FILE:26『無謀(ワンサイド)』
「岩窟王・・!?」
不気味なウィルスモンスターと対峙し、アカネが戦いを決意するほんの少し前、《噂屋》のホーム内ではハジメが赤いゲートに浮んだ文字を解読していた。やはり少年にだけはあの謎の文字が読める様だ。
「それがあのモンスターの名前か・・!おい、ばーさん!ホームのドアを開ける事出来るか!?」
岩窟王の出現と共に焔が入口に向かって駆け出す予想外の敵の来襲にいても立ってもいられないと言った感じだ。
「ちょいと待ちな。すぐに開けられるだろうがアンタ一人で何する気だい?」
大型コンピューターを操作しながらオババが忠告する。程なくプシューンと言う音と共に入口のドアが開いた。
「決まってんだろ!あのモンスターをぶっ飛ばす!!」
「焔さん!ボクもーー」
「ついて来んな!!」
と、外へ出て行こうとする焔に、ハジメが付いて行くと突然一喝された。ホーム内に響き渡る怒鳴り声はハジメはもちろんオババや次郎まで黙らせる。
一瞬《噂屋》内部は水を打った様に静まり返ってしまった。
「ほ、焔さん。どうして・・・?」
「どうしてだって?テメーが1番分かってるんじゃねーのか?」
驚きながらも恐る恐る聞くハジメに対し、焔は振り向かずに答える。
褐色の大きな背中がはっきりと拒否を示している様で、ハジメはゴクリと唾を飲み込んだ。
「たかだかLv1から5になっただけのガキに何が出来る?
もうお前のお守りにはうんざりなんだ。
足手まといは大人しくここで待ってろ!!」
ーー足手まとい。
今まで、自覚はしていたが誰にも言われる事の無かった言葉が深く少年の胸に突き刺さる。
ハジメがショックを受け言葉を失ってしまうと、焔はチッと苛立ちの舌打ちをした。
「お待ちよ。アンタ、まだ分からないのかい?ノイズのモンスターと戦えるのは坊やだけだ。アンタが行ったって手も足も出やしないよ」
「るせぇ!!そんなもんやってみねぇと分かんねーだろうが!!」
呆れた態度でオババが止めるが、褐色の鬼人は聞く耳を持たない。ノイズが現れてから何故か頑なな態度になった焔は、そのまま一度も振り返らず外へと出て行ってしまった。
「・・やれやれ、血気盛んな事ですなぁ。ではバトルは若い人達にまかせて私達はここで嵐が過ぎ去るのを待つとしますか?」
「のんきな事言ってんじゃないよ。アカネ達がやられたら次は私達かもしれないんだ」
「そりゃあ困りますなぁ。稼ぎ手の私がいなくなったらカミさんが悲しむ」
後ろで喋っている次郎とオババの声に耳を傾けずハジメは両手を強く握り締めた。
悲しかったからでは無い悔しかったからだ。
最初はただ乱暴者で怖い印象しか無かった焔だったが、この森に来て段々とその印象も変わり初めていた。
シュウとはまた違ったタイプの頼れる兄貴の様な存在だと少年は思っていのである。
だが、今の一言でその信頼は脆くも崩れ去った。彼は自分の事をお荷物としか思って無かったのである。
自分がどれだけ無力な存在か分かっているだけに焔の言葉が否定出来ず、ハジメは悔しくって仕方が無かった。
「落ち込むんじゃないよあいつはただ不器用なだけさね」
「え・・・?」
立ち尽くす少年を見て、オババが声を掛ける。だが言葉の意味が分からずハジメはオババの方を見た。
「不器用って・・?」
「なんだい、坊や。まさか本当に焔が、アンタの事邪魔だと思ってここに残したと思っているのかい?
ヒッヒッヒ・・・違うよあれはアンタを守るためにワザと突き放したのさ」
オババの言葉にハジメの表情が変わった。少年が興味を示すと、オババは椅子を回してハジメの方を向く。
「あの焔って奴は荒くれ者だが真っ直ぐな男でね?
誰かが虐められてると後先考えずに飛び出しちまうのさ。
それにヴァーカードにだけは忠実でね。奴の命令だけは絶対守るんだ。
そのヴァーカードが坊やとアカネを連れて帰れと言った。
だから焔はアカネを助けに行ったのさ。
坊やをここに残したのは・・・まだ未知数な力を持つアンタを危険な眼に合わせたくなかったって所かね?」
思案顔で考えるオババの推理には妙な説得力があった。確かにそれならハジメが抱いていた彼の印象とも合致する。
だが、それだけでは分からない事が出て来る。だからハジメは正直に自分の疑問をぶつけて見た。
「で、でもドアが開くんならわざわざ助けに行かなくても良いんじゃ・・アカネが《噂屋》の中に逃げてくれば良いんだし」
《オオオ・・・オ》
ハジメの質問とほぼ同時に大画面では赤いゲートが消え、中から岩窟王が出て来た。
そして、モンスターと対峙している少女は何を思ったかクルクルと回したロッドを岩窟王の方に向けたのである。
全く勝ち目の無いウィルスモンスターと戦う気なのだ。
「アカネ!!何で!?」
「・・と言う訳さ。うちのアカネも命令には忠実でね。
逃げるタイプじゃないって事に焔は気がついたんじゃないのかい?」
大画面の中で無謀な戦いに挑もうとしている少女を見て、ハジメは愕然とした。
アカネもまた《噂屋》を守るため、自分を犠牲にしようとしているのだ。
よく考えるとハジメの周りにはそんな人ばかりだった。
シュウやヴァーカードや焔ーー。
自分の信念や大切な物を守るために皆、絶対勝てない相手に挑み傷ついて行く。
だが、今の自分にはそれを止められる力がある筈なのだ。黒く染まった左手を改めて見る。
あのマルコロ大聖堂でウィングと交えた決意を思い出し、ハジメはギュッと掌に力を込めた。
「オババさん、もう一度入口のドアを開ける事は出来ますか?」
真剣な表情になった少年を見て、オババが片手でキーボードを操作すると簡単にドアが開いた。
ひょっとしたら、上手く乗せられたのかもしれない。
だが、もうここで待つつもりはハジメには無かった
「待ちな、そのドアが開くのは恐らくこれが最後さ。回線が切断されちまってるからね」
このドアを出たらもう中に入る事は出来ない。
それは逃げ場が無い事を意味する。
だが、ハジメは力強く一歩を踏み出すと、なんの躊躇も無く外へと出て行った。
「いや〜さすがですなぁ。発破を掛けられるのが実に上手い。ですが、あの坊やで大丈夫ですかね?」
「さあね?まぁ、黙ってみてな。ひょっとしたら面白い物が見れるかもしれないよ」
あまり少年に期待していない様子の次郎とは裏腹にオババはまた気味の悪い笑い声を出す。
深い皺の刻まれた老婆の眼には、何か確信の様な光が含まれていたーー
岩で出来た巨大な顔のモンスターである岩窟王が叫んだ途端《噂屋》の周りを赤いゲートの様な光が取り囲み、ドーム状になった。
エンゴウがクロスピアに現れた時に出した結界ーーノイズ・フィールドである。
これが出てしまったら岩窟王を倒す以外脱出する方法は皆無だ。だが、元から逃げるつもりの無いアカネは全く気にせずただ前を見据えていた。
「ーーーっ!」
軽く息を掃くと少女は岩窟王に向かって突進した相手の能力が分からない今、正攻法で攻めるしかないと判断したのである
(拳士)特有のスピードであっという間に岩窟王との間を詰めるアカネ。
だが、後数歩で攻撃が届く距離まで近づいた時、異変が起きた。
ゴゴゴゴゴーーーーッ!!
《オオオ・・・》
低い岩窟王の呻き声と地響きと共に、突然それは現れた。
何と地面が盛り上がったかと思うと、土が宙に浮き巨大な二つの手になったのである。
それは体の無い岩窟王の正に(手)だった。
「ーーライトニング・エッジ」
巨大な土くれの手が迫るのを見て、少女が呪文を呟くと赤いロッドの先端に雷の刃が現れた。
それはまるで鎌。敵を切り裂く稲妻の鎌である。
刃を携えたロッドを握り締めると、アカネは何の感情も見せず岩窟王の手に向かって両腕を振りかぶった。
ーーズバッ!!バリバリバリ〜〜!!
ライトニングエッジの斬撃を食らった岩窟王の手は横薙に真っ二つになり残った部分も雷の威力で粉々に弾け飛んでしまう
本体に迫るアカネを止めようと左手も立ち塞がるが、これもまた一撃!!
所詮、巨大と言っても土の塊である。
(障害物排除。これで・・・)
邪魔な土くれを退けたアカネは一気に岩窟王へと迫る。そしてウィルスモンスターの巨大な顔に一撃を加え様としたその時だった。
ーービシュ!ビシュ!ビシュ!!
「・・っ!?」
突然、背後に気配を感じたアカネが慌てて体を捻り、ロッドを振るった。すると飛んで来た何かが雷の鎌に当たり、砕け散ったのである。
よく見ると、それは石が混じった土の塊だった。
体制を立て直し、背後に振り返ったアカネだったが、その青い眼に嫌な光景が映し出される。
先程ライトニングエッジで撃破した岩窟王の手の破片が、全て宙に浮いて少女を狙っているのだ。
どうやら脆い反面粉々になっても動けるらしい。今もロッドで破壊した破片が一塊に再生し、また宙に浮くのを見てアカネの表情が少しだけ曇った
ーーシュン!シュン!シュン!ドガガガッ!!
「・・・っ!」
標的目掛けて雨の様に降り注いで来る岩窟王の破片を、ロッドを回転させて必死に防御するアカネ
防御魔法を唱えたい所だが、破片のあまりの数に精神を集中させる時間が全く無い。
何とかこの場所を切り抜けようと、ロッドを振るい続ける魔法少女。
彼女の意識が完全に破片に向いていた時だった。
《オオ・・オ・・オ!》
不気味な岩窟王の呻き声が聞こえて来た。
振り向くとアカネの碧眼が大きく見開かれる。
何と今まで眼も口も閉じていた岩窟王が、口を開け、口内が真っ白に輝いていたのである。
それは一目で、何か攻撃をしようとしているのは明らかだった。
「・・回避率10%。絶対・・絶命」
《オオオオ・・・ッ!》
こんな時でも冷静に状況を分析してしまう自分に呆れてしまう。
岩窟王の口の中の輝きがあふれ出すと、それは破壊光線と名を変え、少女目掛けて発射された。
ーードオォォン!!
「待ちやがれ!!」
眼が眩みそうな破壊光線が眼の前まで迫って来た瞬間、少女の前に巨大な黒いの翼を広げたまま一つの影が割り込んで来た
焔である。
空を飛び、岩窟王の破片群をかい潜って来た鬼人は向かって来る破壊光線に対し、渾身の力を込めて相棒であるアックスギターを振り下ろす。
「ぬうぅぅーーっ!!!おりゃああああっ!!」
獣の咆哮と共に繰り出した一撃は光線をそのまま真っ二つにぶった切った。二つに分かれた光線はアカネを避け、自身の破片達を消滅させて行った。
ドドドドド!!ズガガガァーーーン!
「へっ!間一髪ってか?」
「貴方・・・なんで」
予想外の焔の助太刀にアカネも驚く。
エンゴウ戦で手酷くやられ、オババにも勝てないと説明を受けた彼が再びウィルスモンスターに戦いを挑むのが理解出来なかったからである。
「はっ!ヴァーカードさんにテメーを連れて帰れって言われてるからな?
それに、このブサイクな岩野郎に弔いの歌を聞かせたくなったんでな!!」
決めセリフを掃くと、焔は岩窟王に突進した。破壊光線で破片が無くなってしまったため岩窟王は無防備である。
走りながらアックスの先端をモンスターに向け、小さな火球を発射する。迷いの森の広場で阿国を倒した時の技だ。
火炎弾が命中し、炎が岩窟王を包み込むと焔はギターの先端を火炎に突き刺し、後ろを向いてギターを弾く体制に入った。
「ーーインフェルノ・レクイエム!」
ジャーーン!!・・ドガアァァーーーン!!
ギターの弦を引いた途端炎は弾け飛び、岩窟王は爆炎の中に消えて行った煙の中からもあちこちに岩の破片が飛び散り、焔の技が命中した事を告げている。
絶対の自信を持つ必殺技の直撃に、焔も倒せないまでもダメージを与えた事を確信する。
だが、徐々に煙が晴れて行く中で彼の表情が変わった。
「んだ・・こりゃ!?」
焔が素っ頓狂な声を出したのも無理はなかった。煙の中から出て来たのは岩窟王の顔では無く、岩で出来た巨大な眼球である。
先程までの顔に比べたら一回り程小さいだろうか
眼球の腹には、赤いゲートが現れた時に浮かんだ『∴√≡』の三文字が彫られている。
岩の眼球はゆっくりと回転しながら、ただ宙に浮いていた。
「あれが・・・本体」
アカネがぽつりとつぶやくと、岩の眼球である《コア》がポッと淡い光を放つ。すると焔とアカネ二人がいた場所から突然地響きが起こる。
またしても地面から二本の腕が生えて来たのだ。
今度は二人を挟み込む様な形である。
岩窟王の腕が動き出したのと同時に焔は少女に目配せし、高々とジャンプした。
「・・ライトニング・アロー」
「オラァ!!」
攻撃を回避しながら焔は焔炎弾、アカネはライトニング・アローをそれぞれ《コア》に放つ。
だが、その攻撃は岩の眼球に当たる直前、またしても見えない何かに弾かれてしまった。
《見えない壁》だ。
「チッ!やっぱコイツもバリアに守られてやがんのか!!」
舌打ちをしながら《噂屋》の入口近くまで距離を取った焔達だったが、その間に《コア》の周りにまた赤いゲートが現れ、石や岩を巻き込んで巨大な顔へと戻る。
どうやらあの顔は本体を守る鎧の役目を持っているらしい
(クソ!どうする・・?)
元に戻った岩窟王を見て焔は内心焦っていた。
アカネに恰好良い事を言ってみたものの《見えない壁》に守られている以上、岩窟王本体にダメージを与えられるのは不可能に等しい。
最善の方法はこのままアカネを抱え《噂屋》に逃げ込む事だが、相手がわざわざ逃がしてくれるとは思えない。
《噂屋》に逃げ込んでも助かる保証は何処にも無いのだ。それでは解決にはならない。
(後残ってる作戦っつたら・・・)
一つ、勝てる可能性のある案が浮かんだが焔はすぐにそれを捨てた。その作戦には必要不可欠な人物がいたからである。
最悪、自分を盾にしてアカネだけでも避難させるかと危険な考えが頭に過ぎった途端、彼の耳に有り得ない声が聞こえて来た。
「アカネ!焔さん!!」
ハッとした鬼人が振り返ると、後ろにいた少女まで驚いて振り返っている
《噂屋》の入口にいた人物。
それは、焔の起死回生の作戦には必要不可欠な少年だった。
「ハジメ・・・」
「おまっ!!何で!?」
「ボクも闘います。守られてばかりじゃ強くなれない。それに・・・」
驚きの表情の二人が注目する中、決意を秘めた表情でハジメがつぶやく。そしてフッと表情を緩めるとどうしても焔に伝えたかった言葉を口にした
「足手まといには足手まとい為りに、出来る事がある筈だから・・!」
(続く)