FILE:24『茜(ヒロイン)』
ーークロスピア・マルコロ大聖堂。
全てのユーザーが冒険から帰って来たり、ゲームをスタートさせた時に立ち寄る大聖堂のゲート。そこに黒いローブに身を包んだ少年が降り立った
エンドレスである。
ハジメと別れ、迷いの森から帰還した彼は2.3歩を進めると、おもむろに自分が通って来たゲートの方に振り返った。
『破壊の衝動が近づいている』
誰にも聞こえない小さな声でエンドレスが、またポツリと呟く。その声は酷く悲しげだった。
『今度は平らなる者・・頑強たる岩の王。死んでも蘇る不死身の存在』
街へ向かうユーザー達が怪訝な顔をしながら通り過ぎて行くが、エンドレスは気にもしない。
まるで少年の灰色の眼には誰も写っていないかの様だった。
『このままでは君の大事な人をまた二人失ってしまう。
だから、だから早くそこから逃げて・・ハジメ』
と、ハジメの名を口にした時、一瞬無表情だったエンドレスの顔に憂いの色が浮かんだ。
そしてローブの少年はまた歩き出してしまう。
初めて出来た『エデン』の友に残念ながら、エンドレスの言葉は届かなかった・・・。
「な、な、な・・・!」
いきなりの新メンバー加入を聞いた焔の体がブルブル震える。
次に何が発せられるか想像が着いて、ハジメは自然と耳を塞いでいた。
「何考えてんだ!?婆さん!!
うちにはこのガキ以外にただでさえ口の減らねぇチビが一人いるんだ!これ以上ガキが増えたら、幼稚園になっちまうよ!!」
機関銃の様に炸裂した焔の文句だったが、当の本人であるアカネと噂屋のオババは澄ました顔だった。ただ、眼の前にいた次郎だけはハジメ同様、耳を塞いでいる。
すると、またしても噂屋のオババが気味の悪い笑い声を上げた。
「ヒッヒッヒ!アンタの言いたい事は分かるけどねぇ、焔。これはもう決定事項なのさ。アンタがどうこう口を出せる問題じゃないんだよ?」
そう言うとオババはコンピューターの方を向き、何か操作を始めた。
すると、大画面に巨大な猫ミミローブに乗った白竜の姿が映し出された。ヴァーカードだった。
「ば、ヴァーカードさん!!」
『通信が繋がったと言う事はどうやら新メンバーの説明は済んだ様だな』
ラビィの頭に乗ったヴァーカードがニヒルに笑う。どうやら焔が文句を言うのを見越していたらしい
『説明が遅くなったが、実は二人に黒衣の魔女の元に行ってもらったのは我がチームの新メンバーアカネ君との顔合わせのためだったのだ』
「な!?映像の解析結果を聴きに行くのが目的だった筈じゃ!?」
当初とは全く違う目的の内容に焔が面食らう。さっきまでの態度からしても、彼がこの話を知らなかったのは明らかだ。
ヴァーカードやオババの話に一喜一憂する焔を見ながら、ハジメもまた説明に耳を傾ける。その場にいた全員が、大画面に視線を向けた。
『映像の解析結果を聞くだけなら通信で可能だ。少年のキャラの秘密やウィルスの事は、既にクライアントにも報告してある。
その解析結果を踏まえた上で、今後の我々の課題として問題になって来たのがやはり戦力の問題だった。
そこで、黒衣の魔女からアカネ君をレンタルする事になったのだ』
「レンタル料金はもちろん戴くがね?ヒッヒッヒ」
いかにも楽しそうにオババが笑う。レンタル料金のくだりを聞いてハジメは、何故魔女が新メンバー加入の話であんな楽しそうにしていたのか理解した。ヴァーカードの説明が続く。
『新しいメンバーを入れる事で我々の意見は合致した。だがそこで一つ問題があった。
それはアカネ君と焔達の相性だ』
ヴァーカードの言っている意味が分からず、ハジメは首を傾げる。するとそれをくんだのか今度はオババが説明を始めた。
「アカネはサポートの腕も良いし、戦力としても頼りになる娘なんだが、好き嫌いがハッキリしていてね。アンタ達を気に入るどうか試させてもらったのさ。
まぁ結局、私達の心配は杞憂だったみたいだけどねぇ」
含みのある笑みを浮かべてオババが見ると、魔法少女はほんのり顔を赤くしながら俯いてしまう。しかし、鈍い少年はそんな態度も理解出来ず、首を傾げるばかりだ。
「おいおい、ちょっと待ってくれよ!!じゃあなんで嘘の命令なんかしたんスか?」
『新メンバーとなる少女が、お前達を気に入るかどうか分からないから会いに行けーーなどと言って素直にお前は従ったか?焔』
ヴァーカードの言葉にまくし立てていた焔の勢いがピタリと止まる。ヴァーカードでは無くても彼がそんな命令に従うとは思わないだろう。
小さな体のチームリーダーは焔より一枚も二枚も上手だった。
『とにかくこれはもはやチーム同士の協議で決まった決定事項だ。
焔と少年はアカネ君を連れ(トロイ)に帰還してくれ。待っているぞ』
命令だけ伝えると、ヴァーカードの姿が大画面から消える。反論を一切受け付けない通信の切り方に結局焔は何も言えず、地たんだを踏むしか無かった。
「聞いたね?アカネ。ノイズ事件が解決するまで坊やを守ってやりな。これは命令だよ」
ヴァーカードの言葉を受けてオババがアカネに命令すると、赤いドレスに身を包んだ魔法少女はコクンと頷いた。
そしてそのままハジメへと歩み寄って行く。
無表情な碧眼が真っ直ぐ少年を見つめていた。
「な、何?」
人に見つめられた経験など少ない少年はドキマギしてしまう。
すると、ハジメの眼の前まで近づいたアカネの手が突如彼のおかっぱ頭に置かれた。
ーーナデナデ
「え、う、あう・・」
「・・・よろしくね」
ハジメの頭を撫でながらアカネが、無表情のまま呟く。
よく自分の頭をポンポン叩いていたシュウとはまた違うが、何だか懐かしい気分を感じて少年は言葉を詰まらせてしまう。二人の間にだけ妙に和やかな雰囲気が流れた。
「チッ!命令ならしょうがねぇが、こんなチビで本当に約に立つのかよ?」
かなり納得していない様子で、焔がぶつくさ文句を垂れている。どうやら彼の様な人間でも命令には忠実らしい。
だが、焔の言葉を聞いたアカネが突然頭を撫でるのを止め、彼の方に近づいて行った。
「ーーあ?何だよ?」
「・・・なら、試して見る?」
アカネの言葉が発せられた途端、その場の空気が一気に下がった様にハジメは感じた。
魔法少女の明らかな挑発行為に、焔の態度が一変する。
ニヤッと笑いながらアカネに歩み寄る姿は、喧嘩前の不良と同じだった。
「誰が何を試すって?おチビちゃん」
「・・聞いてなかったの?あなたが私の実力を試してみるかと言ったの。でも、そんな事をしたら怪我をするのはあなただけど」
アカネの言葉を聞いた途端、焔は自分の手を背中に回していた。ハジメには、それがアックスギターを取り出す動作だと直ぐに分かる。
少年が慌てて止めようとした途端、相棒の赤い斧が少女に向かって振り下ろされていた。
「弔いの歌を聞きてぇみたいだなチビスケぇ!!」
手加減無しの一撃を焔が繰り出して来ると、アカネもまた手を勢い良く差し出す。
彼女が何をする気か分からないが、二人の対決は避けようが無い様に思えた。だがーー。
ーードガン!!
「うおっ!!な・・に?」
突然の揺れと爆音に、焔の一撃はアカネの頭に触れる直前に止められた。
その場にいた全員の動きも止まる。
バーカード達が映し出されていた大画面が乱れまくっているのが、気のせいではない事を証明していた。
ーードカン!!ドガドガン!!
「うわわっ!何なに!?何なの!!」
「どうやら攻撃を受けている様だね?次郎、外の映像を出しな!」
続けざまに来る爆音と揺れのせいでハジメは慌てふためくが、噂屋のオババは至って冷静だった。
命令を受けた太っちょ男はドテドテ走りながら、ホームの奥にある自分のパソコンを操作する。
大画面に噂屋屋敷の前の景色が映し出されると、そこに見覚えのある三人組が映っていた。
ヒュ〜〜!ドカンドカン!!
(オラァ!!撃て撃てぇ!!)
迷いの森へと続く道の前で巨大な砲台を抱えている岩で出来た一本角の一つ眼モンスターの側にいるのは、さっき焔達にやられたアウトロー三人組だった。
どうやらこの爆音と揺れは、モンスターの砲撃のせいらしい。
(コ〜〜ホォ〜〜!!)
(ヒャッハァ!!ヒャハハハハッ!!)
変な呼吸音を発している岩石モンスターとスナイパーの才蔵が、大砲とライフルの波状攻撃を仕掛ける。
グラフィックであるホームが壊れる事は無いが、爆音と振動は中に伝わるため、悪質な嫌がらせになるのは確かだった。
(よぉし、撃ち方止めぇ!!
オラァ、聞こえるか?クソルーキーとチェイサー共!!
さっきはよくもやってくれたな?たっぷりお礼をしてやるから今すぐ出てこい!
テメーらがその屋敷の中にいるのは、分かってるんだぜ!!)
攻撃を止め、アウトロー達のリーダー蘭丸が脅して来る。仮面に隠れてはいるが、その表情が怒りと憎しみに歪んでいるのが容易に想像着いた。
「おやおや、どうやらアンタ達のお客さんみたいだねぇ」
「アイツら・・・!剣の奴アカウント停止すんの忘れやがったな!?」
厄介な客の登場に焔が舌打ちをする。その間にも蘭丸達の攻撃は再開されホームの中は激しく揺れ続ける。
やれやれとため息をついたオババがまた操作すると、砲台を持っている岩石モンスターのデータが画面に映し出された。
「あのデカいのはゴーレム・・召喚師が操ってるモンスターだね。
と言う事は、召喚師さえ倒しちまえば後は楽勝って事さ」
「召喚師って何です?」
緊迫した状況に合わないのんきな質問を初心者の少年がする。すると側にいた魔法少女がまたハジメにしか聞こえない小さな声で、ボソボソ説明を始めた。
「召喚師とはその名の通りモンスターを召喚する能力を持ったユーザーの事。魔物使いの様にモンスターの武器の使用や変身は出来ないけど、その分強力なモンスターを操る楽しみが得られる。しかし総合的な能力を比較すると・・・」
「あーーもぅ!長ったらしい説明は良いんだよ!用はモンスターを操ってる奴をぶっ飛ばしゃ良いって事だ!」
アカネの説明を一方的に打ち切って、焔がズンズンとホームの入口へと近づいて行く。喧嘩っ早い鬼人を見て、大画面を見ていたオババが直ぐ様止めた。
「待ちな。焔、アンタ何処に行く気だい?」
「決まってんだろ?あの馬鹿共ぶっ飛ばしに行くんだよ!
そこのチビ相手にするより、ちったぁ骨になるだろうが!!」
赤らさまにアカネを睨みながら、焔が歩を進めるアウトロー達の狙いが自分である事を悟った少年もまた、彼に続こうとするが、噂屋のリーダーである黒衣の魔女はそれを許さなかった。
「お待ちってば。アンタが出向く事は無いのさ。ここはアカネにまかせようじゃないか」
噂屋のオババの突然の申し出にハジメはもちろん焔ですら驚いた。
相手は凶悪なアウトロー三人に、大砲付きの岩石モンスターである。
その相手を、ハジメと対して体格の変わらない魔法少女にやらせようと魔女は言っているのだ。
普通なら、誰もが耳を疑う申し出だが、アカネだけで無くオババや次郎でさえも、全く心配と言う表情をしていなかった。
「おいおい婆さん・・・マジか?」
「ヒヒヒっ!!良いじゃないか?アカネの実力を試すには絶好の相手だろ?
もし仮にアカネがやられたら、今度はアンタが相手すりゃ良いんだからさぁ?」
オババの言い分に、焔は黙るしかなかった。
命令を受けたアカネは小さく頷き、無表情のままホームの入口へ向かおうとする。
しかしそんな魔法少女の腕を掴み、止める者がいた。ハジメである。
少年に止められた魔法少女は一瞬、驚きの表情を見せた。
「行っちゃ駄目だ。アイツらの狙いはボクなんだから!」
それは、自分の無力さを痛感した少年の心からの言葉だった。
大切な兄を失った少年は、もう自分のせいで誰も傷ついて欲しくなかったのである。
だがそれは、美少年好みの澄まし少女の闘志に、さらに火を点ける事になった。
女心の分からないハジメは、それが逆効果になる事を理解してなかったのである。
表情は変えないまま、ほんのり顔を赤くしたアカネは掴まれた腕に手を添え、そっとハジメの手を離した。
「・・・大丈夫。ハジメは、私が守る」
言葉少なながら自分の明確な意思を伝えると、魔法少女は《噂屋》のホームから出て行く。
アカネの意思の強さを感じた少年は、止める事が出来ず、そのまま後ろ姿を見送る事しか出来なかった。
「・・あんなチビで本当に大丈夫なのかよ?」
「ヒッヒッヒ!まぁ、見てな?《噂屋》のメンバーは伊達じゃないって事が分かるよ」
何気に心配する焔をよそに、噂屋のオババは余裕の表情を見せる。
外の様子を映し出されいる大画面をハジメは祈る思いで、見つめる事しか出来なかったーー。
ーー脅しの《噂屋》攻撃はとめどなく続けられている。そんな中、《噂屋》から小さな人影が出て来たのを発見したのは、スナイパーの才蔵だった
「お?蘭ちゃん、《噂屋》から誰か出て来たっス!!」
才蔵の言葉で一旦、砲撃が止められる。
しかし出て来たのはもちろん焔でもハジメでも無く、見た事も無い魔法少女のアカネだった。
咄嗟に蘭丸が不機嫌になる。
「ああん?なんだテメーは!?」
「私は《噂屋》の魔導師アカネ。略してUMA・・・」
意味不明なアカネの言葉に才蔵や阿国だけで無くキレ易い蘭丸ですら、呆気に捕われてしまう。
自分のペースに巻き込んだ魔法少女は、さらに言葉を続けた。
「・・貴方達はさしずめ(MBA)ね」
「MBA??何だそりゃ!?」
聞いた事も無い略語に興味を引かれながら仮面アウトローが聞くと、アカネは今までの無表情から想像も着かない冷たい笑みを浮かべる。
永遠に明ける事の無い月夜に似合う笑みを浮かべている魔法少女は、ゾクリとする様な美しさを醸し出していた。
「分からないの・・・?(マジ、ぶっ飛ばすぞ?アウトロー)よ」
「!?ふっふっふ・・・!」
どうやら人を怒らせるのが天才的に上手いらしい魔法少女の挑発に、蘭丸の体がわなわなと震え、才蔵や阿国も各々の武器を構える。
一触即発の空気の中、仮面アウトローが発した言葉が開戦の合図となった
「ふっざけんなあぁーーーーーー!!」
ーードドドッ!!ドカンドカンドカン!!
蘭丸の怒号と同時にゴーレムの大砲と才蔵のライフルが火を噴いた。一瞬でアカネのいた場所が炎に包まれる。
しかし、銃と大砲の波状攻撃はとめどなく続いた
「キャハハハ☆綺麗じゃ〜ん」
「撃て!!撃てっ!!ゲームオーバーになるまで手を緩めるな!!この俺を舐めた事を後悔させるんだ!!」
爆音と炎がドンドン大きくなり、煙が蘭丸達のいる場所まで迫って来た頃ようやく攻撃が止まる。
自身の勝利を確信した仮面アウトローは、ニヤリと嫌な笑みを浮かべた。
「へっ!これだけ食らえばどんな奴だってーー」
「それは当たってれば・・・の話しでしょ?」
突然別の方向からアカネの声が聞こえて、蘭丸達が驚く。
見ると攻撃されていた場所に人の姿は無く、当の本人である魔法少女は《噂屋》の屋根からアウトロー達を見下ろしていた
「テメェ!!いつの間に!?」
「ゴーレムの攻撃データ入力・・・先の戦いから召喚師はアウトロー達のリーダーである事が判明・・・」
蘭丸の質問を完璧に無視して、ボソボソ呟いていたアカネだったが突然、手を空中へと突き出す。
すると、光の中から真紅の杖が現れ、魔法少女の掌に落ちて来る。
先が黄色いハートの形をしたちょっと可愛いらしいロッドを一降りすると先端をアウトロー達に向けながら、アカネはぽつりとつぶやいた。
「対敵との勝率93%・・・これよりミッションを開始する」
喋り終わったと同時に、颯爽と《噂屋》の屋敷から降り立ち、弾丸の様なスピードでアカネが蘭丸達に向かって行く。
今だ実力未知数な魔法少女とアウトロー達の戦いが今、幕を開けたーー。
(続く)