相応しい名前だな」
褒められたのかそれともけなされたのか分からないが、焔は言葉を失っていた。
怒りとも敗北感とも、まして喜ぶとも違う不思議な感覚が彼を支配していたからである。
だから、口を開こうにも何を言えば良いのか分からない。
今は《黒の勇者》と話す資格すら自分には無い。そんな気さえしていた。
「焔、強くなれ。己のために・・・私を越えるために」
絶句している鬼人に送る様に言葉を掛けたまま、《黒の勇者》は去って行く。
誰もいない荒野に残されたのは、もうアウトローの《魔音を奏でる鬼人》ではなく、胸に新たな炎を植え付けられた一人の戦士だけだったーー
・・これが焔と《黒の勇者》=ヴァーカードとの初めての出会いである。
この後、大分時を経て焔はヴァーカードが人知れずノイズを追うためのパーティを作った事を知り、メンバーの一人となりその戦いに身を投じて行くのである。
(続く)